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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

32.追放令嬢と日記

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「ティナ、来てくれて本当に助かった、このお礼は必ず…」
「あ、じゃあ借りパクしていたマジックバックくれませんか?」
「お前、そんなのヒイロに頼めばいくらでも貰えるだろ…」
「いやいや、長年使ってた物の愛着って得難いものなのですよ?」
「ティナに愛着が付いた分だけ俺の中から愛着が無くなってけどな…もってけドロボー」
「それでは遠慮なく?」
「遠慮してたらサッサと返してるんだよなぁ…」

 ケヴィンとシスティーナ、冒険者クランの仲間として長年の付き合いがあるため相手の事はだいたい理解している。
それでも親しき中にも礼儀ありとシスティーナに礼を言ったのだが、まんまとマジックバックの所有権を奪われてしまった。
ケヴィンが主張してこなかったため有名無実化した所有権ではあったのだが…
そんなわけでシスティーナは自分の命を長年守ってくれていた相棒をようやく自分の物に出来たのだった。

 別れの時…
早々にシスティーナがセイルーン教国へ帰ると言いだし、お礼もまだまともに出来ていないエルシャは残念に思っていた。
システィーナにハグをしながら言葉だけでもとお礼を伝える。

「システィーナ様、お話を聞いていただき心が軽くなりました。貴方様にお会いできた事は女神様の導きのように思えます。
またいつかお会いできる事を祈っております。どうかお元気で…」
「大袈裟ですね、休みの日には温泉に入りに来ることも多いですし…
しばらくは仕事で来れませんが、またすぐお会いする事になるかと思いますので大丈夫ですよ?」
「はい…ああ、それと…セイルーン教国は遥か遠くの地にあるという世界地図の設定をお忘れなく…」
「………」

 思わず沈黙してしまうケヴィン、アネス、システィーナの三人。
説明をしなければならないのだが、ソレには自分達のクランがやってきたヤラカシを説明しなければならなくなる。
物には順序がある…エルシャの生真面目な性格はたった二日でも十分理解できている。
そんな彼女がそれらをみてお説教をしなければならなくなるなんて事態は避けたい。

どうすれば侯爵家の堅物娘である彼女に怒られないよう説明するのか…

…要は問題の先送りである。

「あーエルシャさんや…その事はおいおい…」
「極秘事項という事は薄々わかっております、『賢者』であるアネス様が何かしているのでしょう?
ここに訪れて二日の自分がそこまでの信用を得ているとは思ってはおりませんし、皆さまが私に話すかどうかはお任せしますが…ただ、皆様の行動で私が推察してしまうという事もご理解下さいませ」
「「「はい…」」」

 年下にわりと真面目なトーンで叱られてしまう三人…
ちなみにケヴィン自体のヤラカシは女がらみが主であり常識の範疇である。
あってもハーケーン皇国の皇女様に言い寄った…とかその程度のレベルである。
その程度だが………言うのは止めておこうとそっと心の戸棚にしまう事に決めたのであった。


――――――――――――――

 システィーナが帰って行き、アネスも残った仕事があるからと危険なので立ち入り禁止と言われた研究室に籠った。
ケヴィンは領の仕事があるからと書斎で仕事を…
なので夕食も食べ終え後はエルシャも用意された自室でやっと一息つけるようになった…

そして…ケイトの淹れてくれた紅茶で心…休まる間もない…

 なんで、こんな辺境の子爵領でハーケーン産の茶葉がポンポン出て来るのか…
匂いと味で茶葉の良し悪しが分かってしまう自分を恨めしく思う。

 そもそもエルシャのために用意された部屋を落ち着いてよく見ると超高級品だらけで部屋にいるだけで動揺するのだ。
精霊樹という素材をドワーフの匠が仕上げる奇跡のコラボで作られた家具など一体どれほどの価値があるのかエルシャにすら見当がつかない…

 椅子に座るだけでも本来であれば家の力を使ってでも説明を求めるような事案が度々みられるのだ。
ほとんど押し掛けのような状況で嫁いで来たため大きな顔が出来ない今の立場が非常に悔やまれる。
凶悪な能力を持っていそうな人間達がエルシャの理解の範囲外でのほほんとしているのが物凄く不安なのだ。
正直、突然ケヴィンが実はどこかの国の王子であると言ってくれた方がホッとするレベルなのである。

 すぐにでも問い詰めたい所ではある…だがそれには少々問題がある。
それは夫であるケヴィンの性格上の問題だ…
多分だがあの軽薄な男は一つの事でエルシャが問い詰めるような事をすると、怒られたくないあまり他の"何か"を必死で隠そうとしてくるだろう…

 そしてこの領が隠している"何か"は一つだけではないとエルシャのカンが言っている。
膿を出し切ってから片づける…ではないが、取り合えず「怒らないから言ってごらん?」という態度は必要なのだ。

 実家の侯爵家からも以前より調査対象だったのかもしれない…
仕方なく、という立場でこの婚姻を取り付けた父の先見の明には感服するばかりだ。
情報を仕入れてから折を見て侯爵家と情報のすり合わせをしなければならないだろう。


 しかし、今は考えても仕方がないと言い聞かせ自分の荷物から一冊の日記を取り出す。
この日記はエルシャが子供の頃から書き溜めている日課である。
何故こんな物を書いているのかというと、それは次期王妃として記録を残すため…というのは一つとしてあった。

 だが、それだけではなくもう一つ理由がある。
それがエルシャの所持しているスキル<記憶術>に関連している。


 スキルは女神の加護…そしてそれはいとも簡単に人を傲慢にするのだ。
例えば昼間のケヴィンの決闘相手であるヤレーラにしてもそうだ。
狂犬と呼ばれていた彼が<剣術>のスキルを所持している事は広く知られている。

 スキルを持つ者は持たざる者をいとも簡単に凌駕出来てしまう…
それ故にスキルを持つ者は時としてその力に酔うのだ。
その結果、悪魔を打ち払うために与えられた女神の加護のはずがその身を悪魔に変えてしまう…

 貴族として<記憶術>のスキルを使わないなどという事はあり得ない。
だからと言ってそれに頼り切って傲慢になってしまってはならない。
自分を律するために<記憶術>に頼らず自らの力で記憶を整理する…そのための習慣なのだ。
そして、エルシャがそんな思いを持っているからこそケヴィンが自己の鍛錬をしている姿に見惚れてしまうのだ。

 この領に来てからの出来事を詳細に書いていくエルシャ…
だが、ある事柄で筆を止めた…どう書くべきか迷ったのだ。
この日記は記憶の整理のための物…間違った事を書いた事は一度たりとも無い。
だが、その記述だけは…クスリと笑い未来の自分に嘘を書く事にしたのだ…

「湖のヌシの魚影を見た」…と。


 そして、書き上げた日記を見返してみるのだが…
みるみる内にエルシャの顔が赤く染まっていく。
記憶を辿り詳細に書かれた日記…それがどういう事かというと…

 詳細に書かれているのである…
ケヴィンにかけられた愛の囁きが…
抱きしめられキスをされた事が…
愛してるという言葉と共に純潔を散らされた事が…
今まで真面目に日々の業務が書かれてきた日記が一気に自分作の頭の悪い恋愛小説に変わるという羞恥…

 耳まで真っ赤にしてこれをどうするかと思案し、やはりこのページは破り捨て書き直そう…
そう思ったその時、エルシャの部屋の扉がノックされた。
慌てて絶対見られてはいけない呪物を机の中に放り込んで「はい」と応える。

部屋に訪れたのはエルシャの真面目な日記を恋愛小説に染め上げた犯人であった…

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