【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第2章

第2話 もうひとりのエディ

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 ドリス王太子から告げられた通り、レイはヘンドリックス侯爵領地に新しく建てられる国立図書館の責任者として抜擢される形で栄転、ということになった。
 王都にある国立図書館からは離れる。つまりは、知り合いや友人達ともお別れになると言うわけで。

「騎士様に何も言ってないって大丈夫なんですか?」
「いや、大丈夫じゃないと思うけど」

 エディには連絡をとろうにも手紙が届いているかすらわからない。家を無断で空けるなんてできないから、一応アンジーには自分が暫く他所の土地に出向することになったことは伝えてくれと頼みはしたが、それについての返事はまだ届いていないようだ。
 アンジーはエディの家の使用人ではあるが、平民。まだ貴族籍から結局抜けることができず、聖騎士としても将校となった彼に手紙を届けるには幾重にも検閲を通さなくてはならないから時間がかかっているのだろう。
 もしかしたら、まだ届いていないのかも。届いていたら飛んで帰ってくるだろうし。
 レイが引き継ぎのために自分の担当していた仕事についての書類をまとめながら同僚と話をしていると、クレス女史がやってきた。

「期間限定とはいえ、ヴァンダムさんは王都を離れるなんて初めてでしょう。旅支度の方は?」
「わからないんでばあちゃんにお願いしました。クレスさん、また苗字呼びに戻ってる」

 クレス女史と出会った当初、彼女は姉と知り合いでややこしいという理由からレイを名前で呼んでいた。だがエディにいらぬ牽制を受け面倒だということでいつの間にやら苗字呼びになり、少し距離を取られたようで物悲しい気持ちになってしまったのだ。
 2年前にあった春の舞踏会での一件でクレス女史の素性を知ってからは多少ぎくしゃくしていたが、関係性が元に戻るとともにレイから名前で呼んでくれと願ったのだ。どうせ貴族籍から抜ければヴァンダムの姓もいずれ使わなくなるのだからと。
 ただ、クレス女史はレイの指摘に面白くなさそうに眉を顰める。

「なら、貴方も私をきちんと呼びなさいな」
「……や、それはちょっと」
「お義姉様と呼ばれるまで、私が貴方をレイと呼ぶことはありませんよ」

 クレス女史との関係性はレイにとって複雑怪奇なものとなってしまった。
 シンディ殿下はエディにとって縁戚のうちの1人。母方の従兄はドリス王太子ただ1人だが、王族とヘンドリックス侯爵家自体が血縁関係にあたるため血の繋がりもある。
 結婚できないのに結婚しようと宣うエディの話を愚痴として溢したところ、レイがエディに娶られ、自分がシンディ殿下を娶ればつまりは親戚になるのだと世迷言を言い出してから義姉と呼べと逐一訂正される羽目になっていた。
 可愛がられているのはわかる。あの春の舞踏会の件以降、エディと同じくらいに過保護に構われているのは理解している。だが、義姉はないだろう義姉は。エディとシンディ殿下は一応遠縁のようなものであり、結婚もできない自分達とクレス女史達が親戚になんてこともなりようがない。
 それに姉なんて、実の姉1人で手一杯だ。口が裂けても言えないが、こんな強烈な姉がもう1人なんて絶対にいらない。
 とは、いうものの。

「いいですか、貴方は私と共に責任者としてヘンドリックス侯爵領地に赴くのです。男女の仲だなんて噂を立てられてみなさい、すぐあの重い男や私の恋人の耳に入ることになりますよ。その先に待っているのが何かくらい、貴方にもわかるでしょうに」
「わかりましたお義姉様」

 あの重すぎる愛を向けてくる男がクレス女史と自分の有り得ない噂を聞いたらどうなるかなんて火を見るよりも明らか。そうなってしまうのならいっそ、義姉と呼んだ方が精神衛生上良いのは間違いない。
 レイがそんな脅しに屈してしまい義姉と呼べば、漸くクレス女史は満足したように頷いた。

「ではレイさん、本日分の引継ぎ業務が終わったら王宮まで向かってください」
「へ?」

 また一体何故王宮まで。別にドリス王太子から呼ばれているわけでもなし、行く理由がわからない。
 レイが首を傾げていると、クレス女史ははあと溜め息をひとつ吐いた。

「出向中貴方がお世話になる家の方との顔合わせがあるそうですが、……その分だとまた聞かされていないようですね」
「……俺、一人暮らしすると思ってたんですけど」
「それを『彼』が許すはずがないでしょう。顔合わせをされる方とは王太子殿下も交えて話し合いをされるそうですので、粗相のないように」
「うげえ……」
「こら、不敬ですよ」

 そんなこと窘められても今更だろうに。クレス女史の言葉にレイはがくりと肩を落とす。

 ――そうしてやって来た王宮内で、初めて顔を合わせることとなったヘンドリックス侯爵領地の人間。
 それは、エディの父方の従兄だった。

「君か、うちの従弟と共に暮らしている傾国の美男子というのは」
「けいこく……? なんですか、その誇張されすぎた話」
「王太子殿下をも篭絡した絶佳と聞いたが、確かに誇張だな」

 開口一番そんな意味の分からない呼び名に面食らう。レイ自身そんな呼ばれ方をされたことはないし、美男子でも絶佳でもなんでもない。囲われた上に女装して舞踏会に出たという話は誰にも知られることなく秘匿されているが、エディと共によくドリス殿下に呼び出されることが多いからそんな変な噂を立てられるようになってしまったのだろうか。
 レイが言葉に迷っていると、二人を引き合わせたドリス殿下が大きな口を開け笑い出す。

「まさか田舎でそんな噂になっているとはな! 少なくとも俺は篭絡なぞされていないぞ、俺が惚れたのは今も昔もナズだけだ」
「その妃候補のご令嬢に浮気疑惑で捨てられかけてうちにまで泣き言を漏らして助けを求めてきたのは何処の誰でしたかな」
「ぐ……いや、それはだな」
「殿下には男色趣味があるのだとうちの領地ではよく話題に上がっておりますが」
「否定してくれ、頼むから」

 珍しい。ドリス殿下がエディとナズ殿下以外に弱い相手がいるとは思わなかった。
 自分の父である国王陛下にも物怖じするようなこともなかったのに、彼にもまた弱味を握られでもしているのだろうか。

「嗚呼、すまない。エディは俺の学友でな、つい話が弾んでしまう」
「君の姉君とは同じ学年だった。エドモンド=ティメルマンスだ」
「……れ、レイ=ヴァンダムです。あの、エディって」

 エドモンドなら、同じ愛称になるのはわかる。
 けれど自分にとってエディは自分の親友であり恋人であるエドガー=ヘンドリックスただひとりであり、ふたりをよく知るドリス殿下の口から別人の愛称として出たその名前に動揺してしまう。
 レイの動揺に、エドモンドはふっと笑った。

「やはりと思ったが、エドガーは君にそう呼ばせていたのか。俺の真似をして呼ばれたがったその愛称を」
「……へ?」
「改めて、王太子殿下の要請により君を暫くティメルマンス伯爵家にて預かることとなった。クレスウェル公爵はヘンドリックス本家の方で歓待することとなるが、君に関しては狭いとは思うがうちで我慢してもらう」
「あ、いや、お構いなく?」
「構わないわけにいかないだろう、王太子殿下直々に頼まれたんだ」

 王族からの命令でレイを預かることとなる。
 取り繕いもしない少しだけ嫌そうなその言い方に、レイは様々な要因で混乱しきってしまった頭を縦に振り小さく頷いた。
 嫌なのは、当然だろう。従弟を誑かしたかもしれない男をドリス殿下の命令で世話しなければいけないなんて。
 愛称を真似したいと思う程エディが慕っている。そんなことを微笑ましく思っているのであろうエドモンドを見上げ、レイは見知らぬ土地でこの人の機嫌も気にしなければいけないのかと内心既に折れそうになり始めていた。
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感想 8

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みんなの感想(8件)

政宗
2024.12.10 政宗

番外編嬉しいです!

解除
政宗
2024.12.05 政宗

またの番外編期待しております。

解除
政宗
2024.12.03 政宗
ネタバレ含む
解除

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