百合夫婦のドキドキ憲兵日記

ぬるかん1010

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第8話「市ヶ谷攻防戦 後編:銀髪の少女」

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(前回のあらすじ)僕と琴子のいる地下300mの陸軍情報センターは銀髪の少女の形をした怪異の襲撃を受けた。
信じられないことにその怪異は、地下シェルターを兼ねるこの施設のセキュリティをシステム的に突破。
僕と琴子は今、この怪異と対峙する。

「ようこそ。入室を許可します。それではよい一日を」
室内に鳴り響くAIの人工的な音声。

怪異が入口から『正式な許可を得て』、真っ赤な煙と共に室内に入ってきた。


輝くような銀髪のストレートヘア、ルビーの様な真っ赤な瞳。
身長は150cmぐらいの為、一見少女に見えるが、顔立ちは思ったより大人びている。
頭から赤い角が出ている他は精巧な西洋人形にしか見えない。
手には先ほど入口の前の隊員を制圧した時に使用したと思われるスタンロッドを持っている。

不思議なことに、至近距離に立っているのに敵意や憎しみをまったく感じない。
知的な表情に思わず吸い寄せられそうになる。

「みお。目を見ちゃダメ。魅入られるわよ。」

琴子の低い声に僕は慌てて気を取り直した。「魅了」の能力を持っているのか!?
今まで相手にしてきた怪異と全く違う。危険極まりない相手。しかし・・・。

「お初にお目にかかります。陸軍憲兵隊の君島みお中尉と、君島琴子中尉でいらっしゃいますね?」

「な、何で私たちの名前を知って・・。」

落ち着き払ったその声に僕と琴子は動揺した。

「みお中尉。先ほどは電話口で無礼を働き大変失礼いたしました。」

優雅な動作で丁重に頭を下げるその姿に僕は混乱する。
彼女がさっき電話で海軍の担当者を名乗って横柄な態度でパスワードを聞き出そうとした相手なのか!?
何だ?何が目的なんだ?
落ち着け、みお。この銀髪の少女の目的は機密ファイルを開く為のパスワードだ。
しかし何故だ?何故そんな物を必要とする?

「失礼。聞きたいことはたくさんあるが、まずは貴女の名前を聞かせて頂いてもよろしいかな?」
「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます。」
「それでは仕方がない。武器をその場に置いて投降しろ。
さもないと君の目の前にいる琴子がその首を刎ねることになる。」

銀髪の少女は改めて目の前の琴子を見つめる。
どう見ても彼女は琴子の間合いに入っているのに平然としている。

「琴子中尉。驚きました。よくその状態で人の形を保っておいでですね。なぜ貴女のような方がこんな所・・」

彼女が最後まで声を発することはできなかった。
琴子が音もなく一瞬で間合いを詰め、刀を振るった。

真っ二つに切断されたスタンロッドが静かに床に落ちる。

しかし銀髪の少女の姿はそこにはなかった。

いつ移動したのだろう?
いつの間にか銀髪の少女はそれまでと全く違う場所に立っていた。

「流石でございます。明らかに実戦で鍛えられた剣筋ですね。」

琴子はぎょっとした表情で相手を見つめる。
今のが手加減した斬撃で無いのは明らかだった。

「なかなか興味深い刀をお持ちですね。その刀が貴女から力を吸い取っているのか、与えているのか・・。」

銀髪の少女はそこで言葉を止める。

何だ? 少女が目を見開いて琴子の刀を見ている。
明らかに動揺しているようだ。

「そ、そんな・・・。まさか・・・丙午・・千手院・・長吉!?ど、どうして貴女が・・・それを・・・!?」

僕と琴子は思わず互いを見合わせた。なぜこの少女が琴子の刀を知っているのか!?

「あ、ありえない・・・!あの時、伊美島から持ち出せなかったのに・・・何で・・!」

僕と琴子は今度こそ仰天した。
なぜこの少女から僕たちの「島」の名前が・・・!

僕たちは動揺した。
しかし相手の少女はもっと動揺しているようだ。
足が震えている。

この機会を逃してはいけない。
制圧するチャンスは今しかない。

「GO!」
僕は小さく琴子に号令を出した。

琴子が瞬時に気を取り直し、相手の間合いに入る。
みね打ちの握りだ。そのまま相手の体を打ち付け……。

次の瞬間、僕は信じられない光景を見た。
少女が瞬時に接近してきた琴子の襟首を掴んでその場で鮮やかに組み伏せたのだ。
完璧な柔道の払い腰である。

想定外の動きに、琴子が「ぐはっ」と床に押さえ込まれる。

しかし次の瞬間、僕は琴子を押さえ込んでいる少女の眉間に、9mm拳銃を突き付けた。

「琴子を離して、両手を上げろ。二度は言わない。」

僕は内心手が震えそうなのを必死に抑えていた。
こんな通常の拳銃が目の前の少女に効くとはとても思えない。
相手は琴子を一瞬で押さえ込むような奴なのだ。

しかし少女は驚いた事に、僕の目を真っ赤な瞳でじっと見つめると、大人しく琴子を離し、両手を上げて立ち上がった。

琴子が苦しそうに「ゴホゴホッ」と咳をする。

「下がれ。両手を頭の後ろに組んで、壁に背をつけるんだ」

少女は黙って僕の言うとおりにする。
しかし僕はどんどん心の中から違和感がこみあげてくるのを抑えることができなかった。
なぜだ。
なぜ大人しく僕の指示に従う?

その時だ。

僕は少女の視線が、僕から少しだけ焦点がずれている事に気が付いた。
慌てて後ろを振り返る。

そこには……端末の手前に置いてある紙があった。

僕が琴子から言われてメモしたファイルの『パスワード』……。

しまった……!

もう遅かった。
次の瞬間、僕は強い風圧でよろめく。

少女はなんと瞬時に背中から漆黒の羽を生やすと、まるで燕のようにその場で滑空した。

待て、と叫ぶタイミングも無い。
少女の体は真っ赤な煙の中に飛び込んでいった。

しかし行先は一つしかない。
陸軍省本省への地下連絡通路。
羽が生えている以上、換気口から中央排気塔に繋がる排気ダクトに潜り込むことはできないはずだ。

「琴子!走れ!」
琴子が床に落ちた丙午千手院長吉を掴んで立ち上がり、猛然と煙の中に突進していく。

僕も銃を構えたまま必死に走り始めた。
赤い煙に咳き込みながら、転がるように走る。
畜生!どうして僕の足はこんなにも遅いんだ!

気絶しそうになりながら本省までの連絡通路を全力疾走する。

突き当たりで見たのは、何と苛立ちながらエレベーターのボタンを連打している琴子の姿だった。

「琴子!非常階段はどうした!」
「ドアが開かない!」

見るとなんとドアの取っ手が完全に歪められている。
あの少女が非常階段に入る時にやったのだろう。

慌ててエレベーターを見つめる。
畜生!みんな一階で止まって動かないじゃないか!

僕は焦る気持ちでエレベーターのボタンに非常用のコマンドを打ち込んだ。
ようやく一基だけ地下に降りてくる。しかしここは地下300mなのだ。

気の遠くなるような時間が浪費されていく。

やっと来たエレベーターに、僕は琴子と乗り込むと叩きつけるように「R」のボタンを押した。
大厄災前から稼働しているエレベーターは凄まじい速度で上昇していく。

しかし相手は羽が生えて飛んでいるのだ。
僕と琴子は屋上についた瞬間エレベーターから飛び出した。
そこに見えたのは・・・。

空いっぱいに広がる光の大輪の花。色とりどりに輝く花火の渦だった。
ドーン、ドーンという音と共に、どこからか歓声が聞こえてくる。
そしてその花火に照らされるように漆黒の羽が、遠くへ羽ばたいていった。


一時間後。
僕は琴子と憲兵隊総司令官である五十嵐少将の執務室にいた。

「申し訳ありません。完全に私のミスです。怪異に機密ファイルが渡ってしまいました。」
僕と琴子は直立不動で五十嵐少将に頭を下げていた。

「あの怪異は最初からこれが目的だったんだ。君にパスワードを解析させることが・・。
機密ファイルに、プロテクトがかかっている時点で気づくべきだった。
我々に徒に警戒態勢を取らせたのも、君からパスワードを聞き出すのが目的だったんだ。
しかし向こうは君の判断力を見くびっていた。
だからといってまさか直接このような強硬手段に出るとはな。」

「センターのセキュリティを根本から見直す必要があります。まさか生体認証まで突破するなんて・・。
どうやってそんな事が可能なのか全く見当もつきません。」

「君で対応できないんだから、他の誰がやっても無理だ。
とにかく怪異が入手した機密ファイルは陸軍側にもコピーしたし内容を調査しよう。
専門チームに行わせる。
君たちは当初の予定通り休暇に入っていい。ご苦労だった。」

「しかし少将、それでは・・・」

「いいかね、中尉。君たちは気づいていないかもしれないが事態は深刻だ。
君たちは顔も名前も所属も・・才能まで、あの怪異に知られてしまっている。
そして我が軍に君たちの代わりは絶無だ。夏休みはむしろ好都合だ。
君たちはしばらく東京から離れるんだ。
飯島准尉を連絡先に付ける。
彼女の負担が増えるがやむを得ない。」

僕たちは黙って下を見つめた。
僕たちが至らないせいで大勢に被害が及ぶ。

「まあ、そう落ち込むな。元はと言えばファイルを奪取される海軍が悪い。
パスワードは海軍の要求通り解析したし、ハードディスクも無事。設備も人的被害も最小限だ。
君たち以外では実施不可能の任務だった。
機密ファイルの内容もこれから解析だが、直ちに国民に被害を及ぼす内容では無さそうだ。
ご苦労だった。」

叱責しない少将の心意気が逆に辛かった。
琴子も沈痛な面持ちでぎゅっと拳を握り締めている。

その時だった。
「五十嵐少将。海軍の藤(ふじ)少佐がお見えです。」
「通してくれ。」

少将は苦笑しながら言った。
「海軍の情報将校だ。ハードディスクの受け取りとパスワード解析の御礼だとさ」

「失礼します」
入り口から白い詰襟をした数人の男たちが入ってくる。
全員礼儀正しく、肘を折りたたんだ海式の敬礼をする。
僕たちもその場で陸式の敬礼を返す。
思えば入隊当初は海軍みたいな敬礼をするなとよく怒られたっけ・・。

「この度は当海軍の不行き届きにより、陸軍にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
呉海軍本部総大将よりその旨、申し付かっております。」

先頭で礼儀正しくお辞儀をする男。
彼が藤(ふじ)少佐らしい。
30代くらいだろうか?いかにも海軍兵学校を優秀な成績で卒業した感じだ。

「並びにハードディスクの解析、厚く御礼申し上げます。
陸軍とは今後も情報関係で連携を密に取りたいと希望しておりますので、その旨よろしくお願い致します」

「礼ならこの二人に言って頂きたい。
当陸軍憲兵隊司令部付の君島みお中尉と君島琴子中尉です。」

「君たちがあの・・!連合艦隊司令長官付の藤と申します。
情報関係を担当しております。以後よろしくお願い申し上げます」

その場でビシッと敬礼され僕は困惑した。
白い手袋が眩しい。
僕と琴子は中尉でしかも大学に通う予備役なのだ。

藤少佐及び海軍の情報将校は踵を返し部屋を去っていく。

その時僕はふと胸に何かがざわめくのを感じた。
琴子は海軍のハードディスクを受領する時にこう言ってなかったか?
『全員海兵の手だった』と。

他の情報将校は全員ゴツゴツした手をしている。
僕は無礼を承知で藤少佐に声をかけた。

「失礼ですが藤少佐。手袋を外して頂いてよろしいでしょうか?両方共です。」

その場にいた者が琴子を含めて全員ぎょっとした表情で、僕を見つめる。
しかし藤少佐だけは僕の真意を見抜いたようだ。

「見事だ、君島中尉。」

そう言って藤少佐は両方の手袋を外す。
右手はゴツゴツとした海兵の手だったが左手は義手だった。

「大変失礼いたしました。藤少佐。ご協力感謝いたします。」
「これで海軍は陸軍の身元確認の上、ハードディスクを受領できる。また会おう。」

藤少佐は白手袋をはめると、海軍将校たちと共に退出した。

僕と琴子は私服に着替えると、無言で迎車のいつものタクシーに乗り込んだ。

花火大会はもうとっくに終わっていた。
重苦しい沈黙が車内を支配する。

僕たちは結局最後まで言い出せなかった。
あの銀髪の少女が琴子の丙午千手院長吉を見て動揺した事を。
これで終わりの筈がない。
必ずまたどこかで再会することになるだろう。

僕たち二人に平穏が訪れるのはいつになるだろう?
僕と琴子は「島」を出ても全くもって安全では無かった。
(続く)
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