追放令嬢とフレポジ男:婚約破棄を告げられ追放された侯爵令嬢はあてがわれたド田舎の男と恋に落ちる。

唯乃芽レンゲ

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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

4.謎の令嬢とごろつき冒険者

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「ああ~ん?俺の仕事になんか文句あるっていうのか!!?」

 男の怒鳴り声が路地裏に響き渡る。
相手は若い冒険者でガラも悪く怒鳴り散らしているのが昨日エルシャに絡んできた方だ。

「いや、だから取り分がこれじゃあ俺の割に合わないって…」
「あんだと!?折角パーティ組んでやったってのに文句あんのか!」
「俺にも生活が…それに装備の補修代もあるんだ!」
「てめぇみたいな新米使ってやってんだから文句言うんじゃねぇよ!」
「新米でも仕事内容は大して変わらなかっただろ!そんなんだからEランクとDランクを行ったり来たりなんだよ!」
「んだとこらぁ!!」

 しばらくしたら収まるだろうと覗いていたが、収まるどころかヒートアップして今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気。
これからの事を考えると時間が無いのだ。
エルシャは待っていられないと割り込むことにした。

「もし…」
「「………え?」」

 自分達がやっている事が不毛である事は薄々理解はしていた二人だが、そんな場所に女が声をかけて来たのだ。
思わず手を止めて注目してしまう。

「お仕事の話の最中に不躾かと存じますが、少々仕事をお願いしたいのです…お暇はありますでしょうか?」

((………何言ってんのこいつ???))

 とは言う物の相手は女、しかも話し方からすると金持ちの可能性が高い。
本来冒険者はギルドを通さない依頼はあまり受けないが、ちょっと力仕事を頼みたい程度の話まで断るつもりもない。
ようは金をキッチリ払ってくれさえすればいいのだ。

二人は目を合わせて取りあえず聞いてみるか…という雰囲気になった。

「えと…おれ?」
「いえ…そちらの腕っぷしが強そうな方で」
「「…え”!?」」

 正直言ってごろつき冒険者の方も自分に対しての依頼だとは思っておらず、ちょっとした手伝いで駄賃を貰えるなら話を遮る気はない…くらいの心持であった。
なので、エルシャのこの選択に度肝を抜いたのだ。

 そして、若い冒険者の方はと言うとコレで不信感を持ったのだった。
明らかにまともな話ではない…
「ああ、そうかい…」と関わり合いになりたくないという意思表示をしてその場を去って行ってしまった。

「んで?俺に何の用だ…夜の相手をして欲しいっつーにはちと時間が早すぎるよなぁ」

 ごろつき冒険者としても、あの場で自分の方に仕事の話を振ってきた事で内容はどうあれメンツが保たれたのは事実だ。
なので、一応内容だけは聞いてみる事にした。

(一応相手は話を聞く体制になった…)

だが、話が通じなさそうな相手にどう話せばいいのか…?
一瞬悩んでしまうエルシャ。

だが、そこでふと夫の言葉を思い出した。

『馬鹿を馬鹿として扱え…』

 エルシャにとっては架空の存在ではあった馬鹿という存在…
だが目の前の相手の昨日、そして先ほどの一部始終を見た限り相手はその馬鹿なのかもしれない。
そんな推論を立ててみる。

そして、夫のもう一つ教え…

『馬鹿を過大評価するな』

………いいのだろうか?

 エルシャは今、このごろつき冒険者に対して考えられない程相手を馬鹿にした対応をしようとしている。
それは人としてあるまじきレベルである事を自覚し、それに対して罪悪感をも感じてしまっている。
しかし、今この状況において手段を選んでいる余裕もない事も事実。

女神に懺悔の祈りを捧げつつ覚悟を決めた。

「昨日はお世話になりました…覚えておりますでしょう?」

そう言いつつ、エルシャはごろつき冒険者に対してフードをめくって見せる。
これに対してキョトンとする目の前の相手。
………いや、エルシャ自身も分かっているのだ。
流石に無理があるな~というのは…

しばし相手が考えている一瞬でエルシャは無理が過ぎたと諦めて次の手を…

「………あっ!!お前ケヴィンの女!?」

(えぇ…)

 流石に無理があると思っていたのに、顔を見せてエルシャだと信じてしまった目の前のごろつき冒険者。
正直、自分でやっておいて目が飛び出そうなほど驚いている。
髪の色すらも違うのにどうして信じてしまったのだろうか?
もしや、姿が変わってしまったというのは自分の勘違いで今はちゃんとエルシャに戻っている?
そんな期待すら生まれてしまうほどに相手は自分がエルシャである事を疑っていなかった。

「え、ええ…よかった覚えていたのですね」
「当たり前だ!一体何のつもりだ!!ケヴィンの野郎どこ行った!?」

(当たり前って…あ、いや、えと…
この人昨日コテンパンにされたのも忘れてしまったのでしょうか?)

 いや、今はそれはどうでもいい。
本筋以外の所にまでツッコミどころを用意され、危うく思考を持っていかれる所である。

「夫は今ここにはおりません。それもあなたに仕事を依頼する事になった理由の一つなのですが…」
「はん!そんな事ならテメーの仕事なんてお断…」

 言い終わる前にエルシャは次の手段を披露する事にした。
金貨を取り出しごろつき冒険者に見せたのだ。

結果は…効果てきめんと言った所か。

完全に金貨に目を奪われるごろつき冒険者。
あまりの釘付けっぷりにいたずら心が湧いてしまい金貨を左右に動かしてみるとそれにつられて荒くれの目線も動く。
………楽しい。

(じゃなくて!!)

気を取り直して交渉を再開するエルシャ。

「ちなみに奪って逃げようなどと思わない事です。貴族への狼藉は死罪となりますので対価としては見合わないでしょう」
「報酬が金貨って事か?」
「仕事が終わればお支払いいたします。
これは今手持ちとしてお見せできる分だけなので、支払えるようになれば金貨十枚とそれ相応の名声はお約束いたします」
「じゅっ…!!」

 その金額に思わず言葉が出なくなってしまう。
Aランクの冒険者の相場がその程度であると聞いた事はある…
だが勿論金貨十枚の依頼など下級冒険者の自分にとってはまずありえない話だ。

 ギルドを通さない依頼、多額の依頼料…そしてそれが自分へと話が来た理由。
しばらく考え、エルシャを睨みつけつつも口を開く。

「殺しでもやれってのか?」
「いえ…悪事に手を染めるよりもよっぽど実入りが良いでしょうね。
ですが少々荒事になる事も覚悟していただきたい」
「…なんで俺なんだ?」

…怯えている?
明らかに落ち着きが無くなっている目の前の男の姿を見て分からなくなるエルシャ。
なぜ?こんなエルシャの細腕で力比べをしても絶対に勝てるわけがない。
彼はお金を欲していたから先程の冒険者から金を巻き上げようとしていたのではないのか?
一体どこに怯える要素があったというのだろうか?

………

信じられないのだ…
自分の下にこんなうまい話が転がり込んでくるわけがないと…

 そこにあったのは大金で手を汚す事に躊躇する姿…
エルシャはこの男を軽蔑していたが、少し評価を変えた。
悪事を行う人間ではあっても最後の所で躊躇う事の出来る人間である…と。
それはきっと人が人であるための救い…

 そうであれば、エルシャはソレに対して真摯である義務がある。
それ故に自分の方が一歩踏み込んでみる事にしたのだ。

「私が今このような服を着ている所を見ればわかる通り、今現在信用のある方を使う事が出来ないのです」
「服?…いや全然わからんが」
「………???」

 わからないのだろうか…?
明らかに平民の服で貴族が着るような服では決してないのだが。

「つまり、私は今夫と連絡をする手段すら持っておりません。
この土地に来たのもつい先日…そこで事件に巻き込まれ孤立している状態…切羽詰まっているという事です」

正直な所、目の前の男が自分の言葉を半分も理解しているのかは不安であった。
だが、今ここで必要なのは『理解』ではない。

「正直申し上げて私には貴方がタダのチンピラにしか見えません…ですが」

今ここで必要な事…

「ですが…だからこそ、今私は貴方の力を欲しております」

それは、この目の前のごろつき冒険者という人間に対しての『誠実』である。
エルシャは貴族の女として頭を下げ再度依頼をする。

「貴方様がこの仕事を終えた暁には、その仕事に見合った十分な評価と報酬をご用意する事を女神にお誓いいたします」

その姿に息を呑んでしまう男。
自分に対して貴族の女が頭を下げる事など一生ないだろうと思っていた…というよりも想像もしていなかったのだ。

だからこそであろう…

どうせだからと…

「………ケッ、女神なんざ何の役にたつってんだ。俺ぁあんなもん信じちゃいねーんだよ」
「私は信じております。今はそれで十分でありましょう?」

ピンッとコインをチンピラ冒険者に向かって跳ね上げる。
そしてチンピラ冒険者はそのコインを掴んだ。
それは決して女神のためなどではなく…
まるでコインの裏表で決めるかのように目の前の貴族の女に自分の運命を委ねてみる事にしたのだ。

 エルシャも男の緊張が解けた事を感じた。
女神を信じてはいない…そう言いつつも、女神に対する畏れを知らぬわけでもないのだろう。
名を告げ手を差し出し握手を求める。

「エルシャルフィール・フェルエール・フレポジェルヌと申します」
「モブールだ」

バチーン!!

エルシャの手を乱暴に掴み握手に応じるモブールという男。

礼儀も何もあったものではない…
だが、今この時ばかりはこの乱暴さが心強かった。
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