心はニンゲン体はワンワン、その名も名警察犬ヨシオ

まずい棒

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 間宮社長から返信が来たのは夜の7時を回ったところだった。

 「うーん、間宮工場で8時に待ち合わせ、か。急ね。まるでせかしてるみたい」

 家から工場まで50分はかかる。今すぐでなければ間に合わないだろう。
 だがしかし。我輩はここから動きたくないのである。なぜならば、待望の骨付きジャーキーを楽しんでいる最中だからだ!

 「ほら、いくよヨシオ! 女の子を1人で行かせるき?」

 「……ワフ?(……女の子?)」

 「なによ。せっかく骨付きジャーキー買ってあげたのに。もうこれからは抜きだよ!」

 我輩は全力で腹をみせ降伏のポーズをとった。
 奈々枝はいつだって女の子である。

 いつものスクーターで1人と1匹。法定速度を遵守して間宮製菓の工場へと到着した。
 四角い形をした工場は、ゴリラチョコの甘い匂いで充満していた。
 吉武を追っている時に漂った甘い匂いは、ゴリラチョコ特有の香りだったのか。   

 年季のある生産工場とは別に建てられている事務所へと我輩たちは歩いていく。
 巨大な工場と違って事務所はこじんまりとしていた。
 
 「お待ちしておりました。夜分遅くに申し訳ありません」

 入り口の前ではスーツを着た間宮社長が立っていた。

 「いえ、こちらこそ無理を言ってすいません。今は、誘拐犯からの悪質な連絡は来ていないのでしょうか?」

 「ええ、そのことでご相談したいことがありまして。外は寒い。とりあえず中で話しましょう」

 間宮社長の後を付いていき、応接間へと案内された我輩たちはソファーに座る。
 湯気が立っているお茶を差し出され、奈々枝は頭を下げる。
 対面へと座った間宮社長の顔は強張っていた。白い眉をハの字に曲げて。

 「誘拐犯から新しい命令が届きました。内容は―――身代金300万円を用意しろとのことです」 

 「300万? 身代金にしては少額ですね」

 「はい、私としても払えない額ではないですからね。ただ一つ問題が」

 間宮社長の顔は苦々しい。

 「メディアに情報提供を行い、全国中継されているなかで身代金を渡せと……私としてはブランドイメージに影響が無いように事件を治めたかったのですが」

 「犯人は金が目的でなく間宮製菓の評判? でも、誘拐事件で騒がれたとしてもマイナスになることなんて……」

 犯人の突然な方針変更。こういう場合は犯人の考えが露骨に現れるものだ。なにか意図があるに違いない。名警察犬の勘がそう告げる。

 「とりあえず私としては誘拐犯の方針に従うつもりです。警察にも事情を話すつもりです」

 「それがいいと思います。しかし犯人は何を考えているんでしょうね。間宮さんを辱めたかったのか、それとも……」

 「さあ、私にはわかりません。わかりたくもないですね」

 言葉の節々に怒りが籠っていた。
 我輩は机に置いてある写真の存在に気がついた。間宮社長の孫だろうか。8歳くらいの可愛らしい少女が目隠しと腕を拘束された写真が写っていた。

 「ワン! ワワン! (奈々枝! 写真について聞き取りだ!)」

 「分かってるわよ。この写真は犯人が?」

 「私宛で昨日ポストに入っていました。この手紙と一緒に」

 渡された手紙はワープロで打たれており、特に気になる部分はない。
 間宮優奈は預かった、か。古典的な文である。 
 
 その後ある程度情報交換は終了した。
 間宮社長は警察への連絡の段取りを奈々枝に任せられ満足そうだ。
 いきなり110番で誘拐されたといってもなかなか話が進まないだろう。

 警察に連絡がいくなら交番勤務の奈々枝は役割を失う。聴取は受けるだろうがそれだけだ。それを理解しているのか奈々枝も肩の荷が下りた顔をしている。

 「私が力になれる事なんてもうあまりありませんが、無事に優奈ちゃんが戻ってくることを祈ってますね」

 「ありがとうございます。私も相談に乗っていただいて、気がだいぶ楽になりました」

 そう言って笑顔をみせた間宮社長だが、目は笑っていなかったのが印象的であった。







 「これでお役御免だねヨシオ。数々の難事件を解決してきた私達だけど、捜査一課の領分になったら手がだしづらいしね」  

 「ワウン(それな)」

 ベットの中でパジャマ姿の奈々枝が話しかけてくる。
 ピンクの花柄はなかなかに似合う。

 「それにしても変な事件だよね。犯人の行動に一貫性がないし、何が目的かもわからない。こういうの愉快犯っていうのかな」

 確かに楽しいという理由だけで犯罪を起こす者はいる、だがこの事件は強烈な意志が見え隠れしている。正直、このまま綺麗に事件が終わるとは思えない。

 そして我輩の予想通り、事件は思わぬ方向へ動き出す。







 『間宮製菓社長である間宮銀次郎氏が警視庁に逮捕されました。身代金誘拐事件は狂言であり、ニュースで話題になれば低迷する工場を助けられる。と、本人が自白したとの情報も入っております』

 テレビは連日、このニュースを取り扱っていた。
 社長が会社を救うために狂言誘拐を行ったというのは、ドラマの様な話であり大きな話題になったのだ。

 「人は見かけによらないってことなんすかねえ。誠実そうな人に見えたんすけど

 昼の交番には奈々枝と沖野、我輩が各々昼飯を食べていた。
 カップラーメンをすする沖野はテレビを見ながらしみじみ語る。
 から揚げ弁当を食べる奈々枝は不満そうだ。
 カリカリを食べる我輩はもっと不満だが。

 「おかしいわよ。あれが自作自演だったとしたら交番まで来て、変態行動する必要なんてなかったじゃない」

 「そういうのが趣味だったんじゃないすかね。ま、この事件で間宮製菓は止めを刺され倒産間近。会社を救おうとしたのに追い打ちかけちゃうなんて皮肉な話っすねえ」

 「業績悪化なんて初耳よ」

 「先月には原料の取引先と契約を切って、海外の安いメーカーと契約したそうっすよ。やっぱり世の中不景気なんすかねえ」

 その不景気の波が我輩の飯にも影響しているのだろうか。
 不満の一つでも言ってやらないと気が済まない。

 「ワオン!(給料日が終わったら結局カリカリか!)}

 「うるさいわね。我が家の家計はカツカツなの」

 奈々枝の無駄遣いが全ての原因である。
 我輩たちの会話を見て沖野が感心した顔をする。

 「相変わらず、大上先輩ってヨシオの言ってること分かってるみたいすよね。以心伝心ってやつすかね」

 「……まあね。まあ、長い付き合いだし?」
 
 「なんで疑問形なんすか」

 うるさいわね吉武のくせに生意気なのよ、と奈々枝はジャ〇アン顔負けの俺様理論を展開していた。
 我輩と奈々枝の関係は特別だ。
 あの日、我輩が犬の器に押し込められたとき。そして契約したときから我輩と奈々枝は繋がっている。だから我輩の言葉も分かるのだ。

 突然、奈々枝は最後のから揚げをほおばり立ち上がった。
 顔は決意に満ちている。

 「やっぱり納得いかない! ヨシオ、この事件捜査するよ。武蔵野市民の平和を守る私たちの出番なんだから!」

 「いや、これもう武蔵野の域を超えてるような?」

 「うるさい!」

 そう言って奈々枝は沖野のチャーシューを奪い取る。

 「あああ、最後の楽しみにとっておいたのにぃ~!」

 「情報を集めないと話にならないわ。行くわよ!」

 「くうん(沖野、どんまい)」

 そう言って我輩たちは自転車で動き出す。目指すはこの事件を担当している捜査一課だ。

 「巡査部長に怒られても知らないっすからね~!」

 奈々枝は当然、無視である。
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