異国妃の宮廷漂流記

花雨 宮琵 ー Kau Miyabi ー

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第3章:漂流の寄港地ー学園編

第52話:拭いきれない違和感

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 翌朝。
 王都へ帰るランスロットを殿下と一緒に見送った。

「ヘレナ、元気でな」
「ランスロットも。ヴィクトリア様によろしくお伝えしてね」
「ああ。それから……愛もあるんじゃないか? 分かりづらいだけで。ま、頑張れ!」
「何よ、それ。……わけわかんない」

 ランスロットを見送ったあと、殿下と同じ馬車で寮へ戻ることになった。
 復路は、学園都市まで送ってくれるらしい。

 殿下は御者に低く問いかけた。
「昨日と同じ馬具か? 点検は済んでいるか?」
 その声には、弓の弦を限界まで引き絞ったような緊張があった。
 まただ。
 婚姻式の後に帝都へ向かうときも、新婚旅行にお忍びで出掛けた時もそうだった。
 離宮の入口に飾られたカリの絵――壊れた荷馬車――が脳裏に浮かぶ。
 御者が繰り返し『問題ありません』と告げても、殿下は納得するまで確認を続けていた。

 その姿を見つめていたら、背中をヒヤリとしたものが伝った。

 直線や円を描いた、あの不気味な三枚の紙。
 壊れた荷馬車の絵に向けられた、ロレーヌ公爵の鋭い視線。
 慎重すぎるほどの、殿下の態度。
 それらが、ひとつの線で結ばれていく感覚。
 まさか……さすがにそこまでは、しない、わよね……。

 不穏な考えを振り払うようにギュッと瞳を閉じたとき、殿下に声をかけられ、馬車へと乗り込んだ。
 殿下は、いつもどおりの殿下だった。
 まるで、先ほどまでの緊張など存在していなかったかのように。
 ――だから私も、何も気付かないふりをした。

「へレナ。昨夜の話だが、本当か? 昔、助けてくれた青年を待ってるというのは――」
「ランスロットから聞いたんですか?」
「少し、な」
 少し、ねぇ。
 お酒を飲んだランスロットは口が緩むのよ。どうせ、ぜーんぶ、話したに違いない。

「待っていたかもしれないですね。昔は」
「……今は?」
「今はもう、誰かに救ってほしいとは、思ってません。……求められたいんです。ちゃんと“わたし自身”を。“ヘレナがいい”って、選ばれたい」

 馬車の中に、沈黙が落ちた。
「……へレナ」
 殿下の声が、少しだけ低くなった。
 でも、その後に言葉が続くことはなかった。
 ……まあでも、そっか。
 考えてみれば、「愛おしい」って、家族にだって使う言葉だ。

「なーんて。夫に言うことじゃないですね。忘れてください」
 ランスロットの、バカ!
 どうして私の黒歴史、殿下に話したのよ。

 気まずくなった空気を変えたくて、あえて明るい声を出した。

「そぉだ、殿下! 今こそ、ヘレナ特製、“酔―い、ぶっ飛び茶”、飲んでみます?」
「……そのネーミング、誰が考えた」
「え? 私とランスロットですけど。といっても、子どもの頃の話ですよ? 一緒に“何がいいかなー”って考えたんです」
「――ランスロット殿下だが、前評判とは違って、不思議な魅力のある人物だな。帝国語も完璧だった」
「ふふっ。ランスロットはああ見えて、要領がいいんです。4か国語くらいは流暢に話せるんじゃないかな」
「意外だな」
「そうですよね? あ、そうだ」
「ん?」
「ランスロットの奥さん、赤ちゃんができたんですって。母体に良い帝国産の品物を贈りたいんですけど、何が良いでしょう?」
「さあ、どうだろうな」
「え?」
「ん?」

 ……え。
 シャルル様は今、5歳。
 クリステル様が身籠もっていたのは、それほど昔の話じゃない。
 でも、今の殿下の反応。本当に、何も知らないみたいだった。
 思わず「どうして」と問いかけそうになった。
 けれど。
 帝国皇族の公妾のことなんて。
 政治の都合で嫁いできたカタチだけの妻が、触れていい話じゃない。

 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
 正妻としての矜持が、私の口を塞いだ。
 だから私は、ただ黙って、拳を膝の上で固く握りしめた。
 ――その時。

 ガタン。
 突然、馬車が大きく揺れた。
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