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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

44.フレポジ夫人VSエルフの姫君

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エルシャが目覚めてから数日後、ケヴィンがヒイロを紹介するための正式な機会が訪れた。
面会の為に用意されたお茶会、そこには婚約者としてコーデリア皇女の姿もあった。

「そう言えば、アネスとシスティーはどうしたの?」
「二人は逃げ…げふんげふん、姉貴はドーラを連れて散歩ついでにお使い、ティナは急に大事な用事を思い出して出かけたよ」

因みに二人ともエルシャが目を覚ました当日にお見舞いに来てくれていた。
エルシャの体調機嫌とケヴィンの縋るような目を見て、手早く面会を済ませて以降ほとぼりが冷めるまで忙しくなる事が決まったのだ。
そんな事は知らないヒイロはコーデリアに頼まれ皇都での仕事に明け暮れていたのだが…

「ふ~ん、でもケヴィンにこんなしっかりした奥さんが来てくれるなんてねぇ…これで一安心だよ、うんうん」
「………」「………」
「…え、なんでそんな哀れみの眼で見られてるの?」
「お前がおめでたい奴だからだよ…まあ、頑張れ」
「ヒイロ様…ファイト」
「へ???」

そして、ヒイロの知らぬ間に戦いのゴングが鳴り響いたのであった。


「それじゃあ遠目では見たとは思うけど、改めて紹介するよ。俺のダチで"黄金の稲穂"のリーダー、ついでに公爵様なんて似合わないものもやってるヒイロだ…」
「どうせ似合いませんよ…ヒイロ・シュージーンです、よろしくね」

(これが、あの…)

この場合の"あの"は今までの話からとても失礼な"あの"になっている。
パーティ―会場では遠目でしか見ていないが、悪魔が写し出した偽物と比較すると全く雰囲気が違っていた。
あの冷たい眼差しではなく…どこか自然とその場の空気を温和にするような…そんな人間。

「お目に書かれて光栄です、シュージーン公爵閣下。
ご紹介にあずかりましたケヴィン・フレポジェルヌの妻エルシャルフィールにございます。以後お見知りおきを…」
「ヒイロでいいよ、貴族とか公爵って言われるの慣れてないんだよね」
「では慣れてくださいませ、公爵閣下が侮られるという事は周辺諸国にとって不和の元凶となってしまいます」
「………はい」

だがしかし、いかにヒイロがその場の空気を温和にしようともエルシャという女は"貴族である以上貴族としての振る舞いは義務である"と考えるメンドクセー女なのである。
それはつまり、ヒイロの様に"貴族的な振る舞いは苦手"と言ってヘラヘラする人間や、Sランク自由人である『黄金の稲穂』メンバーにとっては天敵といっても過言ではなかった。


「ああそれと、後ろのがエルフの森の族長の娘、エルフィーネだ」

紹介されるとメイド服を着たエルフであるエルフィーネはエルシャをギロリと睨み小さく会釈をする。
エルシャの方もそれに倣って会釈を返す。
エルフの塩対応というのはエルシャにとっては当たり前なのでさほど気にも留める事はない。
何を隠そう、エルシャは未だかつてエルフといい関係を築けたことはないのだ、それ故に驚きもない。

流石に夫の様に汚物を見るような目で見られたりはしないが。
…夫を見た後に哀れみの目で見るのだけはやめて欲しい。

エルフがここまで人間を嫌うのは祖先によるところが大きい。
ロアリスの教えを犯し、エルフ達を捕らえ奴隷としたり邪教徒達の生贄にされたりという事が度々起きた。
それ故にエルフにとって人間とはゴブリンと大差ない生き物と認識されていたのだ。
人間にとっては遥か昔の出来事…しかし長命種のエルフにとってはそれほど昔の事ではない。
しかもその舞台となったのがシュナール王国であるならばその国の貴族が睨まれるというのも理解は出来るのだ。


「ケヴィンの奥さんって聞いてたからどんな人なのかと思ってたけど…凄くしっかりした人みたいだね」
「ありがとうございます。閣下のお話も夫から伺っております。
古くからの友人でアネス御義姉様の婚約者でもあると…ああ、コーデリア様とシスティーナ様ともご婚約されているのでしたか。
一度に三人も妻を娶られるなんて剛毅なお方ですね」
「あ、えと…六人…です(今の所)」
「ろ”っ!…あ、いえ失礼しました。どうやら閣下はケヴィン様以上に女性がお好きなのですね」
「ぐっ…!!いや…これは不可抗力というか強制というか…」
「殿下との婚約が不本意だと?」
「い、いえいえ!!そんな事は滅相もない!」

(ねえ、ケヴィン!僕なんか彼女怒らせるようなことした!?)
(記憶喪失か?あんなトンネル掘っておいて)
(あ”…)

当然である、あんなトンネルを作られていたと知ったらやるべき事が山積みなのだ。
今後どれだけの心労が待ち受けているのやら…
しかも、こちらの兵隊は何も考えてなさそうに平和にお米を食んでいる羊の群れ。
怒るなと言うのが無理な話であった。

「例のトンネルの件は公爵閣下が主犯とはいえアネス義姉様が関わっている以上フレポジェルヌにも責任の一端はあります。現状での皇国側で不穏な動きも見られない事も確認致しました」

すぐにどうこうしなければいけないという問題でもないので一度持ち帰り父のサレツィホール侯爵に相談する事にしている。
流石にエルシャだけで何かを決定できる範疇を逸脱してる。

「エルシャの親父さんはどう動くと思う?」
「これは推測に過ぎないのですが、父もこの事に薄々感づいていたからこそ私をフレポジェルヌに寄こしたのだと思っております。…であれば、サレツィホールとしては有効活用したいと考えているとみるべきかと」
「でしょうねぇ…はぁ~、流石は王国ご自慢の千里眼ね」
「俺まだ挨拶できてないんだけど侯爵様ってそんなにすごい人なの?」
「でなければエルシャなんて駒をフレポジェルヌに突然配置するなんて事しないでしょ。ケヴィンさんの隣に立っているのを見た時、動揺を隠すので必死だったんだから…気づかれている素振りなんて全くなかったのにいきなりエルシャが現れるなんて。首元に突然ナイフを突きつけられた気分」

「僕も概要は聞いたけど…考えすぎじゃない?あのトンネル気づかれてる形跡はなかったし、エルシャさんがケヴィンの所に嫁いで来たのだって単純に娘さんを危険な王都から引き離したかっただけに見えるんだけど」
「俺もヒイロの考えに同意だな、エルシャみたいな娘がいたら全力で可愛がりたいのが男ってもんだ」

"気づかれてる形跡はなかった"…なるほど?
それはつまりあのトンネルを監視するための魔道具か何かがあそこにあったという事か…
抜け目ない事で何よりだ。
これはアネスに言ってフレポジェルヌ側でも監視できるようにしなければならないだろう。

(それにしても、御父様が私を心配してフレポジェルヌに寄こしたなどと荒唐無稽な…)

…だが不思議なものだ。
以前は自分に利用価値が無くなったと絶望していたというのに、今は父が心配してくれていた可能性に喜びを感じているのだから。

「えーと…ところであのトンネル、コッソリ使うとかにできません?あまり国際問題とかにはしたくないっていうか…僕としてはお米とかの作物をそれなりに輸入できれば十分なんだけど…」
「………???」
「ヒイロ様ヒイロ様…既に国際問題になってますから」
「………はい」

周りから責められ目に見えてへこむヒイロであったが、ここで思わぬところから擁護の声が上がった。

「別に侯爵などという者が何を言おうが知った事ではないのでは?ヒイロ様が恐れる必要などないでしょう、別に悪用しているわけではないんだから勝手に使えばいいじゃないですか…たかだか一人を黙らせればいいだけの話です」
「ほぅ…?」

エルシャの冷たい声にケヴィンは即座に気配を消し、そして当のエルシャは声を辿りその主を視線を送った。
そこにはメイド服を着たエルフのエルフィーネがエルシャに対して見下すような視線を向けている姿が見て取れた。

(…なるほど?)

そっちがそのつもりならエルシャとしてやる事は簡単…その主人を吊るし上げるだけだ。

「公爵閣下、これは助言なのですが主人の会話に無断で口を挟む侍女など使うべきではありませんよ」
「ああ、ごめん…エルフィーネは僕の婚約者で…」
「ならそのように扱って下さいませ。そちらの都合など外からわかるはずもなく、侍女として扱うならこちらも侍女として接するしかありません」
「彼女自身がやりたがってるんだけど」
「関係ありません。内情を知らない私からは現状、閣下はエルフを力で従わせ族長の娘を婚約者にしたうえで使用人として扱う外道と見えておりますよ…」

「貴様さっきから!!」

エルシャが発した侮辱の言葉に激怒したエルフィーネ。
どこからか宝石の様なもの出すとソレが突然割れ虚空に弓が出現し、エルシャに対して弓を引いた。

(あれは確かケヴィン様も使っていた…)

使い捨てのマジックバックなのだろうか?正体不明の石については後で夫に問いただす必要があるだろう。
だが先ずは目の前のおのぼりさんを相手にしてあげなければならない。

「それで…?」
「死にたいの?」

殺すつもりなら既に殺しているだろう、Sランク冒険者がエルシャを殺す事など造作もない。
そしてこの状況になっても夫のケヴィンは何の行動にも出ずにケーキを選んでいる。
彼女が撃たないであろう事がわかっているからだ…つまり今ここには何の脅威も存在しない。
コーデリアも興味津々で事態を静観し、不干渉を貫いている。
さすがに主であるヒイロが止めに入ろうとするのだが、それを制する様にエルシャが言葉を発した。

「射殺したいのであればそうすればよろしい…ですがその後はどの様にするおつもり?」
「………」
「サレツィホールの娘をお茶の席で暗殺…当然父である侯爵はあなた方を追求するでしょうね」
「あら、御父様の名前を使って命乞い?」

挑発するような言葉…だが聞く必要もない他愛のない言葉だ。

「娘殺しの代償がたかが侍女一人の首だけで収まるはずもないでしょうね。
アネス御義姉様は勿論、教会を通してシスティーナ様の婚約も破棄されるでしょうし当然公爵家のみならずエルフの一族も糾弾されるでしょう…満足する謝罪が無ければ戦になりエルフの森も焼かれるかもしれません。
そして親友の妻殺しで公爵閣下と『黄金の稲穂』の名声も地の底に…」

「それら全てを考えた上での行動ですか?」
「ヒイロ様であれば侯爵の軍など…!」

「つまり、あなたと公爵閣下の婚約は自分の意に反する相手を武力で威圧するための物。そして私は父にこう報告すれば良いのですね…『エルフとシュージーン公爵に野心有り』」
「っ………!」

「発言に気を付けなさい!あなたは自分の主人を魔王にするおつもりですかっ!」

エルシャの一喝に思わず一歩引き下がってしまうエルフィーネ。
"邪神モドキ"の咆哮ですら引く事の無かった彼女が一歩引いてしまう程の得体のしれない覇気を感じていた。

「ここはエルフが住む森ではなく人間の領域なのですよ?この際はっきりと言いましょう、婚約者の立場となっても責任を果たさず未だに侍女の真似事をし、婚約者としての権利だけを振りかざすあなたに公爵の妻になる資格などありません」

「あーエルシャ、少し言いすぎ…?エルフィーネさんの名誉のために言うけど、今のヒイロ様の婚約者という立場は皇国での働きの結果皇帝陛下からのお墨付きがあってのものだから」
「そうでしたか…では、公爵の妻の資格無しという言葉は撤回いたします」

コーデリアが介入してくるのであればこれ以上の言葉は不要、後は彼女に任せるだけだ。
だが、サレツィホール侯爵家を侮辱されたのだから最後に一言だけ…

「であれば、次からは侍女の領分を超えず首からその旨を書いた看板でもぶら下げておきなさい」

皇帝の力を使ってまでも使用人の立場でいようとするのならば、エルシャもそのように扱わねば皇帝に対する敬意に欠けるのだから…
言い終わるとまるでお前との話は終わったから下がれと言うように紅茶に口をつける。

エルフィーネはと言うと、エルシャのその直球の嫌味に口をパクパクとさせながら言葉を失い…
何故か次第にその目に涙がたまってくる。
それにエルシャが「おや?」と不思議に思っていると…

「う、うっさい、お前なんてケヴィンのつがいのクセに、ばーか!!」

と、何とも情けない言葉を放ちつつ突然走り出し、この場から逃げ出してしまうのであった。

「へ?」
「あ、フィー!」
「あーあ、泣かせちゃった…このケーキ美味いな」
「ヒイロ様…今は会談中です、席を離れてはいけませんよ。あ、そのケーキは最近出来たお店の物なんですよ」

突然逃げ出すなど想定外で呆然と後ろ姿を見つめるエルシャ。
そしてその主であるヒイロはコーデリアから追いかける事を封じられ、ケヴィンに対して何とかしろという視線を送る。

「ケヴィン…「無理怖いもん」

(え…怖いって…私も怖かったんですけどぉ!?)

抗議の視線を向けると慌ててフォローを入れてくる。

ケヴィンはあの絶望的なお説教を何とか夜まで耐え、夜のクリンチで焦らしに焦らす事でようやく許してもらえたのだ。
しばらくは怒りを買うような事は何としても控えなければならない…

「ま、まぁ流石に弓を引くのはマズいわなぁ…」
「ぐぅ…」
「エルシャも気にしなくていいぞ、冒険者なんてこの程度の言い争い日常茶飯事だから。まあ、喰らった事の無い角度からのパンチだったから言い返せなかったんだろーよ」

仮にも夫の仲間と口論になったのだから、関係が短い自分に多少なりとも反感があるかとも思ったのだが…
エルシャの傍で味方になってくれた上に何てこと無いさとケラケラと笑う夫。
…何故だか感じた事の無い幸福感の様なものが芽生えていた。

………

そんな、エルシャを見てニヤニヤとするコーデリアと目が合う。

(ええそうですよ、お茶の席でパートナーにフォローしてもらったの生まれて初めてですよ。こんな軽薄男でも嬉しい物は嬉しいんです、悪いですか!?)

その目に物凄くイラっとしたので、そっちがその気ならと次の話に進む事にした。

「そうでした…シュージーン公爵にはこちらを…」

そう言いながらヒイロの前に一枚の書状を差し出した。

「あ、はい…えと…これは?」
「フレポジェルヌ家嫡男ケヴィン・フレポジェルヌの妻、エルシャルフィール・フェルエール・フレポジェルヌよりシュージン公爵宛ての抗議書です」
「はぁ………え?抗議書???」
「はい」
「あの…抗議って抗議されるような事は…」
「………???」

うーん?この方は本当に記憶喪失になりやすいのか??
それとも、単に罪悪感という物が欠如しているのであろうか?
貴族には必要な能力と言えなくもないが…まあ、それなら思い出させるだけだ。

「書面には記載しておりますが…」

『貴殿が所有するドラゴンをパーティー会場に警告もなしに着陸させ、王国貴族家としてパーティーに出席していた夫ケヴィン・フレポジェルヌに対して重傷を負わせた事に対し抗議する』

「………………………………………………………………………………………………………………ぐぅ」

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