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第1章
第3話 冗談
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「──で、どうだったのかしら」
姉が一泊二日の旅行に出たと両親が知ったのは、見合いがあった日の夕方。
家の何処にも姉がいないことに気がついた母が姉の書斎で手紙を見つけ、卒倒したのだ。
レイが女装させられて見合いをさせられたことは何処にも書かれていない。『お姉さま』は見合いの後、恋人に誘われ旅行へ向かったとだけ手紙に書いていた。
そして、その翌日の夕方。大きな荷物を馬車に積み帰ってきた姉はレイを家のサロンへと呼び出し、開口一番結果を聞く。
親友が自分を想いながら告げる愛の告白で盛大に振られた衝撃からまだ立ち直れていないレイは、クッキーを一口だけ頬張り首を振った。
「相手が、結婚したくないって」
「ヘンドリックス侯爵令息は常識から外れたことはしないと有名だもの。私に恋人がいる情報も調べていたんでしょうね」
「いや、それは知らなかったと思う」
「うん?」
「……思います、けど」
エディは一度も姉の恋人について口にすることはなかった。きっと姉に興味もなかったのだろう。
自分に自信があり過ぎる姉はきっと信じようともしない。ただ振られただけなんて思いもしていない。
弟が口調を崩すことすら許さないといった様子の姉に、レイはエディが自分を好きらしいなんて言えるはずもなく上手く誤魔化し、濁して報告を済ませた。
きっと明日あたりにはあちらから改めてお断りの連絡が来るはず。そうすれば姉は恋人と大手を振って結婚できる。
そうすれば自分も安心して入庁できるというものだ。聖職者に近い立場となるエディとは一切関わることのない、宮内の下級官吏として。
レイは一晩悶々とした気持ちで過ごすうち、ひとつ仮説を立てていた。
流石にこれまで女性達を振る時にレイの名前を出すことはなかっただろう。あったなら変な噂のひとつやふたつあってもおかしくない。
だから、あれはレイの姉だからこそ告げた言葉。つまり、レイとエディが気心知れた親友で、すぐにレイが否定できる立場にあるからこそ言えると思った冗談。
まさかあの完全無欠のエディ様が本当にレイを愛しているなんて馬鹿げた話あるはずがない。あの手の冗談をエディが言うなんて思いもしなかったけれど、そうでもしなければ姉と結婚させられてしまうから苦肉の策ってやつなんだろう。
あるとは思わないけれど、もしエディの身内と見合いを組まされた時は自分も言ってやろうか。俺はエディを学生時代からずっと愛していて、女の人と結婚するなんて嫌なんです、と。
……いや、ないな。そもそも侯爵家に近しい人と縁談なんてあるわけないし。あったとして、エディの身内は冗談をまことと捉えてしまいそうだ。
エディが自分を好きなんて、あるわけないだろそんなこと。そもそも男同士だし。自分は逃げ出せない限りいつか種馬として何処かに出荷される身だし。
そんな種馬を好きになるなんて、あのエディに限って。
* * *
後日、王宮で下級官吏として働くようになったレイは日々を目まぐるしく過ごしていた。
姉や両親のことを考える余裕すらない。誰かいい婿入り先を見つけてこいと父は言っていたけれど、まず女性と関わらないからこのままでは一生無理だ。
レイが配属されたのは予定にあった図書に関する部署でなく、軍に関わる部署だった。中の中、本当に可もなく不可もない成績だったレイがこんなエリート揃いの部署に配属されるなど、本来は有り得ない話だ。
暇な時間は本を読み放題。女性はあまり一人で来ることのない国立図書館での勤務になるはずが、急遽人手が足りなくなってしまったから期間限定でと王宮の外れにある兵舎へと雑務のために送り込まれてしまった。
身体を鍛えているわけでも、頭がいいわけでもない学園を卒業したての文官。実際に戦いに行くような軍人達からはすこぶる評判が悪い。
それに加え、レイの頭を悩ませることがひとつ。
「ヴァンダム、お疲れ」
「ひっ……、……お、お疲れ様です」
出かかった悲鳴を何とか抑え、レイは上擦った声で何とか挨拶を返す。
通りすがりに腰を撫で、爽やかな笑顔で立ち去る筋骨隆々な男は一小隊の隊長で、軍においても重要なポジションにいる高位貴族。
そんな男にレイは初日から尻を狙われている。それはもう確実に。戦闘での高揚を抑えきれずに身体を重ねることもあるからこそ同性同士でもそういう関係になることはあるらしい。
けれど自分は文官だ。あのゴリラのような書類仕事が苦手な軍人達のために派遣されてきている、戦地とは何ら関係のないただの官吏。それに有名なヴァンダムの種馬。男相手に腰を振るなんて有り得ない話だとわかるだろうに。
せめてエディの冗談のようなものであればいいのだが、到底そうは思えない。
そもそも、自分は同性愛者ではないのだ。エディの話に引かなかったのは偏にあれが親友だったから。他の輩が言っていたら冗談では済まさずに縁を切っていただろう。
エディだから許したまで。あの場限りの冗談だとわかっていたし、それほどまでに結婚に関して追い詰められているのかと思ってしまったから。
「ヴァンダム、ちょっといいか?」
先ほどの筋骨隆々な男とは違い、優しい雰囲気を醸し出す銀髪の優男がレイに手を振りながらやってきた。両手に巻物を抱えながら何かと走り近付けば、男はその巻物の上に更に紙の束を置き渡してくる。
「これを急ぎ東の瑠璃宮まで運んでくれ。近頃近衛が騒がしくて敵わん」
「何かあるのでしょうか」
「見目麗しい聖騎士のひとりを近衛に入れろと王女殿下が命令を下されたが、その聖騎士が拒んだらしい。その余波で近衛が見目で選ばれているのではと下世話な話が広がってしまってな。近衛からこちらに配属先を変えてくれなんていう馬鹿げた輩が増えて困っている」
「嗚呼……成程」
王女殿下が面食いなのは今に始まった話じゃない。それこそ幼少の頃からメイドや乳母すらも見目が良い人しか近づけさせない。自分の護衛をする近衛も見た目で選ぼうとしたのだろう。
まったく、もう17歳だというのになんて我儘。その聖騎士様や近衛達はお気の毒だ。王女殿下が近衛を侍らす限り、愛人候補だと見られてしまうのだから。
それにしても、見目の良い聖騎士か。自分はエディしか思い当たらないが、他にも色男や男前は多いのかもしれない。
何たって聖騎士は花形の職業。誰もが憧れる、神を守りし神聖な騎士。
そんな騎士を自分の欲求のために座から引き摺り下ろそうなんて、言うことを聞くはずがないだろう。
彼等は神に命を捧げるその生き様すらも尊いものなんだから。
姉が一泊二日の旅行に出たと両親が知ったのは、見合いがあった日の夕方。
家の何処にも姉がいないことに気がついた母が姉の書斎で手紙を見つけ、卒倒したのだ。
レイが女装させられて見合いをさせられたことは何処にも書かれていない。『お姉さま』は見合いの後、恋人に誘われ旅行へ向かったとだけ手紙に書いていた。
そして、その翌日の夕方。大きな荷物を馬車に積み帰ってきた姉はレイを家のサロンへと呼び出し、開口一番結果を聞く。
親友が自分を想いながら告げる愛の告白で盛大に振られた衝撃からまだ立ち直れていないレイは、クッキーを一口だけ頬張り首を振った。
「相手が、結婚したくないって」
「ヘンドリックス侯爵令息は常識から外れたことはしないと有名だもの。私に恋人がいる情報も調べていたんでしょうね」
「いや、それは知らなかったと思う」
「うん?」
「……思います、けど」
エディは一度も姉の恋人について口にすることはなかった。きっと姉に興味もなかったのだろう。
自分に自信があり過ぎる姉はきっと信じようともしない。ただ振られただけなんて思いもしていない。
弟が口調を崩すことすら許さないといった様子の姉に、レイはエディが自分を好きらしいなんて言えるはずもなく上手く誤魔化し、濁して報告を済ませた。
きっと明日あたりにはあちらから改めてお断りの連絡が来るはず。そうすれば姉は恋人と大手を振って結婚できる。
そうすれば自分も安心して入庁できるというものだ。聖職者に近い立場となるエディとは一切関わることのない、宮内の下級官吏として。
レイは一晩悶々とした気持ちで過ごすうち、ひとつ仮説を立てていた。
流石にこれまで女性達を振る時にレイの名前を出すことはなかっただろう。あったなら変な噂のひとつやふたつあってもおかしくない。
だから、あれはレイの姉だからこそ告げた言葉。つまり、レイとエディが気心知れた親友で、すぐにレイが否定できる立場にあるからこそ言えると思った冗談。
まさかあの完全無欠のエディ様が本当にレイを愛しているなんて馬鹿げた話あるはずがない。あの手の冗談をエディが言うなんて思いもしなかったけれど、そうでもしなければ姉と結婚させられてしまうから苦肉の策ってやつなんだろう。
あるとは思わないけれど、もしエディの身内と見合いを組まされた時は自分も言ってやろうか。俺はエディを学生時代からずっと愛していて、女の人と結婚するなんて嫌なんです、と。
……いや、ないな。そもそも侯爵家に近しい人と縁談なんてあるわけないし。あったとして、エディの身内は冗談をまことと捉えてしまいそうだ。
エディが自分を好きなんて、あるわけないだろそんなこと。そもそも男同士だし。自分は逃げ出せない限りいつか種馬として何処かに出荷される身だし。
そんな種馬を好きになるなんて、あのエディに限って。
* * *
後日、王宮で下級官吏として働くようになったレイは日々を目まぐるしく過ごしていた。
姉や両親のことを考える余裕すらない。誰かいい婿入り先を見つけてこいと父は言っていたけれど、まず女性と関わらないからこのままでは一生無理だ。
レイが配属されたのは予定にあった図書に関する部署でなく、軍に関わる部署だった。中の中、本当に可もなく不可もない成績だったレイがこんなエリート揃いの部署に配属されるなど、本来は有り得ない話だ。
暇な時間は本を読み放題。女性はあまり一人で来ることのない国立図書館での勤務になるはずが、急遽人手が足りなくなってしまったから期間限定でと王宮の外れにある兵舎へと雑務のために送り込まれてしまった。
身体を鍛えているわけでも、頭がいいわけでもない学園を卒業したての文官。実際に戦いに行くような軍人達からはすこぶる評判が悪い。
それに加え、レイの頭を悩ませることがひとつ。
「ヴァンダム、お疲れ」
「ひっ……、……お、お疲れ様です」
出かかった悲鳴を何とか抑え、レイは上擦った声で何とか挨拶を返す。
通りすがりに腰を撫で、爽やかな笑顔で立ち去る筋骨隆々な男は一小隊の隊長で、軍においても重要なポジションにいる高位貴族。
そんな男にレイは初日から尻を狙われている。それはもう確実に。戦闘での高揚を抑えきれずに身体を重ねることもあるからこそ同性同士でもそういう関係になることはあるらしい。
けれど自分は文官だ。あのゴリラのような書類仕事が苦手な軍人達のために派遣されてきている、戦地とは何ら関係のないただの官吏。それに有名なヴァンダムの種馬。男相手に腰を振るなんて有り得ない話だとわかるだろうに。
せめてエディの冗談のようなものであればいいのだが、到底そうは思えない。
そもそも、自分は同性愛者ではないのだ。エディの話に引かなかったのは偏にあれが親友だったから。他の輩が言っていたら冗談では済まさずに縁を切っていただろう。
エディだから許したまで。あの場限りの冗談だとわかっていたし、それほどまでに結婚に関して追い詰められているのかと思ってしまったから。
「ヴァンダム、ちょっといいか?」
先ほどの筋骨隆々な男とは違い、優しい雰囲気を醸し出す銀髪の優男がレイに手を振りながらやってきた。両手に巻物を抱えながら何かと走り近付けば、男はその巻物の上に更に紙の束を置き渡してくる。
「これを急ぎ東の瑠璃宮まで運んでくれ。近頃近衛が騒がしくて敵わん」
「何かあるのでしょうか」
「見目麗しい聖騎士のひとりを近衛に入れろと王女殿下が命令を下されたが、その聖騎士が拒んだらしい。その余波で近衛が見目で選ばれているのではと下世話な話が広がってしまってな。近衛からこちらに配属先を変えてくれなんていう馬鹿げた輩が増えて困っている」
「嗚呼……成程」
王女殿下が面食いなのは今に始まった話じゃない。それこそ幼少の頃からメイドや乳母すらも見目が良い人しか近づけさせない。自分の護衛をする近衛も見た目で選ぼうとしたのだろう。
まったく、もう17歳だというのになんて我儘。その聖騎士様や近衛達はお気の毒だ。王女殿下が近衛を侍らす限り、愛人候補だと見られてしまうのだから。
それにしても、見目の良い聖騎士か。自分はエディしか思い当たらないが、他にも色男や男前は多いのかもしれない。
何たって聖騎士は花形の職業。誰もが憧れる、神を守りし神聖な騎士。
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彼等は神に命を捧げるその生き様すらも尊いものなんだから。
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