追放令嬢とフレポジ男:婚約破棄を告げられ追放された侯爵令嬢はあてがわれたド田舎の男と恋に落ちる。

唯乃芽レンゲ

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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

6.謎の令嬢と戦闘準備

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 用意された服に着替えるために更衣室に入り衣服を脱ぐ。
そして鏡で自分の身体を確認するのだが…

「なんで…」

 そこに写っていたのはやはりエルシャルフィールではない誰か別の女の姿であった…
母譲りの髪も父譲りの目もそこにはない。
青い瞳は同じと言ってもそれは王国や皇国に一番多い色というだけの事。
夫に愛を囁かれた容姿の全てがそこにはなく、あるのは悲痛に歪む顔…

 自分が自分である証拠がどこかにないかと体の隅々まで確認するが…
夜に野獣となった夫が理性を失ってつけてしまった口づけの痕すらそこにはない。
あるのはあの忌々しい腕輪のみ。

 外してしまおうか…そう思っても手が止まってしまう。
エルシャにはこの腕輪がどんな効力を持ったものなのかが未だに分かっていない。
恐らく人の身体を乗っ取る類の物…そう推察出来たとして。
それが自分につけられている意味とは?
これを外したら自分はどうなるのか、それが未知数なのだ。
もしかしたら今のエルシャとしての意識すらも失ってしまうかも…

 エルシャという女を美しいと愛の言葉を囁いてくれた夫…
もうその言葉は聞けないのかもしれない、そんな恐怖がよぎっててしまう。

「…貴方は一体誰なの?」

鏡に写った見知らぬ女に対してついそう呟くのだった…

………
……


 着替えを終え、更衣室から出て行くエルシャ。
店員達に自分の姿を見せて確認させるが…

「おかしい所はないかしら?」

 それを見た二人の率直な感想は、纏っているオーラがどうにも使用人服と合っていない…である。
だが、それを言ったら今回オーダーされた"使用人の服"など全てが似合わないだろう。

「髪を直しましょうか?」

似合わないとも似合うとも言えない店長は何とか誤魔化すために髪を直す事を提案したのだった。

「任せます。時間が無いから手早くお願いね」
「かしこまりました」

なお、この際モブールはひたすら無言で店の隅でボーっと突っ立っているだけである。

(なんで俺こんな所にいるんだろう…???)

そんな事を考えているモブール。
そしてそんなモブールをジッと見てしまうエルシャ。

(なんでモブールは顔が別人なのに私をエルシャだと信じたんだろう???)

一度見れば人の顔を覚えられるエルシャにとって、三歩歩けば過去の事など忘れてしまう馬鹿というのは理解が出来ないのだ。
ただただ首を傾げるしかなかった。

………

「元の服は次来るときまでこちらで保管しましょうか?」
「お願いするわ、何から何まで悪いわね」
「いえ…確認のためお名前だけいただけますでしょうか」
「ええ…」

 そこでふと考えた。
このまま名を告げていい物だろうか?
それはこのハーケーンに着いた時からの経験上の話である。
フレポジェルヌ…ケヴィンの妻であると言って目の前の彼女たちがそれを信じるかという話だ。

 …ハーケーンでは知られすぎている夫の名前、絶対に不信感を持つだろう。
あのギルドの時と同様の対応をされるか、もしくは警備隊に通報される可能性だってある。
なので、エルシャはフレポジェルヌの名前を使う事を控え旧姓を名乗る事にしたのだ。

「エルシャルフィール・フェルエール・フォン・サレツィホールです」
「はい、それではサレツィホール様…またのご来店をお待ちしております」
「ええ、なるべく早く来るようにするので安心して」

そう言って、店を後にするエルシャ。
そしてそれを見送る二人だったが…

「サレツィホールって聞いた事無い家名でしたね…残念」
「知らないの?…まあ、皇国貴族ではないから無理もないのかもしれないけれど…」
「え、皇国の方じゃなかったんですか?…じゃあどこの?」
「シュメール王国よ…サレツィホール侯爵家」
「侯爵家………侯爵!!!???」
「しかも、王国のサレツィホール侯爵家と言ったらその力はシュメール王家を凌ぐとも言われている程…」
「…に、偽物とかは」
「あんなに堂々と?」

 ここハーケーンで王国貴族としての権力は隣国としてのは配慮はするだろうが当然そこまでの効力はない。
だが、それがサレツィホール侯爵家ともなれば話は別だ。
国としての配慮の結果、首の一つや二つ平気で飛ばすだろう…
そんなリスクリターンが合わない家の名前をわざわざ使い詐欺を行う必要などどこにもない。

 思わず顔を合わせる二人…店長の顔は引きつっていた。
チャンスと思って大盤振る舞いをした結果釣れた獲物…それが隣国のヌシレベルだったのだ。
こんな無名の店に訪れた思いがけない幸運…こんな顔にもなろう。
店員はそんな店長の為に自分の手を高く掲げた。

そして…

バチーン!!!

二人の渾身のハイタッチが貴族街に響くのであった…


―――――――――――――――――――――――

 服飾店から出て細々とした買い物を済ませると二人は目についた店にて少し早めの昼食を済ませる事にした。
とはいうもののエルシャは少しつまんだだけで残りをモブールに押し付けその場で書類の作成を始めた。

「なあ、俺の仕事はいつ始まるんだ?」
「既に十分役に立っているでしょう…」
「どこがだよ、お姫様について歩いてるだけじゃねーか」
「それが役に立っていると言っています」

 多少身なりが汚くとも付き人を従えて歩いている…それだけで身分の高い人間だという事が分かる。
その分足下を見られることも少なくなるのだ。
だがそれでもモブールとしては働いている気にはならなないのだ。
本当にこれで大金を貰えるのかと心配にもなってくる。

「んで、お姫様はなにやってんだ?」
「必要な書類をそろえているのです。
冒険者が剣を武器にするように私の武器はこの紙の書類ですからね」

なるほどわからん…

 文字の読めないモブールにはミミズが蠢いている絵でも描いているのかと思ってしまうくらいだ。
頭のいい奴の考える事など自分に分かるわけ無いと諦めて酒の入ったグラスを傾ける。

…美味い酒だ。

 こんな美味しい酒を飲むなど初めてである。
店に入った時にダメ元で酒を頼んでみたのだが、エルシャは少し顔を歪めた後に意外にも許可を出したのだ。
勿論、この美味い酒を飲みながらバカ騒ぎをするわけにもいかない環境ではある。
貴族も出入りするようなこの店で下手に騒げば目の前の雇い主に叩き斬られてしまう。

「お前さんの邪魔してる奴等全員俺に殴り飛ばさせるのかと思ってたけどな。
…たく、そんな紙っ切れで一体どうやって戦おうってんだ?」
「私にできる事は配られたカードで勝負をする事だけです」
「殊勝なこった…ま、好きにしてくれ」
「貴方は違うのですか?」
「お前らお貴族様と違って俺達凡人はカードを持っていたとしても大概が伏せカードなんだよ」
「………」

 自分のなすべき事も分からず不貞腐れて昼間から酒をチビチビと飲んでいる人間…
そんな人間の前でエルシャは自分のなすべき事にひたすら邁進していた。

モブールもその後は一言も喋る事は無く、大人しく雇い主の仕事が終わるのを待つだけだ。
ただまあ…静かに美味い酒を飲むのも人生に一度くらいあっても良いのかもしれない。
そんな気分でもあったのだ…

………
……


「さあ行きましょうか…」

 書類を書き終えたエルシャ、その顔に浮かんでいたのはモブールも見慣れた顔だった。
魔物に切り込みをかける冒険者…それと全く同じような覚悟を以て立ち上がったのだ。
そして、会計を済ませ皇城へと歩いて行く二人…
モブールでもわかる、自分がこれからとんでもない事をやらされるのだという事が。

「それで俺は何をさせられるんだ?」
「貴方、さっき自分のカードが伏せカードだと言いましたね?」
「ああん?それがどうしたよ…」
「貴方のカード、私が使いたいので一枚めくらせてもらいます」

モブールに出来る事は両手を上げ、料理されるのを待つ食材の気持ちに浸る事だけであった。

「…好きにしてくれ」
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