氷の魔女の二度目の人生は落ちこぼれ聖女〜今度は愛されるために魔法を極めたら、神獣たちと最強の家族に溺愛されました〜

平山和人

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アデレイド公爵家が王族に対して実質的な「宣戦布告(婚約破棄の強行)」を突きつけてから数日。学園内は、嵐の前の静けさと、奇妙な熱気に包まれていた。  エルサ自身は、父や兄たちの騒ぎを「家族が元気そうでよかった」と超然と受け止めていたが、彼女の周囲では物理法則すらもが彼女の機嫌を伺うように歪み始めていた。


 その日の魔法概論の授業。講師は、先日エルサに術式を修正された賢者バルカスが、自ら志願して教壇に立っていた。 「えー、本日は精霊召喚の基礎について講義する。精霊とは世界の構成要素であり、彼らの機嫌を損ねれば魔法は発動せん。まずは小精霊を呼び出し、対話する……エルサ様、いえ、エルサ君。君からやってみてくれないか?」  バルカスはもはや「様」を付けそうになるのを必死に堪え、期待と畏怖の入り混じった眼差しをエルサに向けた。


「はい。対話ですね、やってみます」  エルサは席を立ち、教壇の前に進み出た。彼女は前世、千年もの間、精霊たちとは「隣人」として付き合ってきた。彼女にとって召喚とは、儀式ではなく単なる「挨拶」に近い。  エルサが軽く指を鳴らす。 「みんな、少しだけ顔を見せてくれるかしら?」


 ――瞬間。  教室の空気が、極光(オーロラ)のような七色の輝きに満たされた。  通常、精霊召喚といえば、魔法使いが膨大な魔力を捧げ、対価として一つの属性の精霊がようやく現れるものだ。しかし、エルサの呼びかけに応じたのは、一つの個体ではなかった。  火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノーム……それらの中級精霊が数百、数千という単位で教室中に溢れ出し、エルサの周囲を嬉々として飛び回り始めたのだ。


「なっ……なんだ、この数は!? 精霊のバーゲンセールか!?」  生徒たちが椅子から転げ落ちる。精霊たちは、カイル王子が放っていた護身用の魔力障壁を「邪魔だ」と言わんばかりに食い散らかし、エルサの肩や髪に寄り添って、甘えるように光を放っている。 「エルサ様……。これは召喚ではありません。……『謁見』です。精霊たちが、君を自分たちの王として崇めている……」  バルカスは震える手でその光景を記録しようとしたが、あまりの光量にペンが発火した。


 エルサは、シロの背中に飛びつこうとするシルフたちを優しく嗜めた。 「こら、あまり騒いではダメよ。授業中なんだから」  その一言で、狂乱していた精霊たちは一瞬で整列し、軍隊のような統制でエルサに一礼して消えていった。  静寂が戻った教室で、カイル王子は真っ白な灰のようになりながら呟いた。 「……僕の……僕が十時間かけて契約した下級火精霊が、あの子の一睨みで逃げ出したんだが……」  エルサは小首をかしげ、「次はもう少し控えめにしますね」と、全く反省していない笑顔を見せた。



 昼休み。学園の食堂は、もはやエルサのための専用サロンと化していた。  以前は隅の方で一人、冷めた弁当を食べていた彼女だったが、現在はアデレイド公爵家が送り込んだ「お抱え料理人」が、食堂の一角を占拠して最高級のコース料理を作っている。


「エルサ、学園の飯は口に合わないだろう? 私が帝都の最高料理長を連れてきた。今日は神獣の肉を使った煮込みだ」  長男シグルドが、公務を放り出して学園に居座っている。彼の隣には、次男のレナードが、エルサに近づこうとする男子生徒たちを鋭い眼光で威嚇しながら、デザートの皮を剥いていた。 「お兄様、私、普通に食堂のパンが食べてみたいのですが……」 「ダメだ、エルサ! あのパンには栄養が足りない。それに、変な男が毒でも入れたらどうする!」


 レナードが剥いたリンゴは、なぜか芸術的な神獣の形に彫刻されていた。 「ほら、食え。……お前、学園に来てから少し痩せたんじゃないか? 苦労してるならいつでも言えよ。この学園ごと買い取って、お前の城にしてやるから」 「レナード、それはいい案だ。学園の理事会を私の息のかかった者に入れ替えよう」  ヴィルフリート公爵(父)からの伝言を受け取ったシグルドが、大真面目に手帳にメモを取る。


 そんな兄たちの背後では、シロが巨大化し、食堂の入り口に鎮座していた。 『……通したくないな。この主の兄共も鬱陶しいが、外にいる不浄な気配を持つ男共は、もっと不快だ』  シロが低く唸るたび、エルサを一目見ようと集まっていた他クラスの生徒たちが、波が引くように退散していく。


「ピー! ピピィ!」  ルビィ(フェニックス)もまた、エルサのスープに入り込もうとしたハエを、目にも止まらぬ速さの火球で消滅させていた。  周囲から見れば、それはもはや「食事」ではなく「不可侵領域の儀式」である。  エルサは幸せそうに神獣の煮込みを頬張りながら、「家族って、あったかいですね」と、前世の孤独を埋めるような微笑みを浮かべた。その笑顔が、兄たちの「過保護エンジン」にさらに火を注いでいることには、最後まで気づかなかった。
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