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ヒロインは悪役令嬢の居場所を奪う
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ローズマリーは追い詰められていた。
〈逆ハー〉疑惑の払拭に動いていた者たちは誰一人としてローズマリーに深刻なダメージを与えることを望んでいなかった。ローズマリーの心が深く傷ついたとしてもそれはそれで構わない——とも考えなかった。
彼らはローズマリーが邪悪な意図をもってレイアを陥れようとしているとは思っていなかった。アリスが侍女ネットワークに噂を流したのはローズマリーの指示ではなくアリスの独断で、そのアリスにしても深い考えもなく愚痴を吐き散らかしているだけではないかと推測していた。
だからローズマリーたちを打ちのめすことなど考えなかった。無害化は望んでも無力化は望まなかった。「過剰防衛は避けたいところです」とレイアは警告した。それに全員が同意した。フェルゼンが紹介したケイトやカタリーナも含めて。
なのにローズマリーは追い詰められ、無力感に打ちひしがれてもいた。
「レイア様が博物館から出てくるのを見たわ。ケイト様とカタリーナ様が案内役に抜擢されたそうで、三人で仲睦まじくお話ししながら歩く姿は皆様の注目の的で、『綺麗』『素敵』と褒め称える声がいくつも聞こえましたわ」
「げ、ケイト様とカタリーナ様ってフェルゼンさんの取り巻きの?
あたしも苦手ですけどローズマリー様も苦手ですよねぇ、どちらかというと。
〈ヒロイン〉に取り入って一緒に走ることにしたんですかね? 足を出して」
とのアリスの質問にローズマリーは否と答える。
「〈制服〉ではなく爪先まで隠れる黒いドレスをお召しになっていたの。襟と袖には白いレースで何だかいつもの殿下の格好とお揃いみたい……と思ったわ。
大きめのレースの襟はケイト様とカタリーナ様のドレスにもついていたけどドレスの色は明るい青と暗めの橙色。殿下とお揃いを身に着けるはレイア様だけということかしら。
走ったりはしていなかったわよ。とても優雅に綺麗に歩いていらっしゃった。見惚れていた皆様は『ほうっ』とため息をついていて」
「……」
「学園内の博物館は生徒ならいつでも気軽に入れる決まりにはなっていないのよ。だから羨ましかったわ。久しぶりに見学してみたかったって。
……でもご一緒しなくて良かったのよ。後で聞いたのですけれどレイアさんがアンティークレースを触ってみたいと強請って実際に触らせてもらったそうよ。もし、わたくしがその場にいたら、それはいけないとお諌めしてご不興を買っていたわ」
正確にはケイトとカタリーナが「三次元プリンターのレース出力の調整に役立つかも」と忖度してレイアに勧めたのだが、ローズマリーたちにそれを知らせる者はいなかった。
「何かね、わたくしにはもう、重要なお客様をご案内する役は任せられないのかしらと力が抜けていく感じがしたわ。わたくしでは何かと力不足、そう突きつけられたように思ったの……」とローズマリーは嘆く。
「フェルゼンって〈攻略対象〉だったとしても単なる『女好き枠』だと思って油断していたわ。たっくさんいるガールフレンドをこんな風に使うなんて、何て腹黒」
腹黒というのは間違いとは言い切れないが、彼もケイトもカタリーナも、アリスの想像とは異なり、ローズマリーとの本格的な派閥争いに乗り出し、ひいてはローズマリーの派閥を弱体化させようなどとは思っていなかった。
「全面抗争は勘弁してくれ」とジュールに釘をさされていたのもあるが、争いにより自分たちも疲弊するリスクを避けたかった。「そんな疲れることは頼まれてもしたくない」。しかしローズマリーたちはそんな事情を知らない。
また、ジュールが城のレストランに連れていったメンバーも、ローズマリーが落ち込む原因となった。
「あのオットーやケイトやカタリーナは呼んでローズマリーは置いてきぼり?
酷いわ、何を考えているのよっ」とアリスは怒り、
「オットー様の婚約者様も同行したのですって……わたくしは未だご紹介していただけていないのですけれどね」とローズマリーは寂しそうに言う。
アリスは学園に立ち入れないので、オットーとは二、三回しか会っていない。
それでも「あのオットー」と忌々しげに言うのは、アリスにとってオットーは「婚約者同士の時間を邪魔する困った奴」だったからだ。
ローズマリーがアリスに「オットーは邪魔」と吹き込んだ訳ではないが、ローズマリーから話を聞き齧ったアリスのオットー評は辛辣なものが多かった。
「側近候補ではないのよね? 話を聞いてると殿下にべったりみたいだけどぉ」
「お店を出すのはとっても大変ってのは、わかるのよ。でもオットーさんダメ出しばっかりじゃないのぉ? 前向きで建設的なコト言えないのなら単なるお邪魔虫」
アリスがそのようなことを言っても強く嗜めたりしなかったのは、ローズマリー自身、アリスの言葉に同意する部分が少なからずあって、先に彼女が文句を言ってくれるおかげで救われた気になったからだ。
「レイア様との城の視察に同行させたいのはオットー様とご婚約者様、カタリーナ様とケイト様。邪魔者はわたくしだったのね」
ジュールが「オットー様とご婚約者様」をレイアの次に優先してメンバーに入れたのは、先日の塔のレストランでの口約束があったためと、イザークに言われた
「婚約者さんにとっては殿下こそが、自分とオットー先輩の仲を引き裂く邪魔者だったんじゃね? つまり殿下が〈ヒドイン〉」
が気になったせいだ。話の流れにもよるがその場でお詫びを言えれば良いかもしれないと考えた。
さて、一にレイア、二にオットーと来れば、最近レイアと仲良くやっていて誰とも如才ない会話をこなすケイトとカタリーナもついでに誘うかと考えた。特にローズマリーと天秤にかけて選んだ訳ではなく、ローズマリーがいたら邪魔だと思って「仲間外れ」にした訳ではない。まあ「ローズマリーだけなら良いがアリスが強引に付いてきたら……」「ローズマリーに声を掛けてもまた断られそうだ」といったことが皆の頭をよぎらなかったと言えば嘘になるが。
そして、程なくしてジュールたちは、
「ローズマリーが心労で倒れた」
との報せを聞いて愕然とすることになる。
〈逆ハー〉疑惑の払拭に動いていた者たちは誰一人としてローズマリーに深刻なダメージを与えることを望んでいなかった。ローズマリーの心が深く傷ついたとしてもそれはそれで構わない——とも考えなかった。
彼らはローズマリーが邪悪な意図をもってレイアを陥れようとしているとは思っていなかった。アリスが侍女ネットワークに噂を流したのはローズマリーの指示ではなくアリスの独断で、そのアリスにしても深い考えもなく愚痴を吐き散らかしているだけではないかと推測していた。
だからローズマリーたちを打ちのめすことなど考えなかった。無害化は望んでも無力化は望まなかった。「過剰防衛は避けたいところです」とレイアは警告した。それに全員が同意した。フェルゼンが紹介したケイトやカタリーナも含めて。
なのにローズマリーは追い詰められ、無力感に打ちひしがれてもいた。
「レイア様が博物館から出てくるのを見たわ。ケイト様とカタリーナ様が案内役に抜擢されたそうで、三人で仲睦まじくお話ししながら歩く姿は皆様の注目の的で、『綺麗』『素敵』と褒め称える声がいくつも聞こえましたわ」
「げ、ケイト様とカタリーナ様ってフェルゼンさんの取り巻きの?
あたしも苦手ですけどローズマリー様も苦手ですよねぇ、どちらかというと。
〈ヒロイン〉に取り入って一緒に走ることにしたんですかね? 足を出して」
とのアリスの質問にローズマリーは否と答える。
「〈制服〉ではなく爪先まで隠れる黒いドレスをお召しになっていたの。襟と袖には白いレースで何だかいつもの殿下の格好とお揃いみたい……と思ったわ。
大きめのレースの襟はケイト様とカタリーナ様のドレスにもついていたけどドレスの色は明るい青と暗めの橙色。殿下とお揃いを身に着けるはレイア様だけということかしら。
走ったりはしていなかったわよ。とても優雅に綺麗に歩いていらっしゃった。見惚れていた皆様は『ほうっ』とため息をついていて」
「……」
「学園内の博物館は生徒ならいつでも気軽に入れる決まりにはなっていないのよ。だから羨ましかったわ。久しぶりに見学してみたかったって。
……でもご一緒しなくて良かったのよ。後で聞いたのですけれどレイアさんがアンティークレースを触ってみたいと強請って実際に触らせてもらったそうよ。もし、わたくしがその場にいたら、それはいけないとお諌めしてご不興を買っていたわ」
正確にはケイトとカタリーナが「三次元プリンターのレース出力の調整に役立つかも」と忖度してレイアに勧めたのだが、ローズマリーたちにそれを知らせる者はいなかった。
「何かね、わたくしにはもう、重要なお客様をご案内する役は任せられないのかしらと力が抜けていく感じがしたわ。わたくしでは何かと力不足、そう突きつけられたように思ったの……」とローズマリーは嘆く。
「フェルゼンって〈攻略対象〉だったとしても単なる『女好き枠』だと思って油断していたわ。たっくさんいるガールフレンドをこんな風に使うなんて、何て腹黒」
腹黒というのは間違いとは言い切れないが、彼もケイトもカタリーナも、アリスの想像とは異なり、ローズマリーとの本格的な派閥争いに乗り出し、ひいてはローズマリーの派閥を弱体化させようなどとは思っていなかった。
「全面抗争は勘弁してくれ」とジュールに釘をさされていたのもあるが、争いにより自分たちも疲弊するリスクを避けたかった。「そんな疲れることは頼まれてもしたくない」。しかしローズマリーたちはそんな事情を知らない。
また、ジュールが城のレストランに連れていったメンバーも、ローズマリーが落ち込む原因となった。
「あのオットーやケイトやカタリーナは呼んでローズマリーは置いてきぼり?
酷いわ、何を考えているのよっ」とアリスは怒り、
「オットー様の婚約者様も同行したのですって……わたくしは未だご紹介していただけていないのですけれどね」とローズマリーは寂しそうに言う。
アリスは学園に立ち入れないので、オットーとは二、三回しか会っていない。
それでも「あのオットー」と忌々しげに言うのは、アリスにとってオットーは「婚約者同士の時間を邪魔する困った奴」だったからだ。
ローズマリーがアリスに「オットーは邪魔」と吹き込んだ訳ではないが、ローズマリーから話を聞き齧ったアリスのオットー評は辛辣なものが多かった。
「側近候補ではないのよね? 話を聞いてると殿下にべったりみたいだけどぉ」
「お店を出すのはとっても大変ってのは、わかるのよ。でもオットーさんダメ出しばっかりじゃないのぉ? 前向きで建設的なコト言えないのなら単なるお邪魔虫」
アリスがそのようなことを言っても強く嗜めたりしなかったのは、ローズマリー自身、アリスの言葉に同意する部分が少なからずあって、先に彼女が文句を言ってくれるおかげで救われた気になったからだ。
「レイア様との城の視察に同行させたいのはオットー様とご婚約者様、カタリーナ様とケイト様。邪魔者はわたくしだったのね」
ジュールが「オットー様とご婚約者様」をレイアの次に優先してメンバーに入れたのは、先日の塔のレストランでの口約束があったためと、イザークに言われた
「婚約者さんにとっては殿下こそが、自分とオットー先輩の仲を引き裂く邪魔者だったんじゃね? つまり殿下が〈ヒドイン〉」
が気になったせいだ。話の流れにもよるがその場でお詫びを言えれば良いかもしれないと考えた。
さて、一にレイア、二にオットーと来れば、最近レイアと仲良くやっていて誰とも如才ない会話をこなすケイトとカタリーナもついでに誘うかと考えた。特にローズマリーと天秤にかけて選んだ訳ではなく、ローズマリーがいたら邪魔だと思って「仲間外れ」にした訳ではない。まあ「ローズマリーだけなら良いがアリスが強引に付いてきたら……」「ローズマリーに声を掛けてもまた断られそうだ」といったことが皆の頭をよぎらなかったと言えば嘘になるが。
そして、程なくしてジュールたちは、
「ローズマリーが心労で倒れた」
との報せを聞いて愕然とすることになる。
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