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人形つかいは閉じ込められる
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「どうしてわかったのよ……ああ、うん。孤児院を本気で調べたらバレるよね……。
言っておくけど、院長やマリア先生は良い人たちなのよ。ヒューバートは、あたしと関係ないただのスケベ野郎」
バーバラ・ロバーツという名前を出すと、アリスはあっさりと自分だと認めた。孤児院に本格的に調査が入れば正体が露見するであろうことは、彼女の自覚していたところらしい。
レイアはほっとした。「どうしてわかった」を本気で追求されると、製造元を「覗き見」したことの是非を問われ、微妙な立場に立たされる可能性があった。
「そんなことより助けてよ! あたしがホムンクルスの人形つかいだってことはもう知っているんでしょ。本体とつながらなくなっちゃったのよ」
そこからは少し大変だった。
障害が発生した際の対処法は取扱説明書に記載があるのではないかと問えば、
「そんなもの人形の手元にあるはずないじゃない。あるとしたら本体の方よ。
どうせ載っていないと思うけど。人形から本体につながらないなんて、想定外の異常事態よ」とくる。
取扱説明書が公開されているかどうかはアリスが目覚める前に調べていたのだが、該当する製品の関連文書は非公開。顧客のみが参照できる情報とのこと。
それでは本体のいる場所に連絡を取れば良いだろうと言うと、
「何言ってんの、この部屋にいたら外と連絡が取れないんでしょ!」とキレる。
妖精イライザとタブレットの辞書についての説明で、どことも通信しない孤立した単独動作だと言われたことから、謹慎用の寮の部屋はどこにもつながらない仕様だという思い込みに至ったようだ。
まあ接続用の端末が提供されていないのならば、外部と連絡が取れないとの主張も間違いではない。では、ということで、ウェブ参照のできる端末を貸すが、何度試しても所属会員としてのサインインが成功しない。指紋でも網膜でも、何らかの本体の生体データがないと先に進めないのだ。
「だから言ったじゃないの、人形から本体に戻れないなんて、あり得ないってば」
角度を変えて、第三者が「中の人」の安否を確認したい場合はどうするのかとアリスに聞いてみたりもした。たとえば、一緒にいたホムンクルスが突然動かなくなった場合、本体と直接連絡を取れない善意の第三者はどうすればいいのか。
アリスは「そんなの、わかんない」と言う。
よろしい、では問い合わせ窓口だ、とジュールは考えた。正規の顧客だけではなく顧客候補の質問も受け付ける窓口なら開いている。
いざチャットボットとの会話を開始すると、第三者が本体の安否を確認したい場合はどうすれば良いのかという質問に、具体的にどのような状況なのかと聞き返してくる。ここは正直にと考え、ホムンクルスが本体に戻れなくなって本体の状態を心配していると言ったのだが、なかなか話が通じない。
アリスが言った「人形から本体につながらないなんて、想定外の異常事態」というのはチャットボットも同意見のようだ。接続が断たれる障害が起きているならば、ホムンクルスが元気に動いて話しているはずがないと言う。
アリスもといバーバラ・ロバーツが正規顧客と完全に証明できればまだ良かったが、ここでも問題になったのは生体データで、代替できる顧客コードは三十六桁。これを暗記できる者はかなりの少数派だろう。
とにかく、ホムンクルスが本体に戻れないと自己申告している状況自体を信用してもらえない(嘘か思い違いのように言われた)まま、では警察に通報するべきかと粘るジュールに対し、「調査して至急回答しますので連絡先を教えてください」と相手は話を終わらせようとする。
ジュールは思った。(ここで連絡先を教えて、さようならで良いんだろうか)。
念のためだけにでも本体の健康状態を調べてくれれば良いが、どうにも不安だ。
「人形から本体につながらない」不具合は本当に前例がないのか、実は報告されていて隠蔽されているだけなのかも、わからない。
ジュールの頭を、かつて巨大匿名掲示板の実況で学んだ教えが次々とよぎる。
——その場で支払い能力や身分の高さを証明できたら良いってもんでわない
折り返し連絡するねと冷却期間を置きたがるのがアイツらの常だが
準備万端整えたいてな理由で冷却期間が余計に長くなったりするんだ
高ステータスの証明が逆効果となる理不尽w
——有名ソーシャルゲームの上位ランカーなら最強だぜ
名乗るだけで「対応が気に食わないと言い触らす」と脅したも同然www
身分証明も結構簡単で公開プロフのスローガンとかを予告修正するだけyo
——人工無脳を突破して偉い人をその場に引きずり出せるかが鍵だしね♪
上位ランカーは確かに強いわw すぐに折り返します&改善に努力しますを
律儀に信じた挙句有耶無耶にされてブチ切れた先達タチのおかげで
緊急に対応しないと人死にが出るカモと並ぶ最強カード
ジュールは闘志を燃やして頑張った。
頑張って交渉したので『中の人』のリアルタイム映像を見せてもらえたし、ホムンクルスから制御が戻らなくとも、今から六年後までは『中の人』が寝たきりになろうが面倒をみると保証してもらった。後者は交渉の結果というより元からの契約による。
——台座に『バーバラ・ロバーツ、二千百七十三年から二千百八十三年』と記載
バーバラは割引目当てで十年分を前払いしていたので、四年経過した今は残り六年となる計算だ。
問題は本当に「人形から本体につながらない」不具合に前例がなく、障害回復の見通しがまるで立たないことだ。アリスというホムンクルスの製造元保証の寿命は五年、平均予測寿命は七年。その身体に閉じ込められている限り、ホムンクルスの残り寿命が本体のバーバラの残り寿命となる可能性が無視できない。
寿命が短いホムンクルスの身体に意識が閉じ込められるのは、利用者にとって悪夢のような不具合のため、ブレイロック社も解決に力を尽くすとは言う。しかし、どこまでコストを割けるかという問題がある。彼女が正規のゲームの顧客だったら、原因追求やホムンクルスの方の身体の保護などのコストを、ゲームの主催者に一部負担してもらうことも検討できた。だけど、不正な手段で潜入した先で黙って勝手にゲームに興じた者に、費用の分担を申し出る者がいるのだろうか。
「ホムンクルスの方の身体の保護は、ある意味、うちの国の負担になるのかもしれない。刑務所という住む場所を提供してあげて、食事も出してあげるとなると」
お問い合わせの戦いで勝利をおさめたジュールは機嫌が良い。
レイアからの尊敬の眼差しと「すごいです」の言葉を受け取ったからだ。
後の三人——学園長とイザークと学園所属の医師——は、何だか引いたような感じだったが、まあ気にしないことにする。
言っておくけど、院長やマリア先生は良い人たちなのよ。ヒューバートは、あたしと関係ないただのスケベ野郎」
バーバラ・ロバーツという名前を出すと、アリスはあっさりと自分だと認めた。孤児院に本格的に調査が入れば正体が露見するであろうことは、彼女の自覚していたところらしい。
レイアはほっとした。「どうしてわかった」を本気で追求されると、製造元を「覗き見」したことの是非を問われ、微妙な立場に立たされる可能性があった。
「そんなことより助けてよ! あたしがホムンクルスの人形つかいだってことはもう知っているんでしょ。本体とつながらなくなっちゃったのよ」
そこからは少し大変だった。
障害が発生した際の対処法は取扱説明書に記載があるのではないかと問えば、
「そんなもの人形の手元にあるはずないじゃない。あるとしたら本体の方よ。
どうせ載っていないと思うけど。人形から本体につながらないなんて、想定外の異常事態よ」とくる。
取扱説明書が公開されているかどうかはアリスが目覚める前に調べていたのだが、該当する製品の関連文書は非公開。顧客のみが参照できる情報とのこと。
それでは本体のいる場所に連絡を取れば良いだろうと言うと、
「何言ってんの、この部屋にいたら外と連絡が取れないんでしょ!」とキレる。
妖精イライザとタブレットの辞書についての説明で、どことも通信しない孤立した単独動作だと言われたことから、謹慎用の寮の部屋はどこにもつながらない仕様だという思い込みに至ったようだ。
まあ接続用の端末が提供されていないのならば、外部と連絡が取れないとの主張も間違いではない。では、ということで、ウェブ参照のできる端末を貸すが、何度試しても所属会員としてのサインインが成功しない。指紋でも網膜でも、何らかの本体の生体データがないと先に進めないのだ。
「だから言ったじゃないの、人形から本体に戻れないなんて、あり得ないってば」
角度を変えて、第三者が「中の人」の安否を確認したい場合はどうするのかとアリスに聞いてみたりもした。たとえば、一緒にいたホムンクルスが突然動かなくなった場合、本体と直接連絡を取れない善意の第三者はどうすればいいのか。
アリスは「そんなの、わかんない」と言う。
よろしい、では問い合わせ窓口だ、とジュールは考えた。正規の顧客だけではなく顧客候補の質問も受け付ける窓口なら開いている。
いざチャットボットとの会話を開始すると、第三者が本体の安否を確認したい場合はどうすれば良いのかという質問に、具体的にどのような状況なのかと聞き返してくる。ここは正直にと考え、ホムンクルスが本体に戻れなくなって本体の状態を心配していると言ったのだが、なかなか話が通じない。
アリスが言った「人形から本体につながらないなんて、想定外の異常事態」というのはチャットボットも同意見のようだ。接続が断たれる障害が起きているならば、ホムンクルスが元気に動いて話しているはずがないと言う。
アリスもといバーバラ・ロバーツが正規顧客と完全に証明できればまだ良かったが、ここでも問題になったのは生体データで、代替できる顧客コードは三十六桁。これを暗記できる者はかなりの少数派だろう。
とにかく、ホムンクルスが本体に戻れないと自己申告している状況自体を信用してもらえない(嘘か思い違いのように言われた)まま、では警察に通報するべきかと粘るジュールに対し、「調査して至急回答しますので連絡先を教えてください」と相手は話を終わらせようとする。
ジュールは思った。(ここで連絡先を教えて、さようならで良いんだろうか)。
念のためだけにでも本体の健康状態を調べてくれれば良いが、どうにも不安だ。
「人形から本体につながらない」不具合は本当に前例がないのか、実は報告されていて隠蔽されているだけなのかも、わからない。
ジュールの頭を、かつて巨大匿名掲示板の実況で学んだ教えが次々とよぎる。
——その場で支払い能力や身分の高さを証明できたら良いってもんでわない
折り返し連絡するねと冷却期間を置きたがるのがアイツらの常だが
準備万端整えたいてな理由で冷却期間が余計に長くなったりするんだ
高ステータスの証明が逆効果となる理不尽w
——有名ソーシャルゲームの上位ランカーなら最強だぜ
名乗るだけで「対応が気に食わないと言い触らす」と脅したも同然www
身分証明も結構簡単で公開プロフのスローガンとかを予告修正するだけyo
——人工無脳を突破して偉い人をその場に引きずり出せるかが鍵だしね♪
上位ランカーは確かに強いわw すぐに折り返します&改善に努力しますを
律儀に信じた挙句有耶無耶にされてブチ切れた先達タチのおかげで
緊急に対応しないと人死にが出るカモと並ぶ最強カード
ジュールは闘志を燃やして頑張った。
頑張って交渉したので『中の人』のリアルタイム映像を見せてもらえたし、ホムンクルスから制御が戻らなくとも、今から六年後までは『中の人』が寝たきりになろうが面倒をみると保証してもらった。後者は交渉の結果というより元からの契約による。
——台座に『バーバラ・ロバーツ、二千百七十三年から二千百八十三年』と記載
バーバラは割引目当てで十年分を前払いしていたので、四年経過した今は残り六年となる計算だ。
問題は本当に「人形から本体につながらない」不具合に前例がなく、障害回復の見通しがまるで立たないことだ。アリスというホムンクルスの製造元保証の寿命は五年、平均予測寿命は七年。その身体に閉じ込められている限り、ホムンクルスの残り寿命が本体のバーバラの残り寿命となる可能性が無視できない。
寿命が短いホムンクルスの身体に意識が閉じ込められるのは、利用者にとって悪夢のような不具合のため、ブレイロック社も解決に力を尽くすとは言う。しかし、どこまでコストを割けるかという問題がある。彼女が正規のゲームの顧客だったら、原因追求やホムンクルスの方の身体の保護などのコストを、ゲームの主催者に一部負担してもらうことも検討できた。だけど、不正な手段で潜入した先で黙って勝手にゲームに興じた者に、費用の分担を申し出る者がいるのだろうか。
「ホムンクルスの方の身体の保護は、ある意味、うちの国の負担になるのかもしれない。刑務所という住む場所を提供してあげて、食事も出してあげるとなると」
お問い合わせの戦いで勝利をおさめたジュールは機嫌が良い。
レイアからの尊敬の眼差しと「すごいです」の言葉を受け取ったからだ。
後の三人——学園長とイザークと学園所属の医師——は、何だか引いたような感じだったが、まあ気にしないことにする。
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