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6. 平和で幸せな毎日です
しおりを挟む〈 渚視点 〉
週明け、俺は大和に、産休明けを待たずに仕事を辞める事を告げた。カフェ開店の為の経験値と資金を稼ぐ目的で始めた仕事だけれど、今は柚來と向き合う事を優先しようと思ったから。大和は反対しなかった。
退職を決めた後は、病院の予約をして、柚來の診断をしてくれた医師に今後についての相談に行き、医師には定期的にリハビリに通う事を提案された。柚來の脚が治る事はないけれど、脚の機能回復が目的ではない。脚が動かない柚來だけれど、手や腕、上半身を上手に使う事で、この先、歩けなくとも生活の幅は広がるという。
「難しく考えなくても良いんですよ。リハビリなんていう仰々しいものではなく、遊びだと思って下さい。痛い事も怖い事もない。たくさん体を動かして楽しみながら身体に刺激を与える『遊び』です。お母さんも一緒に、柚來ちゃんと楽しく遊びましょう」
医師に優しく言われ、目から鱗。ついでに涙も一緒に落ちた俺だった。
それから直ぐ、芽來が通う保育園に空きがあるか確認して、1歳になったら保育園に入れる予定だった陽咲を、前倒しで保育園に預けた。朝陽が「預かるよ」と言ってくれたけれど、頻繁に預けるのは送迎含めて大変だから、やんわりとお断りした。あっさりと退いてくれた朝陽に、困った時は一番に連絡する事を約束させられたけれど…。
その1ヶ月後から、柚來の週に1回の病院へのリハビリ通いが始まった。初日は大和も一緒に行ったけれど、2回目以降は俺1人で連れて行った。乳幼児のリハビリには専用の部屋があって、そこにはたくさんの絵本や頭を使う知育玩具、体を使って遊ぶ玩具などがあり、初日から柚來は楽しそうに遊んだ。
そして、『奇跡』は突然訪れた。
病院に通い始めて半年あまり。陽咲と柚來が1歳の誕生日を迎えて更に1ヶ月が過ぎた頃だった。
この頃の柚來は少し腕の力が付いてきていて、自分で寝返りは出来ないものの、うつ伏せにしてやれば腕を突っ張って上半身を持ち上げるようになったから、その日もいつものように柚來から50cmほど離れた場所に柚來と向かい合うように俺もうつ伏せになって、2人の間に玩具を置いて遊んでいた。遊ぶ…といっても、真ん中に置いた車の玩具を俺が前後に動かすだけだけれど。その動きを柚來が目で追う。
その時だった。柚來がいきなり「う~~」と声を上げて腕から力を抜いてぺたんと胸を下に敷いたラグに付けたかと思ったら、床に付いた腕の力だけで、
ず……
前に進んだ。俺は声を発するのも瞬きするのも忘れ、何なら呼吸すら忘れ、柚來を見つめていた。
ず……ず……
ずり這い(だと思う)で前に進んで車の玩具を手に取る柚來。だけれど、そのまま伸ばした腕を引き戻す事が出来ずに泣き出した柚來を、その声で我に返った俺は抱き上げた。背中をぽんぽんしてあやしながら、柔らかな頬に頬擦りをする。
「柚來~、凄いね~。偉いね~」
言葉を掛けながら、俺は涙が止まらなかった。
大丈夫。柚來は柚來のペースでちゃんと成長している。
その日の夜、俺は大和と他の子供達に昼間の柚來の事を話した。皆、実際に見た訳でもないのに、我が事のように凄く喜んでくれて…。
もちろん、柚來はまだ赤ちゃんで、今日ずり這いが出来たからといっていつでも出来る訳じゃない。柚來自身が動きたいと思わなければやらないだろうし…と、見られたらラッキーくらいのつもりで、家族全員で柚來の成長を見守って…。『初ずり這い』から半年も経つ頃には、うつ伏せにするとかなり高確率で這うようになって、途中で力尽きては泣き出して…。
そんな事を繰り返しながら、2歳を過ぎた現在では、かなりの速さで這うようになった。通常のハイハイよりかは遅いけれど、ホントにずり這い?っていうくらいの高速ずり這いで。しかも、追うのは何故かいつも芽來なんだよな。陽咲もなんか芽來にベッタリだし…。あのどっしりした感じが安心するのかなぁ。
でもさ、陽咲、柚來、少し離れたところで絆兄ちゃんと紡兄ちゃんが寂しそうにしてるぞ~。
なんて事を日々思ってる俺。
こんな感じで俺達家族7人、平和な毎日を送ってる。
幸せだなぁ~。
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