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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)

11.フレポジ夫人と皇都

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「ケヴィン様ケヴィン様、見てくださいあの建物!!」

バンバンとケヴィンを叩きながら街の古い建物を指差した。
常に清楚の塊のようなエルシャのその行動に一瞬ギョッとしてしまうが、その目をキラキラさせている表情に笑顔になってしまう。

「三百年も昔の建築様式で作られた建物がまだ残っているなんて!」
「俺には年代物すぎて老朽化した古いボロ屋にしか見えないんだがな…」
「何を言っているんですか、三百年前は最先端だった建築方式ですよ!?」

 君が何を言っているんだい?とは言わなかったが…
いや、確かにそんな長い年月使い続けれられている建物は凄いのだが、中で働いている役所の職員達は夏は熱がこもり冬は隙間風が冷たい地獄で、ずっと建て替えを要望していたはずだ。
だが、こういう子が文化的価値を見出してしまうから建物の建て替えの要望が握りつぶされ続けるんだろうなと実感する。
ちなみに浸りながら語っている女に議論は不要…男はただ「そうだな」と相槌を打って頷くのみである。

 それにしても、ケヴィンがいつも使っていた道を興味津々という感じでキョロキョロとするエルシャに驚く。
数々の国を併合した事により多種多様な文化を吸収した上に、女神のもたらしたと言われる芸術を愛する国民性。
そんな皇都の歴史は1000年以上続いていると言われ、街自体が歴史的価値のある美術品のようなもの。
馬車を走らせていると唐突に古代の石造などが立っていたりする。

「あの場所は王国の中央美術館のハーケーン館で絵画が飾られていました!」
「ああ、獣人とエルフが一緒に歩いてます…」
「今路上演奏している曲は確か…」

 ケヴィンにとっては都会はこの皇都が初めてだったため、こんなものかと思っていたのだが…
サレツィホール生まれ王都育ちの都会っ子であるエルシャがこれほどまでに見事に感動してくれるとは思っていもみなかった事だ。

 エルシャとしても夫が横で様子を見ながらニコニコしているのは分かっている、羞恥だってある。
だが今はそれどころではない…エルシャの心の中に溢れている感情をそんな物で押しとどめる事など出来ない。
今この時に目に焼き付けておかねば逃げてしまうかもしれない、そんな気持ちで街を観察していた。


「ケヴィン様、あれは何でしょうか?」

エルシャが遠くにあるソレを指さして質問してくる。

「ああ、あれは凱旋門だな。何年前だったかな…
大昔に北部で戦争して今のシュージーン公爵領を併合した際に戦勝記念に建てられた門だったはずだ」
「あれが…」
「ちょっと遠回りになるが行ってみるか?」
「ぜひ!!」
   
 その目を輝かせて頼み込んでくるエルシャに驚きつつ、そして笑いながら馬車を方向転換させるケヴィン。
エルシャはこの凱旋門をとある見聞録の挿絵で見たことがあるそうだ。

「凄い…あのレリーフは旧シュージーン国王が降伏する際にハーケーン国王が戦いぶりと潔さを称え許しを与えたシーンでしょうか。
ハーケーンが敵を許すという寛容さを得て今の大国の地位を得たきっかけ…」

 ハーケーンで仕事をしたこともあったケヴィンも知らない知識が次々に口からこぼれだす妻に博識だなと思う。
ケヴィンとしてはただくぐるだけで意味不明の謎の門であるが…
なるほど、才女とのデートには役に立つのかと過去の皇国の英雄たちに感謝した。

 門に近づくにつれ身を乗り出し、門をくぐろうとする頃には自然と立ち上がっていた。
馬車の上で危ないなと思いつつも、注意するのも無粋だろうとエルシャの手を取り支えてやる。
立ち居振る舞いが常に完璧なエルシャが口を惚けて目に焼き付けている珍しい光景だ。

 そんなエルシャの様子は他の行きかう馬車や通行人からは注目の的であった。
街の象徴に感動する人間を見て嬉しくない地元民などいないだろう。
それがエルシャほどの美人であればなおさら。
その姿にすれ違う馬車の御者も思わず頬を緩めてしまう。

 商人の荷馬車だろうか…いいものを見たとすれ違いざまにケヴィン達に梨を放ってくれた。
それでエルシャが自分が恥ずかしい姿をさらしていたことに気が付き、恥ずかしそうに席に着き耳を真っ赤にさせてしまった。

「も、申し訳ありません…」

 エルシャははしゃぎすぎた事を謝ったが、ケヴィンとしては喜ばせるために連れてきたのだ。
むしろ満点の行動だったと言えよう…
だがしかし、それとは別にエルシャの知らなかった一面がおかしくて笑ってしまっていた。
ケヴィンに笑われ頬を膨らませるも、やはり街の様子は気になるようで、平静を装いながらもキョロキョロしていた。

………
……


 時間が遅くなると迷惑がかかるので今度は寄り道をせずに馬車を走らせ、着いたのは少し高台にある趣のある館であった。
大きさとしてはエルシャにしてみれば大きいとは感じないが、皇都という立地を考えれば十分な豪邸といえる。
門番もケヴィンに気が付くとすぐに門を開けてくれ、そのまま進んでいく。
館の前につくと一人の老執事が出てきた。

「これはこれはケヴィン様、お久しぶりでございます」
「爺さん、久しぶりだな。突然で悪いんだが家を借りることはできるか?」
「ええ、問題ありませんよ。すぐにお部屋をご用意いたします。どの程度の期間でしょうか?」
「一週間くらいだな」
「かしこまりました、そちらのお嬢様もご一緒でよろしかったでしょうか?」

 執事が隣のエルシャに目を向け尋ねる。
ケヴィンが連れて来る女性である、関係性は把握しておかねばならないのだが…

「ああ、紹介するよ、妻のエルシャルフィールだ」
「ケヴィンの妻のエルシャルフィール・フェルエール・フィレポジェルヌです」
「…ケヴィン様、わたくし最近とんと耳が遠く「そーゆーのいいから」…さようでございますか」
「わたくしはエーデル様よりこの館の管理を任されているジェジルと申します」

 いつものケヴィンジョークも交えながら自己紹介をしてくるジェジルという老執事。
屋敷の管理を任されているという事だが、エルシャから見るとかなり経験を積んだ執事であり高貴な人物に仕えるべき人間に思えるのだが…どうやらタダの隠居替わりらしい。

「はて…ケヴィン様の最後の婚約は確か…サレツィホール家の御息女という話でしたが?」
「はい、父はギルバート・フォン・サレツィホール侯爵です」
「そうでありましたか、それではそのように手配いたします」
「爺さん悪いんだが箱馬車貸してほしいのとこの荷物も届けておいてくれるか?」
「かしこまりました、今ご用意いたしますので中で少々おくつろぎください。
ちなみにどちらまで行かれるご予定ですか?」
「…そういえば決めてなかった」
「それでは、歌劇などはいかがですか?確か皇国歌劇団の演目が本日千秋楽だったはずですよ」
「皇国歌劇団ですか!?昔、一度だけ王都に巡演してくださった時に拝見したことがありますがとても素晴らしいものでした」

 歌劇と聞いて昔デートで観に行ったら見事に爆睡して、女に起こされたと思ったら掃除のおばちゃんだったという苦い経験を想い出すが…
目をキラキラさせるエルシャに、歌劇など全く興味がないケヴィンも断ることなどできない。

「じゃあ、そうしよう。でも席って今から取れるのか?」
「ええ、今からですともしかしたら相席になってしまうとかもしれませんが…
ドレスなどもこちらでご用意いたします」

 なんにせよ、エルシャが喜ぶなら何よりだろう、その案を採用することにした。
エルシャの手を引き館の中へと案内するケヴィン。

「馬車にずっと乗ってて疲れただろ?」
「ええ、王国から皇国という壮絶なまでの長旅で少しお尻が痛いです」

エルシャにしてみれば体の疲れなどよりも、信じられないもの見せられ続けた気疲れの方が大きかった。
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