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《本編》
47. 虐待の可能性(瑠偉side①)
しおりを挟む最愛の弟・琳が「入院した」と連絡があった。
電話をくれたのは、琳の嫁ぎ先の義父殿。夫の彰宏ではない事に一瞬疑問を抱きつつも、琳が入院した事に対する動揺のほうが大きく、大して深くは考えなかった。
本音で言えば仕事を放り出して直ぐにでも駆け付けたいが、若輩者ではあるものの一応社長の肩書を継いだ身。無責任な事は出来ないので、急ぎ案件の仕事を優先して片付けた。琳の命に別状はないとは言っていたが、琳の様子次第では明日もどうなるか判らないので、明日の段取りを纏めた資料も作成し、優秀な秘書に渡してから病院へと急いだ。
夜七時を過ぎて病院に着いた俺は、夜間案内で琳の入院している病室を訊き、足早に案内された病室に向かう。個室のドアプレートで名前を確認してからドアをノックすると男の声で返事があり、ドアを開けて中に入った瞬間、俺は息を飲んだ。
約1年半振りに直接姿を目にした最愛の弟。青白い顔でベッドに横たわる琳。その目は固く閉じられ、体には近くに置かれた装置と繋がる管が、腕には点滴が付けられていた。
そして、ベッド横に置いたパイプ椅子に座る、彰宏の姿。彰宏は、俺が部屋に入ると椅子から立ち上がり、頭を下げた。
俺はゆっくりとベッドに近付くと、今まで彰宏が座っていたパイプ椅子に腰を下ろし、布団の上に出ていた点滴をしている方の琳の手の上に、自分の手をそっと重ねた。久し振りに触れた弟の手は少しひんやりしていて、長い指は記憶にあるより細くなっている気がした。
「琳……」
眠っているのだから当たり前だが、呼び掛けても返事はない。深く眠っているらしく、身動ぎ一つしない。
琳の手の甲を温める様に撫でながら、俺は、少し離れて立つ彰宏を見た。
「何があった?」
率直に訊く。琳と電話で話したのは僅か半月程前。声を聞く限りでは元気そうに聞こえた。尤も、そう装っていなければ…だが。いや、今の琳を見れば、その可能性は否めない。直接会っていなければ、声だけなら幾らでも誤魔化せるだろう。
まるで言葉にするのを躊躇っているかの様に、なかなか口を開かない彰宏に若干の苛立ちを感じながら、視線で「早く話せ」と促す俺に彰宏が告げた診断名は……。
ー薬物の過剰摂取による、急性薬物中毒ー
強い抑制剤を一度に大量摂取したらしい。
何故…?
俺が知る限り、琳は普通の抑制剤で十分に効いた筈だ。それに、今は”番”がいるのだから、抑制剤を使用する頻度が減る事はあっても、増えたり強い抑制剤を使用するなど、不自然だ。しかも、大量摂取ー。
琳、一体何があった…?
心の中で琳に問い掛ける。
俺は彰宏にそれ以上の説明は求めなかった、今は。
その夜は面会時間終了ギリギリまで眠る琳に寄り添い、明日の朝も来る事を彰宏に告げ、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。
両親と妹の華英に連絡しなければ…と思いながら…。
翌朝八時頃、琳の診察と治療を担当した医師から俺の携帯に電話があった。今日は来るのか訊かれたので、面会時間の九時に合わせて行くと返せば、話したい事があるので少し早目に来れないかと言われた。了解の返事をして、八時半過ぎに医師に指定された『相談室』に行った俺に、医師は…。
「虐待…?」
「いえ、断言ではありません。あくまで可能性…ですが…」
琳が夫に虐待されていたのではないかと言う。
「夫夫間の事ですし、一概にそうとは言い切れないのですが、診察の際に裸にした時、あまりに痩せていて骨が浮き出ている状態でした。まともに食事をしていないのではないか…と。食べないのか、食べさせてもらえないのか、ご本人に訊かなければ判りませんが…」
「……………」
「あと…」
「まだ、何か…?」
「いえ、あの、あまり下世話な事は言いたくはないのですが、高槻さんはΩですので念の為に内診もさせていただきまして…」
余程言い難いのか、言葉を選びながら言う医師。俺はただ無言で続きを待つ。
「その…後ろに裂傷がありまして…」
「………。後ろ…。ああ、孔ですか」
「察していただいて助かります」
医師はほっと息を吐いた。
まあ、普通に言い難いわな。患者の身内には特に。
「とはいえ、後ろの裂傷で受診される方は珍しくありません。初めてだったり、間隔が開いていたりすると。よく慣らさないままの挿入では特に。夫夫でも合意なく無理に関係を強いれば強姦になりますし、怪我をさせれば傷害になりますが、その判断は難しいのです。裂傷部は綺麗に洗い薬を塗って応急処置した跡がありましたので。
ただ、高槻さんは心配なくらいに痩せているので、まずは実の兄である貴方にはお話を…と。夫による虐待の疑いが否定出来なかったので、ご主人には話していません」
「……………」
虐待…? あの彰宏が…?
俺の見解は有り得ないだった。
2人は結婚前から仲睦まじく、愛し合っていた。特に彰宏の琳に対する溺愛っぷりは凄まじく、琳もそんな彰宏をとても愛していた。結婚した後も、琳に会えばその可愛らしい口から出て来るのは彰宏への惚気がほとんど。その様子からも、彰宏が琳をどれだけ大切にしてくれているのかが判ったくらいだ。
それが、虐待…? 正直、信じられないが、琳の体の状態を聞けば、完全否定も出来ない。
「琳の夫…義弟と話をしてみます」
それだけを言葉にして、相談室を退出した。
琳の入院室前の廊下に置かれた椅子には彰宏が座っていた。九時まではあと五分もない。中に入っていればいいものを、どうせ俺を待っていたのだろう。俺の姿を視界に認めた彰宏は立ち上がり、会釈してから「おはようございます」と言った。出会った当初から変わらない相変わらずの律儀さに、先程医師に指摘された、彰宏=虐待に結び付かない。少なくとも、俺が知る彰宏は誠実な青年だった。婚前に琳を番にした時は話を聞く前に殴ってしまったが、彰宏は逃げも、開き直りも、言い訳もせず、俺達家族や琳と向き合っていた。
弟夫夫に何があったのか……。
俺も「おはよう」と挨拶を返し、彰宏を促して病室内に入った。昨夜の様に椅子をベッド脇に置いて座ろうとする俺とは対称的に、彰宏はドアの前から動かない。俺が「こっちに来て座れ」と呼んでも、「いえ…」と首を横に振り、動かない。その頑なさに溜息を吐きつつ「なら、せめて座ってくれ。デカい図体で立っていられると落ち着かない」と言えば、椅子をドア近くの壁際に置いて座った。
琳が目を覚ましたのは、それから1時間ほどが経ってからだったー。
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