【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

文字の大きさ
77 / 78
第2章

第1話 21歳(微R)

しおりを挟む
 季節は巡り、夏が過ぎ、また冬が来る。
 それを2回ほど繰り返し、その分だけ歳を重ねた。レイにとって、すっかりエディと生きる日常というものが当たり前に馴染んできていた。
 レイは居候から恋人へと立場が変わったことで客間からエディの寝室の隣に部屋を移った。いつでも出て行けるようにと鞄に詰めていた荷物は今や、棚や専用の衣装部屋に並んでいる。成金趣味のようなキラキラしたシャンデリアは嫌だったから、自分の給金で素朴な照明を買い、他も自分の好みに家具を買い替えなどをしてすっかり落ち着く空間にした。
 自分の部屋で寝泊まりさせたいから学生寮の雰囲気にしたのにとエディはぼやいていたが、どうやらあの部屋の既視感は学生寮の中でも高位貴族達が住む金剛寮を参考にしたかららしい。
 自分が住んでいたのは平民も住む天藍寮だ。グレードダウンされた部屋だったから、既視感はあっても気付かなかった。

「エディ、おもたい」
「もうちょっとだけ……」

 朝日が差し込む窓の外を眺めながら、重い腕をぺちぺち叩いて退いてくれと抗議するも聞いてくれない。自分自身、逞しい腕に包まれるのが嫌じゃないのも困りものだ。
 レイは腕の中でエディに向き直り、足を絡めて自分も抱きつく。

「俺は休みだからいいけど、お前は仕事があるだろ」
「……行きたくないなぁ」
「こら。ちゃんと行かなきゃ駄目だろ、将校様」

 学校を卒業してから今年で約3年目。エディは聖騎士見習いから今や将校と呼ばれる立場まで昇進していた。家の地位を考えればもっと上にもいけるらしいが、本人が実力以外を見ないでほしいと望んでいるためにまだその地位にいる。
 まだまだ一番下っ端のレイとはえらい違いだ。やはり、エディはすごい。自慢の親友で、恋人。
 そんなエディが行きたくないとごねながら抱きついてくるのが正直堪らなく感じる。レイはエディの首許に顔を近付け、甘く囁きながら指で肌をなぞった。

「帰ってきたら、好きにしていいから」
「……ちゃんと行きます」
「ん、えらい」
「おはようのキスは?」
「歯磨かないと絶対に嫌。……んふ、へへ、髭生えてる」

 近頃のエディは益々顔立ちも大人らしくなって、甘さの上に勇ましさまで見えるようになった。薄らと生えた顎髭に触れ頬を撫でると、エディは益々レイを抱き締める腕に力を込めてきた。

「そりゃ髭だって生えるよ、男だし」
「俺は生えないんですけど。分けてくれよ少しくらい」
「気にしてる? 可愛い」

 まだ寝起きでざらついた声で甘く囁かれ、レイはぴくんと身体を反応させてしまった。目敏く気付いたエディの手が素肌をなぞり、腰までまわる。
 駄目だ、エディは今日も神殿に行くのに。清廉潔白な騎士様が朝から姦淫に耽るなんて、そんな。

「っ、ぁ、だめだって、えでぃ……」
「ちょっとだけ。レイ、愛してるよ」
「だめ、だめ……っ」

 毎日のように求められている内に体力はついてきたけれど、朝からなんて無理だ。
 食事量も増えて肉付きも多少良くなった身体を組み敷いたエディに獣のような視線で見下ろされながらも、駄目だと首を振る。

「お前、そろそろまた隣国行くんだろ……っ」
「だから、その分レイを補充させてよ。お願い」
「ばか、駄目だってあほ……っ!」

 こうして求められることが満更でもないのが、一番駄目だ。

 * * *

 我ながら情けない夢を見た。
 レイは飛び起きるなりお盛んな自分の脳内にげんなりしながら深く溜め息を吐き、のそりとベッドから降り着替えるために衣装部屋へと足を踏み入れた。
 エディはいない。将校様になってすぐ、数年ぶりに隣国に行くよう命令を下されたからだ。今回は王女殿下の伴侶候補ではなく、純粋に司教様の護衛。部屋もちゃんと神殿に用意され、快適に暮らしているという手紙が王太子殿下には届いたらしい。

 そう、また自分には届いていない。
 エディの手紙なんて、腕輪をもらった時のメッセージカード以外に久しく手にしていない。またも盗まれているんだろうか、自分宛てのエディの手紙だけが消えている。
 気味が悪いけれど、犯人はわからない。レイは考えても仕方のないことだと半ば諦めていた。

 今日は仕事も休みだからと私服に着替え、変に興奮したのか汗を吸った寝間着は洗濯してもらうために洗濯室へと出しに行く。アンジーの手間を少しでも減らしたいから、ベッドのシーツもまとめて全部。
 エディが帰ってくるのは再来週だから、暫くは1人。注意してくるような人間もいないから朝食もとらなくていいかと、レイは図書室へと向かった。
 もうこの家の中にある本は全て読んでしまった。今日は何を読み返そうか。
 レイが書架を前にうんうんと唸っていると、不意に玄関のベルが鳴った。誰だろうか。エディもいない今、来客なんて数えるほどしかなかったのだが。

「はいはい、今出ますよーっと」

 玄関に向かうまでの間に何度かベルが鳴らされていた。相手は随分と急ぎなのかそれともせっかちなのか、どちらにせよ少し面倒な来客かもしれない。
 レイがそう思いながら覗き穴で向こうを確認すれば、玄関前には見知った王族が1人で立っていた。
 エディにはレイが1人でいる間家に来るなと散々釘を刺されていたというのに、この人は。呆れながらもレイは鍵を開け、男と対面した。

「何してるんですか、ドリス殿下」
「緊急の用件だ。中に入れてくれ」
「エディから入れるなって言われてるんですけど」
「お前が女装しない限り俺の食指は動かんから安心しろ」
「うわ出たど変態」

 態度を変えなくていいと言われてから、それこそ雲の上の人物だというのにレイはドリス殿下に対して気安い態度で接している。今もまた思わず出てしまった罵倒の言葉にドリス殿下は何も言わず、寧ろ笑っていた。

「お前なぁ……」
「そんなんだからいまだに許してもらえてないんですよ。っていうか、そのきっかけになった俺の家に1人で来るのどうかと思いますけど」
「ナズには監視魔法をつけてもらった。疚しいことは何もしない」
「されたら今すぐエディを呼びます」
「呼ぶな呼ぶな、今度は半殺しでも済まないことになる」

 本人達の希望だけでは婚約を変えることはできず、結局ナズ殿下との婚約はそのままになっている。だがまだまだ許されることはないそうで、ドリスはこちらが有利であるはずの婚約だというのにすっかり尻に敷かれ、頭を上げることも許されていないらしい。
 それなのに、監視魔法をつけてもらってまで本人がやってこなければいけない理由とはなんだろうか。レイは仕方がないと温室にドリス殿下を案内し、使用人もいないから自ら湯を沸かしお茶を用意した。

「毒見いります?」
「いや、いい。どうせ殺すなら2年前にやっていただろう? 淹れながらでいいから聞いてくれ」

 紅茶を淹れながら、レイはドリス殿下の用件である話を聞くことにした。そういえば、もうドリス殿下とこうして会話をするようになってからもう2年近くが経ったのか。
 時が経つのはあまりにも早い。

「来週から地方に行ってもらえないだろうか」
「……え、俺が?」
「嗚呼。表向きは新たな国立図書館の設立における責任者として。実態としては、その地域における神殿の調査を頼みたい」
「……神殿の」

 神殿に関する秘密裏な調査。
 緊急性のあるようなものには思えないが、突然来週には人を送り込まないといけないほどの何かがあるということなのだろうか。それも、神殿関係者と縁の深い自分が。

「お前くらいしかいないんだ、怪しまれずに送り込めるような低い立場の知り合いが」
「……いや、まぁ俺は下っ端ですけども」
「エドガーから多少は神殿のことも聞いているだろう? だからお前が適任だと思ってな」
「これ、エディ聞いてます?」
「言えるわけないだろ」
「……言わないとまた2年前みたいなことになりかねませんよ」

 ドリス殿下の言葉足らずがそもそもの発端だったのだ。だから、今回はきちんと話を通すべき。
 だが、ドリス殿下はドリス殿下で別の懸念があるらしく言葉を濁した。

「エドガーから他に伝わると面倒でな……近頃は闇魔法の使い手が各地に現れ始めたというのもある」

 コルネリス伯爵令嬢が春の舞踏会で闇魔法の暴発をして以降、各地でたびたび闇魔法の使い手が観測されるようになった。強大な力だからこそ、あの時に印象に強く残った貴族は多かったのだろう。そして、その精神干渉の能力に惹かれた者も。
 だからこそ、闇魔法の使い手と関わるかもしれないエディには言えない。ドリス殿下は小さな声で続けた。

「向かってほしい土地の神殿を守護する立場であるはずの聖者が、付近に住まう魔力の高い者、特に聖騎士達を侍らせているという噂だ。お前は弱いから精神干渉を受けたとしても何とかなる。最悪エドガーを呼び戻せばすぐに救助も可能だ。……行ってくれないだろうか」
「……それ、俺に拒否権あります?」
「ないな」

 まったく、この人は。
 その土地からなら手紙を出せばエディに届くだろうか。そう思いながら紅茶を一口だけ呷り、ふうと小さく溜め息を吐く。

「ないなら行くしかないじゃないですか。場所は何処なんですか」
「ヘンドリックス侯爵領だ。その聖者が侍らせている中にエドガーの兄、つまりは俺の従兄もいてな。様子を見てきてくれ」
「……もうやだこの王族」

 エディの故郷にエディなしで向かう。
 憂鬱だ。彼の家族にはまだ会ったことすらないのに。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...