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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)
38.フレポジ夫婦と白い竜
しおりを挟むパキーン…
そんな金属音と共にメルキスの剣の刀身が床に落下、そして崩れ落ちるメルキス。
そんなメルキスの胸元には真っ二つに斬られたブローチ。
フィフティフが見つけエルシャがその危険に気が付いたため即座に行動したのだ。
「あのブローチって…」
ケヴィンもようやくエルシャの意図に気が付いたのだが、そんなエルシャにはフィフティフの黒い霧が襲い掛かっていた。
「!!!」
「貴様、よくも!!」
メルキスのブローチを破壊され目標を見失った黒い霧が今度はエルシャへと絡みつこうとする。
しかし、それをエルシャは手に持っている短剣を振り回し懸命に払っていった。
「ヴェルイードの加護を邪魔しおって…愚か者が!」
「死の加護など誰が要る物ですか!!」
そうこうしている内に今度は止まっていたゴーレム達までもが再び動き出し始めた。
先程までの勝利に気が緩んだ後、これには騎士達にも動揺が広がっていく。
エルシャの方もフィフティフの放つ邪気とエルシャが放っていると思しき神聖な覇気がぶつかり合っている状況。
そして最悪な事に現状を何とかしてくれそうなはずのメルキスは魂が抜けたように折られた剣を見つめブツブツと呟いているのだ…
どうしたものかと頭を抱えてしまうケヴィンであった。
「ケヴィンさん!」
慌ててケヴィンの下にライムの姿をしたコーデリアが寄ってきた。
「えっと…」
「コーデリアです」
言われてカルディエの方に視線を向ける。
「ええ、そちらは私の<贋作>で違う姿を見せてるだけ」
「………って事は」
続いて今度はエルシャの方に視線を向け確認する。
「じゃあ、本当に?」
「そっ…あのお姫様よ」
「そっかー………やっべぇ」
今更ながらに焦り始めるケヴィンとそれを見て呆れるカルディエであった。
しかし今はそれどころでもない。
「ケヴィンさん!それよりもあっちをどうにかしないと」
「あ、ああ勿論なんだが…あれは一体どうなってるんだ?」
エルシャとフィフティフ、二人の空間は神聖な気と邪気が入り乱れケヴィン達も本能的に近寄りがたい気配になってしまっていた。
そんな空間の中で二人は言い争いをしていたのであった。
「女神が求めるだけの生贄を捧げ、我らが魂はヴェルイード様の楽園へと送られ救われる!
死をもって全てを愛して下さるヴェルイード様の慈悲を分からぬ獣どもめ!!」
「死後の世界に救いを求めるなど何と愚かな…死者の魂は全て花の大地へと送られます。
そこは善悪も女神の意志すら無い魂の坩堝、楽園などではなく次代の魂の糧でしかありません。
ロアリス様は今を生きる者にこそ楽園をお望みなのです!」
「貴様と…貴様らと同じ場所に送られるだと?ふざけるな!!!
もしこの世界に楽園があるなら今それを見せてみろ!」
「女神は個々人の意志を認めております、それはつまり楽園は自身自らが探し求めなければならない場所であるという事。
それこそが女神が我々人類に求めた試練です!」
「個々人意志を認めるのならば私がヴェルイード様の楽園を求める事も正しいという事ではないか!」
「借り物の身体でよくもぬけぬけと…今生を捨て他者を脅かし得た物の何処が楽園か!」
二人の会話にケヴィン達の顔も引きつってしまう。
勿論、心情的にはエルシャを応援しているし、立場的にもそうしなくてはならないのだが…
しかし、どちらも譲歩するつもりの無い会話がどれほど不毛な物か…それを目の前でまざまざと見せつけられているのだ。
そして、何よりも簡単に近づけない理由があった。
「なんじゃありゃ???」
それは二人の間に生じた衝突の中から何か人の様な…しかし畏れを抱くような何かが現れようとしていたのだ。
「フィフティフの思い描く最も強い存在を『鏡の悪魔』が写し出そうとしている…とか?」
狂信者の考える最強…それはまさしく邪神ヴェルイード。
そして…
「ええ、そしてそれがエルシャの思い描く最も強い存在と競合してるんだと思います…」
「邪神ヴェルイードに対抗しうる最強の存在…もしかして、ロアリス様とかだったりする?」
「………エルシャなら多分」
それを聞いてカルディアが思わず唸ってしまう。
「って事はつまり…あのお姫様はあそこで宗教戦争やってるって事???」
「「まあ、そうなるのかなぁ…」」
「んなばかな…」
カルディエは自分が喧嘩を売った相手が"ぶっ飛んでいた"事に恐れを抱いていた。
「さて…」
再び剣を構えるケヴィン。
「どうするつもり?」
「新妻が戦っているのに夫がへばってるわけにはいかないだろ?」
「あら、ここにもいい女がいるわよ?」
「…イイ女と自分の嫁は別物だ、怒られる前に助けないと」
「それはそうね…私も少しばかりムキになってたわ。
本当に欲しい物なんて全部持ってるのにね…」
「???…まあいいや、なんか動けなくなってるメルキスを頼んだ」
「あれ何してるのかしら?」
「知らん…いくぞ!」
――――――――――――――――――――
「いやー、すっかり遅くなっちゃったね」
「途中で面倒ごとに巻き込まれちゃいましたからね?」
「あんたたちがあんな奴等とまともに会話しようとするからよ…話が通じない事くらい少し考えればわかるでしょーが。
これならまだこの子の方が幾分か賢いわ、まったく」
「「いやー、あはは………」」
「見えてきましたよ…ってあれ、ご主人様!」
「あちゃー、アレ邪神の結界だね」
「………まあでも、まだ結界が張られたままって事は中で抵抗を続けてるって事よね」
「だね、システィーお願い」
言われたシスティーナは小さく頷き女神に祈りを捧げると大きく息を吸った…
―――――――――――――――――――――――
ケヴィンが駆け出すとカルディエもメルキスに向かって鞭を放った。
その鞭がメルキスを捕らえ引っ張り上げる。
しかし、その状態になってもメルキスに反応はなく「こりゃダメだ…」とあきらめの境地で戦闘不能者を集めている場所へ捨てることにしたのであった。
そして、ケヴィンの方はと言うと神聖な気と邪悪な気が入り乱れる空間へと突き進んでいた。
「エルシャ!」
剣を突き出し、闘気で道を開きながらエルシャに呼びかける。
「エルシャ、こっちだ!」
「ケヴィン様!?」
刺し伸ばされた手に必死に縋りつくエルシャ。
掴んだその手は力強く引き寄せられ、エルシャは夫の胸の中へと包み込まれた。
邪気が入り乱れるこの空間だというのに夫の恐ろしいとも思える力に包まれ途端に安心感が湧いてくる。
だがこの温かさを味わっている暇など無かった。
「ケヴィン様、あの者を止めないと!!」
「………」
「ケヴィン様………???」
汗がにじみいつになく真剣な夫の表情。
だがそれがエルシャを見て一瞬和らいだ…
フッと笑いかけたかと思った次の瞬間、ケヴィンはエルシャを放り投げたのだ。
「カルディエ、頼む!」
「ケヴィン様!」
カルディエの鞭に乱暴に引き寄せられるエルシャ。
文句の一言でも言いたかったがそれどころではない。
慌ててケヴィンの方を見ると、ケヴィンは邪気の嵐の中フィフティフと対峙し何とか近づこうとしている。
フィフティフが試みようとしているのは邪神の模倣…
それが成功したとするとどのような結果が待ち受けているかなど知りたくもない。
命を賭けてでも止めなくては…そう思いケヴィンの下へと戻ろうとするエルシャをカルディエは拘束して引き止めていた。
そんなカルディエに対して怒鳴りつけようとしたその時。
コーデリアが呟いた。
「来た…」
「………???」
その言葉に動きを止めたエルシャはつられて周囲を伺うと。
歌が聞こえる…
「これは…聖歌?」
女神が伝えたとされる、とうにその言葉の意味など失われた口伝だけで伝わる歌…
(でも一体どこから?)
その疑問に応えるかのようにコーデリアが空を見上げる。
コーデリアにつられて空を見上げると。
その瞬間であった。
パリーン………
そんな音と共にパーティー会場を包んでいた結界が割れていったのだ。
「結界が…壊れた?」
そして次に聞こえたのはズドーンという大きな音、そして微かなプチッという音。
ケヴィン達が対峙していたその場所に大きな竜が姿を現したのである。
美しい竜…
その存在に伝承で伝えられた伝説の竜の話の記憶にたどり着く。
邪神ヴェルイードが召喚した邪竜と壮絶な死闘を繰り広げたという伝説。
白い羽毛のある竜…神竜。
………
「ん?…ぷちっ?」
美しい竜とか神竜とかはそんな物より重要な問題があった。
あろうことか、その神竜はケヴィンがいた正にその場所の真上に落ちてきたのだ。
巨大な竜が頭から落ちてきたら普通の人間は一体どうなるというのか?
エルシャの脳裏『未亡人』という言葉が浮かんだのだ。
そしてその美しい竜は無慈悲にも口を開いたのだった。
「見て見てヒイロ!ケヴィン捕まえた!!」
………
「わ、わ、それはダメでしょ!ケヴィンは蝉じゃないんだから!」
「そんなの知ってるよ、蝉は小さくて捕まえるの大変だけどケヴィンは簡単に捕まえられるんだよ!」
………
………
………
「ケ、ケ、ケ、ケヴィン様っっーーー!!!!!」
エルシャの叫び声が皇都に響き渡るのであった…
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