【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)

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番外編⑨:近衛騎士団長は王族の青年に愛される【再会】

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 夜の闇の中、私は崖に向かって馬を走らせる。
 遠くに、松明の明かりが見える。
 捜索隊だ。

「リナルド様!」

 私の声が、暗闇に響いた。
 答えは、返ってこない。

 いや、まだだ。
 まだ、諦めるわけにはいかない。

 私は馬から飛び降り、崖を見下ろす。
 下方に突き出た枝があり、何かが引っかかっているのが見える。

 ——あれは。

 私がリナルド様に差し上げた木彫りの熊だった。
 木にロープを括り付けて崖を滑り降り、その木彫りの熊を拾い上げる。

 小さな木彫りは、十年の歳月を経て、摩擦で表面が滑らかになっていた。
 ずっと、持ち歩いていてくださったのだ。
 胸が、熱くなる。

「リナルド様……」

 呟きながら、それを胸に押し当てた。
 そしてもう一度、大声を張り上げ、名前を呼んだ。

「リナルド様!」

「……ガル、ディア……?」

 かすかな、聞き覚えのある声が、風に乗って聞こえた。

 私はそこからさらにロープを伝って崖を降りて行った。

 そこは、樹に覆われ、月明りも届かぬ森であった。
 それでも、藪を剣で切り裂きながら、辺りを歩き回る。

 そこに、突如黒い生き物が私を襲い掛かった。
 慌ててそれを薙ぎ払う。

 目を凝らしてみると、複数の赤い目が光っていた。
 
 狼の群れだ。

 じりっ、と一歩後退し、背中を樹木に預ける。
 途端に、三匹の狼が飛びかかってきた。

 首、腹、脚。
 確実に私を仕留めようとしてきている。
 私は、横に身体をずらしながら、まずは一匹、首を狙ってきていたオオカミに向かって身を乗り出し、剣で突き刺した。

「キャインッ――!」

 一匹のオオカミは悲鳴を上げて後ろに下がる。
 残りの二匹はひるむことなく、そのまま飛びかかってきている。

 私は、剣を持たぬ腕を差し出しながら、足元の狼を仕留めた。

 その腕をわざと狼に狙わせて、腹を守り、必要最小限の被害でかわすことにしたのだ。

 腕に噛みつかれる——そう思った瞬間。

 周囲が炎に包まれた。
 だが、私の周りだけ、炎の熱が来ない。

 この気配。
 この魔力の暖かさは——

「リナルド様!」

 私は、思わず後ろを振り向く。
 すると、そこには記憶にあるリナルド様よりも背が高く、立派な青年が現れた。

 炎の明かりが、その姿を照らし出す。
 白銀の髪は変わらず、しかしあどけなさなど微塵も感じさせない精悍な顔立ちへと変わっていた。
 私を見下ろすアメジストの瞳は、かつてより深く、そして切なげに揺れていた。

「ガルディア。無事?」

 その声は、少年の者より低く、けれどかわらず温かかった。

 リナルド様だ。
 腹部から血を流し、顔色が悪い。
 それでも、生きている。
 生きて、私を見つめているのだ。

 よかった。
 生きていてくださった。
 
 その時、炎を免れた一匹のオオカミが、私の背後を狙って飛びかかってくる。
 途端に、リナルド様が私を引き寄せ、狼を倒した。

 気づけば、私はリナルド様の腕の中にいた。

 ライムのようなさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。
 いつの間にか、私よりも背が伸び、かつて私が守っていた小さな身体は、いまや私を包み込むほどに力強い。

 心臓が、激しく脈打つ。
 オオカミとの戦いのせいではない。

 すでに、狼の気配は消え、静寂が戻っていた。
 炎で私たちの周囲の木々が燃えたことで、月明りが私たちを包む。

 見上げると、そこにはアメジスト色の瞳が輝いていた。

「リナルド様っ! ご無事で……よくぞ……」

 言葉が詰まり、何も言葉にならない。
 リナルド様は思わずこぼれた私の涙を、指で拭ってくださる。

「うん。馬車から放り投げられてしまって今まで意識を失ってしまっていたみたいだ。
 心配かけたね」

 そういうリナルド様は、以前と変わらず温かな瞳で私を見つめていた。

「ガルディア、ただいま」

「っ……! おかえりなさいませ、リナルド様」

 思わず抱きしめてしまうと、リナルド様の顔が歪む。
 慌てて離れてリナルド様の全身を見つめると、腹部から未だに出血しているのが見えた。

 慌てて自分の服を切り裂き、止血をする。

「すまない……しくじった。
 でも、大丈夫だ。それよりガルディア……」

 リナルド様は私の顔をじっと見つめ、微笑んだ。

「三年ぶりだね。
 元気な顔を……見せて」

 リナルド様はじっと私を見つめ、微笑む。

「あぁ、ガルディアだ。元気だった?
 少し痩せたんじゃないか?
 無理はしてない?
 私は、やっと帰ってこれたんだな」
 そう言った後、リナルド様は意識を失ってしまった。

「リナルド様っ……!」


 このままここにいては、また森の生き物に狙われる可能性がある。
 意識を失ったリナルド様を必死に抱え、私は森の開けた場所まで運び出した。
 松明の光が遠くで揺れ、捜索隊の声が聞こえてくる。

「もう大丈夫です、リナルド様……もう……」

 腕の中で意識を失った青年の体は、かつての少年よりもずっと重い。
 けれど、その重みがたまらなく愛おしい。

 リナルド様が崖崩れに巻き込まれたと聞いたとき、どれほど恐ろしかったか。
 もし、もう二度と会えなかったらと思うと、胸が張り裂けそうだった。

 その時、腕の中のリナルド様が微かに指を動かした。

「……ん、ガル……ディア……は怪我……してない?」

 かすれた声が、確かに私の名を呼ぶ。

 私の息が止まった。

「リナルド様……!?」

 閉じられたままのリナルド様のまぶた。
 声にならない声が紛れもなく“私の名”を呟いていた。

 どうして——。

 あなたは、どうしてこんな状態でも、私を呼ぶのですか。

 胸が痛い。
 熱くて、苦しくて、今にも壊れそうだった。

「……リナルド様……ずいぶん成長なされましたね…」

 私の震える声が、夜の空気に溶けた。
 自分の口から出た言葉に、私自身が驚く。

 違う。
 本当は、もっと言いたいことがあるのだ。
 
 会いたかった。
 三年間、ずっと。
 手紙も出せず、ただあなたの無事を祈ることしかできなかった。

 あなたがいない世界は、色を失っていた。

 そして今、こうしてあなたを抱きしめている。
 生きて、温かくて、確かに存在している。

 この方が生きていてくださるだけで、世界が光を取り戻すのだ。

 私は、リナルド様の額にそっと額を寄せた。

「どうか……どうか、目を開けてください。
 私だと……わかってください……」

 返事はない。
 けれど、その胸は確かに上下していた。

 生きている。
 それだけで、涙が溢れた。

「ガルディア!!」

 捜索隊と殿下が駆け寄ってくる声がした。
 私はゆっくりと顔を上げ、震える声で叫んだ。

「——リナルド様は、こちらです!」

 殿下は息を呑み、そして少しだけ安堵した表情を浮かべた。
 エリゼオ様は胸を押さえて涙ぐんでいる。

 捜索隊が駆け寄り、医療班がリナルド様に駆け寄る。
 私の腕から、リナルド様の身体が離される。

 その瞬間、腕の中がひどく冷たくなった。

 殿下が私の肩に手を置く。

「ガルディア。よくやった。
 ……君のそんな顔、初めて見たよ」

「殿下……?」

「いつだって冷静でいる君の必死な顔を、私は知らなかった。
 いい顔してるね」

 殿下は優しく微笑み、そして医療班の方へ歩いて行かれた。

 私は、その場に膝をついた。

 手の中には、木彫りの熊。
 十年以上の思い出がよみがえる。

 私が抱き上げると、頬にキスをした幼いリナルド様。
 私とともに剣を交えるようになったリナルド様。
 私を見かけただけで、柔らかく微笑むあの顔は、少しずつ成長し、大人びてきた。
 同時に少しずつ二人の距離が開き、寂しく感じるようになったのは、いつからだろうか。

 はじめはただの庇護欲や敬愛であった。
 それがいつの間にか。
 私の人生になくてはならない存在になってしまった。
 何かきっかけがあったわけではない。
 けれど、いつの間にかリナルド様をお慕いするようになってしまったのだ。

 それは、夜中に降り積もる雪のように、静かに、けれど確実に。
 深く自分の心に降り積もっていた想いだった。

「リナルド様、愛しています」

 言葉にすると、もうそれ以外は何も考えられなかった。


 十三年間かけて、やっと出した答えだった。



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