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悪役令嬢の侍女の涙
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「さて、アリスさん」
ソフィーとロザリーがフェルゼンに連れられて去っていった後、担当官は一人残されたアリスの方を向く。
「あの二人と貴方の関係は? どういう経緯でレイアさんを『躾けよう』という、その仲間になったのか聞かせてください。
ローズマリーさんの侍女と聞きましたが、レイアさんを襲撃したのはローズマリーさんの指示ですか、それともウォーターブリッジ公爵の意向ですか」
「あ、あたしは、そんなつもりはなくて。
濃硫酸とかそんな恐ろしいもの、知りません。ソフィー様もロザリー様も何も言っていませんでした。
お嬢様は寝込んでしまって泣いてばかりで、あたしに指示するとかそんな元気はありません……。婚約者の殿下はお見舞いはおろか手紙もくれないんです。当主様から殿下にお願いしてくれたら良いのに、そんなものはこちらから強請るもんじゃないだろうって。すごく寂しがってる娘の恋心なんて二の次なんですよ多分」
「ローズマリーさんは第二王子の婚約者ではなく候補でしかないせいもあって公爵も王子においそれと要請しにくいのかもしれませんね。
ローズマリーさんや公爵とは関係なく今回アリスさんはソフィーさんとロザリーさんに接触して行動を共にすることにしたのですか? お二人とは前から知り合いだったのでしょうか」
「ソフィーさん、ロザリーさんには、あたしが学園の近くをウロウロしていたときに偶然出会って声をかけてもらったんです。お茶会でのまあ顔見知りだったんですけど、あたしの様子が何かとても切羽詰まっているように見えたそうで『一体どうしたの?』って。
あたしは最初、お友達を通して殿下にお見舞いに来てくださいと頼んでいたんですけど、そのお友達となぜか会えなくなって途方に暮れていたんです」
お友達とはウィリアムのことで、彼がジュールたちの早朝ランニングと帰宅前のバロックダンスに付き合うようになったことにより、時間帯がズレて会えなくなったと思われる。
「それでソフィーさんたちは、お茶を飲みながらお話しましょと言ってくれて、地下モールのお店で相談にのってもらったんです。
そしたら、そもそもレイアさんがもっと弁えた行動をしていたらローズマリー様のご心労もずっと軽かったでしょうに、という話になったんです。
カフェテリアで殿下とイチャイチャしたり、殿下と一緒に走り回ったり、最近は皆さん見てくださいとばかりにガゼボで殿下を含めた殿方たちとイチャイチャ、挙句にメヌエットを殿下と踊る姿も見せて……これ見よがし感が日に日に強くなっているので堪らないとお二人も日頃から眉を顰めていたそうで、そこで話が合って。
誘ってくるのは殿下からだとしても、平等だ平等だと言うなら、断らないレイアさんに大いに責任がある、という話もしました。殿下に身分を楯にされて言いなりになるしかないのなら全部殿下が悪いと責めていいけど、断れるのに断らないってやっぱレイアさんの方が悪いよねぇ、って。これも三人で意見が一致しました」
「なるほど。それでケイトさんやカタリーナさんはどう関係するのですか」
「そのお二人についてはロザリーさんが主に腹を立てていたみたいです。
学園内の博物館でレイアさんがアンティークレースを触ってみたいと言ったら、諌めるどころか係の人と交渉して触らせてあげたそうですけど、そんなの許していいのかと三人の中で一番腹を立てていました」
「アンティークレースの件では、ケイトさんとカタリーナさんが事前に博物館側にお伺いを立てて許可されています。レイアさんが触ってみたいと言い出したのではなく、ケイトさんとカタリーナさんが気を効かせて準備したのです。許可にあたって博物館側が難色を示した訳ですらないのに、なぜ『そんなの許していいのか』と腹を立てるのか理解に苦しみます」と担当官。
「ふーん、そうなんですか。あたしが聞いたのは学園の博物館って誰でもいつでも入れるものじゃなくて、見学できる人は羨ましがられるって。そこの貴重な展示物に何するんだって怒ってましたよ。
それはさておき、ケイトさんとカタリーナさんって好き放題にレイアさんを甘やかして、ご機嫌をとったご褒美に城のレストランに連れていってもらったりして、そしたらすっかり鼻が高くなって大威張りで、レイアさんの我儘を諌めるどころが助長させて問題だって言うんですよ。
レイアさんのお側にローズマリー様が付いてたら、こんな酷いことになっていなかっただろうと盛り上がりました。
それで影で言っているだけでは建設的じゃないとかで、本人達とじっくりお話ししましょうかって。で、でもぉ」
アリスは半泣きになっていた。
「襲撃だのそんな雰囲気なかったんですよぉ、本当にぃ。
地下モールに行くこの道で張っていればレイアさんたち三人に会えるって聞いて待ってたんですけど、その流れならてっきりまた地下モールのお店でお茶をするつもりだと思うじゃないですかぁ……。
ソフィー様はほんの直前までおっとりと笑ってらしたんですよ。なのにあそこでレイアさんを見つけた途端、みるみる顔が変わって別人みたくなって、すっごい刺々しい話し方になって……。
ロザリーさんだって、思ってたより優しい人なんだなと見直していたのに、ここに来たら『脅すだけよ、とも言ったじゃない!』って、どうしてこうなったのか、さっぱりわかりませんっ」
アリスはとうとう泣き出して、「貴族のお嬢様たち舐めてた怖い」「でもローズマリー様だけはあんな怖い人たちと違う」「ローズマリー様は何も悪くないので処罰とかやめて」と、時折言葉を挟みながら泣き続けることとなった。
「どうしよう、これ」
ガラスの向こうでジュールがつぶやいた。
こちら側からはアリスが見えるが、アリスの方からジュールたちは見えない。
「恐れながら、最後まで責任を持って対処していただきたいと存じます。
担当官アンドロイドの『中の人』になりたいと強く望まれたのは殿下ですから」
担当官が取り調べ対象に、身分を楯にした圧力をかけられるのは珍しいことではない。先程のソフィーではないが「学園を一歩出れば」と嘯き、処分の内容如何では担当者の身の安全は保証しないと仄めかす者すらいた。担当官アンドロイドを導入し、実際に話すのはマジックミラーの向こうの真の担当としたのはその対策だ。
今日の場合、ソフィー、ロザリー、アリスと、ずっと話し続けていた真の担当はジュールだった。
なお、ジュールが担当官になるのは今回が最初で、学園長に強くねじ込んだ結果である。
ソフィーとロザリーがフェルゼンに連れられて去っていった後、担当官は一人残されたアリスの方を向く。
「あの二人と貴方の関係は? どういう経緯でレイアさんを『躾けよう』という、その仲間になったのか聞かせてください。
ローズマリーさんの侍女と聞きましたが、レイアさんを襲撃したのはローズマリーさんの指示ですか、それともウォーターブリッジ公爵の意向ですか」
「あ、あたしは、そんなつもりはなくて。
濃硫酸とかそんな恐ろしいもの、知りません。ソフィー様もロザリー様も何も言っていませんでした。
お嬢様は寝込んでしまって泣いてばかりで、あたしに指示するとかそんな元気はありません……。婚約者の殿下はお見舞いはおろか手紙もくれないんです。当主様から殿下にお願いしてくれたら良いのに、そんなものはこちらから強請るもんじゃないだろうって。すごく寂しがってる娘の恋心なんて二の次なんですよ多分」
「ローズマリーさんは第二王子の婚約者ではなく候補でしかないせいもあって公爵も王子においそれと要請しにくいのかもしれませんね。
ローズマリーさんや公爵とは関係なく今回アリスさんはソフィーさんとロザリーさんに接触して行動を共にすることにしたのですか? お二人とは前から知り合いだったのでしょうか」
「ソフィーさん、ロザリーさんには、あたしが学園の近くをウロウロしていたときに偶然出会って声をかけてもらったんです。お茶会でのまあ顔見知りだったんですけど、あたしの様子が何かとても切羽詰まっているように見えたそうで『一体どうしたの?』って。
あたしは最初、お友達を通して殿下にお見舞いに来てくださいと頼んでいたんですけど、そのお友達となぜか会えなくなって途方に暮れていたんです」
お友達とはウィリアムのことで、彼がジュールたちの早朝ランニングと帰宅前のバロックダンスに付き合うようになったことにより、時間帯がズレて会えなくなったと思われる。
「それでソフィーさんたちは、お茶を飲みながらお話しましょと言ってくれて、地下モールのお店で相談にのってもらったんです。
そしたら、そもそもレイアさんがもっと弁えた行動をしていたらローズマリー様のご心労もずっと軽かったでしょうに、という話になったんです。
カフェテリアで殿下とイチャイチャしたり、殿下と一緒に走り回ったり、最近は皆さん見てくださいとばかりにガゼボで殿下を含めた殿方たちとイチャイチャ、挙句にメヌエットを殿下と踊る姿も見せて……これ見よがし感が日に日に強くなっているので堪らないとお二人も日頃から眉を顰めていたそうで、そこで話が合って。
誘ってくるのは殿下からだとしても、平等だ平等だと言うなら、断らないレイアさんに大いに責任がある、という話もしました。殿下に身分を楯にされて言いなりになるしかないのなら全部殿下が悪いと責めていいけど、断れるのに断らないってやっぱレイアさんの方が悪いよねぇ、って。これも三人で意見が一致しました」
「なるほど。それでケイトさんやカタリーナさんはどう関係するのですか」
「そのお二人についてはロザリーさんが主に腹を立てていたみたいです。
学園内の博物館でレイアさんがアンティークレースを触ってみたいと言ったら、諌めるどころか係の人と交渉して触らせてあげたそうですけど、そんなの許していいのかと三人の中で一番腹を立てていました」
「アンティークレースの件では、ケイトさんとカタリーナさんが事前に博物館側にお伺いを立てて許可されています。レイアさんが触ってみたいと言い出したのではなく、ケイトさんとカタリーナさんが気を効かせて準備したのです。許可にあたって博物館側が難色を示した訳ですらないのに、なぜ『そんなの許していいのか』と腹を立てるのか理解に苦しみます」と担当官。
「ふーん、そうなんですか。あたしが聞いたのは学園の博物館って誰でもいつでも入れるものじゃなくて、見学できる人は羨ましがられるって。そこの貴重な展示物に何するんだって怒ってましたよ。
それはさておき、ケイトさんとカタリーナさんって好き放題にレイアさんを甘やかして、ご機嫌をとったご褒美に城のレストランに連れていってもらったりして、そしたらすっかり鼻が高くなって大威張りで、レイアさんの我儘を諌めるどころが助長させて問題だって言うんですよ。
レイアさんのお側にローズマリー様が付いてたら、こんな酷いことになっていなかっただろうと盛り上がりました。
それで影で言っているだけでは建設的じゃないとかで、本人達とじっくりお話ししましょうかって。で、でもぉ」
アリスは半泣きになっていた。
「襲撃だのそんな雰囲気なかったんですよぉ、本当にぃ。
地下モールに行くこの道で張っていればレイアさんたち三人に会えるって聞いて待ってたんですけど、その流れならてっきりまた地下モールのお店でお茶をするつもりだと思うじゃないですかぁ……。
ソフィー様はほんの直前までおっとりと笑ってらしたんですよ。なのにあそこでレイアさんを見つけた途端、みるみる顔が変わって別人みたくなって、すっごい刺々しい話し方になって……。
ロザリーさんだって、思ってたより優しい人なんだなと見直していたのに、ここに来たら『脅すだけよ、とも言ったじゃない!』って、どうしてこうなったのか、さっぱりわかりませんっ」
アリスはとうとう泣き出して、「貴族のお嬢様たち舐めてた怖い」「でもローズマリー様だけはあんな怖い人たちと違う」「ローズマリー様は何も悪くないので処罰とかやめて」と、時折言葉を挟みながら泣き続けることとなった。
「どうしよう、これ」
ガラスの向こうでジュールがつぶやいた。
こちら側からはアリスが見えるが、アリスの方からジュールたちは見えない。
「恐れながら、最後まで責任を持って対処していただきたいと存じます。
担当官アンドロイドの『中の人』になりたいと強く望まれたのは殿下ですから」
担当官が取り調べ対象に、身分を楯にした圧力をかけられるのは珍しいことではない。先程のソフィーではないが「学園を一歩出れば」と嘯き、処分の内容如何では担当者の身の安全は保証しないと仄めかす者すらいた。担当官アンドロイドを導入し、実際に話すのはマジックミラーの向こうの真の担当としたのはその対策だ。
今日の場合、ソフィー、ロザリー、アリスと、ずっと話し続けていた真の担当はジュールだった。
なお、ジュールが担当官になるのは今回が最初で、学園長に強くねじ込んだ結果である。
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