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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

31.フレポジ男と侍女

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「ケヴィン様!」

 こちらに戻ってくるケヴィンに駆け寄るエルシャ。
ケヴィンがそれを確認すると手を広げてエルシャを受け入れる準備をしている。
勿論そこに飛び込むことはせずにケヴィンを気遣う。

「お怪我は…ないようですね?」

 しょぼんと落ち込むケヴィンは「当たり前だ」と笑いかけた。

「正直何が起こったのかが分からなかったのですが…」
「うん?そうかそうか…では俺の勇士をじっくり説明してやろう」

そう言ってエルシャの腰に手を伸ばそうとするケヴィンだったが、その前に文句を言う人間が現れた。

「若様…箒…」
「忘れてた…ごめんて」

 壊してしまった箒にジト目で見つめて来るケイトに謝るケヴィン…
決闘を行った玄関前に集まった人間達の間に弛緩した空気が流れていた。
そしてそれは明らかな隙が出来ていた状況…

 そして次の瞬間エルシャの目にその男の行動が飛び込んで来た。
「危ないっ!」その言葉を発するよりも先にエルシャの体は動いていた。
咄嗟に男とケヴィンの間に飛び出したのだ。

目の前には魔剣を振り被るヤレーラの姿。
確実に死んだだろうとエルシャは覚悟をしていた。

 それが元婚約者である王太子だったのであればごく当たり前の行動だっただろう
しかしたった二日…ケヴィンと出会って結婚してまだそれしかたっていないのにもかかわらず…
それなのにエルシャは何故か自然と体が反応していたのだ。

不思議な事に何の後悔もない…
せめて夫の為になれたのだと誇らしさすらある。

そしてエルシャは夫に包まれた…

突然に、その恐ろしいまでの気配に守られるように…
そしてその気配と共に自分の夫の腕に包まれる。

 戦いの事などわからぬエルシャではあったが、一つだけわかる事がある。
それは箒の柄で剣を迎撃した所で先程の二の舞だという事。
しかしケヴィンは愚かにもそれをした…

何を血迷ったか…
エルシャがそんな事を思う間もなくその箒の柄によって魔剣はへし折られ…

バキーンッ!!

金属音が鳴り響く…

(なぜそうなる…?)

 エルシャの中に困惑が広がる、そしてそれはヤレーラも同じ気持ちだったのだろう。
今起こった現象を受け入れることが出来ずに一瞬の硬直が生まれた。
そして、次の瞬間…箒の柄で放たれるケヴィンの上段斬りがヤレーラの脳天に直撃していたのだった…

………
………
………

「生きて…る?」

エルシャは呆然と呟き…そして思わず自分を包み込んでいる腕に手を添える。
そんなエルシャをケヴィンは引き寄せ抱きしめると、申し訳なさそうに言った。

「ったく、往生際の悪い…あーシスティーナ様、悪いのですが…」
「はいはいただいま…流石に今のはノーカンにいたしますよ?」
「ありがてぇ…」

 システィーナがヤレーラに回復魔法をかけ治療を施しているのを横目にエルシャはケヴィンの腕の中で動揺を鎮めていた。
たった今、死を覚悟したのだ…冷静になってから死の恐怖に震えが来てしまう。
そんなエルシャの背中を擦り落ち着くのをジッと待つケヴィン。

 そして、システィーナの治療が終わった頃にようやく落ち着きを取り戻し、ケヴィンから離れる。

「落ち着いたか?」
「はい…申し訳ございません、足手まといでしたね」
「あー…結果的にはそうなったが、気持ちは嬉しかった。
だが、次からはやめてくれ…エルシャが怪我をすると俺が辛い」

頬に手を添え懇願するように言うケヴィン。
その手を握りクスリと笑い「次が無いよう祈ります」とだけ言うエルシャであった。


―――――――――――――――――――――――

 エルシャを連れて来た箱馬車の中にヤレーラと折れた魔剣を放り込む。
侍女がその放り込まれた男の体勢を直し馬車から出て来たところにケヴィンは詰め寄った。

「おいアンタ…」

少々恐怖を与えてあげるためにワザと馬車の扉を盛大に音を立てて閉めてやる。
そして侍女が馬車を背にするよう詰め寄り、逃げ道を塞ぐために手で逃げ道を塞ぐ…

所謂、壁ドンである。

「ヒィッ!」

侍女と目を合わせると当たり前のように目を泳がせ逃げ道を探そうとするが…
それを遮るようにケヴィンは侍女に言った。

「王子様に伝えておけ…」

突然の王太子への言伝に反射的に動きを止めてしまう侍女。

「王子殿下が手を出さず大切に育ててくれたエルシャルフィールの処女は間違いなく貰い受けた。
命令通り足の先から頭の先まで俺が隅々まで可愛がったのでもう殿下の下へは帰れない身体になっているので安心して欲しい。
少々無知でガキな所はあるが、その無垢な体にゆっくりと女の悦びを刻み付けていくのが今から楽しみだ。
エルシャは俺の腕の中で奇麗な寝顔を見せてくれてるから殿下は枕を高くして眠ってくれ。
良い声で鳴く最高の女をプレゼントしてくれて感謝する…ってな」

やり口から感じた王太子の特殊性癖が満足できそうな報告を、ねっとりと女を舐めまわすように告げてやる。

「わ…わかりましたから…」

 侍女は身を捩らせて逃げようとする姿勢を見せるが…はて?
この状況で本当に逃げようとするのであればケヴィンの頬をひっぱたいて全力で逃げるだろう。
これはケヴィンの経験上間違いない。
だがこの侍女はそれをせずに状況が終わるのをただ待っているだけだった…

 そういえば、この侍女は昨日の夜…
ふとそんな事を思い出しながら観察してみると何やら顔を赤らめている様子…
これは…
可能性を感じたケヴィンは侍女の耳元で囁くように言ってやるのだった。

「どうした?顔が赤いな…疲れてるならもう一晩泊まっていくか?
どうせだからエルシャと一緒に可愛がってやるよ…
大丈夫だ、そっちの男は気持ちよく寝てるからちょっとした火遊びさ…」
「んっ…!!」

 そしてかわいい子猫ちゃんの頬に手を添えようとした瞬間…
突然侍女がスンッとした顔に変化しオホンと咳払い、そしてケヴィンの後ろをチョイチョイと指差した。
何だ?良い所で…と思いつつ後ろを振り返ると…

そこにはエルシャがこちらを見つめる姿…
口元に笑みを浮かべ釣竿をクイクイ引っ張るジェスチャー。

なお目は一切笑ってはいない。

………はい。

「ま、まあ冗談はさておき…」
「本当に冗談でしたか?」

侍女にツッコまれてしまうケヴィンだがへこたれない。

「冗談はさておき帰りはどの道を通るんだ?」
「北東の山道を…東のサレツィホール側は色々と問題がありそうなので」
「まあ、自業自得というか仕事だから仕方ないというか…
あっちは盗賊も出るって聞くからそいつが使い物にならなそうなら冒険者でも雇え。帰り道は金持ちがまた通るかもしれないって盗賊たちの監視が強くなる」
「わかりました…」
「あと、パンが食いたいんだったら買うのは隣領に入ってからにするんだな。
こんな小さな村だ、あんたら既に村の連中から嫌われてるよ」
「そうさせてもらいます」

そう言いつつケヴィンは財布から金貨をだして侍女に握らせる。

「何のつもりです?」
「パンはこの辺じゃ高いし冒険者雇うにも金が要るだろ?余ったら小遣いにしていい」

それを受け取ると侍女は大きなため息をついて愚痴を言った。

「どうやら私は男を見る目が無かったようですね…」
「男なんて星の数ほどいるんだ、そのうちいいのが見つかるだろ」
「良さそうな星はだいたい相手がいるんですよ…」
「ソレな…」

そんな話をしつつ侍女の馬車は去っていった…
そして、それを見送っているとエルシャが話しかけて来る。

「仲がよさそうでしたね?」
「…不倫OKじゃなかったっけ?」
「彼女を側室にされるおつもりで?」
「いや…それは…」
「ではダメです」
「あーそういう…」

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