吸血鬼の血に目覚めた悪役令嬢は、別の世界の扉を開いて変態聖女にキスをする。

タヌオー

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第1章

4 侯爵令嬢と聖女

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やってやろうじゃないのなんて意気込んでみたところで、本来なら私がローザに勝てるはずなんかない。

6歳から通っていたクレアティーノ王立学園では普通のお勉強に加えて魔術や剣術も習うのだけれど、私の成績はお勉強で中の下、魔術にいたってはいつも最下位クラスで落第ギリギリという体たらく。まあ剣術は実はけっこういい線いっていたのだけど、侯爵令嬢には相応しくないという理由で12歳からは続けさせてもらえなかった。それに比べてローザはお勉強も魔術もいつも学年一位で、私なんかが敵う相手ではないのだ本当は。

とにかく、私が教本も見ずにできる魔術はD級魔術の初級火炎球ファイヤーボールだけ。でもそれは庶民の子供でも使えて、暖炉やかまどに火を点けるために使ったりするような生活魔術だ。

それでも私は立ちはだかるローザに、咄嗟に使い慣れた初級火炎球ファイヤーボールを放った。

私よりも背の高いローザに向けて少し斜め上に放ったのは幸運だった。
幸運といっても命中したわけではない。

誰にも命中しなかったから、幸運だったのだ。

初級火炎球ファイヤーボール!」

私が指先から小さな火の玉を放つと、《そんな魔術でどうするつもりかしら》と言わんばかりに呆れ顔を見せたローザの頬を凄まじいスピードでジュッとかすめ、その後ろの王族たちや民衆たちにも当たらず、その奥の大通りを抜けて王都を取り囲む城壁の上部を破壊し、そのさらにずっと向こうにうっすら見えるサンドレアテウス山脈の山のひとつが光を放って崩壊した。

とんがっていた山の上半分が砂山のように崩れ、遅れてドドドドドド…と轟音と地響きが伝わってきた。

誰も一言も発しなかったが《えええええええええええええええ何それ!?》という心の声が聞こえてくるようだった。
ローザも呆然とした表情で「あ、あなた、何ということを…」と呟いた。
ジェラルドは椅子からずり落ちそうになりながらアワワワワと震えている。

「つ、つつ次は当てるわよ!」

私は虚勢を張るためにそう言ってみたが、内心では《あの山で巻き込まれた人はいないかしら…!》とビクビクしていた。

確かに私はもうどうせ吸血鬼ヴァンパイアだ。
でも人殺しなんかしてしまったら天国のお父様もお母様も悲しまれるし、イザベラにも叱られるしアルフォンスもきっとがっかりする。
それに、そんなことをしてしまったら本当にもう化け物そのものになってしまう。

当てたくない。

たとえ、家族が殺された元凶が本当にローザだったとしても、それだけじゃなく、少なくとも実際に無実の罪で処刑執行を決めたジェラルドに対しても、今の恐ろしい魔術を当てて殺してしまったりはしたくない。

そんな私の心を読んだかのように、ローザは言い放った。

「やってごらんなさい」

ローザは眩い光を纏った両手で空中に円を描くと、その円が拡がって大きな光の盾のようになった。聖女だけが使える強力な魔力の結界だ。

どうしよう…。

もう一度さっきの初級火炎球ファイヤーボールを放って結界を破壊する?
でもそれでローザを殺してしまいたくはないし、きっと後ろにいる罪もない市民の皆様も一緒に殺してしまう。
でもどうしたら。私が使える魔術はあれしかないし、威力を調整できる気もしないし、とりあえず殴ってみる?もう侯爵令嬢じゃないんだし山猿令嬢の本領発揮でガツンとぶん殴ってみちゃう?いやダメよ、吸血鬼ヴァンパイアって力めちゃくちゃ強いのよね確か。

そうだ。吸血鬼ヴァンパイアなのだから。

「来ないならわたくしから行きますわよ…」

私が思い付くと同時に、ローザはそう言って先ほどよりも強い光を両手に纏ってその手のひらをこちらに向ける。

攻撃される!

私が身構えると身体の中から黒い炎のような魔力が激しく湧き上がり嵐のような強烈な風が吹き荒れて、まだ意識の残っていた広場の人々も、次々と失神していった。
わあごめんなさい!そんなつもりじゃなかったの!

「いい加減になさいっ!聖なる審判の光ホーリージャッジメント!」

ローザの両手から閃光が放たれて、視界が真っ白に染まる。
光りに包まれると、私はそこからいなくなった。


影も形もなく、私はそこにはいない。


パチ、パチ、パチ…と手を叩く音が静まり返った広場に響く。

「やった…!やったなローザ!さすが聖女だ!」

ずり落ちそうになっていた椅子に座り直したジェラルドが拍手をしながら狂喜乱舞している。

「あはははは!何が吸血鬼ヴァンパイアだ!僕は最初からちっとも怖くなんかなかったぞ!僕のローザにかかれば瞬殺だ!」



あれ?

私はどこにいるの?



気が付くと深い闇の中。
さっきまで広場は明るい陽射しが降り注いでいたのに、ここはどこ?

水の中から顔を出すようにニュッと上がってみると、そこはジェラルドの椅子の後ろ。

吸血鬼ヴァンパイアなんかになりやがってリリアスめ!これでようやく忌々しいエスパーダ家の奴らが全員死んで清々するよ!あはははははははははは!」

「もうあなたは喋らないで」

私が椅子の後ろから顔を出してジェラルドの耳元で囁くと、狂喜した笑顔のままジェラルドは固まった。

「…いいわね?」

私の念押しに、ジェラルドは声も出さず必死に何度も頷く。

「なかなかの逃げ足の速さですわね…」

ローザは私のほうへ振り返って再び眩い光を両手に纏う。

「逃げ足…というか身体が勝手に動いたのよ。こんなふうに」

私はまた、トプン…と水の中に潜るように消えた。
たぶん、地面の下か影の中あたりを移動しているんだと思う。
そのまま音もなくローザの背後にあらわれると、私は少し背伸びをしてローザの頭部にそっと両手を添えた。

「なっ、何を…!」
「本で読んだことがあるわ。吸血鬼ヴァンパイアは人の心を操るって」

私はローザの頭部に魔力を注ぎ込んだ。
操るなんてできるかどうかわからないけど、とりあえずやってみるしかない。

「くっ…!わ、わたくしを操ってどうなさるつもりですの…っ!?」
「あなた、聖女なんでしょ?」
「そ、そうですわ!それが何か!?」
「私を普通の女の子に戻してほしいのよ」
「そ…そんなこと…」
「できないなんて言わせないわ。なんとかしてよね」

支配を拒むべくローザは必死で聖なる力を放出させて抗っているけど、私は負けじと注ぎ込む魔力の量を少しずつ上げていく。

「…あぁっ!やっ…!やめっ………!」
「やめないわ、普通の女の子に戻りたいのよ私は」
「あふっ!いやっ…!まりょ…魔力…入ってきますわ…っ!」
「もっと入れてあげるわ」
「やっ!いやあぁぁぁっ!あ!ああっ!!!」

正直、このあたりからすでに私自身も《これ操るのとはちょっと違うかも?》とは思っていた。でも言い訳させて欲しい。初めて吸血鬼ヴァンパイアになったばかりでそんな器用な魔力の調整なんかできるわけがなかったのだ。

「ねえローザ」
「あうっ…!な、なんですのっ…!」
「どうして私を陥れたの?」
「なっ…なんの、ことですの…!」
「答えなさい」
「ああぁっ!あっ!う、うちは貧乏なので…っ、借金もたくさんあってっ!ああっ!」
「それで王太子妃になりたかったの?」
「そ、そうですぅ!ご、ごめんなさいぃぃぃっ!あぁっ!」
「だからって家族まで殺す必要はなかったでしょう?」
「そ、それは、わたくしじゃなくて!ジェラルド殿下がっ!」
「あなたの策略でしょう?」
「ち!違いますっ!いやっ!あっ!わたくしは、本当にっ!あっ!ただ、王太子妃になりたかっただけでっ!ああっ!エスパーダ家を取り潰したかったのは、あっ!殿下のほうだったんです!ああっ!」

…まあ、嘘は言っていないような気がする。
さっきもジェラルドは『忌々しいエスパーダ家の奴らが全員死んで清々する』と言っていたわけだし。
ローザは本当に王太子妃になりたかっただけだったのかも。

「でも、さっき私が死んだ時、笑ってたわよね?」
「ああっ!いえ!そ、そんなこと…!」
「笑ってたわよ」
「あっ!あぁぁあぁっ!ご、ごめんなさいっ!殿下に話しかけられて、それでっ!」
「それで笑ったの?」
「ああぁぁあぁっ!も、申し訳ございませんっ!」
「目の前で私、死んでたのよ?」
「あああぁぁああぁっ!お、お許しをっ!」

ここで、注ぎ込む魔力の量をつい上げすぎてしまった。

「許すわけないでしょう」
「ああっ!ああああああぁぁぁあぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

絶叫のあと、ローザは身体を激しく震わせ、糸の切れた操り人形が崩れ落ちるように倒れ込んだ。

「はぁ…はぁ…」

ローザは息を荒くしている。

「り、リリアス様…!」

様。

さっきまで「祓ってやる」なんて息巻いていたローザが私を「様」付けで呼んでいる。
これ、意外とちゃんと洗脳できたんじゃない?
そう思ったのは一瞬だった。

「ああ…わたくしはたった今からリリアス様の肉奴隷ですわ」

――に、肉奴隷!?
お、女の子同士で一体何を言っているの、この変態聖女は…!

「ばっ、馬鹿なこと言ってないで、さっさと私を人間に戻しなさいっ!」

ローザは困惑の表情を浮かべて言った。

「申し訳ございません…無理、だと思いますわ」
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