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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

7.謎の令嬢と城門

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「ごめん下さいませ…こちらが使用人の通用口でよろしかったでしょうか?」
「ん?ああ、そうですが…」

 城の裏口、使用人がよく使う通用口に一人の女が訊ねて来た。
今日はパーティーがあるため朝のうちは物品搬入で忙しかったがそれも終わっている。
後ここを通る人間は城で働く使用人達。
殆どが顔見知りであるため門番も暇だったのだが…

「本日のパーティーの手伝いとして参った者です」
「ありゃ、聞いてないな…何か証明になる物は?」
「はい、こちらは『黄金の稲穂』のクランハウスで執事長を務めるジェジルという者からの紹介状です」
「『黄金の稲穂』…?見せてくれ」

 女がその紹介状を見せると、フムフムと読んでいく門番。
だがその顔はみるみるうちに変わっていった。

「あのケヴィンの奥さん???んで、キミがその奥さんの侍女??????」
「はい、皇室のパーティーを拝見したいとジェジル様にお願いしてみた所、その我儘を聞いてもらった形なのですが…
パーティーの事を知ったのもつい先日の事でして突然の申し出で申し訳ありません。
何か不備がございましたでしょうか?」
「あ、いやぁー不備って言うか………おい誰か!!」

 その紹介状を見て焦った門番は慌てて仲間に助けを求めた。
それもそうだろう、なにせあのケヴィンの妻などという話を聞いて簡単に信じられるわけがない。
だが嘘をつくにしたってもっとまともな嘘をつくだろうから混乱もしよう。

門番達が数人集まって真偽を確認するのだが…

「メイド達がケヴィンさんが結婚したって噂してたのは聞いたけど…まさかなぁ」
「ほんとかよ…んじゃ一応そっちに任せた方が良いか」
「…だな」

短いやり取りを終え戻ってきた門番は紹介状を女に返すと、担当者に会わせる旨を伝えて来たのだが…

「担当者の下へお送りいたしますので、その紹介状をそちらでお見せください。
…所であのケヴィンが結婚したって本当なのか?奥さんってどんな人?」

やはり気になるのが噂の真偽、女もこれに困ったかのように一瞬頭を掻き…
そして。その質問に答える。

「ええ、本当ですよ。奥様はエルシャルフィール様と言って王国のサレツィホール家の…「おいお前っ!!!」

 女が答えている途中でそれを遮るような男の声が響いた。
なんだ?と振り向くとそこにはチンピラ風の男が怒りの表情を浮かべこちらに向かってくるではないか。
一瞬驚くも、女にはその顔に見覚えがあった。

「貴方は昨日の…」
「知合いですか?」
「えーと、昨日…」
「お前!昨日はよくもやってくれたな!!」

 男は手に酒瓶を持ち、僅かに酒気を帯びているようだ。
女は頭を抱えて反論する。

「それは、あなたが奥様に絡んできたからでしょう!」

この言葉で門番達は一斉に身構えるが、一足先にチンピラ風の男が行動に出てしまった。

「お前も同じ目に会わせてやる!」

そう言っておもむろに酒瓶を女の頭の上で傾けたのだ。
瓶から流れ落ちるワイン、「きゃ!」と小さな悲鳴を上げて慌ててそれを防ごうとする女であったが…
服がワインまみれになる事を止める事は出来なかった。

 そしてこれに女はというと…
「よくやりました!」と褒めてしまいそうになるのを必死に我慢していたのだった。


―――――――――――――――――――――――


「おい…本当にやるのかよ?」

 決行前、路地裏にて城へ潜り込む方法をモブールに話したエルシャ。
モブールにしても、何かどえらい事に加担させられるというのは分かってはいたがまさか皇城への侵入の手伝いとは思ってもみなかった事だ。
別に斬った張ったをしろと言われているわけではないので命が無いとまでにはならないだろうが…

「ええ、パーティーの招待客が来る時間では遅すぎます。
ケヴィン様に会うためにはここを突破しなければならないのです」

城門前で待っていたい所ではあるが、入城する馬車を止めるのは難しく、しかも入り口も一つではない。

 エルシャルフィールの使者として訪れる事も考えたが、そのためには紋章を象った印なりなにがしかの身分証明ができる物が必要だ。
チャンスを得るため、暗殺の為…そんな理由で訪れる数多くの不審者をいちいち相手にしていられない。
そして自分で言うのもなんだが、エルシャという人間は身の証明が立てられない使者など使わない。
その身分の証明となる物品を全て奪われていてはエルシャルフィールの名前を直接使う事が出来ない。
それ故に、侍女として侵入を試みる事にしたのだ。

「本当に皇女様が狙われてるのか…?お姫様の勘違いなんじゃ…」
「そうであればそれに越したことはありませんが…女神は寛容です。
祈るのは人知を尽くした後、自身の手から離れた時でも遅くはありません」
「嬢ちゃんよく石頭って言われないか?」
「…いえ、初めていわれましたね」

 いつも鋼の頭と言われてるので石は初めてである。
きっと前より物事に柔軟になったという事なのだろう。

「いつもあなたがやっている様にしていただければいいだけです、簡単でしょう?」
「………いや、そうなんだがそうハッキリ言われると」

ここでしょぼくれるのであれば普段の生活態度を見直してほしい限りだ。

「それと剣はそこの物陰にでも捨ててください」
「はぁ!?いや俺の剣無くなったら明日から仕事できねぇよ!」
「衛兵に斬り殺されたいのですか?丸腰なら相手もそこまでの事はしません。
無くなったら後で新しい物をご用意します」

渋々剣を隅の樽の後ろに隠すモブール。
何故だか目の前のお姫様に逆らう気も無くなっており、最早どうにでもなれという心境である。
そしてエルシャはと言うとそんなモブールに剣を手渡すかのようにワインの入った酒瓶を手渡すのだ。

「私の武器はこの紹介状、あなたの武器はその酒瓶です」
「わーったよ、せいぜいお姫様のスカした顔に思いっきりぶちまけてやらぁ」
「その意気です、頼みましたよ」
「へいへい」

………
……


―――――――――――――――――――――――

 突然男が乱入してきて目の前で女性にワインをかけるという暴力行為。
それを目にした門番達が慌ててエルシャからモブールを引きはがしにかかる。
槍の石突でモブールを弾き飛ばすと一人がエルシャの前に立って介抱、そして他の門番達がモブールを取り囲んだ。
相手もただ酔って酒瓶を持っているだけの丸腰、訓練を受けている門番達にとっては取り押さえるのは簡単。
そのはずだったのだが…

「つぅ~…ってめー!!よくもやりやがったなっ!!!」

殴られて頭に血がのぼってしまったモブールはそこで予期しない行動に出てしまった。

ガシャーン!!

 持っていた酒瓶を床に叩きつけ、割れて刃となった酒瓶を武器にしてしまったのだ。
このモブールの計画にない行動にエルシャは目を疑った。
あれほど、大人しくしていれば手荒な真似はされないと言ったのに…

 案の定、門番達はこのモブールの行動に警戒心を高めてしまい、その場にいた全員が槍を構え、剣を抜くのだった。
モブールもすぐに酒瓶を捨てればいい物をそれに対して酒瓶を構えてしまう始末。
ジリジリと間合いを詰めようとする門番達とそれを視線で威嚇するモブール。
これから命のやり取りをしようという緊張感が高まってきてしまう。

そして、お互いの覚悟が出来てしまったその時。

「 お や め な さ い っ ! ! ! 」

 突然、両者に割って入るような怒鳴り声が鳴り響いた。
両者の緊張が一瞬そちらに持っていかれると、その間に割り込むようにエルシャがモブールに詰め寄ってくる。

「貴方はこんなくだらない死に方をしたいのですか!?
命を粗末にしてはいけません!今は大人しくお縄につきなさい!」

 今までその表情を崩すことなく良くも悪くも貴族然としていたエルシャ。
それが初めて見せる怒りの表情で怒鳴りつけられたのだ…
モブールは思わず硬直するもハッとなり酒瓶から手を放し「わ、わりぃ…」と素直に謝ってしまう。

そして、それを見届けたエルシャはモブールに反抗の意思なしである事を示すために背を向け今度は門番達に語り掛ける。

「この方も反省している様子…手荒な真似は致しませんようお願いいたします」

 キリッとした目でそう言って、モブールの代わりに軽く頭を下げるエルシャ。
それで場は静まり返り「あ、ああ…」と門番たちも手荒な事をする事もなくモーブルに縄をかけるのだった。
連れて行かれる直前、モブールがエルシャに向かって縋るような視線を向けるとソレにエルシャは言葉を返した。

「大事にはしたくありませんからすぐに出られるよう取り計らいます。
大人しくしていればすぐに出られるでしょう」
「ああ、わかった…」

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