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ヴィルフリート公爵が離れを訪れた翌朝、エルサの環境は激変した。 目を覚ますと、そこはカビ臭い離れの寝室ではなかった。公爵邸の本館、それも亡き母が使っていたという最高級の天蓋付きベッドの上だった。
「……夢かしら」 エルサが寝ぼけ眼で呟くと、枕元に控えていた数人のメイドが一斉に頭を下げた。 「おはようございます、エルサ様! お召し替えの準備が整っております!」 「えっ、あ、はい……?」
困惑するエルサの前に、昨日まで冷淡だったはずの執事長が、涙を浮かべて最高級の絹のドレスを捧げ持っている。 着替えさせられ、髪を整えられ(その間、シロは「主を汚すな」と言わんばかりにメイドたちを威嚇していたが、エルサが宥めた)、案内された食堂には、見たこともないような豪華な料理が並んでいた。
そこには、父ヴィルフリートと、病から回復したばかりの長男シグルド、そして次男のレナードが座っていた。 「エルサ、おはよう。……体調はどうだ? どこか痛むところはないか?」 父が、壊れ物に触れるような優しい声で尋ねる。 「はい、お父様。とても元気です」 「そうか……。シグルド、お前からも礼を言いなさい」
シグルドは椅子から立ち上がり、エルサの前で深く頭を下げた。 「エルサ。私の命を救ってくれたのはお前だと聞いた。今まで、兄らしいことを一つもせず……それどころか、お前の苦境を見て見ぬふりをしてきた。この通りだ、許してくれとは言わない。だが、これからは命に代えてもお前を守ると誓おう」 その瞳は真剣そのもので、心なしか潤んでいる。
次男のレナードも、気まずそうに視線を逸らしながら口を開いた。 「……俺も、悪かった。魔力がないなんて、嘘だったんだな。あんなに綺麗な魔法、俺には一生かかっても使えない。エルサ、お前は我が家の誇りだ」
エルサは驚きで目を丸くした。前世では、強すぎる力を持てば持つのに比例して、人は離れていった。なのに、この家族は力を知った途端、謝罪し、歩み寄ってきたのだ。 「私……。皆さんと一緒にご飯が食べられて、嬉しいです」 エルサがはにかんで笑うと、公爵家の男三人は胸を射抜かれたような衝撃を受け、同時に心に誓った。 (この笑顔を二度と曇らせてはならない。例え世界を敵に回しても――!) こうして、エルサの「無自覚な平穏」は、家族の「重すぎる愛」によって守られることとなった。
エルサが本邸に移ってから、公爵邸の裏庭は「聖域」と化していた。 理由は単純だ。エルサが放つ無自覚な高濃度魔力に引き寄せられ、森から希少な魔獣や精霊たちが続々と集まってきたからである。
「シロ、そんなに怒らなくても大丈夫よ」 『……主、甘すぎる。この小鳥、ただの小鳥ではない。太陽の欠片を宿した、不浄を焼く炎の鳥だぞ』 シロが低く唸る先には、エルサの指先に止まって甘えた声を出す、手のひらサイズの赤い小鳥がいた。 それは、成長すれば一国を滅ぼすと謳われる伝説の神獣「フェニックス」の幼体だった。
「ピー、ピピィ!」 「あら、お腹が空いたの? はい、魔力のクッキーよ」 エルサが空間から取り出したのは、自身の魔力を結晶化させて練り込んだお菓子だ。一口食べれば瀕死の重傷も治るような代物を、フェニックスは幸せそうに啄んでいる。
その様子を、遠巻きに見ていた公爵家の魔導師たちは泡を吹いて倒れそうになっていた。 「公爵閣下……あ、あれは……フェニックスの雛ではありませんか?」 「ああ。エルサが昨日、庭で拾ったと言っていたな」 「拾えるようなものではありません! あれ一羽で王国の国家予算が吹き飛ぶ価値が……というか、エルサ様が与えている菓子、あれ、純度百パーセントの魔力結晶ですよ!?」
ヴィルフリートは頭を押さえた。 「わかっている。だが、エルサには言うな。彼女は自分が『普通』だと思って、ようやく心を開き始めたんだ。彼女の常識を壊して、また離れに戻りたいと言い出したらどうする」 「……それだけは避けねばなりませんな」
こうして、公爵邸のスタッフたちは「エルサ様の規格外な行動はすべて普通のこととしてスルーする」という、世界で最も過酷な隠蔽工作に従事することになった。 当のエルサは、フェニックスに「ルビィ」と名付け、シロと共にモフモフ三昧の生活を満喫していた。
「……夢かしら」 エルサが寝ぼけ眼で呟くと、枕元に控えていた数人のメイドが一斉に頭を下げた。 「おはようございます、エルサ様! お召し替えの準備が整っております!」 「えっ、あ、はい……?」
困惑するエルサの前に、昨日まで冷淡だったはずの執事長が、涙を浮かべて最高級の絹のドレスを捧げ持っている。 着替えさせられ、髪を整えられ(その間、シロは「主を汚すな」と言わんばかりにメイドたちを威嚇していたが、エルサが宥めた)、案内された食堂には、見たこともないような豪華な料理が並んでいた。
そこには、父ヴィルフリートと、病から回復したばかりの長男シグルド、そして次男のレナードが座っていた。 「エルサ、おはよう。……体調はどうだ? どこか痛むところはないか?」 父が、壊れ物に触れるような優しい声で尋ねる。 「はい、お父様。とても元気です」 「そうか……。シグルド、お前からも礼を言いなさい」
シグルドは椅子から立ち上がり、エルサの前で深く頭を下げた。 「エルサ。私の命を救ってくれたのはお前だと聞いた。今まで、兄らしいことを一つもせず……それどころか、お前の苦境を見て見ぬふりをしてきた。この通りだ、許してくれとは言わない。だが、これからは命に代えてもお前を守ると誓おう」 その瞳は真剣そのもので、心なしか潤んでいる。
次男のレナードも、気まずそうに視線を逸らしながら口を開いた。 「……俺も、悪かった。魔力がないなんて、嘘だったんだな。あんなに綺麗な魔法、俺には一生かかっても使えない。エルサ、お前は我が家の誇りだ」
エルサは驚きで目を丸くした。前世では、強すぎる力を持てば持つのに比例して、人は離れていった。なのに、この家族は力を知った途端、謝罪し、歩み寄ってきたのだ。 「私……。皆さんと一緒にご飯が食べられて、嬉しいです」 エルサがはにかんで笑うと、公爵家の男三人は胸を射抜かれたような衝撃を受け、同時に心に誓った。 (この笑顔を二度と曇らせてはならない。例え世界を敵に回しても――!) こうして、エルサの「無自覚な平穏」は、家族の「重すぎる愛」によって守られることとなった。
エルサが本邸に移ってから、公爵邸の裏庭は「聖域」と化していた。 理由は単純だ。エルサが放つ無自覚な高濃度魔力に引き寄せられ、森から希少な魔獣や精霊たちが続々と集まってきたからである。
「シロ、そんなに怒らなくても大丈夫よ」 『……主、甘すぎる。この小鳥、ただの小鳥ではない。太陽の欠片を宿した、不浄を焼く炎の鳥だぞ』 シロが低く唸る先には、エルサの指先に止まって甘えた声を出す、手のひらサイズの赤い小鳥がいた。 それは、成長すれば一国を滅ぼすと謳われる伝説の神獣「フェニックス」の幼体だった。
「ピー、ピピィ!」 「あら、お腹が空いたの? はい、魔力のクッキーよ」 エルサが空間から取り出したのは、自身の魔力を結晶化させて練り込んだお菓子だ。一口食べれば瀕死の重傷も治るような代物を、フェニックスは幸せそうに啄んでいる。
その様子を、遠巻きに見ていた公爵家の魔導師たちは泡を吹いて倒れそうになっていた。 「公爵閣下……あ、あれは……フェニックスの雛ではありませんか?」 「ああ。エルサが昨日、庭で拾ったと言っていたな」 「拾えるようなものではありません! あれ一羽で王国の国家予算が吹き飛ぶ価値が……というか、エルサ様が与えている菓子、あれ、純度百パーセントの魔力結晶ですよ!?」
ヴィルフリートは頭を押さえた。 「わかっている。だが、エルサには言うな。彼女は自分が『普通』だと思って、ようやく心を開き始めたんだ。彼女の常識を壊して、また離れに戻りたいと言い出したらどうする」 「……それだけは避けねばなりませんな」
こうして、公爵邸のスタッフたちは「エルサ様の規格外な行動はすべて普通のこととしてスルーする」という、世界で最も過酷な隠蔽工作に従事することになった。 当のエルサは、フェニックスに「ルビィ」と名付け、シロと共にモフモフ三昧の生活を満喫していた。
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