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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)

閑話.妹令嬢と手紙

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「ケットシ―様、我が領の誇る魚介とマタタビ酒はどうでしょうか?」
「まあまあダニャ!!」

 テーブルの上で飲み食いをしながらくつろいでる可愛い存在に心を癒される。
人の言葉を話し帽子を被り大きなカバンを持った猫の妖精…
滅多に人の前に姿を現さず種族特性として転移魔法を操ると言われている伝説上の生き物。
何故そんな存在がココにいるかと言うと…この子が姉の手紙を持ってきてくれたからだった。

 庭で散歩をしている際に突然目の前に現れた猫の妖精が「お前が侯爵かニャ?」と話しかけてきたのだ。
自分が侯爵の娘だと説明すると手紙を押し付けて帰ろうとしたので慌てて引き止め、何となく猫が好きそうなもので釣ってみたらあっけなく陥落したのだ。

「それでこちらからの手紙も送って下さるのでしょうか…ニャ?」
「仕方ないニャ!ケヴィンからそんな事頼まれてた気がするけど忘れたニャ!
送ってほしけりゃ魚寄こすニャ!」
「ええっと、ありがとうございますニャ?」
「お前、猫語うまいニャ!」

 思いがけなく猫語とやらをマスターしたルフィア。
それはともかく、伝説の妖精が手紙の配達員として使われているなど聞いたことが無い。
そんな存在から出て来たケヴィンという名前と姉からの手紙。
すぐにでも父の侯爵と話をしなければならなかった…

「それでは私は今からこの手紙を父に渡してきますので少々お待ちくださいニャ」
「しょうがないニャ…ここで食べててやるから三日以内戻って来るニャ」

(いや…すぐ終わります…)

取りあえずこの可愛い存在は侍女たちに任せてルフィアは侯爵の部屋へと赴くのだった。


―――――――――――――――――――――――


「「えぇ…本当に結婚しちゃったの???」」

 これが侯爵とエルシャの妹ルフィアが各々に書かれた手紙を読んだ時の第一声である。
思わず目の前の父親をジト目で睨んでしまうルフィア…
侯爵もその突き刺さるような視線を感じつつも『ケヴィン様との結婚式は無事に終わりました』の文字に釘付けになる。

 侯爵としては本当に結婚させるつもりなど無く、常識であればルフィアでない人間が送られてくればいくらフレポジェルヌ子爵であろうとも確認の連絡ぐらい送るだろうと高を括っていた。

 国王が病床に伏した瞬間の指揮系統の乱れを利用した王太子の独断である事は調べがついていた。
これは侯爵率いる第一王妃派閥、王太子の母であり北部貴族の集まりである第二王妃派閥、セイルーン出身の第三王妃派閥それぞれにとって寝耳に水であった。
そして、だからこそ王太子側の動きを阻害せず安全にエルシャを救出するために敢えて何も行動を起こさなかったのだ。

 だが結果はどうだろう…王太子側が最大限頑張ってしまった事で結婚が強行されてしまった。
それだけならフレポジェルヌ領の場所を考えれば、まだ取り返しはついたはずだった…

…結婚を執り行ったのがセイルーンの司教とはいったいどういう事なのだ????

 これが仮に辺境の修道士程度であれば侯爵家の圧力をかければどうとでもなった。
エルシャが文句を言うだろうが、置かれた状況とこちらが多額の慰謝料を払う事で誠意を見せれば説得はまだ可能だっただろう。
だがセイルーンの司教ともなると侯爵家も強く出れない…

(なんでそんな人物が辺境に来てるんだ????????)


 ルフィアとしても何とも複雑な気持ちである。
何しろ姉の結婚相手は本来自分の婚約者だったはずの男なのだから。
そして姉の手紙に書かれているケヴィン様の人となりを見る限り…

………

 元婚約者とは比べ物にならない程素敵な男性のようだ…
姉がこれ程までに…楽しそう?浮かれた?…ような手紙を書いてきた事など今まで一度もなかったのだから。
思わず頬を膨らませてしまう。

(…私という婚約者がいながらあっさりお姉様と結婚してしまうなんて!)

 確かにルフィアとは面識もなく姉は自分から見ても最高に素敵な女性であり、結婚を拒否するような男は何が不服なのかと剣を突きつけて聞き出す事も辞さないだろうが…
だが、自分が楽しみにしていた結婚をあっさり乗り換えられてしまったのだからやきもちくらいは許されるべきである。

 そして何よりあの"鋼の頭"の姉が手紙に「男女の作法が分からないので恋愛物語が書かれた本を送って欲しい」と書いてきているのだ。
18年の婚約生活が悲惨な終わり方をしたというのに、会ってひと月もたたない内にあの姉をここまで女の顔にする人物とはいったい…?


「ところでお父様…お姉さまが何やらフレポジェルヌ領がとんでもない秘密を抱えていて、お父様がそれを薄々感づいているからお姉様を寄こしたって思ってるようなんですけど…」
「勿論だ…」

………もちろん、そんなもの知るはずがない。
頭を抱えて、眉をひそめ、首を傾げてもそんな疑いは微塵も思い出せない。
あの羊が野心などという物を持っていたとするならば、侯爵は今後誰の事も信用する事はないだろうと断言する。
もし可能性があるとすれば、あの羊自身が全く無自覚にとんでもない人材を周りに置いてしまっている事くらいだろうが…

(そんな事は普通に考えたらあるわけが………いや、現にエルシャが行ったな)

 段々と侯爵も不安になってきてしまう。
そんな姿をため息つきながら呆れるルフィア。
そもそもこの手紙を持ってきたアレの存在自体謎なのだ…
ルフィアの<直感>は正しかったと言わざるを得ないだろう。

「それとこちらに『ケヴィン様が打ち取ったドラゴンの首を送る』と書いてあるのですが、何かの符丁だったりしますか?」
「………???」

首をひねる侯爵だが思い当たるふしはない。
謎は深まるばかりである…

「とにかく使者をいつまでも待たせておけるか不安なので返事だけは書いてしまいましょう?」
「あ、ああ…」
「それにしてもお姉様が釣りねぇ…」

 姉があちらで楽しんでいるという新たな趣味、その意外な一面に驚かされてしまう。
ふと、手紙に同封されていた紙に気が付く。
それはエルシャが釣り上げた魚を魚拓にしたもので広げてみたのだが…

「でか…!」

…とりあえず姉は元気にやっている事は分かった。

………
……


―――――――――――――――――――――――

 侯爵の部屋から退出するルフィア。
その目の前にはルフィアの護衛騎士であるカルグゥイユの姿があった。
カルグゥイユはすかさず敬礼をすると自室へと戻るルフィアのすぐ後ろに控えた。

 前を歩くルフィアはとぉっっっっても気が重かった………
後ろを歩くカルグゥイユに話さなければならない事があるからだ。
本当だったら死ぬまで話さないであげたかった…がそうもいかない。
仕方なしに口を開くルフィア…

「カール…お姉様が結婚されました」

………後ろで歩いていた足音がピタリと止まる。

 わかりやす…と思いつつも、恐る恐る後ろを振り返ってみるが。
そこには呆然と石化したカルグゥイユの姿があった。

「カール…?」
「ハッ…!いえ…ですが、先日までサレツィホールへお戻りになる予定と…!」
「ええ、何でも王太子が結婚に期限を付けていたようね」
「それではエルシャ様のご意思はどうなりますか!?」
「お姉様も納得の上での結婚です」
「そんなはずがない!!」
「お黙りなさい!お姉様の意志はお姉様だけの物、貴方がとやかく言う資格などありません!」

ルフィアの叱責にカルグゥイユは言葉を失う。

「フレポジェルヌの方々には十分な扱いを受けていると手紙にありました」
「辺境ではありませんか!私はルフィア様の婚約も反対だったのです…」
「経済格差があると言っても、同じ王国の土地に対して無礼よ。
それに手紙を読んだ限りだと辺境と言ってもかなり特殊な土地の様なのよね…」
「特殊とは…?」
「私が知る所ではないわね…お父様は何も言わないしお姉様は価値を見出しているようよ」

 侯爵とエルシャが納得している事…
であれば、侯爵家に忠誠を誓いエルシャに惚れ込んでいる堅物カルグゥイユが物を言う事など出来なかった。
ルフィアは自分の護衛騎士の何とも言えない苦々しい顔をあえて無視して父親の部屋からくすねて来た羽ペンを手に自室へと戻ったのだった。

―――ちなみにこの後、郵便屋さんが渡し忘れた『ドラゴンの首』が遊んでいる途中に唐突にテーブルの上に出現し、ルフィアの悲鳴が館中に響き渡る事になったのだが…
カルグゥイユが郵便屋さんを叩き斬りそうになったのを必死に止める事になったのは言うまでもない。

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