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最終章 未来へ
大晦日
しおりを挟むクリスマスイブから一週間が経った。今日は大晦日。
新年に向けて街は慌ただしく、商店街には門松やしめ縄などが飾られている。
大学はとうに休みに入っていた。大半の学生が帰省し、久しぶりに家族と一家団欒を過ごすであろう、そんな時。
真琴は自分のアパートで、敷きっぱなしになっている布団を頭までかぶっていた。
鷹城のマンションとは正反対のこじんまりとした部屋だった。八畳一間の畳敷きで、ローテーブル置かれている。そこには食べ終わったコンビニ弁当や、空のペットボトルでいっぱいだ。畳には山になった洗濯物まである。
真琴はのっそりと掛け布団から目だけ出すと、その惨状を見て、また中にもぐりこんだ。
とても片付ける気にならない。それ以上に何をするにもやる気が出ない。
T京から逃げるように帰ってきてから、食事さえ面倒で、大好きな料理まで怠っている。冷蔵庫はすっからかんで、流しも、洗ってない皿やコップでごちゃごちゃしていた。昨日は風呂にも入っていないくらいだ。
(もう一週間も先生に会ってない……)
会っていないというか、正確には会いに行けないのだった。
クリスマスイブ、バーで飲み過ぎた真琴は自分でも信じられない程みだらな夜を過ごした。
あの日の自分はまさに酒乱だった。
初め、鷹城はセックスをするのを嫌がっていた。しかし強引に彼を押し倒したのだ。
翌朝、先に目覚めた真琴は呆然とした。
室内はこもった匂いでいっぱいで、掛け布団はよれよれ。シーツは何かの液体でガビガビになり、蓋が開いたままの潤滑ゼリーのチューブが転がっている。しかも床には開封済みだがひとつも使ってない避妊具まであった。
ベッドにはこちらに背を向けて眠る鷹城がいた。その広い背中には何かに引っかかれたような赤い筋が何本も残っている。
お尻の奥からたら、と何かが伝う感触に全てを思い出し、真琴はすぐにバスルームに飛び込んだ。
冷水を頭から浴びながら、昨夜のふしだらな出来事を反芻し、あまりの羞恥に死にたくなった。
そして鷹城が起きる前に、荷物だけ持ってホテルを飛び出したのだ。
そうして、そのまま彼のマンションには戻らずに、留守を頼んでいた友人――キョウスケを追い出し、自分のアパートに逃げ込んだのだった。
それ以来誰とも会っていない。
鷹城からは何度もスマホに電話がかかってきた。しかし一度も出なかった。いや、出る資格がないと思ったのだ。
(おれ、先生に酷いことをした。先生の気持ちを踏みにじったんだ……)
取り返しのつかないことをした、と思った。
(嫌われた。絶対に軽蔑された……。もう終わりだ……!)
布団の中で、真琴はぎゅっと自分を抱いた。
鷹城は、真琴が「好きな人としかセックスをしない」と言ったことを忠実に守ってくれていた。
最初の時以来、無理やり体を求めてくることもなく、好きになってもらえるように努力すると言っていた。その気持ちが嬉しかった。
実際、鷹城は変わったと思う。
俺様な態度はそのままだが、真琴に優しくしてくれた。落ち込んだ時は元気が出るようにと動物園に連れてってくれたり、風邪を引きながらも雪の中迎えに来てくれたこともあった。
ケンカすることもあったが、しかし真琴はそんな不器用な鷹城に日に日に惹かれていった。
彼が自分を好きだと言うたび、好意をもっていると態度で示すたび、心は震え胸が弾んだ。
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