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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

45.フレポジ夫人とスキル

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『貴殿が所有するドラゴンをパーティー会場に警告もなしに着陸させ、王国貴族家としてパーティーに出席していた夫ケヴィン・フレポジェルヌに対して重傷を負わせた事に対し抗議する』

夫の親友でありハーケーン皇国の公爵家である事を鑑みて、超絶分厚いオブラートに包んで渡した抗議書に何とかあぐうの音だけを捻りだすヒイロ。

「ケヴィン!?」
「おん?いや、弁護しようにも俺、記憶にねーんだわ…」
「おうふ…(いや待てよ?ケヴィンに記憶があったらむしろ怒られるよ~な…)」

「ほ、ほら、それはシスティーが治療したわけだしノーカンって事で…」

「治療を行ったからと言って重傷を負わせた事実は変えられませんよ…
そもそも、システィーナ様とは婚約段階で結婚はまだされておりませんでしょう、この件とは関係ありませんよね?
因みに、システィーナ様に対しては既に寄進という形で謝礼はお支払いしております」

「ドーラが勝手にやった事…」
「ドーラ様とはあの神竜様ですね、そのドーラ様は公爵閣下が管理されているのですよね?もしそうでないのであればドーラ様の引き渡しを要求することも出来ますが…」

エルシャとてあの神竜には興味があったし出来る事なら王国側でも情報が欲しい所だ。
なので神竜が王国の管理下に入るならばそれはそれで一向に構わない。
しかし当然ヒイロとしては自分の仲間を引き渡す事など出来はしない。

「ケヴィンって僕らの冒険者仲間だしこれくらいは普通だから…」
「夫はあのパーティに王国貴族家として参加しておりますので冒険者としては一切関係ございません。
………あれが普通なのですか?」
「………」

「いや、その…ギャグキャラは死なないっていうか…」
「………???」

いよいよもって言い訳がなくなったヒイロ、かくなる上はと覚悟を決めた。

「………ごめんなさい」
「公爵という権威ある方が簡単に謝る物ではありません。
それと書面での抗議ですので返答は書面でお願いいたします」
「えぇ…謝っちゃダメなのに何を書くのさ…?」

そしてここでようやく助け舟…というかタオルが投げ込まれた。

「あー、エルシャもうその辺で十分よ…ヒイロ様には後で謝らない様に謝る書き方を伝授するので」
「コーデリア様がそう仰るのであれば、後はお任せいたします」

コーデリアが介入した事で手を引くエルシャ。
だがコーデリアもこのまま負けるのも少々面白くない…なので少しばかり言い返してみるのだが。

「ちなみに、アネス姉様が皇都を消滅させようとした事についてのコメントは?」
「お戯れを…アレはS級冒険者の戦術です。問題ないのは結果が証明しておりますし、『黄金の稲穂』の副団長であるエーデルがそれを知らぬはずがありませんでしょう?そもそも『黄金の稲穂』の問題でございますので先ずは長であるシュージーン公爵に見解を伺うのが筋というものでは?」
「…だそうですよ、ヒイロ様諦めてください」
「きゅぅ………はぃ」

――――――――――――――――――――

死屍累々…

ヒイロとコーデリアは二人でヒイロの執務室に戻ってきたのだが…
そこにはエルフィーネが部屋の隅でいじけており、そしてヒイロもソファーに座ると項垂れた。

「なんだか…凄い人だったね…」
「アレでもケヴィンさんの親友という事で大分大目に見てくれてましたし…」
「アレで?」
「はい、そうですね…あれは例えるなら拳闘で言う所の距離を測るためのジャブです」
「そのジャブ重くない?お腹痛いんだけど…」

「エルフィーネさんも…エルシャは別にエルフとの結婚を否定しているというわけではなく、今のままだとエルフが下に見られるぞと忠告したに過ぎないんです。それに私も悪い部分はありましたから…」
「なぜ?エーデルは悪くない」
「いいえ、エルシャは他者に関して寛容ではありますが、身内には他で恥をかかないようにと厳しい…それは友人である私にもです。
そして、これからエルフィーネさんはアネス姉様を通してエルシャの身内となるのです。
ですからエルシャがエルフィーネさんに厳しくあたる事は容易に想像できたはず…
それなのにエルシャに会わせる前にエルフィーネさんに貴族の作法を教えなかったのは私の落ち度です。
申し訳ありません」
「………」

「ふふっ…心配しないで下さい、エルフィーネさんは奇麗だからドレスを着こなせばきっと皆何も言えなくなりますよ?」
「ああ…フィーのドレス姿は見てみたいね。きっと凄く似合うよ」
「ご主人様…見たいんですか?」
「エルフィーネさん、"ヒイロ様"ですよ?」
「ん?………ヒイロ…様」

言って顔を覆ってしまうエルフィーネ。

「うん…楽しみにしてるね」

ヒイロの言葉に耳を真っ赤にしながらピョコピョコ動かすのであった。

さてと、ヒイロは立ち上がり自分の机へと向かう。
そして真っ白な紙を目の前にし…

「助けて、コディえもん…」

なんとも情けない声でコーデリアに助けを求めるヒイロ。
彼とて学園で主席を取った程に優秀な人間ではあるのだが…いかんせん実務経験が乏しい。
しかも相手があのエルシャとなると、自分一人で返答を書いた場合、添削&再提出の嵐になりそうなのだ。

「ええ、勿論ですヒイロ様…」

そしてコーデリアもそれを快く受け入れる、そのつもりなのだから。

………

………

………

(だって、これ全部根回し済んでるから…)

やった事は簡単、最初は強く当たって後は流れでという…いわゆる八百長というやつである。
今回のお茶会は先に何をして欲しいかをエルシャに伝えた上で臨んだものなのだ。
エルシャにお任せコースなので、コーデリアは目的を達成したと思ったら皇女の威光を発動させてエルシャの攻撃を止めさせるだけの簡単なお仕事である。

王侯貴族が笑顔で会話をしながらテーブルの下で蹴り合っているだけと思わないで欲しい。
ちゃんと喧嘩をしながらテーブルの下で握手を交わす事だって出来るのだから。

しかし何故こんな事をやったのか、それはコーデリアのシュージーン公爵家での立場固めのためだ。
結婚を待たせた結果、他の妻達に反感を多少なりとも買っているだろうという所を見越して、コーデリアが正妻の座につく事の意義をわからせたのだ。
エルシャの様な面倒な人間も相手にできる皇女ブランド…それを体感してもらうお試し企画というやつだ。

加えて貴族の文化になじもうとしないエルフィーネに淑女教育の重要性を刷り込む事もでき、大変喜ばしい事であった。

ちなみに、最後にちょっと色気を出して言い返してみた所火傷しそうになったのは秘密だ。
あと、エルシャが超絶不機嫌だったので、もしかしたら今回この八百長を頼んでなかったら抗議書の内容がもっとエグイ物になっていた可能性があるという事も考えないようにする。

「ヒイロ様は何も心配なさらず…そのために私はここに居りますから」

意気揚々と愛する未来の夫に囁くコーデリアであった。



「そういえばヒイロ様、アネス姉様がエルシャの鑑定依頼を出していませんでしたか?」
「ああ、その事…一応見てみたんだけど、なんか文字化けしてた」
「文字化け?」
「僕にも分からなかったってこと」

ヒイロは手を止めてエルフィーネに聞いた。

「フィーの<神眼>なら何かわかったんじゃない?」
「………ええ、まあ…問題は三つほど」
「なんか多いですね…」

「先ずは小さな所からなんですけど…あの人、毒を盛られてましたね」
「………それ、小さい問題?」
「ほぼ解決済みという点において問題は少ないという意味です」


「邪教徒どもがよく使うような精神汚染系の毒です…薄まってきてはいるので現状問題はないです。
ですが、フレポジェルヌの温泉に毎日浸かってるのに今だに影響が残ってるって事はだいぶ昔から盛られてた可能性が濃厚です」

「それってつまり…」
「はい…つまり私は精神デバフ状態とわかってる相手に口喧嘩で負けました………」
「ちがうちがう」


「でもエルシャってパーティーで出される食事には絶対手を付けないってレベルで毒には気を付けてるのよ?
恒常的に毒を盛るなんて簡単ではないはず…」

ロイヤル界隈ではまことしやかに囁かれている話だ。
昔、王都に遊びに来たエルシャの妹が冗談でメイドに毒味をさせた事があったのだ。
そのメイドは何故か震える手でそれを口に含み…その場で倒れてその後息を引き取るという事件があった。
それ以来、エルシャの周辺は厳戒態勢が敷かれており毒を盛るなど簡単ではなかったはず…

「サレツィホール侯爵家のガードの固さはハーケーン皇室お墨付き、恒常的に毒を盛れる人間なんて限られてるわ。
身内か、もしくは…」
「元婚約者?でも、その婚約者とは上手く行ってなかったんでしょ?そんな相手から贈り物を定期的に貰ってたなんて事あるのかな…」

しばし考えるコーデリアであったが、一つの可能性に行き当たり硬直してしまった。

「………ぁ」
「コーディ?」
「いえ…この話エルシャには折を見て友人として私から話します」

コーデリアの辛そうな顔に心配になりつつも、ヒイロとしても友人から話してくれた方が助かる話であるので任せる事にした。

「でも、つまりエルシャさんは精神デバフ状態で普通に日常生活を送ってたって事だよね…そんな事ある?」
「それについてもう一つ…あの人異常に神聖力高いです、精神デバフかかってるのに並のヒーラーなんて目じゃない位」
「ヒールの回復力が異常に高いという報告は受けてたけど…祈りの力で無理やり精神デバフを乗り越えてた?」
「多分…」
「いやいやエルシャ、タフすぎでしょ!」
「オブラートに祈りって言ってるだけで、それ気合で毒に耐えてたって事だよね?
なんか話してて薄々感じてたんだけど…エルシャさん、実は"脳筋"なんじゃ…?ジャンヌダルク的な…わかんないか」

「ちなみに毒を完全に抜いてまともに神聖術の修行したらシスティーナとタメを張れるんじゃないでしょうか?」
「ん?ん?…エルシャさん?」
「"癒しの聖女"とタメはるのは人としてどうかと思うの…」

「まあ…本当に人間かも怪しいですけどね」
「?」


「それで最後の一つは?<EXスキル>の事だよね?」
「そうなんですが…アレは…」

………

……



――――――――――――――――――――


「コルディーニ皇子殿下、コーデリア皇女殿下がお見えです」
「入れ」

許可を得て、コーデリアがコルディーニ第二皇子の部屋へと入室する。

「先に話しておこうか、ロ―マック伯爵とフィフティフとかいう男なんだが…」
「はい…?」
「今朝暗殺されていたそうだ」
「………」
「それともう一つ、ロ―マック伯爵領に調査に言った者の話なんだが…伯爵領はもぬけの殻だったそうだ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ…伯爵家の人間も、領民も誰一人そこにいなかったらしい。今朝入った情報だからな、今調査隊を派遣している所だ」

それを聞いたコーデリアはハァ~とうんざりするような大きな溜息を吐く。

「何かわかったら教えてください」
「ああ…それで、ケヴィンの嫁とヒイロを合わせたのだったな…どうだった?」
「ええ、滞りなく。流石はエルシャですね、エルフィーネさんがドレスを着る気になったんですよ?」
「本当か…?それは凄いな」
「それと第二夫人はやはりアネス姉様にしようかと思います」
「そうなるか…フレポジェルヌにサレツィホール侯爵家の娘が嫁いでくればそうもなるだろうな」

シュージーン公爵家の第二夫人をアネスとする、これが今回のエルシャの働きに対する報酬である。
そもそも第二夫人をアネスにするというのは流れとしてあったのだが、今回サレツィホール侯爵家側が明確に意思表示をしたと言える。
自ら行うのと請われて行うのでは重みが変わってくるのだ。
というか、今までフレポジェルヌがのほほんとしすぎて頭を抱えていたまである。

「フォズも近頃女神へのお祈りを欠かさなくなったそうだぞ…」
「フォズ皇子?…何かあったんですか」
「夢の中で母上に会ったそうだ、そこで約束をしたと言っていたな」
「そうですか…?」

エルシャの話で何故フォズ皇子が出て来るのか…?
何やら楽しそうにしている兄にコーデリアとしたら何が何やらさっぱりである。
ただ、支援者が邪教にかかわって捕縛されたとなると今後、後ろ指をさされる事になるだろう。
それを考えるとあの子が敬虔なロアリス教徒となる事は願ったりかなったりである。

「そうだ、お兄様…メルキスの事なんですけど、暇を与えようかと思います」
「は?………メルキスの奴、何かやったのか?」
「いえ、そういうわけではなく…エルシャの下に派遣しようかと」
「…どういう風の吹き回しだ?」
「この間からメルキスったら自分の剣に自信が持てなくなってしまったようで息抜きです。それと…流石に見ていて辛くなってきました」
「ケヴィンの側室にでもするつもりか?」
「エルシャに気に入られればチャンスはあるでしょう?」

「それにこれから始めようとしてる鉄道計画の為にもフレポジェルヌ側に協力者を置きたいし、アネス姉様を皇国に招くのだからそれ相応の人間で応えなければと思いまして…フレポジェルヌは今後重要な土地になりますから」
「それで<剣聖>を手放すか…随分と気前がいい話だな」

それはそうだろう、形式だけ見れば【賢者】と【剣聖】の対等なトレード…だが、他国のそれも子爵家相手に馬鹿正直に対等なトレードなどわざわざする必要などないのだ。
だが、コレを拒否されるとコーデリアとしては少し困ってしまう事ではあった。

「まあ、アレはお前の騎士だからな…好きにすればいい」

それを聞いてホッとするコーデリア。

「それでヒイロと一緒になって、次はどんな悪だくみを考えているんだ?」
「そんなんじゃありませんよ…」
「………ふむ?」
「コウモリ皇子様…自称中立を捨てるおつもりは?」
「それは御免被る」
「もう…」

コーデリアは膨れっ面で部屋を後にした…



――――――――――――――――――――



……

………

「時にヒイロ様…問題ですが我々エルフが敬愛するカリウス様の妹君、女神ロアリスは現世の人間に何を求めましたか?」
「現世の楽園…だっけ?」
「それは女神の為した行動から導き出した広義の意味ですね…聖典で明確に求めたと記されているのはたった二つ、"歌と酒"」

「はい、女神は人が生きるのに必要な物はパンではなく"歌と酒"であると断言し、人に手を貸す対価としてそれを求めたのです」

(それって、単にあのドクズ女神が飲んで騒ぎたかっただけじゃ…)

「ヒイロ様?」
「あ、いや続けて?」


「そのため女神に捧げる"歌と酒"に関連する<スキル>を持つ人間は大抵の場合神聖力が強い傾向にあります」
「ええ、そしてその最たる者がEXスキル<聖歌>を持つ"癒しの聖女"システィーナ…」
「システィーはその為に邪教徒に狙われた、邪神復活の為の生贄として…」
「そして、あの女の<EXスキル>はそれと同質のもの…」

システィーナの<聖歌>と対になる儀式用<EXスキル>…

女神をこの地に呼び寄せるための魂を持つ者…

女神の盃…<聖杯>


「ヒイロ様…アレは"封印"するべきです………」

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