それでもなお日の当たる道を行く

たらこ

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3.六年前

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 六年前のあの日、家族に何が起きたのか知ったのは随分経ってからのことだった。
 あの日、野球クラブの練習を終えた晃が自宅に帰ると、憔悴しきった顔の母親と怖い顔をした姉がリビングで大きなカバンを準備して待ち構えていた。なんの説明もなく、母は姉と晃を連れて父の軽自動車に乗って家を出た。

 空は夕暮れで、オレンジと紫に染まっていた。
 晃の好物の練って遊べる知育菓子のような色だと思った。

 薄暗い車内。全く喋らない運転席の母と助手席の姉。
 駐車が怖いからと滅多に運転しない母が父の帰りも待たずに車を出しているのも相まって、なにか底の見えない穴のようなものに向かって突き進んでいるように思えて、胸がざわついて、晃も何も言わず、汚れた白いユニフォームのズボンの上でずっと拳を握っていたことを今でも覚えている。

 やがて夜になった。
 途中姉の提案でファミレスに立ち寄って夕飯を食べた。姉はこれからどうするのかということを母に訊ねていたが、母が答えることはなかった。
 それから母はずっと車を走らせ続けた。野球クラブの練習疲れもあり、いつの間にか晃は眠ってしまった。目覚めたとき、それはもう始まっていた。

 ドツン、と大きな衝撃で目を覚ました。

 街灯がほとんどない、どこかの広い駐車場のようだった。少し開いた窓の向こうから、小さく波の音が聞こえていた。

 他に車もなく、闇としか言い様のない闇の中。眩しいヘッドライトが照らす先に、大型のバイクが転がっていた。
 衝突――その言葉が頭を過った瞬間、外からぎゃーぎゃーと喚きたてる声が聞こえてきた。そして、一瞬にして晃たち母子の乗る車は囲まれた。

 少年たちだった。
 派手な金髪やピアスが見えた。
 一瞬にして質の悪い不良少年だと分かる見た目をしていた。
 
 それからのことは、あまりよく思い出せない。
 どこか靄がかかったような、昔適当に流し見た古い映画の内容を思い出すような、どこまでが真実でどこまでが妄想かわからないような、とにかく曖昧な記憶だ。

 狂ったように騒ぐ少年たちのうち、四人が姉をどこかに連れて行った。
 残った少年は三人。
 晃の母は泣きながら少年たちの足にすがりついていて、二人の少年は笑っていた。
 ババアをどうするか、自分たちもあっちで楽しみたかった、そんなことを喋っていたと思う。

 そんな中に一人。
 日本人ばかりの少年たちの中に一人だけ、黒い肌をしてサングラスをかけ、他の少年たちとは明らかに体格が違う少年がいた。

 その少年は、狂ったような少年たちの中でただ一人、笑っていなかった。

 曖昧なあのときの記憶の中でも、あの少年の姿だけは写真にでも撮ったように、鮮明に覚えている。
 
 彫りの深い顔をしていた。
 サングラスのせいで大分隠れていたが、高い鼻と厚めの唇、太く濃い黒い眉は明らかに日本人のものとは違った。
 髪は黒々として短く、こめかみから下のあたりだけ薄く、グラデーションのように剃られていた
 体格はあのときすでに百九十近くあったのではないかと思う。とにかく大きかった。子供だった晃からしてみたら、巨大なクマのように思えた。

 そして、少年には二つ、大きな特徴があった。

 一つは右手の小指。一本だけ反ったように、妙な形で曲がり、固まっていた。
 それからもう一つ。サングラスの向こうにある、笑えば甘い顔とも取られるような、少し垂れ目がちな目。その右側の黒目が、左側とは違う部分を向いていることだった。

 少年はその二つの特徴を隠したがっているようだったが、晃は気づくことができた。あの夜、慣れた軽自動車の車内でずっと二人でいたからだ。

 後部座席だった。
 見慣れた後部座席も、巨大な男と二人だと随分窮屈に感じた。
 晃の母や姉には見向きもしなかった少年は、晃を引きずって車に押し込み、その中で無理矢理晃を犯した。

 男同士。
 それも、八歳の少年を相手にしての。
 仲間にそんな嗜好があると知らなかったようで、少年の仲間たちは最初代わる代わる車を覗きに来て、からかうような言葉を少年にぶつけていた。

 しかしそれも少年が車のシートを壊さんばかりの勢いで殴りつけて恫喝すると、もうからかいにくることはできなくなった。
 少年は長い間ずっと晃の体に激しい性欲をぶつけ続けていた。
 終わったのは少年の精が尽きたからではない。仲間の一人が、ドアを激しく叩いて少年を呼んだからだった。

 姉を連れさったはずの仲間も戻ってきていた。
 みんなパニックを起こしていた。
 彼らは口々に言った。
 犯している最中に、晃の姉が死んでしまった――と。
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