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②
7-6 紗弥ちゃんかわいい
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さぁ、今日は土曜日! 透と約束したさやちゃんと会う日だ!
おっと、冷静になれ、俺。どんだけ長い時間、ハイでいるつもりだ?
テンションが上がって、今日になった瞬間に、目を覚ましてしまった。おかげでもう、九時間くらい待機してるぜ。
さて、約束の時間は十時に透の家だ。今から向かえばちょうどその時刻あたりだろう。
俺はそう思って家を出た。
*****
俺は透の家に到着する。
「あ、おはようございます! 巧人君」
利莉花が声をかけてくる。見ると、伊久留も一緒にいた。というより、利莉花に抱かれていた。
おいおい。その状態で本を読むか。しかも、足が浮いてプランプランしてるぞ。
到着時刻は、約束よりは十五分ほど早かった。全員が揃ってから、ということになってるので、絵夢と関羽が来るのを待った。
そうして待って、先に来たのは絵夢だった。
「おっはー! みんな!」
若干古い。
絵夢は大体五分前に到着。普通だな。
しかし、関羽は約束より時間を十分ほど後に現れた。
「いや~わりーな。朝からいい感じの貴婦人を見つけちまってよ。口説いてたら、ちょっち遅れちまったわ」
「反省しているなら、絵夢の下僕になれ」
「え? 完熟ホント!? やった――! これで、あんなことやこんなことができるよ! ありがとうヌッキー!」
「ちょっと待てよ! 俺、ならねーからな!? 喜んでんじゃねーよ、おい! 大体、なんで感謝すんのは巧なんだよ!」
「朝からうるさいやつだ。もう少しは静かにできないのか? ここは人の家の前だぞ?」
「わ、わりー……ってやっぱ納得いかねーって!」
「あの~……全員揃ったんですから、透さんの家に上がらせてもらいましょうよ」
「利莉花の言うとおりだな。まったく、関羽お前のせいで長引いてしまったじゃないか」
「んだと!? 確かに俺は遅刻したがよ、それをさらに長引かせたのはどいつだよ!」
関羽の言葉はスルーして、玄関に向かっていく。関羽は「無視すんな!」と声を荒げるが、それも無視した。
ピンポーンと、インターフォンを鳴らす。数刻の後、中から透が出てきた。
「来たか、待っていたぞ」
「ああ……で? お前の妹はどこに――」
「出てけ!」
俺が言いかけたところで、どこからともなく声が聞こえた。この声――聞き覚えがある。そう、これこそ、さやちゃんの声!
声の方向――透の後方へ目を向けると、さやちゃんが立っていた。俺たちに敵意のようなものをむき出し、指をさして言う。
「お前らだな! あたしのお兄ちゃんをたぶらかしているやつは!」
やばい、可愛い。俺は今ロリコンじゃなくなっているわけだが、それを差し引いても普通に可愛い。
本人は怒っているんだろうが、あのチャームポイントの八重歯が……もう、破壊力抜群ですよ。
「このビ○チ! 淫乱! 変態!」
「……ひでー言われようだぜ」
「でも、最後のはあながち間違ってませんね」
本当にな。
「認めない! お兄ちゃんと関わるやつなんて、絶対に認めない! お兄ちゃんはあたしだけの大切な人なんだ!」
なんて言葉だ。俺も言われてみたい。
「渡さない……お兄ちゃんは誰にも渡さない!」
やばいぞ……これはヤンデレの前兆じゃないか……このままだと、次に続く言葉は『お兄ちゃんに纏わりつく害虫はあたしが排除する!』とかだろ!?
俺はいったいどんなものが来るのか、と身構えるが、さやちゃんから発せされた言葉は、予想していたものと違っていた。
「あたしはお兄ちゃんの――鞘になるんだ!」
……どういう意味でしょうかねぇ?
「あ、大丈夫だよ、お兄ちゃん! あたし、お兄ちゃんのためなら何でもできるから! お兄ちゃんがどーてーをいつ捨てたくなってもいいように、あたしは準備万端にして整えているよ! だってお兄ちゃんの剣専用の鞘なんだもん!」
やっぱり、そういう意味なんだな。
透……こいつのどこがヤンデレだ。こいつはヤンデレなんかじゃない。立派な変態だ。
「おい、紗弥! 俺の友達を悪く言うのはやめろ」
透はさやちゃんを叱る。
おい、透。お前何様だ。一体どんな了見で、さやちゃんを叱る? 凹んだらどうする? 俺がお前を殴るぞ。
「でも……! でも、お兄ちゃぁん~!」
うお、すげー猫なで声。甘えっぷりが半端じゃないな。
けど、凹んでいるわけではなさそうなので、安心する。
透はため息を吐いて、さやちゃんと向かい合う。
「いいか、紗弥。俺はお前に俺の友人のことを知ってもらおうと思っただけだ。みんなとても大切な友人なんだ。だから……分かるよな?」
「……うん、わかったぁ」
なるほど、透の言うことが最優先か。だから、この前の想像と違って、ただ可愛い感じなんだな。……ホントよかった。
「さて……じゃあ上がってくれ。みんな」
ああ、そう言えばここ、玄関だな。
そうして俺たちは、靴を脱ぐと、居間のほうへ案内される。
そして透とさやちゃん、俺、利莉花、伊久留、絵夢、関羽の二つで対面になる。
「んで? なにすりゃいんだ?」
「自己紹介……とかでしょうか?」
利莉花がそう言うと、さやちゃんを見る。すると、ずっと掴んでいた透の服に体ごと寄せて、隠れるようにした。……かわええわー。
「はぁ……可愛いです」
利莉花もため息をつくと、その様子を、うっとりと見つめていた。
流石、百合。小学生相手でも、その変態は発揮されるか。だが、今日ほど利莉花が百合でよかったと思ったことはないぞ。
「ほら、紗弥。まず、お前から自己紹介しなさい」
「……峰内紗弥です」
不機嫌そうに小さく呟く。
「恥ずかしがりやなところがプラスポイントだな」
「流石です、巧人君。まさに私と同意見ですよ」
「巧人?」
さやちゃんは利莉花のその言葉に反応する。そして思い出したように、俺を指さして叫ぶ。
「あ――! お前か! お兄ちゃんの純真を弄んでいるっていう、最低のクズは!」
どんな曲解をされているんだ。
「いや、俺は透に興味なんてないんだが……」
「!? お兄ちゃんほどの、この世の中で一番のイケメンに対して、なんてことを……身の程をしれ!」
興味あってほしいのか、ほしくないのか。どっちだよ。
「お兄ちゃん。やっぱりダメだよ、こんなやつ。お兄ちゃんの良さをどこもわかってないもん。それに比べて私は、お兄ちゃんのいいところ、いっぱい知ってるよ! それだけで私の一生を使って、語ることができるよ!」
長すぎだろ。
「透……どうしてお前の妹はこんな風になったんだよ」
「知らないな……気づいたらなっていた」
気づいたらって……いや、俺の姉も似たようなものか? あっちの場合は俺が生まれた瞬間からだが。
しかし、透と少し話をしただけなのに、さやちゃんの視線がスゲー……。俺への恨みみたいなものが籠ってるよ。後、兄への寂しいよぉ~的なものも。
「とにかく、一度自己紹介を済ませましょうよ」
それもそうだな。じゃ、まずは俺から行くか。
「俺は島抜巧人、よろしくな」
「うるさい、黙れ。お前なんかがいるから、お兄ちゃんが変なことになったんだ。お前なんて、ガレキの中にでも埋まってろ」
「すげー毒舌だ……絵夢、お前も見習ったらどうだ?」
「うっわー……すごいタフな精神力だね~……」
「甘いな……小学生にそんなこと言われたとしても、俺の気持ちは変わることはない! ツンツンで始まったっていいじゃない! いつかはデレる! きっとそうだよ!」
「何その言葉」
「これは、切実な対応が、いつかは報われるという願望を含んだ句だな」
「それって、紗弥ちゃんを自分のものに~ってこと?」
「うわ、NTRとかシャレになんねーぜ、おい」
人妻と夜を共に過ごすようなお前には言われたくない。そして、そこまでは言ってない。ただ、好かれたい程度だ。
というか、また脱線したな。俺は絵夢とアイコンタクトを取り、自己紹介を続けるよう促す。
「私は佐土原絵夢ね、よろしく!」
「すみませんが、女の方は帰ってもらえませんか?」
「え?」
「お兄ちゃんが、変な気を起こさないとも限らないので」
ホモな透に対して発せられる、衝撃的な言葉だな。それと、なんで敬語になった。静かな物言いだし、逆に不気味さが溢れているな。
絵夢は苦笑いして、言葉を流し、関羽に次を振る。
「えっと、俺は孝関羽だ」
「そうですか」
「…………」
「…………」
「……え? それだけ?」
関羽は拍子抜けして、聞き返している。さやちゃんのほうは知らんぷり。言葉を交わす気はないようだ。
まぁ、普通こんなものだがな。さっきまでが、ちょっとおかしいだけで。
「では、私ですね、白瀬利莉花です! こんにちは!」
「はぁ」
「私、可愛いものが大好きなんです! だからこうやっていつも伊久留ちゃんを抱きかかえているんですよ」
「はぁ」
「それでですね~……」
グイグイ行くなぁ……。さやちゃんとかもう「はぁ」としか返してないし。
「……と言うわけで、紗弥ちゃん! 抱かせてください!」
「流れが意味わからないです。それに嫌です」
「大丈夫ですよ。初めては優しくしますから!」
「だから、嫌です」
「それとも、激しいほうが好みですか? 激しくまぐあいますか? 溶け合いますか!」
「嫌ですって」
無理やりは感心しないな。というか、利莉花よ。さっきから別の意味に聞こえるんだが。
「お兄ちゃん、こいつどうにかして。あたし、嫌い」
「はぁ……そうだな。今回は紗弥に賛成だ。白瀬、諦めてくれ」
「そんな!? 目の前にこんなにかわいい女の子がいるのに、触れないなんて……拷問です!」
「え? 拷問!?」
「変なところで食いつくなよ、絵夢」
「でも……拷問だよ?」
「いや、意味分かんねーぞ、それ」
「だって、私の世界で言えば、最強のSとMの形の一つなんだよ!」
『アイアン・メイデン』のレプリカ持ってるくらいだしな。けど、関係ないだろ、今。
そんな俺たちのやり取りを、さやちゃんは怪訝な目つきで見てくる。
「何この変態たちは……」
「そう私は変態! 百合の変態! だけど、これもまた一つの愛の形! そして愛とはすべからく変態なのです!」
「うわー……リリーが変なところで火が付いたー……」
さっきのお前と大差ないから。
「それと、利莉花。せめてさやちゃんを抱きたいと言うのなら、まず伊久留を離してやれよ」
利莉花の膝の上でずっと本を読んでいる伊久留のことを指摘する。だがそれは仇となり、利莉花はさらに、ヒートアップした。
「何を言ってるんですか! 伊久留ちゃんを右の膝に。紗弥ちゃんを左の膝に。それぞれ乗せて、まとめて抱きしめるんですよ!」
利莉花は軽くジェスチャーを交えて説明すると、最後に伊久留を抱きしめた。
それで、誠にいつものことながら、伊久留の頭が胸に埋められて、変形した胸がいやらしく……。
「…………」
そこでさやちゃんの視線に気づく。
はっ! ダメだ、俺! 何をしているんだ! 小学生の目の前で、違う女性をみておったてるなど、紳士としてあるまじき行為! あってはならないぞ!
精神集中のためにさやちゃんをみよう。じー……。
「お兄ちゃん。さっきからあたしのことをガン見してくるんだけど」
「巧人……お前と言えども、紗弥は渡せないぞ。だから代わりに俺が――」
「ああ! ダメだよ、お兄ちゃん! 巧人! お兄ちゃんに指一本でも触れてみろ! あたしが絶対にお前を許さないからな!」
(小学生にされる呼び捨て……悪くない)
精神集中を終え、しみじみとそう感じる。
と、そこはいい。それよりもこの、お互いがお互いをかばい合う……なんてすばらしい兄妹愛なんだ……!
これはもう、引き離しちゃいけない。俺はブラコンを正そうと思ったけど、ここはさやちゃんの気持ちを尊重しよう。うん。
(応援してるぞ! さやちゃん!)
そして、できることなら透を、俺から遠ざけてくれ!
「それで、まだ部長が自己紹介終えてないよね?」
絵夢がそう言うと、伊久留は本から視線を上げ、さやちゃんをじっと見つめる。
「……承全寺伊久留」
そして名前だけ言うと、再び視線を本に戻し、読み始めた。
「きゃー伊久留ちゃんの久しぶりの声! これだけで、ご飯三杯はいけちゃいます! ギュー!」
ああ……利莉花のやつ、違う世界へ行ってしまったな。それに――
「……読めない」
伊久留も可哀想に。巻き添え食らったな。
だが、これでとりあえず一通り終わったわけだ。
「ねぇ、もう終わったんだからいいでしょ? お兄ちゃん、こいつら帰してよ」
それが分かっているさやちゃんのほうも、そう言ってくる。
「ったくよ。可愛げのねーガキだぜ」
「嫌われているのは、最初からわかっていたことだろ? それでも来たのは、俺たち自身の意思だ。それなのに文句を言うのは、筋違いってやつだ」
「だね~……でも、ちゃんと友達いるの? って心配になっちゃうね」
確かに。ブラコンで、この性格。『お兄ちゃんさえいれば他には何もいらない!』みたいな思想になっていてもおかしくはないからな。
「ふん! ちゃんとあたしにだって友達はいるもん!」
「だけど紗弥は、その友達を俺に紹介しては、くれないんだよな……」
「だって、お兄ちゃんほどかっこいい人なんだよ? 会わせたらみんながお兄ちゃんのこと、好きになっちゃうでしょ? そうしたら、お兄ちゃんを取られちゃうかもしれないもん……」
さやちゃんは、そう自信なさげに呟き、表情を暗くして、掴んだ透の服にギュッと力を込めた。
透はさやちゃんのことをヤンデレと言ったが、やっぱり違うと思う。さやちゃんはただ透のことが一番好きなだけで、透に愛してもらいたいだけなんだ。だから今までだって、監禁まがいのこともなく、普通に生活をしてこれた。
一方で、さやちゃんは独占欲は強い。だけど、さやちゃんは今落ち込んでいるみたいに、自分に自信がない。だから、嫌われないように、透の言うことは聞く。そして、自信がないから、他の人と比べたときに、自分では負けると、劣等感を感じてしまう。
だから、兄に近づくものには少し攻撃的になって、兄が他の人のもとへといかないように、しているんだ。
透はホモだ。もちろん、さやちゃんのことを大切に思っているだろうが、その意味は互いに違っている。
さやちゃんの想いは真剣で、透の想いも……まぁ真剣だ。その真剣を、批判するような、否定するようなことはしたくない。
だからこそ、俺は――
「さやちゃん」
俺はそう声をかける。そして、優しい声色で言った。
「自信を持って、さやちゃんは可愛いよ」
そう、俺が言えることこれだけだ。
さやちゃんが自分の力で、透のことをものにすると、それができるだけの人物であると、そう伝えるための言葉。
真剣を否定しない。ただ、本気でぶつかって、相手の本気さえも打ち破り、自分へと想いを向けさせることができると、さやちゃんになら、透を手に入れることができるとそう思う。
さやちゃんは俺の顔を見つめた後、指をさして言った。
「お兄ちゃん、こいつ気持ち悪い!」
気持ち悪い……か。
俺は、さやちゃんの言葉を聞いて、ふっと笑う。
「俺は好きだよ。さやちゃんのこと」
「え?」
それでもいい。
ロリコンの真に目指すべきところは、彼女達の幸せ。それだけだ。
一時の幸せじゃない。ずっと続いていくその幸せを、手に入れられるように導くんだ。
それができるのなら、俺がどんな風に思われようとも構わない。それさえも糧に、幸せになってくれたらそれでいい。
俺は立ち上がり、声を出す。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「え? もう、帰んの?」
「別に、さやちゃんと話せたし、自己紹介だってしただろ? いる意味があるのか?」
「え~……私はもっと、何か話したい~」
「じゃあ絵夢だけ残ったらどうだ? ……ほら。目を覚ませ、利莉花。そろそろ伊久留が辛いから」
「ふわぁぁあ……は! いけない! ついいつもの癖がでてしまいました!」
「起きたな? じゃあ、帰るぞ。ほら」
「あう! 巧人君、手を引っ張らないで下さい~! 片手で伊久留ちゃんは……意外に持てました!」
あっそ。
「ああああ! 帰んなよ! 置いてくな!」
「ええ――!? 完熟も帰っちゃうの!? うぅ……私もおいてかないで――!」
そうして全員で、透の家を出て行った。
おっと、冷静になれ、俺。どんだけ長い時間、ハイでいるつもりだ?
テンションが上がって、今日になった瞬間に、目を覚ましてしまった。おかげでもう、九時間くらい待機してるぜ。
さて、約束の時間は十時に透の家だ。今から向かえばちょうどその時刻あたりだろう。
俺はそう思って家を出た。
*****
俺は透の家に到着する。
「あ、おはようございます! 巧人君」
利莉花が声をかけてくる。見ると、伊久留も一緒にいた。というより、利莉花に抱かれていた。
おいおい。その状態で本を読むか。しかも、足が浮いてプランプランしてるぞ。
到着時刻は、約束よりは十五分ほど早かった。全員が揃ってから、ということになってるので、絵夢と関羽が来るのを待った。
そうして待って、先に来たのは絵夢だった。
「おっはー! みんな!」
若干古い。
絵夢は大体五分前に到着。普通だな。
しかし、関羽は約束より時間を十分ほど後に現れた。
「いや~わりーな。朝からいい感じの貴婦人を見つけちまってよ。口説いてたら、ちょっち遅れちまったわ」
「反省しているなら、絵夢の下僕になれ」
「え? 完熟ホント!? やった――! これで、あんなことやこんなことができるよ! ありがとうヌッキー!」
「ちょっと待てよ! 俺、ならねーからな!? 喜んでんじゃねーよ、おい! 大体、なんで感謝すんのは巧なんだよ!」
「朝からうるさいやつだ。もう少しは静かにできないのか? ここは人の家の前だぞ?」
「わ、わりー……ってやっぱ納得いかねーって!」
「あの~……全員揃ったんですから、透さんの家に上がらせてもらいましょうよ」
「利莉花の言うとおりだな。まったく、関羽お前のせいで長引いてしまったじゃないか」
「んだと!? 確かに俺は遅刻したがよ、それをさらに長引かせたのはどいつだよ!」
関羽の言葉はスルーして、玄関に向かっていく。関羽は「無視すんな!」と声を荒げるが、それも無視した。
ピンポーンと、インターフォンを鳴らす。数刻の後、中から透が出てきた。
「来たか、待っていたぞ」
「ああ……で? お前の妹はどこに――」
「出てけ!」
俺が言いかけたところで、どこからともなく声が聞こえた。この声――聞き覚えがある。そう、これこそ、さやちゃんの声!
声の方向――透の後方へ目を向けると、さやちゃんが立っていた。俺たちに敵意のようなものをむき出し、指をさして言う。
「お前らだな! あたしのお兄ちゃんをたぶらかしているやつは!」
やばい、可愛い。俺は今ロリコンじゃなくなっているわけだが、それを差し引いても普通に可愛い。
本人は怒っているんだろうが、あのチャームポイントの八重歯が……もう、破壊力抜群ですよ。
「このビ○チ! 淫乱! 変態!」
「……ひでー言われようだぜ」
「でも、最後のはあながち間違ってませんね」
本当にな。
「認めない! お兄ちゃんと関わるやつなんて、絶対に認めない! お兄ちゃんはあたしだけの大切な人なんだ!」
なんて言葉だ。俺も言われてみたい。
「渡さない……お兄ちゃんは誰にも渡さない!」
やばいぞ……これはヤンデレの前兆じゃないか……このままだと、次に続く言葉は『お兄ちゃんに纏わりつく害虫はあたしが排除する!』とかだろ!?
俺はいったいどんなものが来るのか、と身構えるが、さやちゃんから発せされた言葉は、予想していたものと違っていた。
「あたしはお兄ちゃんの――鞘になるんだ!」
……どういう意味でしょうかねぇ?
「あ、大丈夫だよ、お兄ちゃん! あたし、お兄ちゃんのためなら何でもできるから! お兄ちゃんがどーてーをいつ捨てたくなってもいいように、あたしは準備万端にして整えているよ! だってお兄ちゃんの剣専用の鞘なんだもん!」
やっぱり、そういう意味なんだな。
透……こいつのどこがヤンデレだ。こいつはヤンデレなんかじゃない。立派な変態だ。
「おい、紗弥! 俺の友達を悪く言うのはやめろ」
透はさやちゃんを叱る。
おい、透。お前何様だ。一体どんな了見で、さやちゃんを叱る? 凹んだらどうする? 俺がお前を殴るぞ。
「でも……! でも、お兄ちゃぁん~!」
うお、すげー猫なで声。甘えっぷりが半端じゃないな。
けど、凹んでいるわけではなさそうなので、安心する。
透はため息を吐いて、さやちゃんと向かい合う。
「いいか、紗弥。俺はお前に俺の友人のことを知ってもらおうと思っただけだ。みんなとても大切な友人なんだ。だから……分かるよな?」
「……うん、わかったぁ」
なるほど、透の言うことが最優先か。だから、この前の想像と違って、ただ可愛い感じなんだな。……ホントよかった。
「さて……じゃあ上がってくれ。みんな」
ああ、そう言えばここ、玄関だな。
そうして俺たちは、靴を脱ぐと、居間のほうへ案内される。
そして透とさやちゃん、俺、利莉花、伊久留、絵夢、関羽の二つで対面になる。
「んで? なにすりゃいんだ?」
「自己紹介……とかでしょうか?」
利莉花がそう言うと、さやちゃんを見る。すると、ずっと掴んでいた透の服に体ごと寄せて、隠れるようにした。……かわええわー。
「はぁ……可愛いです」
利莉花もため息をつくと、その様子を、うっとりと見つめていた。
流石、百合。小学生相手でも、その変態は発揮されるか。だが、今日ほど利莉花が百合でよかったと思ったことはないぞ。
「ほら、紗弥。まず、お前から自己紹介しなさい」
「……峰内紗弥です」
不機嫌そうに小さく呟く。
「恥ずかしがりやなところがプラスポイントだな」
「流石です、巧人君。まさに私と同意見ですよ」
「巧人?」
さやちゃんは利莉花のその言葉に反応する。そして思い出したように、俺を指さして叫ぶ。
「あ――! お前か! お兄ちゃんの純真を弄んでいるっていう、最低のクズは!」
どんな曲解をされているんだ。
「いや、俺は透に興味なんてないんだが……」
「!? お兄ちゃんほどの、この世の中で一番のイケメンに対して、なんてことを……身の程をしれ!」
興味あってほしいのか、ほしくないのか。どっちだよ。
「お兄ちゃん。やっぱりダメだよ、こんなやつ。お兄ちゃんの良さをどこもわかってないもん。それに比べて私は、お兄ちゃんのいいところ、いっぱい知ってるよ! それだけで私の一生を使って、語ることができるよ!」
長すぎだろ。
「透……どうしてお前の妹はこんな風になったんだよ」
「知らないな……気づいたらなっていた」
気づいたらって……いや、俺の姉も似たようなものか? あっちの場合は俺が生まれた瞬間からだが。
しかし、透と少し話をしただけなのに、さやちゃんの視線がスゲー……。俺への恨みみたいなものが籠ってるよ。後、兄への寂しいよぉ~的なものも。
「とにかく、一度自己紹介を済ませましょうよ」
それもそうだな。じゃ、まずは俺から行くか。
「俺は島抜巧人、よろしくな」
「うるさい、黙れ。お前なんかがいるから、お兄ちゃんが変なことになったんだ。お前なんて、ガレキの中にでも埋まってろ」
「すげー毒舌だ……絵夢、お前も見習ったらどうだ?」
「うっわー……すごいタフな精神力だね~……」
「甘いな……小学生にそんなこと言われたとしても、俺の気持ちは変わることはない! ツンツンで始まったっていいじゃない! いつかはデレる! きっとそうだよ!」
「何その言葉」
「これは、切実な対応が、いつかは報われるという願望を含んだ句だな」
「それって、紗弥ちゃんを自分のものに~ってこと?」
「うわ、NTRとかシャレになんねーぜ、おい」
人妻と夜を共に過ごすようなお前には言われたくない。そして、そこまでは言ってない。ただ、好かれたい程度だ。
というか、また脱線したな。俺は絵夢とアイコンタクトを取り、自己紹介を続けるよう促す。
「私は佐土原絵夢ね、よろしく!」
「すみませんが、女の方は帰ってもらえませんか?」
「え?」
「お兄ちゃんが、変な気を起こさないとも限らないので」
ホモな透に対して発せられる、衝撃的な言葉だな。それと、なんで敬語になった。静かな物言いだし、逆に不気味さが溢れているな。
絵夢は苦笑いして、言葉を流し、関羽に次を振る。
「えっと、俺は孝関羽だ」
「そうですか」
「…………」
「…………」
「……え? それだけ?」
関羽は拍子抜けして、聞き返している。さやちゃんのほうは知らんぷり。言葉を交わす気はないようだ。
まぁ、普通こんなものだがな。さっきまでが、ちょっとおかしいだけで。
「では、私ですね、白瀬利莉花です! こんにちは!」
「はぁ」
「私、可愛いものが大好きなんです! だからこうやっていつも伊久留ちゃんを抱きかかえているんですよ」
「はぁ」
「それでですね~……」
グイグイ行くなぁ……。さやちゃんとかもう「はぁ」としか返してないし。
「……と言うわけで、紗弥ちゃん! 抱かせてください!」
「流れが意味わからないです。それに嫌です」
「大丈夫ですよ。初めては優しくしますから!」
「だから、嫌です」
「それとも、激しいほうが好みですか? 激しくまぐあいますか? 溶け合いますか!」
「嫌ですって」
無理やりは感心しないな。というか、利莉花よ。さっきから別の意味に聞こえるんだが。
「お兄ちゃん、こいつどうにかして。あたし、嫌い」
「はぁ……そうだな。今回は紗弥に賛成だ。白瀬、諦めてくれ」
「そんな!? 目の前にこんなにかわいい女の子がいるのに、触れないなんて……拷問です!」
「え? 拷問!?」
「変なところで食いつくなよ、絵夢」
「でも……拷問だよ?」
「いや、意味分かんねーぞ、それ」
「だって、私の世界で言えば、最強のSとMの形の一つなんだよ!」
『アイアン・メイデン』のレプリカ持ってるくらいだしな。けど、関係ないだろ、今。
そんな俺たちのやり取りを、さやちゃんは怪訝な目つきで見てくる。
「何この変態たちは……」
「そう私は変態! 百合の変態! だけど、これもまた一つの愛の形! そして愛とはすべからく変態なのです!」
「うわー……リリーが変なところで火が付いたー……」
さっきのお前と大差ないから。
「それと、利莉花。せめてさやちゃんを抱きたいと言うのなら、まず伊久留を離してやれよ」
利莉花の膝の上でずっと本を読んでいる伊久留のことを指摘する。だがそれは仇となり、利莉花はさらに、ヒートアップした。
「何を言ってるんですか! 伊久留ちゃんを右の膝に。紗弥ちゃんを左の膝に。それぞれ乗せて、まとめて抱きしめるんですよ!」
利莉花は軽くジェスチャーを交えて説明すると、最後に伊久留を抱きしめた。
それで、誠にいつものことながら、伊久留の頭が胸に埋められて、変形した胸がいやらしく……。
「…………」
そこでさやちゃんの視線に気づく。
はっ! ダメだ、俺! 何をしているんだ! 小学生の目の前で、違う女性をみておったてるなど、紳士としてあるまじき行為! あってはならないぞ!
精神集中のためにさやちゃんをみよう。じー……。
「お兄ちゃん。さっきからあたしのことをガン見してくるんだけど」
「巧人……お前と言えども、紗弥は渡せないぞ。だから代わりに俺が――」
「ああ! ダメだよ、お兄ちゃん! 巧人! お兄ちゃんに指一本でも触れてみろ! あたしが絶対にお前を許さないからな!」
(小学生にされる呼び捨て……悪くない)
精神集中を終え、しみじみとそう感じる。
と、そこはいい。それよりもこの、お互いがお互いをかばい合う……なんてすばらしい兄妹愛なんだ……!
これはもう、引き離しちゃいけない。俺はブラコンを正そうと思ったけど、ここはさやちゃんの気持ちを尊重しよう。うん。
(応援してるぞ! さやちゃん!)
そして、できることなら透を、俺から遠ざけてくれ!
「それで、まだ部長が自己紹介終えてないよね?」
絵夢がそう言うと、伊久留は本から視線を上げ、さやちゃんをじっと見つめる。
「……承全寺伊久留」
そして名前だけ言うと、再び視線を本に戻し、読み始めた。
「きゃー伊久留ちゃんの久しぶりの声! これだけで、ご飯三杯はいけちゃいます! ギュー!」
ああ……利莉花のやつ、違う世界へ行ってしまったな。それに――
「……読めない」
伊久留も可哀想に。巻き添え食らったな。
だが、これでとりあえず一通り終わったわけだ。
「ねぇ、もう終わったんだからいいでしょ? お兄ちゃん、こいつら帰してよ」
それが分かっているさやちゃんのほうも、そう言ってくる。
「ったくよ。可愛げのねーガキだぜ」
「嫌われているのは、最初からわかっていたことだろ? それでも来たのは、俺たち自身の意思だ。それなのに文句を言うのは、筋違いってやつだ」
「だね~……でも、ちゃんと友達いるの? って心配になっちゃうね」
確かに。ブラコンで、この性格。『お兄ちゃんさえいれば他には何もいらない!』みたいな思想になっていてもおかしくはないからな。
「ふん! ちゃんとあたしにだって友達はいるもん!」
「だけど紗弥は、その友達を俺に紹介しては、くれないんだよな……」
「だって、お兄ちゃんほどかっこいい人なんだよ? 会わせたらみんながお兄ちゃんのこと、好きになっちゃうでしょ? そうしたら、お兄ちゃんを取られちゃうかもしれないもん……」
さやちゃんは、そう自信なさげに呟き、表情を暗くして、掴んだ透の服にギュッと力を込めた。
透はさやちゃんのことをヤンデレと言ったが、やっぱり違うと思う。さやちゃんはただ透のことが一番好きなだけで、透に愛してもらいたいだけなんだ。だから今までだって、監禁まがいのこともなく、普通に生活をしてこれた。
一方で、さやちゃんは独占欲は強い。だけど、さやちゃんは今落ち込んでいるみたいに、自分に自信がない。だから、嫌われないように、透の言うことは聞く。そして、自信がないから、他の人と比べたときに、自分では負けると、劣等感を感じてしまう。
だから、兄に近づくものには少し攻撃的になって、兄が他の人のもとへといかないように、しているんだ。
透はホモだ。もちろん、さやちゃんのことを大切に思っているだろうが、その意味は互いに違っている。
さやちゃんの想いは真剣で、透の想いも……まぁ真剣だ。その真剣を、批判するような、否定するようなことはしたくない。
だからこそ、俺は――
「さやちゃん」
俺はそう声をかける。そして、優しい声色で言った。
「自信を持って、さやちゃんは可愛いよ」
そう、俺が言えることこれだけだ。
さやちゃんが自分の力で、透のことをものにすると、それができるだけの人物であると、そう伝えるための言葉。
真剣を否定しない。ただ、本気でぶつかって、相手の本気さえも打ち破り、自分へと想いを向けさせることができると、さやちゃんになら、透を手に入れることができるとそう思う。
さやちゃんは俺の顔を見つめた後、指をさして言った。
「お兄ちゃん、こいつ気持ち悪い!」
気持ち悪い……か。
俺は、さやちゃんの言葉を聞いて、ふっと笑う。
「俺は好きだよ。さやちゃんのこと」
「え?」
それでもいい。
ロリコンの真に目指すべきところは、彼女達の幸せ。それだけだ。
一時の幸せじゃない。ずっと続いていくその幸せを、手に入れられるように導くんだ。
それができるのなら、俺がどんな風に思われようとも構わない。それさえも糧に、幸せになってくれたらそれでいい。
俺は立ち上がり、声を出す。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「え? もう、帰んの?」
「別に、さやちゃんと話せたし、自己紹介だってしただろ? いる意味があるのか?」
「え~……私はもっと、何か話したい~」
「じゃあ絵夢だけ残ったらどうだ? ……ほら。目を覚ませ、利莉花。そろそろ伊久留が辛いから」
「ふわぁぁあ……は! いけない! ついいつもの癖がでてしまいました!」
「起きたな? じゃあ、帰るぞ。ほら」
「あう! 巧人君、手を引っ張らないで下さい~! 片手で伊久留ちゃんは……意外に持てました!」
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「ああああ! 帰んなよ! 置いてくな!」
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そうして全員で、透の家を出て行った。
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