心はニンゲン体はワンワン、その名も名警察犬ヨシオ

まずい棒

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 家の中へ入るとうす暗い雰囲気が漂っていた。
 報道関係者の視線を遮るためにカーテンは閉じられ、息を殺すかのように過ごしていたのだろう。
 廊下を曲がった角にある畳部屋。そこに間宮優奈の祖母が横たわっていた。
 
 「おばあちゃん、おじいちゃんが逮捕されて倒れちゃったの。みんなが……みんながおじいちゃんを責めるから」

 優奈は涙を精一杯我慢する。
 我輩は寄り添い、舐めてやる。
 くすぐったい、と優奈は少しだけ笑った。

 「優奈、お客さんかい?」

 「うん、警察の人。おじいちゃんの無実を証明してくれるって」

 「それは嬉しいね。お茶もだせないけど話せることがあるならいくらでも話しますよ」

 そう言って祖母は布団から上半身を起こす。
 奈々枝は我輩にアイコンタクトしてくる。優奈ちゃんの遊び相手になっといて、と。

 中身が人間の我輩が子供に媚びるなどプライドが許さぬが、今回は特別だ。
 尻尾を全力でフリフリし、キュイ~ンと媚び声まで出してやる。

 「わんわんカワイイ!」

 ふっ、我輩の魅力ならイチコロである。
 そんな我らを尻目に奈々枝は情報を集めていく。

 「最近、周囲で不審者などを見かけてはいませんか? 間宮さんの行動で気になったことなどでも。ちょっとした異常でもいいんです」

 「そうだねえ。会社の経営が苦しくなってきて、銀次郎さんは出ずっぱりだったからねえ。家にもほとんどいなかったよ」

 優奈の祖母は思い出そうと必死に頭を巡らせる。

 「そういえば家に一度だけ尋ねて来た人がいたね。経営が厳しくて昔からの契約を切ってしまったの。鳥居食品の社長だったわ。何度も考え直してくれって言われたんだけどね。うちも厳しくて……」

 「最近、不景気ですもんね……他に気になることは? なんでもいいんです!」

 優奈の祖母は黙って首を横に振った。
 間宮銀次郎の近辺に特別、怪しい人物は現れていない。
 このままでは八方ふさがりである。

 ある程度聞き終わった奈々枝は。優奈へと対象を変える。
 少女の相手をしている間に我輩の毛はボサボサになってしまった。これだから子供は恐ろしい。
 優奈は我輩を放そうとせず、そのまま話を聞くことになる。

 「誘拐されているときのことはあまり覚えてないの。ずっと目隠しされてたし、ご飯もスプーンで食べさせてもらったよ」

 「そっか。道を1人で歩いている時のことは?」

 「気づいたら林の中で1人で寝てたの。それで適当に歩いてたら警察の人に会ったの」

 手がかりは何もない。これだけ情報が無いと間宮銀次郎でも可能な誘拐となってしまう。
 このまま情報が得られないのは厳しいものがある。

 「あ、でも一つだけ覚えてる。目隠しして連れてきた人と到着した場所にあの匂いがしたの。おじいちゃんが作ってるゴリラチョコ。あれの匂いがとってもしたの」

 「え、それって……」

 奈々枝が危惧するとおり、ゴリラチョコの匂いが目立ったのは間宮銀次郎と間宮製菓の工場、だけである。 
 予想外の、狂言を立証する情報。我輩たちは窮地に立たされているといっても過言ではないだろう。
 これ以上得られるモノはない。
 そう判断した奈々枝は携帯の電話番号を書いた紙を、優奈の祖母に渡す。

 「何か困ったことが起きたら電話してください。いつでも駆けつけますからね!」

 「すまないねえ。どうか、銀次郎さんのことお願いします。あの人は嘘をつくような人じゃないんだよ……」

 悲しそうな顔をする祖母の背中を、優奈は優しく撫でている。
 この人たちの為にも間宮銀次郎の無実を証明しなけらばならない。
 奈々枝と我輩は新たに真犯人を捕まえる決意をした。 







 巡査長にたっぷりと怒られた後、我輩たちは家に帰宅。
 ソファーに座りながら事件について考えていた。

 「あ~もう、わかんない! 間宮さんに面会できたらいいのに……そしたら重要な証言を得られたかも」

 「わふ(無理言うな)」

 呆れた視線を奈々枝に送りながらも、我輩は思考を巡らしていた。
 間宮銀次郎は狂言を認め、自白している。
 もし仮に真犯人がいるとしたら何らかの理由で庇っている。もしくは脅されている可能性がある。
 そんな状況で面会に行ってもいい結果は得られないだろう。

 脅迫されていたという前提ならあの奇怪な行動にも納得がいく。
 犯人が恨みを持っていて、間宮銀次郎に恥をかかそうとしたからだ。そして世間の注目を集めさせ、狂言の自白を公開。間宮社長の評判は地に落ち、そして最大の財産である会社を傾かせる。
 
 ここまではいい。だが、ここまでなのだ。犯人へとたどる道はここで止まっている。
 何か、何かないのか。このままでは昔、名探偵と呼ばれた我輩の沽券に関わる。

 ふと、あの甘い匂いが漂ってきた。なぜこの家に?
 犯人はすぐにわかった。奈々枝がゴリラチョコをほおばっているのだ。
 こんな時でも食欲旺盛な飼い主である。

 「うーん、美味しい! やっぱこの味よね。糖分が疲れた脳みそに染みる~」

 「……わおん(……そりゃようござんした)」

 「あ、何よその顔。犬にチョコはダメなんだからね。あげないわよ」

 「ワンワン!(誰もそんなこと言ってないぞ!)」

 まったく、本当にこの飼い主にはほとほと困ったもんである。
 これで我輩の子孫なのであるから情けない話だ。

 「へー、ゴリラチョコの原材料って”ラズベリー”も入ってるんだ。だからあの甘い匂いがするのね」

 奈々枝は、ゴリラチョコの箱に書いてある裏面を見て1人で感心している。
 おい。そんなことを気にしてる場合か。
 呆れながらも釣られて我輩も成分記載されている所を見る。
 
 ―――その時、我輩の天才的な脳細胞に神が降臨した。

 あの特徴的な匂いを発する場所は間宮製菓の工場だけだと思っていた。だが、違ったのだ。
 ゴリラチョコの甘い匂いは原材料特有のもの。なら、その原材料を加工する工場はゴリラチョコと同じ匂いをしているはず。
 そしてそれを作っている者も。

 これでこの事件も解決である。我輩は奈々枝に自慢げな顔をして言ってやる。

 「ワン、ワワン!(奈々枝、犯人がわかったぞ!) 

 「え、やるじゃないヨシオ! さすが元名探偵!」

 「ワウ(元は余計だ)」 
 
 間宮銀次郎を救うことができる。事件解決へと一歩進んだことに我輩たちは喜ぶ。
 だが、一つ問題がある。犯行を証明する決定的な証拠が無いのだ。
 甘い匂いによる犯人特定は状況証拠でしかない。

 犯人を捕まえるには絶対的な証拠が必要なのだ。ぐうの音も出ないほどに。 
 どうやって犯行を証明する証拠を見つければいいのだろうか。
 我輩と奈々枝の前に、大きな壁が立ちふさがった。
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