追放令嬢とフレポジ男:婚約破棄を告げられ追放された侯爵令嬢はあてがわれたド田舎の男と恋に落ちる。

唯乃芽レンゲ

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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

9.助っ人メイドと皿洗い

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 メイド長に案内を受けるエメルエルシャであったがその道すがらそのメイド長から話を振られた。

「失礼ですが、ジェジルからは貴方が来ることを聞いておりません。
彼がそのような仕事をするのは初めての事です」
「ジェジル様もお年なのかもしれません。昨日は特に酷くまるで別人でしたので…」
「別人…?」

 エメルがエルシャである事をこの場で話す事も出来たかもしれない…
だが、それをした場合待っているのはエルシャルフィールを知る者との面会である。
そしてその場合、確実にエメルは牢の中に放り込まれるだろう。
十人見たら十人が別人と答える程今のエメルはエルシャとは似ても似つかない…
まあ、千人見たら一人は同一人物と思う人間も出てくるようだが。

 そんなわけで、ケヴィンと接触するまでは正体は隠しエルシャルフィールに仕える侍女エメルを継続する事にしたエルシャ。
しかし、何とか情報だけは流さなくてはならない。
相手の警戒心を引き出すために言葉を選ぶ。

「私がこのパーティーに興味を持ったのも、そのジェジル様が見知らぬ男と今日のパーティーで変わった趣向の催しが計画されているという話しをしている所を目撃したためです。
エルシャ様からはケヴィン様の助けになるようにと仰せつかっております」
「そう、それは存じ上げませんでした…では、こちらへどうぞ」

 このメイド長が奴等の仲間ではないという確証もないためハッキリとした言葉にもできない。
だが、メイド長の方が何かを察した様子…
帰らせるための着替えをするための部屋ではなくメイド達の控室のような場所へと通された。

「この方に服の用意をして差し上げて、今日の準備の助っ人です」
「え、今からですか?…わかりました」

そしてメイド長はくるりとエメルの方へと振り返るととんでもない事を言いだしたのだ…

「とりあえず皿洗いでもしてもらいましょうか…」

………
………
………
さらあらいとは………???


―――――――――――――――――――――――

…パリン

……パリン

………パリン

「割りすぎ割りすぎっ!!!十分で三枚って最短記録よ!?」
「…これでも割る間隔は長くなっていると思いますが?」
「コレでよく使用人なんてやろうと思ったわね!?」
「…さ、皿洗いというのはたまたまやったことが無かったのです」

正確に言うと、皿を洗えなどという指示を出した事すら無い。
皿は奇麗な状態で食卓に並べられる物で、エメルの仕事は使用人たちの仕事ぶりに日々感謝をする事だけだ。

「…念のために聞くけど、どんな仕事ならやった事があるの?」

仕事…?
仕事…仕事…ハッ!

「パーティーの設営…」
「ふむ…」
「…の指揮」
「指示するだけかーい………がっくし」

 このメイドにはケイトと同じ空気を感じる…ハーケーンの国民性なのだろうか?
王国では珍しい猫耳の獣人メイドにエメルが勝手に親近感を感じていると、用事を終えたメイド長が様子を見に来たようだ。
そして、エメルのお目付け役であったメイドがメイド長に向かって文句を言った。

「メイド長ーこの人使えませんって…」

(ガーン!!開始十分で一体何が分かるというのですか!?)

…と思ったが、割れた皿の残骸を見て一瞬メイド長の頬が引きつった気がしたので抗議は止めておいた。

「何かできる事は無かったのですか?」
「パーティーの設営を指揮する事は出来るそうですよー」
「…そうですか、ならこちらに来てください」
「………へ?」

 堅物メイド長が叱責もなしに得意と主張する役職を割り振る相手…
そして、それがさも当然かの様にメイド長の後に続くエメル。
近くでその光景を目の当たりにしたメイド達は全員戦慄を覚えた。

「え?え?…どんなコネ???」
「知ってる???」
「知らないわよ…」

とりあえず、メイド達全員の中で彼女に逆らうのは止めておこうという共通認識が生まれたのだった。
皇城に仕える使用人とは竜の尻尾を踏んでしまわないような政治的バランスというか嗅覚というか…そういった物が重要なのだ。

………
……


「これが今日のパーティ運営に関する資料です、当然ですが警備計画は除外してあります。
十分程時間をあげますので覚えてください…それが出来ないのであれば…「質問よろしいですか?」…なんでしょう」

メイド長の執務室に連れてこられたエメルは与えられた資料に目を通しながらも注意しなければならないキーワードについて尋ねた。

「『薔薇』と聞いて何か該当する趣向を用意しておりますか?」
「『薔薇』ですか?…いえ、こちらでは把握しておりません」
「そうですか…趣味の悪い『薔薇』が出回っているそうなのです。
あと…それが『薔薇』かどうかは分かりませんが、腕輪やブローチの類…そういった物を配ったりなどは?」
「腕輪には既に注意を払っておりましたが…ブローチですか」
「………ジェジル様の胸に黒いブローチが」

そしてメイド長は言葉を失い目を伏せてしまった。
高齢の使用人同士…きっと知らぬ間柄ではないのだろう。
二人の関係を知らないエメルにはかける言葉などない…そのため、気づかぬふりをし資料を読み終えた。

「覚えました」
「………装飾担当は?」
「カザルです」
「<記憶術>ですか、そう珍しい物でもありませんが…」

かといって多いというわけでもない。
<スキル>を持つ人間の中でその<スキル>を持っている者は多いという意味だ。
高級貴族であれば秘書に一人くらいはいる…その程度には少ない。
そしてメイド長もその<スキル>を保有している有名人を一人知っているのだが…
だからといってエメルをコーデリアに会わせられるほど信用はしていない。

 エメルの要求はパーティーで計画されている何かへの警戒とそのキーワードを伝える事、それとケヴィンとの面会…
そして、メイド長自身も目の前のエメルという女性に警戒されている…
つまり城の中に共犯者がいるという可能性を考えているのだ。

しばしの沈黙の後、仕方がないとばかりにメイド長がエメルに話す。

「『宵闇の鐘』という組織をご存じ?」
「たしか…ハーケーンを拠点とした大規模な犯罪組織でしたか。
邪神の信奉者であったとか…」
「彼らが最近使っている『祝福の腕輪』と呼ばれる魔道具があります。
その効果が着けた人間に別の人間の意識を上書きするという物…」
「なっ!………女神を愚弄するというのですか!?」
「彼らは邪神の信奉者なのですよ」

エメルは自らの腕を抱えその恐ろしい行いに怒り、そして自身にその腕輪が着けられている恐怖に震えた。

「私は別の仕事をしなければならなくなったのでパーティーの設営指揮をあなたにお任せします」
「かしこまりました」

そう言うとメイド長は人を呼んでエメルにパーティー設営の指揮を委任する事を伝え後を任せた。

………

そして、一人になった自室で思わず呟くのだった。

「ジェジル…」

 同じ人生を歩むには至らなかったとはいえ、一度は愛し合った仲。
いつものように毅然とした顔を保っていられるか…それは自分でも分からなかった。
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