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④
14-3 初めての後輩by巧人
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もう……ダメだ。俺にはもう、何もない。このままこいつに蹂躙されるしか……未来はないんだ。
(…………いや、おかしいだろ)
急に冷静になった。まず、普通に考えて蹂躙される前に逃げれるし。ここで死ぬはずないだろ。知らない方が幸せだったのはその通りだが。どんだけ取り乱していたんだよ。
ともかく、これは断ろう。デートなんて……しかも男となんてやりたかない。さっさと済ませて、こんなおかしなやつとはおさらばだ。
俺がそう考えて口にしようとしたところで、蔵良は慌てように口早で言った。
「あ、でも勘違いしないでくださいよ、先輩!」
勘違いってなんだよ。もう十分にそんなものはした。これ以上何を間違っているというんだ。
実はお前がツンデレ属性を秘めているってことか? ははは。俺にはどうでもいいわ!
そんな一人のり突っ込みも虚しく、蔵良は続けた。(まず心の中でのことだから聞こえてない)
「ボクは別に先輩が好きだからとかそう言う理由で頼んでいるんじゃありませんからね!」
「…………」
あまりのことに言葉を失う。待て待て。ちょっと……これはどういうことだ? 超展開に次ぐ超展開で頭がオーバーヒートしそうなんだが。え、つまり――
「え? ……じゃ、じゃあお前って同性愛者じゃない?」
「当然ですよ。ボクは男と付き合ったりなんてしません。それなら普通に女子のほうがいいです」
未だ上気した頬をしたままの蔵良だが、そこはそう胸を張って答えてくる。じゃあなんだ。今までの考えていたことは全部、勘違い?
(よかったー……)
心の中で深いため息をつく。そりゃそうだよな。あんな透みたいなやつはそうそういるはずがないんだ。当然だろう。
俺だってわかっていたはずだ。
ただこれもそれも全部、こいつのせいだ。頬を赤らめたり、思わせぶりな態度を取りやがって。もっと普通に頼め。むしろ、なんであんなに恥ずかしがっていたんだよ。いや、待てよ……。
「ん? じゃあなんで、デートなんてするんだ? しかも俺と」
そう、蔵良が言ったのはデートだ。それに付き合ってくれと。そう言った。頼みごとの内容自体は何も変わってはいないんだ。
そして、こいつがホモでないとわかった今、それをする理由が見当たらない。
それに、俺の中の変態センサーが鳴ったのも事実。こいつもまた何かしらの変態であることには変わりはないのだ。
俺の問いかけに蔵良は待ってましたとばかりに、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ……それはですね。先輩が現代文化研究部の活動部員だからです!」
ああ……。まさか……部活がらみだったとは。盲点だった。
でも何となく想像がついてきたぞ。頭の中でピースがかちりと合わさっていく。
「先輩は知っているか分からないですけど、あの部には噂があるんです。活動している人間は全員……変態だと!」
なんかもう、懐かしく感じてくるフレーズだな、それ。利莉花が入部した時以来だ。もう言われて完全に受け入れてたし、驚きでも何でもないけど。
でもだとするとやっぱり、こいつも利莉花の時と同じ。『類は友を呼ぶ』のパターンか。何故、あの中で唯一普通な俺を呼び出したのかは謎だが、少し納得はいった。
まぁ、まだそれとデートの関係性とか疑問は尽きないが……それはこの後の話を聞いていればわかることか。
俺は黙って蔵良の次の言葉に耳を傾ける。
「さらに、それを聞いてボクは先輩たちの行動を少し観察しました。そしてある結論に行きついたんです」
そこまで言って蔵良は一拍おいてから、強調するように答えた。
「あの変態だらけの部の中心人物……それが先輩あなただということです!」
「……はぁ~?」
俺はそれにいかにも頭の悪そうな、間延びした声を出す。何故なら、それは予想外も予想外。
どうしたらそうなるのかわからないほどの意味不明な言葉だったからだ。
驚く俺をよそに蔵良は続ける。
「みんな先輩を中心に集まっていました。そこにはきっと何か意味があるはず! ボクはそう思って先輩に興味を持ち、そして今こうして先輩を呼び出したわけです。それに頼るなら中心の人のほうがいいとも思いましたから」
蔵良はなぜか自信満々にそう語る。
いや、確かに俺も頼るなら一番中心の人物にはするが。それは俺じゃないだろ。全く持って遺憾だが、一度考えてみる。
透……は俺が目当てで部に入ってきたな。
絵夢……も俺がいたからだよな。
関羽……は知らん。 なんか勝手に増えていたやつだ。
伊久留とは一緒に立ち上げた存在だし。利莉花は……どうなんだ? 今でこそ、伊久留がいることが目的だろうが、最初は変態ばかりのメンツがいるこの部にきただけだろうし。
やはり、考えてみたがそうでもない。しかし、なんとなく分かった。むしろ逆だったんだ。俺が普通だから選ばれたんだ。
まずあの部には常識人と呼べるやつがほとんどいない。さらに、全員が一癖も二癖もあるような連中だ。そりゃ会うなら、俺のような人間からを選ぶだろう。
さらに、さっきは『俺の視点』で考えてみたが、『他のやつらの視点』で考えた時の差でわかった。俺とそれなりに密接にかかわっているのは、絵夢と、透、伊久留。そして、利莉花もなんだかんだで仲は良い。最近だと伊久留はアレだけど。休み時間にやってきたりするくらいだったし。
それに比べ、俺を抜きにすれば絵夢はアホ担当の関羽くらい。透は、関羽、たまに伊久留と利莉花。関羽は絵夢と透。伊久留は利莉花だけ。
こうやって並べると、案外みんな少ない。そしてこの中だと中心っぽいのは俺か透になる。
そして、こいつがさっきの言葉を信じれば、相手がホモのやつを呼ぶはずがなくなる。つまりは消去法的には中心だったのだ。納得した。
(しかし、俺が中心だなんて……)
それじゃまるで、俺が一番の変態みたいな言い方じゃないか。
保護者的意味ならまだ……うん。やっぱり嫌だ。あいつらみたいな変態の面倒なんてみたくない。
「それで先輩! ボクの頼み……引き受けてくれますか?」
蔵良のその言葉に、深い思考から解き放たれる。そういえば、なんか頼まれていたんだったな。頭の中で話題がどんどんとそれていって忘れていた。
にしても、男から上目づかいとかされても、気持ち悪いって感想しか出てこないな。
まぁ、結論自体はさっきと何も変わらない。俺は蔵良に目を向けると、その答えを口にした。
「嫌だ」
「な、なんでですか!?」
むしろ、なんで驚くんだ。誰でも断るだろ。お前、男だし。俺、男だし。
それに、デートする理由もわかってない。疑問が残ったままだ。……そうだな。この際だ。疑問は全部、解消しよう。
そうして、蔵良に質問する。
「大体、デートでなんで男を誘うんだよ。お前も言ったように女のほうがいいんだろ? だったら俺に頼むのはお門違いだ。それに、リーダーというなら部長である伊久留に話すべきことだろ、それは」
「部長であることとかは一切関係ないです。さっきもいいましたけど、リーダーではなく一番頼りがいのある人でないといけませんから」
頼りがいか……。伊久留は……あるように見えなくもないんだがな。不思議すぎる存在だもんな。近くにいる俺でさえそうだ。他人からしたら、もっとよくわかんない存在だよな。
……うん。自分で言っておいて、伊久留はないわ。
「それに、今回に限っては相手は女性ではダメなんですよ。だって、デートするときにはボクは女装するんですから!」
……なるほど、よくわかった。こいつがどんな変態なのかが。いや、今のところは二択だな。
「お前は、女装趣味なのか。それとも女性に憧れているのか……どっちだ?」
俺は面倒なので、直接的に投げかける。すると蔵良は不思議そうな様子で答えた。
「ボクが? 憧れる? あははっ! ありえないですよ! そんなの。だって――」
そこで蔵良は自らの顔へ人差し指を立てる。
「この世界で一番かわいいのはボクっていう存在なんですから」
蔵良はさも当然であることのように語った。
俺は特にそれに関しては反応も示さずに、(したら面倒なことになりそうだったから)返す。
「じゃあ女装癖なんだな」
「女装癖だなんて……言い方悪いですよ? ボクはただ、男である自分が女装することでさらに可愛く輝いている自分が大好きなだけです!」
なるほどな。自分大好き女装人間か……生粋の変態だな。
だが、よくわかった。こんなの、変態であるこっち側の人間以外には話せないわな。俺を選んだ理由はここにあったんだな。
いやしかし、こいつなら……ここまでの自分自身に自信の溢れたやつなら、普通のやつに対して誘うことも考えられそうだな。
それなのに、俺のところに来た。しかも観察もしたと言っていた。だとすると案外こいつは、不安なのかもしれない。
「それなのに! こんなに可愛いボクの誘いを断るだなんて……先輩、正気ですか? こんなチャンスそうそうありませんよ?」
そうして蔵良にやれやれと言った様子で、ため息をつかれる。
……こいつのこういう性格はすごくウザいが。さっきの思わせぶりな態度。あの恥ずかしがり方は本当のものだった。今のこいつは、素も入っているだろうが、虚勢も多分に含まれているだろう。
蔵良は言っていた。頼れる人を探した、と。それはつまり、あいつが思う人間の中で、相談できる相手がいなかったということ。たぶん……悩んでいたことなんだと思う。
「ボクは女装して出かけるなんて日常的にしています。休日の駅前とか、よく歩いてますよ? そのときだって男の視線を釘付けにしてますし、ナンパだってされてるんです! そんなボクと一緒に歩けば、自慢できますよ!」
蔵良は何やら強い口調で言う。
男と歩いて、何を自慢できるのか。たとえ、周りから男女のカップルだと思われていたとしても、周りから刺さってくる冷たい視線は、唯愛とのデートで嫌と言うほど感じた。いや、普通に嫌だ。そんなもの受けたくない。
「しかもなんと! ボクが女装しているだなんて知っているのは、他に誰も居ません! デートだってまだ一度もしたことがありません! ボクの貴重な初めてを手に入れることができるんですよ!」
変な言い方すんなよ。気分悪くなるだろうが。
でも……やっぱりか。蔵良は俺に……初めて打ち明けたんだ。自分のことを。
俺は……知っている。自分を打ち明けた時、周りから受け入れられなかったときの結末を。そんな経験を持った人が、俺の周りにいたから。……利莉花。
蔵良もそうだ。きっと、そのことが頭の中でちらついて誰にも話せないでいた。本当の自分でいられなかったんだ。
今こうして必死に俺を説得しているのも、自分というプライド。そして、拒絶されることへの不安からだろう。だったら俺は……この真剣に応えるべきなんだ。
「だから……えっとその」
「……うけてやるよ。デート」
未だ何か他に言う事がないのか探そうとする蔵良に、俺は呟くように答える。すると、蔵良は暗かった顔を明るくさせて俺の顔を見る。
「!? ほ、本当ですか?」
「ああ」
「で、でもいきなりどうして? 何か裏があるんじゃ……。っは! そうか! ついに先輩もボクの魅力に気づいて……!」
それはない。でも、今はむしろそう思ってくれていたほうが話を進めやすいか。けど……
「はぁ……」
「? どうしたんですか、ため息なんてついて?」
「これは、本当俺の周りには普通のやつっていないなってため息だ」
返しの言葉に蔵良はまた「?」を浮かべていたが、気にせず続けた。
「とにかく、引き受けはする。蔵良の要望にも従うつもりだ。だから日程とか、待ち合わせ場所とか。どうしたいのか全部教えてくれ」
俺が要領よくたずねたいことすべてを一度に聞くと「え? あ、はい!」と、一つ一つ教えてくれた。
次の土曜日に、駅前で11時集合か……。要望自体はとにかくデートらしく……と。後はその日にあったら言うってことで俺も了承した。
「あ、それとこっちから一つだけ条件。そのデートが終わったら、現代文化研究部に入れ。いいな?」
「はい。それくらいならいいですよ」
よし。これで全部の準備は終了だな。
「じゃあ先輩! 楽しみにしてますね!」
蔵良はそう言って、俺に向かって手を振りながら去って行った。俺はと言うと、それを見届けた後、一人ため息を吐く。
これで、蔵良は来週からは部活に顔を出すことになる。あそこにいるやつらなら全員、蔵良のことを受け止めることはできるだろう。
にしても、先輩……か。後輩なんて今までいなかったな。中学の時も合わせて、ずっと部活なんてしてきてなかったし、今入っている部もあんなのだったし、できるとも思ってなかった。先輩って呼ばれて、あんな風に頼られて。俺のほうも嬉しい部分があるな。
でも、俺ができるのはほんの小さなこと。助けるなんて大袈裟なものじゃない。俺はただ――
「お前らしく居られる場所を与えるだけだ」
蔵良がどうするのか。決めるのは全部、蔵良自身。
大変かもしれないけど――本当のお前をみせてくれ。
(…………いや、おかしいだろ)
急に冷静になった。まず、普通に考えて蹂躙される前に逃げれるし。ここで死ぬはずないだろ。知らない方が幸せだったのはその通りだが。どんだけ取り乱していたんだよ。
ともかく、これは断ろう。デートなんて……しかも男となんてやりたかない。さっさと済ませて、こんなおかしなやつとはおさらばだ。
俺がそう考えて口にしようとしたところで、蔵良は慌てように口早で言った。
「あ、でも勘違いしないでくださいよ、先輩!」
勘違いってなんだよ。もう十分にそんなものはした。これ以上何を間違っているというんだ。
実はお前がツンデレ属性を秘めているってことか? ははは。俺にはどうでもいいわ!
そんな一人のり突っ込みも虚しく、蔵良は続けた。(まず心の中でのことだから聞こえてない)
「ボクは別に先輩が好きだからとかそう言う理由で頼んでいるんじゃありませんからね!」
「…………」
あまりのことに言葉を失う。待て待て。ちょっと……これはどういうことだ? 超展開に次ぐ超展開で頭がオーバーヒートしそうなんだが。え、つまり――
「え? ……じゃ、じゃあお前って同性愛者じゃない?」
「当然ですよ。ボクは男と付き合ったりなんてしません。それなら普通に女子のほうがいいです」
未だ上気した頬をしたままの蔵良だが、そこはそう胸を張って答えてくる。じゃあなんだ。今までの考えていたことは全部、勘違い?
(よかったー……)
心の中で深いため息をつく。そりゃそうだよな。あんな透みたいなやつはそうそういるはずがないんだ。当然だろう。
俺だってわかっていたはずだ。
ただこれもそれも全部、こいつのせいだ。頬を赤らめたり、思わせぶりな態度を取りやがって。もっと普通に頼め。むしろ、なんであんなに恥ずかしがっていたんだよ。いや、待てよ……。
「ん? じゃあなんで、デートなんてするんだ? しかも俺と」
そう、蔵良が言ったのはデートだ。それに付き合ってくれと。そう言った。頼みごとの内容自体は何も変わってはいないんだ。
そして、こいつがホモでないとわかった今、それをする理由が見当たらない。
それに、俺の中の変態センサーが鳴ったのも事実。こいつもまた何かしらの変態であることには変わりはないのだ。
俺の問いかけに蔵良は待ってましたとばかりに、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ……それはですね。先輩が現代文化研究部の活動部員だからです!」
ああ……。まさか……部活がらみだったとは。盲点だった。
でも何となく想像がついてきたぞ。頭の中でピースがかちりと合わさっていく。
「先輩は知っているか分からないですけど、あの部には噂があるんです。活動している人間は全員……変態だと!」
なんかもう、懐かしく感じてくるフレーズだな、それ。利莉花が入部した時以来だ。もう言われて完全に受け入れてたし、驚きでも何でもないけど。
でもだとするとやっぱり、こいつも利莉花の時と同じ。『類は友を呼ぶ』のパターンか。何故、あの中で唯一普通な俺を呼び出したのかは謎だが、少し納得はいった。
まぁ、まだそれとデートの関係性とか疑問は尽きないが……それはこの後の話を聞いていればわかることか。
俺は黙って蔵良の次の言葉に耳を傾ける。
「さらに、それを聞いてボクは先輩たちの行動を少し観察しました。そしてある結論に行きついたんです」
そこまで言って蔵良は一拍おいてから、強調するように答えた。
「あの変態だらけの部の中心人物……それが先輩あなただということです!」
「……はぁ~?」
俺はそれにいかにも頭の悪そうな、間延びした声を出す。何故なら、それは予想外も予想外。
どうしたらそうなるのかわからないほどの意味不明な言葉だったからだ。
驚く俺をよそに蔵良は続ける。
「みんな先輩を中心に集まっていました。そこにはきっと何か意味があるはず! ボクはそう思って先輩に興味を持ち、そして今こうして先輩を呼び出したわけです。それに頼るなら中心の人のほうがいいとも思いましたから」
蔵良はなぜか自信満々にそう語る。
いや、確かに俺も頼るなら一番中心の人物にはするが。それは俺じゃないだろ。全く持って遺憾だが、一度考えてみる。
透……は俺が目当てで部に入ってきたな。
絵夢……も俺がいたからだよな。
関羽……は知らん。 なんか勝手に増えていたやつだ。
伊久留とは一緒に立ち上げた存在だし。利莉花は……どうなんだ? 今でこそ、伊久留がいることが目的だろうが、最初は変態ばかりのメンツがいるこの部にきただけだろうし。
やはり、考えてみたがそうでもない。しかし、なんとなく分かった。むしろ逆だったんだ。俺が普通だから選ばれたんだ。
まずあの部には常識人と呼べるやつがほとんどいない。さらに、全員が一癖も二癖もあるような連中だ。そりゃ会うなら、俺のような人間からを選ぶだろう。
さらに、さっきは『俺の視点』で考えてみたが、『他のやつらの視点』で考えた時の差でわかった。俺とそれなりに密接にかかわっているのは、絵夢と、透、伊久留。そして、利莉花もなんだかんだで仲は良い。最近だと伊久留はアレだけど。休み時間にやってきたりするくらいだったし。
それに比べ、俺を抜きにすれば絵夢はアホ担当の関羽くらい。透は、関羽、たまに伊久留と利莉花。関羽は絵夢と透。伊久留は利莉花だけ。
こうやって並べると、案外みんな少ない。そしてこの中だと中心っぽいのは俺か透になる。
そして、こいつがさっきの言葉を信じれば、相手がホモのやつを呼ぶはずがなくなる。つまりは消去法的には中心だったのだ。納得した。
(しかし、俺が中心だなんて……)
それじゃまるで、俺が一番の変態みたいな言い方じゃないか。
保護者的意味ならまだ……うん。やっぱり嫌だ。あいつらみたいな変態の面倒なんてみたくない。
「それで先輩! ボクの頼み……引き受けてくれますか?」
蔵良のその言葉に、深い思考から解き放たれる。そういえば、なんか頼まれていたんだったな。頭の中で話題がどんどんとそれていって忘れていた。
にしても、男から上目づかいとかされても、気持ち悪いって感想しか出てこないな。
まぁ、結論自体はさっきと何も変わらない。俺は蔵良に目を向けると、その答えを口にした。
「嫌だ」
「な、なんでですか!?」
むしろ、なんで驚くんだ。誰でも断るだろ。お前、男だし。俺、男だし。
それに、デートする理由もわかってない。疑問が残ったままだ。……そうだな。この際だ。疑問は全部、解消しよう。
そうして、蔵良に質問する。
「大体、デートでなんで男を誘うんだよ。お前も言ったように女のほうがいいんだろ? だったら俺に頼むのはお門違いだ。それに、リーダーというなら部長である伊久留に話すべきことだろ、それは」
「部長であることとかは一切関係ないです。さっきもいいましたけど、リーダーではなく一番頼りがいのある人でないといけませんから」
頼りがいか……。伊久留は……あるように見えなくもないんだがな。不思議すぎる存在だもんな。近くにいる俺でさえそうだ。他人からしたら、もっとよくわかんない存在だよな。
……うん。自分で言っておいて、伊久留はないわ。
「それに、今回に限っては相手は女性ではダメなんですよ。だって、デートするときにはボクは女装するんですから!」
……なるほど、よくわかった。こいつがどんな変態なのかが。いや、今のところは二択だな。
「お前は、女装趣味なのか。それとも女性に憧れているのか……どっちだ?」
俺は面倒なので、直接的に投げかける。すると蔵良は不思議そうな様子で答えた。
「ボクが? 憧れる? あははっ! ありえないですよ! そんなの。だって――」
そこで蔵良は自らの顔へ人差し指を立てる。
「この世界で一番かわいいのはボクっていう存在なんですから」
蔵良はさも当然であることのように語った。
俺は特にそれに関しては反応も示さずに、(したら面倒なことになりそうだったから)返す。
「じゃあ女装癖なんだな」
「女装癖だなんて……言い方悪いですよ? ボクはただ、男である自分が女装することでさらに可愛く輝いている自分が大好きなだけです!」
なるほどな。自分大好き女装人間か……生粋の変態だな。
だが、よくわかった。こんなの、変態であるこっち側の人間以外には話せないわな。俺を選んだ理由はここにあったんだな。
いやしかし、こいつなら……ここまでの自分自身に自信の溢れたやつなら、普通のやつに対して誘うことも考えられそうだな。
それなのに、俺のところに来た。しかも観察もしたと言っていた。だとすると案外こいつは、不安なのかもしれない。
「それなのに! こんなに可愛いボクの誘いを断るだなんて……先輩、正気ですか? こんなチャンスそうそうありませんよ?」
そうして蔵良にやれやれと言った様子で、ため息をつかれる。
……こいつのこういう性格はすごくウザいが。さっきの思わせぶりな態度。あの恥ずかしがり方は本当のものだった。今のこいつは、素も入っているだろうが、虚勢も多分に含まれているだろう。
蔵良は言っていた。頼れる人を探した、と。それはつまり、あいつが思う人間の中で、相談できる相手がいなかったということ。たぶん……悩んでいたことなんだと思う。
「ボクは女装して出かけるなんて日常的にしています。休日の駅前とか、よく歩いてますよ? そのときだって男の視線を釘付けにしてますし、ナンパだってされてるんです! そんなボクと一緒に歩けば、自慢できますよ!」
蔵良は何やら強い口調で言う。
男と歩いて、何を自慢できるのか。たとえ、周りから男女のカップルだと思われていたとしても、周りから刺さってくる冷たい視線は、唯愛とのデートで嫌と言うほど感じた。いや、普通に嫌だ。そんなもの受けたくない。
「しかもなんと! ボクが女装しているだなんて知っているのは、他に誰も居ません! デートだってまだ一度もしたことがありません! ボクの貴重な初めてを手に入れることができるんですよ!」
変な言い方すんなよ。気分悪くなるだろうが。
でも……やっぱりか。蔵良は俺に……初めて打ち明けたんだ。自分のことを。
俺は……知っている。自分を打ち明けた時、周りから受け入れられなかったときの結末を。そんな経験を持った人が、俺の周りにいたから。……利莉花。
蔵良もそうだ。きっと、そのことが頭の中でちらついて誰にも話せないでいた。本当の自分でいられなかったんだ。
今こうして必死に俺を説得しているのも、自分というプライド。そして、拒絶されることへの不安からだろう。だったら俺は……この真剣に応えるべきなんだ。
「だから……えっとその」
「……うけてやるよ。デート」
未だ何か他に言う事がないのか探そうとする蔵良に、俺は呟くように答える。すると、蔵良は暗かった顔を明るくさせて俺の顔を見る。
「!? ほ、本当ですか?」
「ああ」
「で、でもいきなりどうして? 何か裏があるんじゃ……。っは! そうか! ついに先輩もボクの魅力に気づいて……!」
それはない。でも、今はむしろそう思ってくれていたほうが話を進めやすいか。けど……
「はぁ……」
「? どうしたんですか、ため息なんてついて?」
「これは、本当俺の周りには普通のやつっていないなってため息だ」
返しの言葉に蔵良はまた「?」を浮かべていたが、気にせず続けた。
「とにかく、引き受けはする。蔵良の要望にも従うつもりだ。だから日程とか、待ち合わせ場所とか。どうしたいのか全部教えてくれ」
俺が要領よくたずねたいことすべてを一度に聞くと「え? あ、はい!」と、一つ一つ教えてくれた。
次の土曜日に、駅前で11時集合か……。要望自体はとにかくデートらしく……と。後はその日にあったら言うってことで俺も了承した。
「あ、それとこっちから一つだけ条件。そのデートが終わったら、現代文化研究部に入れ。いいな?」
「はい。それくらいならいいですよ」
よし。これで全部の準備は終了だな。
「じゃあ先輩! 楽しみにしてますね!」
蔵良はそう言って、俺に向かって手を振りながら去って行った。俺はと言うと、それを見届けた後、一人ため息を吐く。
これで、蔵良は来週からは部活に顔を出すことになる。あそこにいるやつらなら全員、蔵良のことを受け止めることはできるだろう。
にしても、先輩……か。後輩なんて今までいなかったな。中学の時も合わせて、ずっと部活なんてしてきてなかったし、今入っている部もあんなのだったし、できるとも思ってなかった。先輩って呼ばれて、あんな風に頼られて。俺のほうも嬉しい部分があるな。
でも、俺ができるのはほんの小さなこと。助けるなんて大袈裟なものじゃない。俺はただ――
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