辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第9話 こうしちゃいられない!

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「デルフィーヌったら、随分素直なのね」
 気に入らないといったふうにリリー嬢は眉をひそめると、名案を思い付いたとばかりにポンっと手を打った。

「そうだわ! 国外追放なんてしてしまったら、せっかく妃教育で身に着けた教養や知識が全て無駄になっちゃうじゃない。デルフィーヌにはこのまま王国ここに留まって、王族に尽くしてもらいましょう」
「……私たち?」
「デルフィーヌはずっと寝たきりだったから知らないわよね? 私とリシャール様、婚約したの。結婚式は半年後よ?」
「!?」
「ちょうど優秀な侍女を募集するところだったの。私、庶子だから貴女のように優秀な高位貴族の令嬢侍女が側にいてくれたら安心なのよ。最有力妃候補デルフィーヌ以上の適任者はいないでしょ?」

 結果、私はリリー付の侍女――という名のメイドとして雇われることになった。
 聖女リリーとリシャール王太子殿下の婚姻式は、国を挙げて盛大に執り行われ、婚姻から1年後には待望の第一子が産まれたらしい。

 「らしい」というのも、私はあれ以来、殿下はおろかリリーの姿でさえ一度も目にしていないからだ。
 ごく限られた場所にしか立ち入りを許されず、外部への接触は厳しく禁じられていたから、使用人仲間が洗濯場でお喋りしている情報を盗み聞くのが、私の知り得る世界の全てだ。

 艶のあった黒髪も、瑞々しい肌も手も。質素な食事に洗濯と掃除を繰り返す日々で徐々に失われていった。妃教育で培った教養を活かす場面など、ただの一度もなかった。そうして私は、一人ひっそりと使用人のベッドで息を引き取った。

 ここまでが、私が幽体離脱をしてみた未来の私の姿だ。
 騒がしい足音が近づいてきたのを感じ、再び、現在へと魂が飛んでいく。
 どうやら肉体を離れた魂は、現在・未来へと自在に飛んでいけるらしい。

 ◇◇◇
 平民牢の中で横たわる私の元へ、女官長が大柄な体躯の男性を伴って駆け寄ってきた。
 女官長ってば、すごいわ!!
 御年40歳くらいでしょうに、スカートの裾を持ち上げて、息も切らさず全速力で走ってる!

 あの胆力。あの脚力。あの肺活量! さすがは泣く子も黙る、女官長様だわ。
 今度生まれ変わったら、私もああいう大人になりたい。凛として愛情深くて、人のために大胆に動ける人に。

「デルフィーヌ様、お気を確かにっ!!」
 女官長が鉄格子のカギを開けるや否や、黒髪の男性が私の身体をチェックし始める。
 あぁ。
 ガブリエル隊長も来てくれたんだ。

「心肺停止状態だ。心臓マッサージをする。女官長殿、フィーヌの身体反応があればすぐに教えてくれ」
「はいっ!」
「おい、フィーヌ! 戻ってこい! しっかりしろ! おいっ、聞こえてるんだろ!? 戻ってこい!」

 2人があまりにも必死に私の名を呼ぶものだから、魂が身体に戻ろうと反応をし始める。

 ゔぅっ、痛っいなぁ。

 ――身体の痛みとともに目覚めたら、見たこともない部屋のベッドに寝かされていた。

 ここは何処? 牢じゃないのは確かね。
 それにしても、酷い夢だった。すごくリアルで。

 もしかして、巷で流行っている“悪役令嬢物語”のように、断罪前へと時間が巻き戻ったのかしら。見たところ、手のひらの大きさはそのまんまだから、年齢的には変わってなさそうだけれど。

 目の前で手をヒラヒラさせていたら、ベッド脇の椅子で仮眠を取っていた私の専属侍女、ソフィーが飛び起きた。

「っ、お嬢様! お嬢様!! 目が覚めたんですね!? 直ぐにお医者様を呼んでまいります!」

 慌ててやってきたのは、なんと王族に仕える宮廷医だった。
 水分を補充させられて、診察を受けている合間に最も聞きたかったことを尋ねる。

「ねぇ、ソフィー。ここは何処?」
「王宮内にある近衛騎士団の医務室です」
「『王宮』!? 初めて足を踏み入れちゃった……」
「『初めて』!?」

 宮廷医のおじいちゃんが目を見開いて私を見てる。
 そりゃそうか。曲がりなりにも妃候補なのに、一度も王宮へ足を踏み入れたことがないだなんておかしいもの。

「頭を打ち付けた時のショックで、記憶が曖昧になられているのかもしれません。暫く様子を見ましょう」
「先生、今日は何月何日ですか?」
「王国歴494年3月24日でございます」
「嘘でしょ!?」

 パーティーがあったのは3月21日。ってことは、すでに断罪後!? 
 どぉーしてよ!? 小説だったら、断罪直前に巻き戻るのが定石でしょ!?
 ってことは、私、あの性悪聖女の元で使用人としてこき使われる運命なの!?

「死んだ(令嬢としても、人間としても)……」
「王太子殿下はご無事でございます」
「そういう意味じゃなくて。あ、私、実際に死にかけたんだけど。ていうか、殿下は無事だったのね?」
「コソコソ(お嬢様! 言葉遣い!!)」

「『ていうか』?」
 宮廷医が首を傾げる。

 このおじいちゃん宮廷医は、殿下に振り向いてもらおうと必死だった私の噂を聞いていたのだろう。心底不思議そうに私を見ている。
 でもね、先生。
 今は殿下の健康状態よりも、自分の未来の方が重要なんです! だって切羽詰まってるんだもの!
 殿下はいざとなったら聖女にチャチャッと治療魔法をかけてもらえば治っちゃうんだろうけど、私の場合はそうはいかない。

「あ――っ!!」

 よく考えたら、何も身を挺してまで殿下がピーナッツオイル入りのお菓子を食べるのを防がなくてよかったのか。
 だって、聖女と一緒だったもの。
 アナフィラキシー反応が出たところで、彼女の治療魔法で助かったに違いない。
 はぁ――ぁ、己の浅慮さに嫌気が差す。
 でもまあ、これで殿下への“貸し”が2つに増えたわね。

「デルフィーヌ様、どこまでの記憶がございますか?」
「学院のパーティーで衛兵に拘束されて、牢に入れられたところまで」
「そうでしたか」

 おじいちゃん医師は、「まずはゆっくりと静養なさってください」と言うと、ソフィーへ「例のクリームの使用は続けるように」とだけ言づけて、部屋を去った。

「ねぇ、ソフィー。私を保護してくれたのって、女官長様とガブリエル隊長だった?」
「どうしてご存知なんですか? 私も聞いた話ですけど、お2人ともそれはもう、娘を失くした親のような狼狽ぶりだったそうですよ」
「そっか」

 だとしたら、あれは夢じゃなくて、実際の出来事を空から見ていたんだわ。
 臨死体験で時空を超える話は聞いたことがあったけれど、まさか自分が体験することになるなんて!!

侯爵だんなさま侯爵夫人おくさまがすぐに駆け付けて、私が到着するまでは奥様が付き添っていらしたそうです」
「そうなの!? って、そりゃそうか。王族の手前、義娘を心配する振りくらいは必要だものね」

 それが証拠に、専属侍女のソフィーが帰省先から戻ってくるや否や、彼女に私の世話を押し付けていなくなったのだから。

 それはそうと、こうしちゃいられない!
 人間としての尊厳を失う前に、早急に殿下をめぐる婚活戦線から離脱して、国外でもどこでもいいから逃げなくっちゃ!!

 そんな決意を密かに固めていたら、の父であるロワーヌ侯爵が部屋を訪ねてきた。
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