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第4話 黒蝶の再来と言われても
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遠ざかっていく長身の殿下より頭2つ分低いところに見える、シルバーピンクの頭。気品溢れるロイヤルブルーのドレスに身を包んだ彼女は、その計算尽くされた儚げな雰囲気とあいまって、フェアリーで優しい印象を人々に与えることだろう。
この国で銀色の髪を持つ者は珍しい。
一説によると、髪の色素の薄さは保有する魔力の多さを示しているんだとか。
そんな2人が並び立つ姿は、悔しいけれど、どこか神々しい。
羨望の眼差しを独り占めしている彼らを少し離れた場所から眺めていたら、不意に父親世代とおぼしき男性たちから声をかけられた。
「これはまた、異色のご令嬢だね。思わず目を奪われたよ。あの『黒蝶』の再来かとね」
「『黒蝶』?」
「聖女様の御母上、ブリジット夫人の若かりし頃の美称だよ」
ある殿方との暮らしに飽きると、軽やかに次の殿方へと飛んでいく。そんな夫人の生き様は、気ままに花から花へと飛び回る夜の蝶に例えられたらしい。
「夫人は今でも十分、お若いかと」
「はははっ。40代と10代の肌とでは、雲泥の差がある。間近でみると全く違うよ」
「40を過ぎると、生き様が顔に出るんだ。彼女はどうやら、あまり感心できる生き方をしてこなかったようだね」
「あの頃の透明感は、今や見る影もない。面の皮が厚くなった分、化粧も濃くなった」
子女の通う学院のパーティーだというのに、ほろ酔い気分の父親たちが10年ぶりに帰国するなり公爵夫人の座を射止めたブリジット夫人の話題で盛り上がる。
心なしか奥方たちもブリジット夫人の“劣化”に頬を緩めているようだ。かつてブリジット夫人に夫や恋人の心を奪われた奥方たちが、少なからずいるのかもしれない。
それはいいとして、どうして私の周りに群がるの!?
父親同士、昔話で盛り上がるなら、シガールームでやってくれる? って、学院にはそんな場所ないか。
父親たちの群れから抜け出ると、視界の端に、扇で口元を隠しながらブリジット夫人に耳打ちしている義母の姿が目に入り、全神経を耳に傾けた。
「引き立て役にするつもりだったのでしょうけど、黒色のドレスを義娘に渡したのはとんだ見込み違いだったわね? やはり、血筋かしら。“主役を食う存在感”は、母親以上でしてよ?」
『血筋』?
『主役を食う……母親以上』?
どういう意味だろう?
やはり実母は、既婚者であると知りながら義父であるロワーヌ侯爵を誑かしたのだろうか。だから義母は、私のことをそんなふうに……。
学生には不似合いな大人びたドレスと、発達途中のあどけなさが醸し出す危うさを伴った雰囲気が父親たちの注意を集めていることに、さすがの私でも気が付き始めた。
不本意にも保護者達の視線を一身に受けることになった私は、それに気づかぬ振りを決め込むことにした。幸い、最有力妃候補ということで、ダンスに誘ってくる殿方などはいない。
「妃候補になった最大のメリットって、パーティーでダンスを踊らなくて済むことかも……」
何せ、妃候補だけで6名いるのだ。
リリー嬢が現れてからは、殿下の周りには常に7名の令嬢が侍っている。
さすがの殿下も、全員と踊るのは疲れるのだろう。誘いの言葉がかけられたことは一度もない。
今宵もまた、殿下のファーストダンスのお相手はリリー嬢が務めるようだ。
「小腹が空いたし、デザートでも食べようっと」
王宮の夜会は別格だろうけど、学院のパーティーもなかなかどうして侮れない。
生徒たちの半分は、卒業と同時に故郷へ戻り領地経営に勤しむことになる。今夜のような場は、自領の特産物を使った料理や製菓をアピールする絶好のチャンスでもあるのだ。
みんなダンスに夢中になっているから、隣接する会食会場には豪華なお料理やお菓子が手つかずのまま並べられている。
「うわぁ! 少しずつ、全部いただいちゃおうっと!」
それにしても、と思う。
「聖女って“魅了魔法”も使えるのかしら? だとしたら、私が彼女に毛の先ほどの魅力を感じない理由にも合点がいくんだけどな」
暫くすると音楽が止み、殿下が発した「乾杯」の声を合図に懇談が始まると、生徒たちだけ会食会場へと移動してきた。
私は全神経を集中させて、お喋りの内容に耳を傾ける。
「リシャール様。こちらはソンブレイユ公爵家の特産物を使用したお菓子です。先日の製菓大会で、見事グランプリを受賞したんですよ? ぜひお召し上がりください。皆さんも、良かったらどうぞ――」
「それは素晴らしいな。一口頂こう」
ん? ソンブレイユ……グランプリに選ばれたお菓子……それってたしか――
「っ殿下、お召しになってはいけません!!」
そう叫んで駆け寄るも、生徒たちの厚い壁に遮られて届かない。
今まさに、殿下がお菓子を口に入れようとしている。
「ダメ――っ!!」
人垣をかきわけて間一髪のところで菓子を持った殿下の手を払いのけるも、その反動で誰かが手に持っていたシャンパングラスの中身が弧を描くように私の頭上に降ってきた。
パシャッ。
それから不自然な間があること約2秒。
驚いたふうを装って、リリー嬢が手にしていた菓子皿を派手に床へぶちまけた。
ガシャンッ!!
いやいや、今の、絶対ワザとでしょっ!?
そう思った瞬間、殿下に突き飛ばされて、受け身を取る間もなく無様に尻もちをついた。
皿の割れる音が会場に鳴り響いたのが先か、衛兵が殿下のもとへ駆けつけたのが先か。
「キャー!!」
妃候補1号が殿下を指さして叫ぶ。
お皿の破片が刺さったのか、殿下の手からはポタポタと血が滴っている。
「リシャール様っ、大丈夫ですか!? デルフィーヌ様、いくらパートナーに選ばれなかったからって、こんなこと……酷いわ!!」
リリーが春の空を映したような澄んだ瞳に泉を湛えて私を非難する。
「醜い嫉妬だこと!」
生徒たちが鬼の形相で私を睨んでくるが、ここで引くわけにはいかない。
「ロワーヌ侯爵令嬢。これは一体、どういうことだ?」
温もりを一切感じさせない殿下の固い声が、静まり返ったホールに響き渡る。
「殿下――」
「デルフィーヌ様が急にリシャール様に飛び掛かるものだから、私、動転してしまって。……こんなことになるなんて、本当に申し訳ございません」
「大した傷ではない」
「殿下、それをお召しになってはなりません!!」
「貴女、リリー様が殿下に毒を盛るとでも言いたいの?」
「――殿下。安全確保のため一旦、退場願います」
リシャール殿下は駆け付けた衛兵たちにぐるりと囲まれ、そのまま退場を促された。
「貴様も来いっ!」
そう言いながら、衛兵の一人が尻もちをついている私の腕を捩じ上げた。
聖女誕生と同時に聖女の保護という追加任務を与えられた新たな騎士団長が就任すると、衛兵たちは事あるごとに私を邪険に扱うようになった。
退出していく殿下の背を目で追いかけていたら、抵抗していると思われたのか、お菓子と飲み物がぶちまけられた大理石の床に思いっきり頬を押し付けられた。
「痛っ!」
「逃げようとしても無駄だぞ? ほら、立てっ!」
そのまま手荒く立たされると、引きずられるようにして留置場へ連行され、着替えることも許されないまま暗い牢の中へ入れられた。
この国で銀色の髪を持つ者は珍しい。
一説によると、髪の色素の薄さは保有する魔力の多さを示しているんだとか。
そんな2人が並び立つ姿は、悔しいけれど、どこか神々しい。
羨望の眼差しを独り占めしている彼らを少し離れた場所から眺めていたら、不意に父親世代とおぼしき男性たちから声をかけられた。
「これはまた、異色のご令嬢だね。思わず目を奪われたよ。あの『黒蝶』の再来かとね」
「『黒蝶』?」
「聖女様の御母上、ブリジット夫人の若かりし頃の美称だよ」
ある殿方との暮らしに飽きると、軽やかに次の殿方へと飛んでいく。そんな夫人の生き様は、気ままに花から花へと飛び回る夜の蝶に例えられたらしい。
「夫人は今でも十分、お若いかと」
「はははっ。40代と10代の肌とでは、雲泥の差がある。間近でみると全く違うよ」
「40を過ぎると、生き様が顔に出るんだ。彼女はどうやら、あまり感心できる生き方をしてこなかったようだね」
「あの頃の透明感は、今や見る影もない。面の皮が厚くなった分、化粧も濃くなった」
子女の通う学院のパーティーだというのに、ほろ酔い気分の父親たちが10年ぶりに帰国するなり公爵夫人の座を射止めたブリジット夫人の話題で盛り上がる。
心なしか奥方たちもブリジット夫人の“劣化”に頬を緩めているようだ。かつてブリジット夫人に夫や恋人の心を奪われた奥方たちが、少なからずいるのかもしれない。
それはいいとして、どうして私の周りに群がるの!?
父親同士、昔話で盛り上がるなら、シガールームでやってくれる? って、学院にはそんな場所ないか。
父親たちの群れから抜け出ると、視界の端に、扇で口元を隠しながらブリジット夫人に耳打ちしている義母の姿が目に入り、全神経を耳に傾けた。
「引き立て役にするつもりだったのでしょうけど、黒色のドレスを義娘に渡したのはとんだ見込み違いだったわね? やはり、血筋かしら。“主役を食う存在感”は、母親以上でしてよ?」
『血筋』?
『主役を食う……母親以上』?
どういう意味だろう?
やはり実母は、既婚者であると知りながら義父であるロワーヌ侯爵を誑かしたのだろうか。だから義母は、私のことをそんなふうに……。
学生には不似合いな大人びたドレスと、発達途中のあどけなさが醸し出す危うさを伴った雰囲気が父親たちの注意を集めていることに、さすがの私でも気が付き始めた。
不本意にも保護者達の視線を一身に受けることになった私は、それに気づかぬ振りを決め込むことにした。幸い、最有力妃候補ということで、ダンスに誘ってくる殿方などはいない。
「妃候補になった最大のメリットって、パーティーでダンスを踊らなくて済むことかも……」
何せ、妃候補だけで6名いるのだ。
リリー嬢が現れてからは、殿下の周りには常に7名の令嬢が侍っている。
さすがの殿下も、全員と踊るのは疲れるのだろう。誘いの言葉がかけられたことは一度もない。
今宵もまた、殿下のファーストダンスのお相手はリリー嬢が務めるようだ。
「小腹が空いたし、デザートでも食べようっと」
王宮の夜会は別格だろうけど、学院のパーティーもなかなかどうして侮れない。
生徒たちの半分は、卒業と同時に故郷へ戻り領地経営に勤しむことになる。今夜のような場は、自領の特産物を使った料理や製菓をアピールする絶好のチャンスでもあるのだ。
みんなダンスに夢中になっているから、隣接する会食会場には豪華なお料理やお菓子が手つかずのまま並べられている。
「うわぁ! 少しずつ、全部いただいちゃおうっと!」
それにしても、と思う。
「聖女って“魅了魔法”も使えるのかしら? だとしたら、私が彼女に毛の先ほどの魅力を感じない理由にも合点がいくんだけどな」
暫くすると音楽が止み、殿下が発した「乾杯」の声を合図に懇談が始まると、生徒たちだけ会食会場へと移動してきた。
私は全神経を集中させて、お喋りの内容に耳を傾ける。
「リシャール様。こちらはソンブレイユ公爵家の特産物を使用したお菓子です。先日の製菓大会で、見事グランプリを受賞したんですよ? ぜひお召し上がりください。皆さんも、良かったらどうぞ――」
「それは素晴らしいな。一口頂こう」
ん? ソンブレイユ……グランプリに選ばれたお菓子……それってたしか――
「っ殿下、お召しになってはいけません!!」
そう叫んで駆け寄るも、生徒たちの厚い壁に遮られて届かない。
今まさに、殿下がお菓子を口に入れようとしている。
「ダメ――っ!!」
人垣をかきわけて間一髪のところで菓子を持った殿下の手を払いのけるも、その反動で誰かが手に持っていたシャンパングラスの中身が弧を描くように私の頭上に降ってきた。
パシャッ。
それから不自然な間があること約2秒。
驚いたふうを装って、リリー嬢が手にしていた菓子皿を派手に床へぶちまけた。
ガシャンッ!!
いやいや、今の、絶対ワザとでしょっ!?
そう思った瞬間、殿下に突き飛ばされて、受け身を取る間もなく無様に尻もちをついた。
皿の割れる音が会場に鳴り響いたのが先か、衛兵が殿下のもとへ駆けつけたのが先か。
「キャー!!」
妃候補1号が殿下を指さして叫ぶ。
お皿の破片が刺さったのか、殿下の手からはポタポタと血が滴っている。
「リシャール様っ、大丈夫ですか!? デルフィーヌ様、いくらパートナーに選ばれなかったからって、こんなこと……酷いわ!!」
リリーが春の空を映したような澄んだ瞳に泉を湛えて私を非難する。
「醜い嫉妬だこと!」
生徒たちが鬼の形相で私を睨んでくるが、ここで引くわけにはいかない。
「ロワーヌ侯爵令嬢。これは一体、どういうことだ?」
温もりを一切感じさせない殿下の固い声が、静まり返ったホールに響き渡る。
「殿下――」
「デルフィーヌ様が急にリシャール様に飛び掛かるものだから、私、動転してしまって。……こんなことになるなんて、本当に申し訳ございません」
「大した傷ではない」
「殿下、それをお召しになってはなりません!!」
「貴女、リリー様が殿下に毒を盛るとでも言いたいの?」
「――殿下。安全確保のため一旦、退場願います」
リシャール殿下は駆け付けた衛兵たちにぐるりと囲まれ、そのまま退場を促された。
「貴様も来いっ!」
そう言いながら、衛兵の一人が尻もちをついている私の腕を捩じ上げた。
聖女誕生と同時に聖女の保護という追加任務を与えられた新たな騎士団長が就任すると、衛兵たちは事あるごとに私を邪険に扱うようになった。
退出していく殿下の背を目で追いかけていたら、抵抗していると思われたのか、お菓子と飲み物がぶちまけられた大理石の床に思いっきり頬を押し付けられた。
「痛っ!」
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