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番外編⑧:近衛騎士団長は王族の青年に愛される【リナルド様の危機】
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リナルド様がストラウス国に留学されている三年間。
一度たりとも帰国なされなかった。
フィルベルト殿下やエリゼオ様には、こまめに手紙が届いているらしい。
元気に学ばれているとエリゼオ様は仰っていた。
……私には一通の便りもない。
いや、何を期待していたのだ。
そんなの当たり前ではないか。
私は、ただの近衛騎士。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう、あの日きつく釘を刺されたではないか。
それなのに、連絡がないという事実は、ひどく私の胸を塞ぎこませる。
リナルド様は、きっとシャルロット様と親しくお過ごしになっておられる。
私など、もう思い出しもしないのだろう。
そんなことを思いながら、リナルド様に頂いた絵に触れた。
幼い頃、ぎこちなくも私を想って描いてくださった絵。
それを見つめるだけで、私の心の痛みは和らぐのだ。
そして今日もまた、私は机に向かい、何度目か分からない手紙を書きかけていた。
『リナルド様
ご留学の地でも、どうかご健勝であられますように。
僭越ながら、王宮では——』
筆が止まる。
王宮では、何だ?
「変わりなく」?
「皆様がお待ちしております」?
違う。
本当に書きたいのは、そんなことではない。
『お元気ですか』
『寂しいです』
『会いたいです』
そんな言葉が、喉まで出かかっては飲み込まれる。
私に、そんなことを言う資格などない。
私は紙を折り、破った。
同じように破られた紙片が、机の引き出しに幾重にも積もっていく。
こんなことをしても、意味はない。
私はただの近衞騎士。
リナルド様の幼き頃、仲良くさせていただいただけの存在だ。
今、リナルド様の周囲には私よりもふさわしい者が大勢いる。
いつまでも過去にすがるなど、リナルド様には迷惑だ。
そう言い聞かせていた。
そして今日。
成人とされる十八歳になられたリナルド様は、三年間の留学を終え、ついに帰国なさる日を迎えた。
私は、落ち着かない気持ちを隠し、殿下とエリゼオ様の護衛についていたつもりだった。
それなのに、エリゼオ様がクスリと笑う。
「ガルディアが護衛をしているのに、置物じゃないなんて珍しいね。
リナルドが帰ってくるんだから仕方ないか」
「な、なにを! 私は常に冷静で……!」
珍しくあわてた私を見て、エリゼオ様はさらに笑い、殿下まで無邪気に言葉を重ねる。
「ガルディアがこんなに焦るなんてねえ。
リナルドのこととなると、ほんと、ガルディアの表情が変わるんだもん」
「エリゼオ。あまりからかってやるな。きっとガルディアの初恋だ。
しかたないだろう」
殿下のその言葉がさらに私に動揺を与える。
初恋?
なんのことだ。
私は、職務に生きると決めたのだ。
私がリナルド様に抱いているのは、忠誠心であり、親愛の情だ。
それ以上の感情は許されない。
——では、なぜこんなにも苦しいのだ。
三年間、一通の手紙も届かないことが、こんなにも辛いのは。
私は慌てて話題を逸らす。
「——お二人とも、私で戯れるのはおやめください。
殿下。エリゼオ様の襟につけていた録音機が床に落ちております」
「えっ、また録音!? つけたいなら言ってよ……そしたらさ、俺だってやだって言わないんだからね」
エリゼオ様はそう言いながら、殿下の首に腕を回していた。
「エリゼオっ! ありがとう。では毎日——」
「えっ、毎日? さすがにそれは……」
「私に隠し事があるのかい? そんな悲しいことをしないでくれないか。
私は、君のことは何でも知っておきたいんだ」
「もうっ、フィンったら。相変わらず俺のことが好きなんだから。
俺もフィンが大好きだっ!」
それからの二人は、私の存在など忘れて、二人の世界だ。
結婚されて十年以上たつが、相変わらずこのお二人は仲がよろしい。
それは何よりだ。
だが、その和やかな時間は突然終わりを告げた。
日が沈みかけたころ、帰国予定の時間をとうに過ぎても、リナルド様は現れなかった。
胸の奥に嫌な予感が広がる。
その時だった。
「緊急の伝令です!」
息を切らせた兵が駆け込んできた。
「ストラウス国との国境、クレスト峠にて、リナルド殿下の御馬車が落石に巻き込まれました!
崖下へ転落した可能性が高く、現在、総出で捜索を行っておりますが――」
「なんだと!?」
「リナルドが——?」
殿下とエリゼオ様の表情が蒼ざめる。
兵の言葉を最後まで聞く前に、私は動いていた。
「ガルディア!」
殿下の声が、背中に届く。
だが、もう止まれなかった。
馬を引き寄せ、鞍に飛び乗る。
護衛の制止も、エリゼオ様の呼びかけも、耳には届かない。
ただ一つの想いだけが、私を突き動かしていた。
リナルド様。
どうか。どうか、ご無事で。
風を切って走る。
胸の鼓動が、馬の蹄の音と重なる。
あなたのためなら、私は何度でも命を捧げる。
チェネレントの女神よ。
どうか。どうか、リナルド様をお守りください。
リナルド様はこの国にとって、大切な存在です。
——違う。
あなたが生きていてくださるなら、それでいい。
国のためでも、職務のためでもない。
ただ、あなたに生きていてほしい。
他に何もいらないのだ。
一度たりとも帰国なされなかった。
フィルベルト殿下やエリゼオ様には、こまめに手紙が届いているらしい。
元気に学ばれているとエリゼオ様は仰っていた。
……私には一通の便りもない。
いや、何を期待していたのだ。
そんなの当たり前ではないか。
私は、ただの近衛騎士。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう、あの日きつく釘を刺されたではないか。
それなのに、連絡がないという事実は、ひどく私の胸を塞ぎこませる。
リナルド様は、きっとシャルロット様と親しくお過ごしになっておられる。
私など、もう思い出しもしないのだろう。
そんなことを思いながら、リナルド様に頂いた絵に触れた。
幼い頃、ぎこちなくも私を想って描いてくださった絵。
それを見つめるだけで、私の心の痛みは和らぐのだ。
そして今日もまた、私は机に向かい、何度目か分からない手紙を書きかけていた。
『リナルド様
ご留学の地でも、どうかご健勝であられますように。
僭越ながら、王宮では——』
筆が止まる。
王宮では、何だ?
「変わりなく」?
「皆様がお待ちしております」?
違う。
本当に書きたいのは、そんなことではない。
『お元気ですか』
『寂しいです』
『会いたいです』
そんな言葉が、喉まで出かかっては飲み込まれる。
私に、そんなことを言う資格などない。
私は紙を折り、破った。
同じように破られた紙片が、机の引き出しに幾重にも積もっていく。
こんなことをしても、意味はない。
私はただの近衞騎士。
リナルド様の幼き頃、仲良くさせていただいただけの存在だ。
今、リナルド様の周囲には私よりもふさわしい者が大勢いる。
いつまでも過去にすがるなど、リナルド様には迷惑だ。
そう言い聞かせていた。
そして今日。
成人とされる十八歳になられたリナルド様は、三年間の留学を終え、ついに帰国なさる日を迎えた。
私は、落ち着かない気持ちを隠し、殿下とエリゼオ様の護衛についていたつもりだった。
それなのに、エリゼオ様がクスリと笑う。
「ガルディアが護衛をしているのに、置物じゃないなんて珍しいね。
リナルドが帰ってくるんだから仕方ないか」
「な、なにを! 私は常に冷静で……!」
珍しくあわてた私を見て、エリゼオ様はさらに笑い、殿下まで無邪気に言葉を重ねる。
「ガルディアがこんなに焦るなんてねえ。
リナルドのこととなると、ほんと、ガルディアの表情が変わるんだもん」
「エリゼオ。あまりからかってやるな。きっとガルディアの初恋だ。
しかたないだろう」
殿下のその言葉がさらに私に動揺を与える。
初恋?
なんのことだ。
私は、職務に生きると決めたのだ。
私がリナルド様に抱いているのは、忠誠心であり、親愛の情だ。
それ以上の感情は許されない。
——では、なぜこんなにも苦しいのだ。
三年間、一通の手紙も届かないことが、こんなにも辛いのは。
私は慌てて話題を逸らす。
「——お二人とも、私で戯れるのはおやめください。
殿下。エリゼオ様の襟につけていた録音機が床に落ちております」
「えっ、また録音!? つけたいなら言ってよ……そしたらさ、俺だってやだって言わないんだからね」
エリゼオ様はそう言いながら、殿下の首に腕を回していた。
「エリゼオっ! ありがとう。では毎日——」
「えっ、毎日? さすがにそれは……」
「私に隠し事があるのかい? そんな悲しいことをしないでくれないか。
私は、君のことは何でも知っておきたいんだ」
「もうっ、フィンったら。相変わらず俺のことが好きなんだから。
俺もフィンが大好きだっ!」
それからの二人は、私の存在など忘れて、二人の世界だ。
結婚されて十年以上たつが、相変わらずこのお二人は仲がよろしい。
それは何よりだ。
だが、その和やかな時間は突然終わりを告げた。
日が沈みかけたころ、帰国予定の時間をとうに過ぎても、リナルド様は現れなかった。
胸の奥に嫌な予感が広がる。
その時だった。
「緊急の伝令です!」
息を切らせた兵が駆け込んできた。
「ストラウス国との国境、クレスト峠にて、リナルド殿下の御馬車が落石に巻き込まれました!
崖下へ転落した可能性が高く、現在、総出で捜索を行っておりますが――」
「なんだと!?」
「リナルドが——?」
殿下とエリゼオ様の表情が蒼ざめる。
兵の言葉を最後まで聞く前に、私は動いていた。
「ガルディア!」
殿下の声が、背中に届く。
だが、もう止まれなかった。
馬を引き寄せ、鞍に飛び乗る。
護衛の制止も、エリゼオ様の呼びかけも、耳には届かない。
ただ一つの想いだけが、私を突き動かしていた。
リナルド様。
どうか。どうか、ご無事で。
風を切って走る。
胸の鼓動が、馬の蹄の音と重なる。
あなたのためなら、私は何度でも命を捧げる。
チェネレントの女神よ。
どうか。どうか、リナルド様をお守りください。
リナルド様はこの国にとって、大切な存在です。
——違う。
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