異国妃の宮廷漂流記

花雨宮琵

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第2章:新たな漂流先――森の離宮

第37話:誘われていないので

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「叔父上、ご馳走になりました」
「礼を言うのなら、エレナにだろう?」
「……ご馳走になった」
「お粗末様でした」
「ふっ。エレナの帝国語を聞いていると、懐かしい気持ちになるよ」
「どうしてです?」
「何というか、言い回しが古風というか……」
「それはたぶん、祖母の影響ですね。精進します」
「そのままでいてほしいな。本当に……美しい言葉遣いだから」

 真っ赤になった私の頭に、オーギュスト様がぽんっと手を乗せた。
 ――あぁ、やっぱりこの手。あの時、助けてくれた人だ。
 その瞬間、空気がピンと張りつめた。

「っ……行くか」
 アルフォンス殿下の声に、我に返る。
 しまった!
 オーギュスト様と一緒にいると、つい2人だけの世界に浸ってしまう。
 皆の後ろに続いて、殿下たち一行を見送る列に加わる。
 夫が他の女性と帰るところを見送る妻って――
 なかなかシュールな光景よね。
 ……得難い経験だわ、ほんと。


「それでは叔父上。失礼致します」
「ああ。気をつけて」
「……ヘレナ、荷物はないのか?」
「え?」
「たしかに、保養地にも着替えは用意してあるだろうが……」
「殿下、何のことです?」
「年末年始は、辺境伯領こちらで過ごすんだろう?」
「はい。オーギュスト様のお屋敷でお世話になります」

「……来ないのか?」
「どこに?」
「皇族専用の保養地だ」
「行きません」

 ……私だって、そこまで空気が読めない人間じゃない。

「叔父上の屋敷に滞在するなど、何も聞いていないが……」
「何も言っていませんもの。あ、事前申告が必要でした?」
「そういうわけでは――」
「アルフォンス?」
 馬車の中から、クリステル様がこちらをのぞき込んでいる。

「2人を待たせている。早くしなさい」
「お一人でどうぞ。私は、行きません!」
「なに」
「行・き・ま・せ・ん!!」
「何を――」
「だって、誘われてないし。……皇族でもないし」
「皇太子妃が皇族でないはずがないだろう?」

「いずれ離縁される仮初かりそめの妻ですもの。臣下の目を気にせず過ごせるのでしょう? だったら、今さら妻想いの夫を取り繕う必要もないじゃない。家族3人、水入らず。どおぞ、ごゆっくりお過ごしください」
「……っ」
 何か言いかけるように、殿下の喉がかすかに震えた。
 こんなこと、言いたかったわけじゃないのに……。

「アルフォンス。エレナのことなら心配ないよ。責任をもってお預かりするから」
「お預かりされま~す」

 だから、さっさと行きなさいよ!
 これ以上、期待させないでほしい。

「……その笑顔が信用できないんですよ、叔父上」
「ひどいなぁ。気になるのなら、様子を見にくればいいだろう? すぐ近くなんだから」
「……よろしく頼みます」
「はーい。頼まれました」
「お気をつけて~(もう来ないでいいからねー)」
 
 殿下はまだ何か言いたげな顔をしていたけれど、クリステル様に促されるようにして馬車へ向かった。
 乗り込む瞬間、わずかに振り返った視線が、私に向けられた気がした。
 唇が、何かを言いかけるように動いた。
 ……けれど、その声が私に届く前に扉は閉ざされ、車輪の音が遠ざかっていく。

 胸の奥が、チクリと痛んだ。
 あんな言い方、しなくてもよかったかも……。
 殿下が相手だと、どうして刺々しくなっちゃうんだろう。

「さーて、私たちも温泉に行こうか?」
「賛成~!」

 オーギュスト様と一緒にいると楽だ。
 言葉遣いにダメ出しをされることもなければ、皇太子妃らしさを求められることもない。
 でもなぁ。
 将来の奥さん候補として見てもらうには……若干、色気のない関係であることも事実なのよね。
 いつか、ちゃんと“そういう対象”として見てもらえる日が来るといいんだけれど。

 そんなことを考えながら眠りについた翌日。
 殿下がシャルル様を連れて、再びオーギュスト様の屋敷にやってきた。
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