【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

番外編5 同級生達は知っている

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 レイが学生時代つけられた渾名を、レイ以外の生徒達は皆知っている。
 黒蝶の君。白薔薇にだけ侍る蝶。
 とはいえエディとは違い他の学年にはレイの噂自体はそこまで広がってはいない。上級生達からは黒蝶ではなく、ヴァンダム子爵令嬢の弟君として、下級生達からは玉の輿を狙える婚約者不在の高位貴族の令息の横にいる冴えない下位貴族としてしか認識されていない。
 黒蝶の君という渾名と、エディの隣に立つ黒髪の男。その姿で初めてあの男は確かそう呼ばれていた、そう認識される程度。
 だから、春の舞踏会で現れた黒い蝶のベールで顔を隠した風貌だけでも美しさを滲ませたあの女がレイであることは、同級生達だけが察することができていた。
 ただ、彼等彼女等こそエディが並々ならぬ執着心をレイに抱いていたことを知っている。知らないのは、これまたレイだけだ。
 レイを1人で呼び出して問い詰めようものなら、何処からともなくあの高位貴族が番犬よろしく現れて笑顔で盾になることはわかりきっていた。
 だからこそ、嘗て同じ学び舎で友のような関係にあった男達はレイではなくエディをカフェへと呼び出し聞いてみることにしたのだ。
 あの美しい女は、黒蝶の君その人なのかと。

「そうだとして、俺を呼び出す意味は?」

 レイを連れて来ないよう図書館が開いている時間帯、数人に呼び出され、家に早く帰りたいという雰囲気を隠しもしないエディはコーヒーを飲みにっこりと笑う。この笑みは怒っている時のものだと男達は気付かない。

「い、いやぁ、だってあれだけ騒がれてるし」
「騒がれてるから見つけて連れ出して、視線を集めて辱めて?」
「いや、そういうつもりは」
「探ろうとするなら同じことだろう? 話はそれだけかな、そろそろ帰りたいんだ」

 手首の腕輪をするりと撫でたエディは、卒業し立場が変わったにも関わらず学生時代と同じ態度で接してくる下位貴族達をじろりと眺める。

「仮に、レイだとしたらどうするつもりだった?」
「……え、あ、いや」
「美しいご令嬢だっただろう、腕は細く背は高く、黒髪も艶やかで可憐なダンスをして。……まさか、噂のように『水晶宮で囲われている愛妾』がレイだとでも言い出すんじゃないだろうな」

 エディが1番怒りを滲ませている理由はそれだ。
 黒い蝶の令嬢は顔を隠していてもなお美しいと男達の中で話題になった。小国から正妃として小さく愛らしい姫を娶ることになった王太子殿下が、真逆の印象を持つ美しい女を水晶宮に囲い始めたと噂が立った。
 実際、あの日までレイは水晶宮に閉じ込められ囲われていた。身体の関係こそなかったと当事者達は言っているが、一つ屋根の下で暮らしただなんて。そして、レイがあれに囲われていたことが事実だったとしても、そんなことが噂として出回ることすら許せない。
 エディがレイに惚れていることなど、目の前の彼等にとってはわかりきった事実。学生時代から、レイにだけは隠せていても他には知られていた。エディの怒りが限界値に達しそうだと即座に気付いた男達の中の1人は慌てて首を振る。

「そんな滅相もない! ただもしあれが彼ならあの美しさに、ヘンドリックス様も他の誰かがちょっかいを出すことを不安に思っているのではないかと!」
「……」
「私達はただ、ひとえに、他意はなくヘンドリックス様と彼の関係性を揺るがすものがあってはならないと!」
「……そう」

 エディの怒りが多少収まったと判断した男はほっと安堵の息を吐く。
 ただ、空気を読むことができず若さ故に下卑た発想をする別の男がへらりと笑って黒蝶の女を思い返しぼやいた。

「いやぁ、でもあれが本当にヴァンダムだったら俺も学生の頃から良くしてやっとくべきだったかなぁ……」
「おい、馬鹿」
「軍部にいたんなら『慣習』も経験済みってことだろ? いいよなぁ、羨ましい」
「馬鹿、お前もうやめとけ!」

 目の前に座るエディの怒りのボルテージが着々と上がっていくのを肌で感じながら必死に止めるも彼は気付いておらずへらへら笑うばかり。
 寧ろ、エディの神経を逆撫でするのが目的かのようだ。彼は周囲が止めるのも聞かず、エディに笑いながら問う。

「あの見た目だから軍でも囲われてただろうなぁ、『慣習』の件とか何か言ってました? 俺も軍に入れば」

 その瞬間、エディは机を蹴り上げた。バーに静寂が満ちる。
 普段の彼を知るのならそんなことをする男ではないと理解する上、その行いで彼が心の内で収められないほどの怒りを抱いたとわかる。だが、目の前でその憤怒の感情を向けられた男は突然のエディの行動に驚くばかりで言葉もない。

「彼がどれほどの思いをしてあの場にいたか、知りもしないで適当に語るな」
「い、嫌だな、冗談じゃ」
「悪いが、冗談だと聞き流せるほど『私』と君は親しくない。……時間の無駄だな、もう私は帰るよ。すまない、今店にいる方々のお代は私が払う。机も弁償する」

 立ち上がり、エディは驚き硬直していたカフェのマスターへと話しかけ連絡先をカードに書いて手渡す。
 同級生達は何も言えない。彼等にエディは歩み寄り、エディに必死に弁明していた男の肩を叩いた。

「悪いけれど、君達はレイの友人かもしれないが私の友人ではない。その辺り、『きちんと』理解してくれると嬉しいよ。まあ、レイの友人ではない輩も紛れていたようだが」
「は……はい」
「それと、あの黒蝶の女性は皆言っていただろう、妖精だと。……あれは私の妖精だ、ドリスのものではない。あの日は貸しただけ」

 エディはそれだけを告げ店を去る。
 たった今友人ではないと告げられた、彼を学友と認識していた男達は何も言えずに視線を見合わせた。
 もう二度と彼を怒らせるようなことを言ってはいけない。次に怒らせてしまった時はきっと、あの怒りが自分達の破滅を招くと。
 今後一切、黒蝶の君に関する話を出すことは禁止しよう。此処にいない同級生達にも伝えなければ。そう思うのは致し方のないことだった。
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