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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)
閑話.(過去・後編)侯爵と西方羊
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「王国の最西端ってどんな所か気になるわ!」
そう言ってフレポジェルヌ子爵を引っ張って行ってしまう姿を見つめる侯爵。
(………不安だ)
娘のルフィアから湧き出る不穏な空気。
この優秀な娘の事、何か企んでいた場合父親である侯爵に相談するのは既に自分が拒否する事が出来ない所まで話が進んでから。
やる事は契約書にサインをするだけになっている可能性が非常に大きい。
何としてでも先に手を打たねばならない。
そう思いパーティーは長男に任せ侯爵も後をついて行ったのだが…
「まあ!おばさま、肌綺麗!」
「あらやだ、そんな事無いわよ、ルフィアちゃんにはかなわないわ」
「いやいや、ハルファは本当に奇麗だよ」
「もう、オットーったら…そんなにおだてても何も出ませんよ」
「ハハハッ、そんな事無いさ。こう言っておくとご飯が美味しくなるんだよ」
「まあ…お二人は素敵ですね。でも本当に奇麗な肌…何か秘密がありそうですね?」
「うーん…ああ、あれかな?温泉」
「ああ、そうかもしれないわね。うちの温泉に毎日入ってるから…」
「まあ、温泉があるのですか!?…いいな~私も入ってみたい!」
「あらあら、ルフィアちゃんならいつでも歓迎よ!」
「うんうん、いつでもいらっしゃい」
「ほんと!?なら…」
………一瞬で打ち解けていた。
エルシャと同じく優秀であり今後どんな上級貴族家に嫁がせるかと悩むも、少しでも気に食わないと牽制してくる娘…
それがよりにもよって、西方のド田舎の子爵家に興味を持ってしまうとは。
悪夢である。
大事な娘を辺境の地へと送り出す事は何としてでも避けなければならないのだが…
「そ、そうだオットー。お前何か欲しい物があるんじゃないのか?
フレポジェルヌ領まで行く商人など少ないから色々入用だろう」
侯爵は全力で話を逸らすためにフレポジェルヌ領は商人も行かないようなド田舎である事をアピールしておく。
そしてそれを振られた子爵の方はと言うと…
「必要な物ですか…?うーん何かな~」
考え込んでしまった…
(いやいや、そんな事あるのか?フレポジェルヌ領だぞ?全てが足りないと言われてもおかしくないだろ?
ほら、今なら何でも用意してやるからルフィアが興味を失うくらい要求してくれ…!)
そしてそこで夫人の方が助け舟を出した。
「オットー、ほらケヴィンに頼まれた…」
(…お?)
「おお!あれです…シルク生地!いやぁ~息子が結婚式の花嫁衣裳を作るために用意していた分をきらしてしまってね」
「「………???」」
準備していた花嫁衣裳の生地が不足するという状況が分からずフリーズした二人に子爵は説明をした。
何でも子爵の息子であるケヴィンという男、何度も結婚式で花嫁から逃げられその都度衣装が無くなるため毎度用意しなければならなくなるのだとか…
ついこの間も逃げられたのでまた必要になったのだとか。
当然、『その男大丈夫なのか…?』という疑問が浮かんだのだが、しかしルフィアの方はそうではなかったらしい。
「あれ?…それじゃあ、シルクよりも先に花嫁さんを用意しなければならないんじゃありません?」
「まあそうなるわねぇ」
(あ、この流れまずい…)
そして、侯爵が力業でこの話を終わらせようとするよりも一瞬早くルフィアが声を発したのであった…
「ちょっまっ…「じゃあ私が立候補します!!」
「「採用!!」」
………侯爵の敗北であった。
―――――――――――――――――
侯爵は膨れっ面のルフィアの前で涼しい顔を装っていた。
あの後ノンストップで契約書を用意しようとするルフィアを止め、娘を嫁がせるならば父親同士の話という物もあると言い聞かせてその場を何とか逃げ切ったのだ。
正式な書面は酒の入っていない時に日を改めてという事になっている。
ちなみにルフィアはこの後公務の為に一時サレツィホール領を離れる事になっている。
まことに残念な限りである。
「所で結局あのフレポジェルヌ子爵ってお父様とどんな関係なの?」
「ああ…昔、旧アズマール王国…今のアズマール共和国との戦の際に部下だった男だ」
「へぇ…お父様が一目置いてるくらいだから何か凄い活躍をしたの?」
「うーむ…ある意味凄かった…?」
「………???」
その戦場で能力はあるが会うたびに喧嘩をするほど仲の悪い二人がいた。
一人は剣に、一人は魔法に特別な才能を持った二人。
普段なら別々に使うのだが、とある作戦でどうしても二人一緒に動いて欲しかった。
だが二人を一緒にすると絶対喧嘩になり作戦どころではない…そんな時に子爵に目が留まったのだ。
子爵に特段秀でた能力は見られなかったのだが、一点、問題の二人の共通の友人だったのだ。
二人とも出会ったのは戦の中だったが子爵の頼りなさがほおっておけなかったのだろう。
二人共ども子爵に対して世話を焼くのだ…
そんなわけで二人の間に子爵を置いて放り出してみる事にしたのだ…
なに、元々優秀な二人だ、問題があれば高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してくれるはず。
そして結果は直ぐに出た…なんと二人共ども素晴らしい戦果を挙げてきたのだ。
もちろん子爵自体の戦果ゼロだ。
「どうやったのだ?」
ひねった首が痛い侯爵は思わず子爵に聞いた。
「??何のことです?いやー、お二人ともお強いですねー」
このポヤポヤして危なっかしい子爵を見て考える。
なんとなくだが、二匹の狼が競って羊に狩りのやり方を教えてる姿を幻視してしまった。
そして、戦は程なくして終戦を迎えた。
戦場で侯爵がうっかり取り逃がしてしまった将軍の一人が、敗走の責任を取らされる事を恐れて謀反を起こしたことがきっかけだ。
その反乱は旧アズマール王国の貴族派が国王派を奇襲する形で王家の人間達を全て根絶やしにしてしまったのだ。
しかもその後に実権を握るはずであったその将軍も流れ矢にあたり不運の戦死…
そんな状態で戦を続けられるわけもなく、旧アズマール王国は降伏…賠償金と領地割譲を受け入れ共和国となった。
なお、戦後その二人はそれぞれ子爵の所に訪れ自分の下で働かないかとスカウトをしたらしい…
子爵家を継がなくてはならないと聞いてがっかりしていた。
二人とも口をそろえて言う…「あいつを育てたのは私だ」…と。
侯爵も気になって子爵の剣と魔法がどれほどの物か手合わせをしてみたが…なるほどわからん。
侯爵には才能の片鱗も感じられなかった。
もしかするとそれぞれ特化した才能を持つ天才たちには何か見えているのだろうか…?
…そして評価についても頭を抱えた。
指揮官として配置したなら評価もできるが、むしろ部下として配置したのだ。
部下がボンクラすぎて上司たちが頑張った結果素晴らしい功績を収めた…
眠れる羊が眠ったまま挙げた功績をどう評価しろと??
本当であれば褒美は何もなしでも構わないと思ってはいたが、問題は例の二人である。
何もしないで田舎へ返したら後で何を言われるか…
仕方ないので嫁がまだいないと言っていたので縁談を手配してやることにした。
…が当然行先は王国の最西端の辺境、もはや追放と言ってもいい場所なのだ。
そうそう簡単には見つからず、やっとの思いで見つけたのが戦で攻め落とした街で捕虜にした貴族の娘。
伯爵家の五女だった故に敗戦国に身代金を要求していたのだが、その伯爵家自体が当主が戦死し土地も失い維持することが不可能。
知人もおらず敗戦でどこも火の車で引き取り手が無く放逐され天涯孤独となってしまった哀れな娘。
家族を殺した戦勝国の男との縁談という白羽の矢で致命傷の傷を負った令嬢は何もかもを失い生気を失った表情で見合いの場に現れた。
だがしかし子爵はというと、その令嬢を一目で気に入ったようだ。
侯爵家の用意した縁談で子爵も気に入った…令嬢には悪いがこの縁談は既に決まったようなものだった。
そして一週間後…
侯爵は笑顔で手を取り合って去っていく二人を見送っていた。
………ナンダアレ?
まあそんなこんなで、フレポジェルヌ子爵という男とは田舎から出てくるときにたまに顔を合わせる間柄となったのだった。
夫人もなんだかんだで幸せそうで何より。
そしてフレポジェルヌ子爵への侯爵としての評価は無害だが能力があるわけでもないのに人が勝手によってくる訳のわからない男という物であった。
そしてそんな侯爵の話を楽しそうに聞くルフィア…
しまったと思いつつも、子爵と娘をどのように誤魔化すのか思案する侯爵であった。
そう言ってフレポジェルヌ子爵を引っ張って行ってしまう姿を見つめる侯爵。
(………不安だ)
娘のルフィアから湧き出る不穏な空気。
この優秀な娘の事、何か企んでいた場合父親である侯爵に相談するのは既に自分が拒否する事が出来ない所まで話が進んでから。
やる事は契約書にサインをするだけになっている可能性が非常に大きい。
何としてでも先に手を打たねばならない。
そう思いパーティーは長男に任せ侯爵も後をついて行ったのだが…
「まあ!おばさま、肌綺麗!」
「あらやだ、そんな事無いわよ、ルフィアちゃんにはかなわないわ」
「いやいや、ハルファは本当に奇麗だよ」
「もう、オットーったら…そんなにおだてても何も出ませんよ」
「ハハハッ、そんな事無いさ。こう言っておくとご飯が美味しくなるんだよ」
「まあ…お二人は素敵ですね。でも本当に奇麗な肌…何か秘密がありそうですね?」
「うーん…ああ、あれかな?温泉」
「ああ、そうかもしれないわね。うちの温泉に毎日入ってるから…」
「まあ、温泉があるのですか!?…いいな~私も入ってみたい!」
「あらあら、ルフィアちゃんならいつでも歓迎よ!」
「うんうん、いつでもいらっしゃい」
「ほんと!?なら…」
………一瞬で打ち解けていた。
エルシャと同じく優秀であり今後どんな上級貴族家に嫁がせるかと悩むも、少しでも気に食わないと牽制してくる娘…
それがよりにもよって、西方のド田舎の子爵家に興味を持ってしまうとは。
悪夢である。
大事な娘を辺境の地へと送り出す事は何としてでも避けなければならないのだが…
「そ、そうだオットー。お前何か欲しい物があるんじゃないのか?
フレポジェルヌ領まで行く商人など少ないから色々入用だろう」
侯爵は全力で話を逸らすためにフレポジェルヌ領は商人も行かないようなド田舎である事をアピールしておく。
そしてそれを振られた子爵の方はと言うと…
「必要な物ですか…?うーん何かな~」
考え込んでしまった…
(いやいや、そんな事あるのか?フレポジェルヌ領だぞ?全てが足りないと言われてもおかしくないだろ?
ほら、今なら何でも用意してやるからルフィアが興味を失うくらい要求してくれ…!)
そしてそこで夫人の方が助け舟を出した。
「オットー、ほらケヴィンに頼まれた…」
(…お?)
「おお!あれです…シルク生地!いやぁ~息子が結婚式の花嫁衣裳を作るために用意していた分をきらしてしまってね」
「「………???」」
準備していた花嫁衣裳の生地が不足するという状況が分からずフリーズした二人に子爵は説明をした。
何でも子爵の息子であるケヴィンという男、何度も結婚式で花嫁から逃げられその都度衣装が無くなるため毎度用意しなければならなくなるのだとか…
ついこの間も逃げられたのでまた必要になったのだとか。
当然、『その男大丈夫なのか…?』という疑問が浮かんだのだが、しかしルフィアの方はそうではなかったらしい。
「あれ?…それじゃあ、シルクよりも先に花嫁さんを用意しなければならないんじゃありません?」
「まあそうなるわねぇ」
(あ、この流れまずい…)
そして、侯爵が力業でこの話を終わらせようとするよりも一瞬早くルフィアが声を発したのであった…
「ちょっまっ…「じゃあ私が立候補します!!」
「「採用!!」」
………侯爵の敗北であった。
―――――――――――――――――
侯爵は膨れっ面のルフィアの前で涼しい顔を装っていた。
あの後ノンストップで契約書を用意しようとするルフィアを止め、娘を嫁がせるならば父親同士の話という物もあると言い聞かせてその場を何とか逃げ切ったのだ。
正式な書面は酒の入っていない時に日を改めてという事になっている。
ちなみにルフィアはこの後公務の為に一時サレツィホール領を離れる事になっている。
まことに残念な限りである。
「所で結局あのフレポジェルヌ子爵ってお父様とどんな関係なの?」
「ああ…昔、旧アズマール王国…今のアズマール共和国との戦の際に部下だった男だ」
「へぇ…お父様が一目置いてるくらいだから何か凄い活躍をしたの?」
「うーむ…ある意味凄かった…?」
「………???」
その戦場で能力はあるが会うたびに喧嘩をするほど仲の悪い二人がいた。
一人は剣に、一人は魔法に特別な才能を持った二人。
普段なら別々に使うのだが、とある作戦でどうしても二人一緒に動いて欲しかった。
だが二人を一緒にすると絶対喧嘩になり作戦どころではない…そんな時に子爵に目が留まったのだ。
子爵に特段秀でた能力は見られなかったのだが、一点、問題の二人の共通の友人だったのだ。
二人とも出会ったのは戦の中だったが子爵の頼りなさがほおっておけなかったのだろう。
二人共ども子爵に対して世話を焼くのだ…
そんなわけで二人の間に子爵を置いて放り出してみる事にしたのだ…
なに、元々優秀な二人だ、問題があれば高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してくれるはず。
そして結果は直ぐに出た…なんと二人共ども素晴らしい戦果を挙げてきたのだ。
もちろん子爵自体の戦果ゼロだ。
「どうやったのだ?」
ひねった首が痛い侯爵は思わず子爵に聞いた。
「??何のことです?いやー、お二人ともお強いですねー」
このポヤポヤして危なっかしい子爵を見て考える。
なんとなくだが、二匹の狼が競って羊に狩りのやり方を教えてる姿を幻視してしまった。
そして、戦は程なくして終戦を迎えた。
戦場で侯爵がうっかり取り逃がしてしまった将軍の一人が、敗走の責任を取らされる事を恐れて謀反を起こしたことがきっかけだ。
その反乱は旧アズマール王国の貴族派が国王派を奇襲する形で王家の人間達を全て根絶やしにしてしまったのだ。
しかもその後に実権を握るはずであったその将軍も流れ矢にあたり不運の戦死…
そんな状態で戦を続けられるわけもなく、旧アズマール王国は降伏…賠償金と領地割譲を受け入れ共和国となった。
なお、戦後その二人はそれぞれ子爵の所に訪れ自分の下で働かないかとスカウトをしたらしい…
子爵家を継がなくてはならないと聞いてがっかりしていた。
二人とも口をそろえて言う…「あいつを育てたのは私だ」…と。
侯爵も気になって子爵の剣と魔法がどれほどの物か手合わせをしてみたが…なるほどわからん。
侯爵には才能の片鱗も感じられなかった。
もしかするとそれぞれ特化した才能を持つ天才たちには何か見えているのだろうか…?
…そして評価についても頭を抱えた。
指揮官として配置したなら評価もできるが、むしろ部下として配置したのだ。
部下がボンクラすぎて上司たちが頑張った結果素晴らしい功績を収めた…
眠れる羊が眠ったまま挙げた功績をどう評価しろと??
本当であれば褒美は何もなしでも構わないと思ってはいたが、問題は例の二人である。
何もしないで田舎へ返したら後で何を言われるか…
仕方ないので嫁がまだいないと言っていたので縁談を手配してやることにした。
…が当然行先は王国の最西端の辺境、もはや追放と言ってもいい場所なのだ。
そうそう簡単には見つからず、やっとの思いで見つけたのが戦で攻め落とした街で捕虜にした貴族の娘。
伯爵家の五女だった故に敗戦国に身代金を要求していたのだが、その伯爵家自体が当主が戦死し土地も失い維持することが不可能。
知人もおらず敗戦でどこも火の車で引き取り手が無く放逐され天涯孤独となってしまった哀れな娘。
家族を殺した戦勝国の男との縁談という白羽の矢で致命傷の傷を負った令嬢は何もかもを失い生気を失った表情で見合いの場に現れた。
だがしかし子爵はというと、その令嬢を一目で気に入ったようだ。
侯爵家の用意した縁談で子爵も気に入った…令嬢には悪いがこの縁談は既に決まったようなものだった。
そして一週間後…
侯爵は笑顔で手を取り合って去っていく二人を見送っていた。
………ナンダアレ?
まあそんなこんなで、フレポジェルヌ子爵という男とは田舎から出てくるときにたまに顔を合わせる間柄となったのだった。
夫人もなんだかんだで幸せそうで何より。
そしてフレポジェルヌ子爵への侯爵としての評価は無害だが能力があるわけでもないのに人が勝手によってくる訳のわからない男という物であった。
そしてそんな侯爵の話を楽しそうに聞くルフィア…
しまったと思いつつも、子爵と娘をどのように誤魔化すのか思案する侯爵であった。
応援ありがとうございます!
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