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ヒロイン襲撃

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「貴方は誰?」
 レイアとケイトは異口同音に叫んだ。

 レイアは事前の打ち合わせの通りのつもりで。
 ケイトは人相のすっかり変わった学友に驚いて。
 (えっ、ちょっ、あれはアリスって子よね? それを腕を掴んで引っ張ってきているのがソフィー、よね? ちょっと後ろにいるのはロザリーで、じゃあやっぱ物凄い顔でやって来るのがソフィーで。何コレ、どういう組み合わせ?)

 カタリーナの脳裏に、かつてのケイトとの会話が過ぎる。

 ——『貴方とそのお嬢さんはどういう関係?』『貴方は別の娘とデートかしら?』ってないわー。
 ——わたくしと貴方に関しては『ないわー』の笑い話だけど、ロザリーやソフィーあたりは言い出しかねないわよ。その護衛さん、鋭いとこ突いてるわ。

「あのねレイアさん。この子はアリスっていってローズマリー様の侍女なの。
 貴方のせいでローズマリー様がとてもご心痛で、ぜひ一言申し上げたいそうよ。
 ロザリーはケイトとカタリーナと久しぶりにゆっくりお話ししたいんですって」

 緊急連絡網で既に音声と位置情報は飛んでいる。
 (指示を待つ? 学園内に逃げ込むにも距離が微妙だわ)
 (周囲には生徒が結構いるわね。見物人が多いのに妙なこと喚かれたら……ああ、もう厄介だったら)
 ケイトとカタリーナは焦っていた。

 電子会議が一昨日で、昨日は何もなかった。今日も油断していたつもりはなく、この道は地下モールへと行く道のうち、フェルゼンお勧めの着替え場所を通る道筋で、アリスの待ち伏せを避ける意図もあって選んだ道だった。ソフィーやロザリーとの結託の可能性がちらっとでも頭をよぎったら決して選ばない道でもあった。

 ソフィーは苛立たしげにレイアを指差しながら言う。

「何を黙って突っ立っているのかしら。頭を下げたらどうなの?
 あのね、ここはもう学園の敷地の外で、貴方のお得意の『平等』は通じないの。
 わたくしは侯爵の娘で貴方は男爵令嬢。逆らおうなんて思ってはいけないの」
「……っ。違う」「レイアさんはっ」

 レイアが男爵令嬢ではなく女男爵であり身分的に侯爵令嬢相当であること、さらにS級冒険者でもあることはケイトもカタリーナも知っている。それを指摘しようとした彼女たちに向かい、レイアは無言で口に人差し指を立て沈黙を指示した。

 ——恐れているのは、口論に持ち込まれて周囲に聞かれることなんです。

 ジュールの言った言葉を思い出す。

 しかしそれではどうすれば良いのか、学園への道はソフィーたち三人に塞がれている、突き飛ばして学園内に逃げ込むにも侯爵令嬢のソフィー相手では分が悪い、殿下からの指示はまだか——固まってしまったケイトとカタリーナをかばうかのようにレイアがスッと二人の前に立つ。静かに真っ直ぐに。

 レイアは口角をわずかにあげた無言の微笑みでソフィーたちの前に立つ。
 気圧されたようにソフィーも一瞬静かになったが、それもほんのわずかな間で、
「何なのよ、挨拶もできないの? 礼儀知らずの無礼者!」
とソフィーが喚き出せば、
「ほら……お側に侍っているのがケイトとカタリーナの不良コンビでしょう?
 二人の影響でレイアさんも礼儀知らずになってしまったのよ。お可哀想に」
とそれまで空気だったロザリーも口を出す。
 アリスはまだ空気のままだ。いつもの元気さは影をひそめ、ただ脅えているように見える。

 レイアは口を開かない。ピクリとも動かず表情もいっさい変えない。

「この下臈! 口で言ってもわからないのならっ……!」

 業を煮やしたソフィーがレイアに飛びかかり右手を振り上げる。

 その右手の手首はいつの間にかレイアの左手で掴まれていて、掴まれたソフィーの右手には何か液体の入った瓶が握られている。

 しかし瓶はすぐに消え、レイアの手はもうソフィーの右手首から離れている。

「……え、何? 何が起きたの?」
 瓶を握っていたはずの自分の手を呆然と見ながらソフィーはつぶやく。
 
 ソフィーだけでなく、静かに立っているレイアを除いた皆が(何が起きた?)とただ呆然としていたそのとき、警備隊が到着した。



 ソフィーは抗議する。
「おかしいわよ。どうして学園の敷地外のことで警備隊が出てきて、挙句こんな部屋に入れられなきゃいけないの?」
 「こんな部屋」とは学園の地下にある通称取調室で、ソフィーの他にもロザリーとアリスが連行されてここにいる。

「門の付近で騒ぎが起きた場合も我々の管轄です。
 想像してみてください。門の近くに破落戸が彷徨いていて学園の生徒に絡んで脅しては騒いでいる——それを放置するのを良しとしますか?」と担当官が言う。

「わたくしは破落戸じゃないわ。こちらのアリスは違うけど、わたくしとロザリーは学園の生徒よ。同じ学園の生徒とお話ししようとしただけ」

「一方的に絡んで話を聞けと強要し、相手が黙っているのに怒って、この瓶の中身を投げつけようとしたようですが」

 担当官の手にする瓶にソフィーが反応する。
「その瓶! どうしてここに? やっぱりレイアに擦られていたんだわ。あの泥棒猫、手癖の悪い……」

「貴方の持ち物だというこの瓶の中身は濃硫酸のようですが。これを人にかけるなんて、率直に言いまして並の破落戸以下の所業です」

「かけてないわよ! レイアに瓶を盗まれたんだもの。わたくしは何もしていない、できなかった。レイアの方こそ泥棒で裁かれるべきだわ」

「未遂だから無罪とは言えません。危険物を持ち歩くことも罪です」

「だから学園の敷地の外のことなのに、おかしいと言っているのよ。
 侯爵令嬢が無礼な男爵令嬢を躾けようとしただけ。しかも相手が泥棒だったせいでその躾もできなかった。なのに罪に問われる? 生徒は皆平等なんて学園を一歩出れば絵空事の規則を当てはめるのが変だって言っているのよ。危険物持込禁止も学園内の規則でしょ」

「レイアさんは男爵令嬢ではなく本人が爵位持ちの女男爵です。ガーンズバック国の貴族は我が国の爵位の一段階上と見做されますから女子爵相当ですね。ソフィーさんのように自分は爵位持ちではない人は二段階下の扱いのため、爵位だけで考えれば身分は同等です。
 また、たとえ男爵令嬢が相手であっても『躾けようとしただけ』は通りません。
 濃硫酸の持ち歩きも学園の外の規則でも罪に問われます。
 うん? どうしました、ロザリーさん」

「あの、わたくしはソフィーとは違ってレイアさんを『躾けよう』だなんて思っていませんでした。どちらかというとケイトやカタリーナに話をしたくて付き合ったんです。危険物も持ち歩いていませんし……同じ扱いにはなりませんよね?」

「そうそうロザリーは瓶の中身を手に入れるのに協力してくれただけ。
 濃硫酸は錬金術で使うって理由で申請すればいいのよって懇切丁寧に説明してくれただけよね。
 無事手に入ったら『レイアって子にこれをかけたらお付きのケイトやカタリーナだって大きな顔はできなくなるわよ』とわたくし以上に喜んでくれて」
「だから本当にかけてはダメよ、脅すだけよ、とも言ったじゃない!」


 すったもんだの末、ソフィーとロザリーは学園内の身元引受人をフェルゼンとして謹慎用の寮に入ることに同意した。

 二人を迎えに来たフェルゼンは言った。
「話は全て聞かせてもらった。残念だよ」
 これまで見たことのない表情だった。

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