追放令嬢とフレポジ男:婚約破棄を告げられ追放された侯爵令嬢はあてがわれたド田舎の男と恋に落ちる。

唯乃芽レンゲ

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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

8.謎の令嬢とメイド長

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"猛獣を手なずける聖女"

 正にそんな光景を見てしまったかのような気持ちにさせられた門番達。
すると、ワインで汚れたエルシャを見て突然ハンカチやら手ぬぐいやらを競い合うように差し出し始めた。

「こちらをお使いください!」
「お前の汚いハンカチなど使えるか!こちらをどうぞ使ってませんから」
「なんだと!?お前は存在が汚いだろうが!」
「あんな馬鹿どもは放っておいて私のを…」

 訓練を受けた兵が押し合い圧し合い集団で詰め寄ってくる…軽く恐怖である。
慌てて「自分の物があるのでお構いなく!」と止めさせ、話を別の方向へと持って行く事にする。

「それよりも…」

 エルシャは持っていた紹介状を門番達に見せる。
その紹介状はワインをもろに浴びてしまったらしく書いてあった文字が全く分からなくなってしまっていた。
それを見た門番達は「あちゃー」という顔で困ってしまう。

「どうしましょうか」と呟くエルシャ。
だが、目の前で困っている淑女がいれば全力で助けるのが紳士の務め。

「内容は先ほど確認いたしましたのでご安心ください!」
「あ、ズルい!…そうです!むしろ暴漢からお守りできず申し訳ありません!」
「あ、メイド長を呼んできましょう。
あの人なら使用人に対しての権限がありますからケヴィンさんの関係者と言えば何とかしてくれるはず」

 そう言って、一人の門番が走っていき他の門番達も「安心してください」とエルシャを励ましてくれる。
どうやら皇国の兵士たちは皆紳士らしい。
これ程までに客人に対して親切にしてくれる彼らを騙すような形になってしまい心苦しく思う。

 先ほどのモブールとの一件は勿論計画通りの事である。
そして今こうして紹介状がワインを浴びて文字が分からなくなっている事こそが狙いであった。

 この紹介状は初日に劇場に行った際に貰った紹介状を参考にエルシャが先ほど偽造した物である。
門番くらいなら騙すことが出来ても、立場がありジェジルの字を知っている知り合いがそれを見た場合感づかれてしまうのは当たり前だろう。
なので、その前に証拠隠滅を図ったのだ。
それも、門番達の目の前で不可抗力を確認させたうえで…

 自分が確認した紹介状をやむを得ない理由で破損されてしまった…
この場合どうするべきか…それは上位の者に判断を委ねる事になるだろう。
つまり、より権限のある人間と直接交渉が出来るという事だ。

 モブールが捕らえられてしまったが、ハーケーンでは刑の執行には裁判が必要になる。
なので大人しくしていれば即首を刎ねられるという事は無いはず。
それに加えエルシャが減刑を求める言葉を兵に聞こえるよう声かけしたのだ。
しばらく拘留された後即時解放されるかもしれないし、そうでなければケヴィンと面会をした後に自分がエルシャである事を分かってもらえばコーデリアに謝罪の後に解放してもらえるはずである。


 エルシャの予想通りに門番の一人がメイド達の責任者であるメイド長を呼びに行ってくれた。
しかしながら、他の門番達は不審人物を城に入れないという自分達の職務に忠実であった。
エルシャに対して待っている間に尋問を始めたのだ。

 名前に年齢、ケヴィンとの関係やその妻の事、趣味や休日の過ごし方まで…
エルシャルフィールの侍女という人間を演じている今、この質問攻めは中々に辛い。
エルシャは発言に齟齬が発生しないよう言葉を選びながらゆっくりと答えていく。

(………本当に真面目な方々だ)

 ちなみに、この時のエルシャは自分の姿が変わってしまった事で高嶺の花の標高が下がった事の意味を理解していなかった。
それはきっとどんなに標高が高く幻だと言われても美しい花の為ならどんな険しい山でも気にしない探求者バカが夫だからかもしれない。
致命的な男心の理解不足はいまだ健在であった…

………

 そして、待つこと十分程でメイド長を呼びに行った門番の一人が戻ってきた。
後ろから歩いてきているのがメイド長なのだろう…
何故か門番の男がシュンと落ち込んでいる気がするのだが、もしかしたら小言の一つでも言われたのかもしれない。
そのメイド長がエルシャの前まで来て尋ねた。

「それであなたがジェジルから紹介されたという侍女ですか?」
「はい、我が主はケヴィン・フレポジェルヌ様の妻、エルシャルフィール・フェルエール・フレポジェルヌ様です。
後学の為皇族のパーティーを拝見するためパーティーの手伝いをさせて下さるよう紹介状を書いていただきました。
ただ、少々問題が発生しましてたった今それを破損させてしまいました。
お詫び申し上げると共にどうぞ寛大な処置をお願いいたします」
「顔を上げてください…名前は?」
「エメルと申します」
「エメル…家名は?」
「ただのエメルです」

 エルシャのその挨拶を見てしばし無言のメイド長であったが「見せなさい」とワインで読めなくなった紹介状を求めた。
それに逆らう事無く言われた通りにソレを見せるエルシャ。

「これでは何もわかりませんね」
「どの様な判断をされようとも、今回の一件我らのハーケーンの作法に対しての無知が引き起こしたものと心得ております」
「………」

 それはさも客人にワインをかけて追い返すのがハーケーン流だと言わんばかりの遠回しな嫌味。
そして“我ら”という言葉を使う事によりこれが主であるエルシャフィールへの侮辱であるという圧力。
メイド長とて城で長年働いて来た身の上、この程度の嫌味や圧力などに腹を立てるわけもないが…
言い返さないとも言わない。

「貴方のような方がケヴィン様が傍にいたのではさぞかし苦労なされているのでは?」
「滅相もございません、ケヴィン様はエルシャ様について来た私を家族として受け入れて下さっております」

 そしてまたエメルという侍女を見定める…

………が、ふとその緊張が解けたように感じた。
ケヴィンについての事を聞いて揺さぶりをかけたメイド長。
メイド長にとってエルシャという人間は面識がないがケヴィンという人物なら何度も会ってそれなりに理解している。
そしてそのケヴィンの人物像とこのエメルの話したケヴィンの人物像が一致したのだ。
それは、一般的に知られているケヴィン像とは違った物…
少なくともこのエメルはケヴィンと近しい人間である事は間違いなさそうであると判断した。

「仕事を任せるかはともかくケヴィン様の関係者をそのままの格好で帰らせるわけにはいきません、ついて来て下さい」
「感謝いたします」

 そう言うとメイド長は城の方へと歩いて行ってしまう。
エルシャも侍女エメルとしてその後をついて行くのだが…その前に。

「皆様、助けに入ってくれた事感謝いたします。
本日は大変でしょうが不審な者も多いと聞きます…お仕事頑張ってください」

「それでは…」とお辞儀をするエルシャに対して思わず敬礼をしてしまう衛兵たち。
そして門番達に微笑を浮かべて去っていく…
この後、兵達がエメルという女性の事を必死に捜査した事は言うまでもないだろう…
勿論犯罪捜査ではなく下心による捜査である。


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