異国妃の宮廷漂流記

花雨 宮琵 ー Kau Miyabi ー

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第2章:新たな漂流先――森の離宮

第39話:ままごとの終わり

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 その日の夕方。
 中庭の一画で私は、張り切って炭を組み、火を起こしていた。
 狙いを定めて火吹き竹で息を送り込むと、炭が赤く点り、ぱちぱちと音を立てる。
 火力はほどよく強いのに、火持ちはするし、弾けないから食材の味を邪魔しない。

「すごい! 辺境伯領って、炭焼き職人の腕がいいんですね」
 思わずそう言うと、家令が嬉しそうにうなずいた。
「ええ、代々受け継がれている技でして。領の誇りでございます」
「領主がその価値を分かってるからこそ、ですね」
 私はにっこり笑って、網の高さを調整する。
 ――こういうのは、森育ちの私の得意分野だ。

 そのとき。
「……随分と楽しそうだな」
 低い声がして振り返ると、殿下がクリステル様とシャルル様を連れて現れた。


「殿下……」
 思わず手を止め、立ち上がる。
 殿下もクリステル様も、よそ行きの装いをしていた。
 その姿を目にした途端、炭ですすけた自分の頬が気になり、慌てて手の甲で拭った。

 ――なにしに来たの?
 バーベキューは屋外なの。
 煙で髪に匂いが付くし、炭火の前に立ったらクリステル様のドレスなんて一瞬で裾が焦げるわよ。
 ――ああ、もちろんご自分で焼く気なんてないんでしょうけど。

 殿下が火を入れたら?
 どうせ炭を山盛りにして炎上させるに決まってる。
 上等なお肉を真っ黒にして「どうだ!」とか言いそうじゃない。
 あなた方はね、レストランで優雅にワインでも傾けているのがお似合いなのよ!
 どうしてわざわざ、ここに――来るのよ。
 ……ああ、そうか。
 “家族”の温もりを見せつけにきたってわけ。

 どんどん、笑顔が引きつっていく。
 さっきまで楽しかったはずなのに。
 この3人をどう追い返そうかと考えている私には、女主人の真似事なんて、所詮ままごとだったのかもしれない。
 自分がどんどん嫌な人間になっていく。
 ほんと。何しに来たのよ……。

「……ナニカ ゴヨウデショウカ?」
「ヘレナ。女主人の演技、メッキが剥がれてきているぞ?」
「殿下こそ。今夜はレストランを予約してたんじゃないんですか?」
「叔父上の手料理には私も目がないんだ。久しぶりにお相伴に与ろうと思ってな」
「……ソウデスカ」

 少し後ろで、腕まくりをして炭火の管理をしていたオーギュスト様が振り返った。
 ぱちぱちと火の粉が舞い、肉の焼ける音が日暮れの空に響く。

「ん? アルフォンスたちも来たのかい? それはいい。大勢で食べる方が賑やかで楽しいからね」
 その声に、場の空気が一気に和らぐ。
「アルフォンス。家令に頼んで、レディーたちへの膝掛けをもらってきてくれ」
「ふふっ。レディーだって」

 オーギュスト様は、ちゃんと私のことを女性扱いしてくれる。
 それに――柔軟なのね。
 これが“大人の男性の余裕”ってやつなのかな。

 片手にワイングラスを持ち、もう片方で豪快に肉を返す。
 日に焼けた逞しい腕は汗で光り、笑うたびに赤い液体がグラスの中で揺れる。
 その余裕に満ちた姿が、野戦を知る将軍の風格と、家庭を守る男の包容力を物語っている。

 いいなぁ、素敵。
 こんな人の奥様になれたらなぁ……。
 オーギュスト様の隣に立つ自分を想像しながら胸をキュンキュンさせていたら、殿下が横目で見て、呆れたように鼻で笑った。

「何ですか?」
「いや。別に?」
 まるで私の心を見透かされているようで、ちょっとだけ、悔しい。

 殿下は器用にトングを操って――ヒョイ、ヒョイッと焼けた肉や野菜を、次々とクリステル様とシャルル様のお皿に入れていく。
 なんて甲斐甲斐しいのかしら。
 まるで雛に餌を運ぶ親鳥のよう。

「ほら、食べなさい」
「ありがとうございます、父上」
「ありがとう、アルフォンス」

 ――私のお皿には、何も入れてくれない。
 別にいいけど。
 自分で取れるし。
 ……ちょっとだけ、寂しいけれど。

 と思ったら、半分焦げたお肉が、ぽんっ、ぽんっ、ぽん!と私の皿に置かれた。
 ……どおして!? 嫌がらせ? それとも、ただの無神経?

 思わず口を開きかけた私に、
「エレナ、さっきから焼いてばかりだけど、ちゃんと食べてるかい? ほら!」
 オーギュスト様が、私の口に小さく切ったお肉を入れてくれた。
「美味しい~!」
 実際は、嬉しすぎて味なんてよく分からなかった。
 好きな人に「あーん」してもらえるなんて、幸せすぎる。

 ――柄にもなくはしゃぎすぎたのが、良くなかったのかもしれない。
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