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第三章 取材orデート?
ハイタッチ
しおりを挟む何度もお礼を言う若い夫婦と、「おじちゃん、お兄さん、バイバイ」と手を振るコウキを二人で見送った。
遠くなっていく家族の背中を見ながら鷹城がつぶやく。
「良かったな。両親に会えて」
「そうですね」
真琴はどこか上の空だった。
「お前さ……」
鷹城が何か言いたげにじっと真琴を見詰める。
ややあってひとり首を振ると、今度は手のひらを真琴に向けて、片手を上げた。
「ん」
「なんですか?」
「ハイタッチ」
真琴は苦笑して、鷹城の手を軽く叩く。
「こういうの、好きなんですね」
「まあな。協力してトラブルを解決したって感じでいいだろう? ――さて、俺たちも土産でも買って、そろそろ帰るか」
「はい」
真琴はこっくりと頷いた。
日が西へ傾き始めている。土産物屋は動物園を楽しんだ人々で混んでいた。
何を買うか二人で選んだ後、鷹城が「俺が一人で行ってくる」とレジに並んでいる。
真琴は外のベンチに座っていた。先程の胸の痛みの理由が分からないことが、まだ引っかかっていた。
(さっきからずっと心がザワザワする。どうしたんだろう、おれ……)
しばらくして鷹城が戻ってきた。
買い物袋だけではなく、何やら腕に大きなぬいぐるみを抱えている。首に赤いリボンが結ばれた可愛らしいパンダのぬいぐるみだった。
「また落ち込んでいるのか」
側に来た鷹城が言った。
「え?」
「やっと笑ったと思ったのに。お前はすぐ暗くなるな」
ズキッと胸が痛んだ。暗い。それは真琴が幼い頃いじめっ子達にいわれた言葉だった。
――やーい、真琴の根暗。死人。気持ち悪いんだよ、近寄るな。
あの時のトラウマが一気に蘇る。恐怖をかき立てるようにバクバクと心臓が鳴った。
「わ、悪かったですね。暗くて。もとからそういう性格なんですよ、こっちは。今更変われません」
真琴は顔を逸らした。
「……急になんの話だ?」
鷹城が言った。
「別に」
「暗いって言ったこと、怒ってんのか」
「違います」
「ほら、怒ってる」
真琴は黙っていた。
「なにヘソ曲げてんだよ。――ったく、わけ分かんねえ」
「……っ」
まるで悲しみの涙が出たかのように、心がじわっと熱くなった。見捨てられたような気分だった。
(泣くな、なくな……)
過去のトラウマに鷹城は関係ないと分かっているのに、感情が高ぶるのが止められなかった。
気まずい沈黙が流れた。しばらくして鷹城が深々と息を吐いた。
「真琴」
名を呼ばれて、はっと顔を上げた。
「やるよ」
鷹城が仏頂面で言い、パンダのぬいぐるみを押しつける。
「えっ……」
真琴は驚きながら受け取った。ふわふわして、軽い。
「さっき――コウキを見送る時、元気なかっただろ? あいつと別れるのが寂しいんじゃないかと思ってたんだ。お前に懐いていたからな。だから暗いって言ったんだよ。ただ、それだけだ」
鷹城にはそう見えていたのか、と思った。
「先生……」
「まあ、お前は俺の気持ちなんか、知りたくもないだろうけどな。――先に駐車場行ってる」
鷹城は踵を返して歩き出した。その背中を見ながら思う。
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