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第3章:漂流の寄港地ー学園編
第54話:鎖の先にいる人
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あれから私と殿下は、定期的に文のやりとりをしている。意外なことに、殿下は毎回、律儀に返事を書いてきてくれる。最近出したのはこんな手紙だ。
『秋の学園祭で、留学生フェアを開催することになりました。帝国内の特産物を紹介するコーナーも作るので、夏休みには辺境伯領へ行ってくる予定です』
そう。
「フォンスロット奨学基金」の支援を受けて、9月から15名の留学生が学園にやってくることになっている。相互理解を深めるため、学園祭で行うバザーと並行して、各国フェアを開催することに決めたのだ。
もちろん、「アングレア王国フェア」の担当は私だ。
留学生の受入準備や生徒会のお手伝いをしている私は、夏休みも変わらず寮に住んでいる。少し落ち着いた頃、学園祭用に寄付してもらう特産物を受け取るため、辺境伯領へ行くことにした。
まあそれは建前で、本音はオーギュスト様に会いたかっただけなのだけれど。
寮母へ「外泊願」を提出すると、驚きの速さで許可がおりた。
……いや、速すぎるでしょ。
稟議文化は、官僚機構の基本じゃなかったの!?
どうせまた、銀縁眼鏡の学院長が“即決”したにちがいない。
あの人、絶対、殿下のスパイだわ。
まったくもう、信用ならないんだから!
辺境伯領までの道中は、レオポルドが付き添ってくれることになっていた。
学園と外とを結ぶ唯一の門を抜けると、見覚えのある馬車が目に飛び込んできた。
「……尋問兵器」
「なはずがあるか」
「ひぃっ! で、殿下!? ここで何を?」
「ちょうど辺境伯領に行く用事があってな。学園長から、ヘレナから外泊届が出ていると聞いたから、寄ったんだ」
「え、でも、道中はレオポルドが――」
「彼にも休暇は必要だ」
「母上……」
レオポルドがそうつぶやいた。彼が見ている方向に視線を走らせると、停まっていた馬車から一人のご婦人が降りてきた。
「……あれは」
「レオポルドの母親だ」
「まぁ。そうだったの?」
「はい」
いつも私を支えてくれているジュスト、レオポルド、アメリの母親は、婚姻式の日、花嫁衣裳の胸元にしつらえられた刺繍を褒めてくれた、あの上品な貴婦人だった。
そっか、だからあの時。
“うちの子たちも、いずれ妃殿下のお支えになれば”っておっしゃったのね。
そのまま挨拶を交わすと、殿下がレオポルドに休暇を与えたものだから、仕方なく殿下の馬車に乗り込んだ。
窓の外では、レオポルドと殿下が何やら話し込んでいる。
また馬車の点検が始まったのかと思い、薄く窓を開けた途端――
耳に飛び込んできたのは、思いもよらない会話だった。
「……殿下、くれぐれもエレナ様が未成年であることをお忘れなきよう」
「どういう意味だ」
「言葉にしないと分かりませんか?」
「お前は俺の忠犬だろう?」
「……今は、エレナ様の盾ですから。夫といえども、例外ではございません」
えっ、そういう話?
私にお酒を飲ますなって忠告かしら。
成人するまではしないわよ、一応、帝国の妃なんだから。
ま、でも、馬車の心配はいらないみたいね。
道中、2人の間に重たい沈黙がおりる。
車輪の音ばかりがやけに大きく響いて、気まずさを増幅させた。
ほら。まただ。
“相槌の名人”の君臨ね。
自分から迎えに来たくせに、何も話さないんだから。
「似合っているな」
「え?」
「その格好。……動きやすそうだ」
今日の私は、乗馬服姿だ。
万が一の場合、レオポルドの足手まといにならないようにと選んだ服装だった。
「……そういえば、父にも手紙を書いているそうだな」
「そんなことまでご存じなんですか?」
「ジュストから聞いた」
「……やっぱり! あの人、絶対に殿下のスパイですよね!?」
「俺のではない」
「え?」
「――父のだ」
「ええっ!?」
「ジュストは父の影だ。事務次官を務めるほど優秀ではあるが、裏の顔は、父の目と耳だ」
「えっ、じゃあ殿下の影は――」
「俺の忠犬はレオポルドだ。ジュストと違い、あいつはよく吠える」
ってことは、陛下は銀狼、殿下は番犬を飼っているってわけ?
……忠犬の鎖の先が、どこに繋がっているのか、ようやく分かった。
どうせ私の言動など、宮廷の玉座の間まで直通なのだろう。
護衛じゃなくて監視だと被害者意識を持ってたのが、実は帝国皇族の過保護だったなんて。
威信に関わるから他言できないのがつらい……。
「父は、必要な時にだけ動く人だ」
殿下はそう言いながら、私の乗馬服に視線を落とした。
その顔には、理由が掴めないといった色が浮かんでいる。
――気づかれたら、マズい。
私は反射的に口を開いていた。
「辺境伯領で馬に乗るのが楽しみだと、手紙に書いたからかもしれません」
自分でも驚くほど自然に嘘が出た。
そう。
この乗馬服、陛下からの贈り物なのだ。
実は、陛下へも文を出していて、最近の手紙にはこう綴った。
「秋の学園祭では、“宝探し”の催しを企画しております。宝の地図作成にあたり、皇室図書館に所蔵されている資料を参考にしたく、写しを取る許可を頂ければと存じます」
もちろん、これは表向きの話だ。
ほんとは、あの三枚の絵をカリに複写してほしかっただけ。
学園祭に合わせて、仮称「学術探究会」を立ち上げた。
“謎解きの趣向”の名目で、例の三枚の図を学園中に貼り出し、有益な解釈を提示した者だけが次の手掛かりへ進める仕組みにしてある。最後まで辿り着いた者だけが、晴れて「学術探究会の会員」になれるというわけだ。
”学園の催し”に紛れ込ませた、情報収集。
幸い、今年は各国から留学生が集まる。
きっと、私には思いつかない視点や発想が転がっているはず。
ロレーヌ派がその気なら、こちらだって黙ってやられるつもりはない。資料を奪われる前に、公にしてしまえばいい。あくまでも、学園祭の“遊び”として。
陛下からは、返事の代わりに乗馬用の服に上品な皮手袋が届いた。
「承諾はするが、用心はしろ」
布地の厚みが、そう案じているようだった。
『秋の学園祭で、留学生フェアを開催することになりました。帝国内の特産物を紹介するコーナーも作るので、夏休みには辺境伯領へ行ってくる予定です』
そう。
「フォンスロット奨学基金」の支援を受けて、9月から15名の留学生が学園にやってくることになっている。相互理解を深めるため、学園祭で行うバザーと並行して、各国フェアを開催することに決めたのだ。
もちろん、「アングレア王国フェア」の担当は私だ。
留学生の受入準備や生徒会のお手伝いをしている私は、夏休みも変わらず寮に住んでいる。少し落ち着いた頃、学園祭用に寄付してもらう特産物を受け取るため、辺境伯領へ行くことにした。
まあそれは建前で、本音はオーギュスト様に会いたかっただけなのだけれど。
寮母へ「外泊願」を提出すると、驚きの速さで許可がおりた。
……いや、速すぎるでしょ。
稟議文化は、官僚機構の基本じゃなかったの!?
どうせまた、銀縁眼鏡の学院長が“即決”したにちがいない。
あの人、絶対、殿下のスパイだわ。
まったくもう、信用ならないんだから!
辺境伯領までの道中は、レオポルドが付き添ってくれることになっていた。
学園と外とを結ぶ唯一の門を抜けると、見覚えのある馬車が目に飛び込んできた。
「……尋問兵器」
「なはずがあるか」
「ひぃっ! で、殿下!? ここで何を?」
「ちょうど辺境伯領に行く用事があってな。学園長から、ヘレナから外泊届が出ていると聞いたから、寄ったんだ」
「え、でも、道中はレオポルドが――」
「彼にも休暇は必要だ」
「母上……」
レオポルドがそうつぶやいた。彼が見ている方向に視線を走らせると、停まっていた馬車から一人のご婦人が降りてきた。
「……あれは」
「レオポルドの母親だ」
「まぁ。そうだったの?」
「はい」
いつも私を支えてくれているジュスト、レオポルド、アメリの母親は、婚姻式の日、花嫁衣裳の胸元にしつらえられた刺繍を褒めてくれた、あの上品な貴婦人だった。
そっか、だからあの時。
“うちの子たちも、いずれ妃殿下のお支えになれば”っておっしゃったのね。
そのまま挨拶を交わすと、殿下がレオポルドに休暇を与えたものだから、仕方なく殿下の馬車に乗り込んだ。
窓の外では、レオポルドと殿下が何やら話し込んでいる。
また馬車の点検が始まったのかと思い、薄く窓を開けた途端――
耳に飛び込んできたのは、思いもよらない会話だった。
「……殿下、くれぐれもエレナ様が未成年であることをお忘れなきよう」
「どういう意味だ」
「言葉にしないと分かりませんか?」
「お前は俺の忠犬だろう?」
「……今は、エレナ様の盾ですから。夫といえども、例外ではございません」
えっ、そういう話?
私にお酒を飲ますなって忠告かしら。
成人するまではしないわよ、一応、帝国の妃なんだから。
ま、でも、馬車の心配はいらないみたいね。
道中、2人の間に重たい沈黙がおりる。
車輪の音ばかりがやけに大きく響いて、気まずさを増幅させた。
ほら。まただ。
“相槌の名人”の君臨ね。
自分から迎えに来たくせに、何も話さないんだから。
「似合っているな」
「え?」
「その格好。……動きやすそうだ」
今日の私は、乗馬服姿だ。
万が一の場合、レオポルドの足手まといにならないようにと選んだ服装だった。
「……そういえば、父にも手紙を書いているそうだな」
「そんなことまでご存じなんですか?」
「ジュストから聞いた」
「……やっぱり! あの人、絶対に殿下のスパイですよね!?」
「俺のではない」
「え?」
「――父のだ」
「ええっ!?」
「ジュストは父の影だ。事務次官を務めるほど優秀ではあるが、裏の顔は、父の目と耳だ」
「えっ、じゃあ殿下の影は――」
「俺の忠犬はレオポルドだ。ジュストと違い、あいつはよく吠える」
ってことは、陛下は銀狼、殿下は番犬を飼っているってわけ?
……忠犬の鎖の先が、どこに繋がっているのか、ようやく分かった。
どうせ私の言動など、宮廷の玉座の間まで直通なのだろう。
護衛じゃなくて監視だと被害者意識を持ってたのが、実は帝国皇族の過保護だったなんて。
威信に関わるから他言できないのがつらい……。
「父は、必要な時にだけ動く人だ」
殿下はそう言いながら、私の乗馬服に視線を落とした。
その顔には、理由が掴めないといった色が浮かんでいる。
――気づかれたら、マズい。
私は反射的に口を開いていた。
「辺境伯領で馬に乗るのが楽しみだと、手紙に書いたからかもしれません」
自分でも驚くほど自然に嘘が出た。
そう。
この乗馬服、陛下からの贈り物なのだ。
実は、陛下へも文を出していて、最近の手紙にはこう綴った。
「秋の学園祭では、“宝探し”の催しを企画しております。宝の地図作成にあたり、皇室図書館に所蔵されている資料を参考にしたく、写しを取る許可を頂ければと存じます」
もちろん、これは表向きの話だ。
ほんとは、あの三枚の絵をカリに複写してほしかっただけ。
学園祭に合わせて、仮称「学術探究会」を立ち上げた。
“謎解きの趣向”の名目で、例の三枚の図を学園中に貼り出し、有益な解釈を提示した者だけが次の手掛かりへ進める仕組みにしてある。最後まで辿り着いた者だけが、晴れて「学術探究会の会員」になれるというわけだ。
”学園の催し”に紛れ込ませた、情報収集。
幸い、今年は各国から留学生が集まる。
きっと、私には思いつかない視点や発想が転がっているはず。
ロレーヌ派がその気なら、こちらだって黙ってやられるつもりはない。資料を奪われる前に、公にしてしまえばいい。あくまでも、学園祭の“遊び”として。
陛下からは、返事の代わりに乗馬用の服に上品な皮手袋が届いた。
「承諾はするが、用心はしろ」
布地の厚みが、そう案じているようだった。
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