【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第17話 腕輪の魔法

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 手首に、きらりと青が光る。
 レイは司書としての窓口業務を担当しながらどうしても見えてしまう腕輪に視線を落とし、小さく溜め息を吐いた。
 結局エディとはあの日以来会うことなく、数日前に国民が大々的に見送る中隣国に旅立って行った。
 いない間なら着けていてもエディに知られることはないから、その間ならと腕輪を装着した。ほんの少しだけ熱を持った腕輪に魔力が込められていると気付いたのは装着した後の話。
 学園での成績もそこまで芳しくなく、特に魔法が苦手だったレイにはかけられた魔法が何かはわからない。エディがレイに対して何か悪い魔法をかけることはないだろうが、何となく外してはいけない気がしてレイは大人しく腕輪を嵌め続けていた。

 そして、その腕輪を見て一瞬で何かを悟った同僚が一人。
 クレス女史はレイが腕輪を見て溜め息を吐いているのを見るなり、その整った細い片眉をくいと上げた。

「また物思いに耽っているんですか」
「違います!」
「図書館では静かに。……綺麗な青い石ですね」
「……はい」
「青空のような。まるで聖魔法がかかっているようにも見えますが」
「贈ってきた相手のこともうわかってますよね?」

 クレス女史は時折レイに会いに来るエディが誰か知っている。エディが出国する日も休んで見てきていいのだと言っていたから、あの青い目をした男が聖騎士であるとわかっているのだ。
 わかっていてこの言葉。レイがあの男に腕輪を贈られたのを知っていて揶揄っているに違いない。
 そして、何よりクレス女史は自分よりも博識だ。遠い昔の腕輪にまつわる話だって当然知っている。

「さあ、わかりませんが余程貴方のことを気に入っているようですね」
「……そうですね」

 他人事だからって、面白そうに。
 クレス女史は魔法に詳しいだろうか。レイはもう知られてしまっているならいっそ見てくれないかとクレス女史の前に腕を出し、腕輪を見せてみせた。

「これ、掛けられてる魔法が何かってわかります? 俺魔法は分析も苦手で」
「外せば詳しく調べられると思いますが、外せますか?」
「……このままでいいですか」

 何があるかもわからないから、下手に取れない。
 レイの言葉にクレス女史はそうですかと呟きながら頷き、腕輪の魔法を調べるために手を伸ばす。
 その細い女性的な指は、腕輪に触れた瞬間にバチリと音を立て勢いよく弾かれた。

「!」
「わっ」

 レイ自身も弾かれ、椅子に座っていたのにも関わらず後ろに飛ばされるようにして床に尻餅をついてしまった。
 軽くだが机に背中も打ってしまい悶絶していると、弾かれ同じように床に転がってしまったクレス女史は溜め息を吐きながら立ち上がり、レイの様子を見下ろした。

「どうやら、貴方に他人が触れないようにする魔法のようですね。いいじゃないですか、腕を振り回してその腕輪を当てれば暴漢だって弾け飛びますよ」
「マジで痛い、何考えてるんだあいつ……」
「大昔に聖女を深く愛した大司教が作らせた魔法の中に、似たような結界魔法があったような気がします。聖魔法及び神殿に関する資料は二階の右奥にありますので読むのであればご自由に」
「……後で読んどきます」
「他にも二、三は重複で魔法がかかっているようですが、外さないでいるのは英断でしたね。何の魔法かもわからない以上、入浴中に外した瞬間相手の元へ裸のまま転送なんて可能性もありますので」
「絶対に二度と外さないです」

 そんな地獄のようなシチュエーション、絶対に遭遇したくない。
 レイは想像だけで震えあがり椅子に座り直すとクレス女史に頭を下げた。

「弾き飛ばされるとは思わずにすみませんでした、怪我とかないですか?」
「一応は受け身をとりましたので。ヴァンダムさんこそお怪我は?」
「大丈夫です、すぐ痛みは引いてきたんで」

 背中を打った瞬間息が止まったが、瞬間的に痛みが強く感じただけで今は既にそこまで痛くはない。
 レイは何度もクレス女史に頭を下げ、あとは自分でどうにか調べてみると決める。
 まさか女性を吹っ飛ばすことになるとは思わなかった。きっとこの結界魔法をつけたのはあのゴリラの話を聞かせてしまったからだ。腰や尻を触ってくる男がいるから心配して、ということなんだろう。
 過保護な奴。
 レイは腕輪を見下ろし、あとは何の魔法がかけられているのかを考える。
 エディは聖魔法の他にも数々の属性魔法が使えるエリートだ。他の学生達からも一線を画していた、いわゆる天才というやつ。
 凡人の自分にはその天才の考えは想像つかない。自分だったら好きな相手に送る装身具にどんな魔法をつけるのかなんて考えても、普通の結界くらいしか思いつかなかった。

「……俺の魔法強くするのとかつけてくれないかなあいつ」

 それなら喜んでつける。人を軽く痺れさせることしかできない雷魔法の使い手でしかないレイは、いつか強力な魔法を使ってみたいと昔から思っていた。
 エディもそれを聞いたことがある。だからと試しに指先で雷を発生させてみれば、いつも通りに静電気のような火花が散るだけに終わってしまう。
 そんな都合のいい話はないか。レイは諦め、仕事の続きをしようと窓口に設置された投書箱から紙の束を雑に取り出し、裏で見やすいように向きを揃えて箱に詰め直す。

 ふと、投書の中に見知った名を見つけた。学生時代に時折座学で隣の席になることがあったご令嬢だ。
 コルネリス伯爵令嬢。軍部にいた上官の娘。あの大人しいご令嬢の父親がこんなに横暴なハゲなのかと内心悪態をついたこともある。それほどまでに父親とは違う、礼儀正しく優しいご令嬢だ。
 一体どんなことを書いているのだろう。コルネリス伯爵令嬢が書いた投書の内容をちらりと覗くと特に大したことではなく、新たに他国の本も蔵書に加えてほしいという要望だった。
 すべての要望がこんな願いならいいのに。やれカフェを増設しろだとか本よりも絵画を展示しろだとか、本当にどうしようもない要望ばかりで嫌になってしまう。
 ただ軍部でやられた陰湿な嫌がらせを目の前にするよりは全然マシだ。あれは内部の人間で逃げられず、これは外部のよくわからない他人のご意見。無視してもあまり仕事に影響はない。
 要望が通らず時折権力をかさに怒鳴り散らすような輩はいるが、そういう輩は図書館を出入り禁止にすれば済む話。ここは国立の図書館で、一人の貴族がごねたからってどうにかなるものじゃない。
 投書箱に入れられていた意見を全て読みやすいようにまとめ、一度裏へと持っていく。
 そういえば、コルネリス伯爵令嬢はいつ来たのだろう。レイが裏で虫干し作業をしていた時だろうか。
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