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第23話「四国山中編⑥ 初めてのパラグライダー」
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(前回のあらすじ)
僕「みお」と愛する「琴子」は四国山中の敵勢力の本拠地をドローンで確認した。しかし結果、長距離砲の存在により自分たちの現在地も射程距離圏内である事実が判明する。
進むか、撤退するか。悩むみおの前に、現地の怪異の映像が入った。
僕は悩んでいた。
琴子の直観は恐らく正しいだろう。
間違いなくこの先の敵本拠地に、全ての元凶の怪異がいる。
しかし相手は怪異だけではなく、長距離砲や戦闘車両を複数所有する立派な武装勢力。
正直我々の貧弱な装備で立ち向かうことができるのか?
潜入するとしても地下にどうやって侵入する?
地下の入口前は広場になっており、連中の訓練場になっている。
見つからずに入るのは困難だろう。
その時、僕はふと思った。
「そう言えば野村隊長、さっきここの谷底に温泉があるって言ってましたよね?どうやって行ったんです?」
「ああ、この地下から中に入った所に、ケーブルカーの乗り場があるたい。昔はそのケーブルカーで谷底まで行ってたらしいんだが、今はもう動いてないんで、メンテ用の九十九折りの山道を降りたばい。あれはキツかったね~。」
「ケーブルカー!?そんな物があったんですか!?」
僕は仰天した。
試しにドローンを移動させてみたが、とんでもない直角に近い崖だ。
そこに確かに谷底までのケーブルカーのレールのような構造物のほか、崖のあちこちに階段やハシゴが見える。
まさかこんな所を通ったのか?温泉に行くためだけに!?
「やあ、これは一回入りにいったほうがいいんじゃない。ほら、ここから侵入して帰りに入ってくれば。」
えっ?井田伍長何言ってるの?
「そうしたら君島中尉、タオル持ってかんといかんばい。おい、誰か予備のタオル持ってきてたろ?」
あれ?野村隊長、何で隊員の皆さんにそんなこと尋ねるんです?
「炭酸泉ってどんな感じなのかしら? やっぱりシュワーッてするのかしら?」
おや、琴子。君まで何を言っているのかな?
「そうなると、まずはどうやって中尉2人をこの谷底に送り込むかやね~」
やめてください。野村隊長。何で僕と琴子が谷底に行く前提になってるんです?
やめてください。ホント、お願いします。
なぜか目の前の戦車中隊の人たちと井田伍長と琴子は、パラグライダーでこの谷底まで移動するプランの話をしている。
しかもパラグライダーはなぜかトラックに積んであるらしい。
何でそんな物をトラックに積むの?
そんな物積むのなら大砲とか弾薬とかそっち積んでください。お願いします。
僕は悪夢を見ているような感覚に襲われた。
そして最後はなぜか多数決で僕と琴子が、この谷底までパラグライダーで飛行し、崖をよじ登り、地下施設に入って怪異を倒し、帰りに温泉に入るというプランが可決された。
いつから軍の運営に民主制が採用されたのだろう?
決行は30分後に決まった。
泣きたい。
僕は仕方ないので、2分ほどで戦車中隊の現実的な作戦プランをメモ用紙に手書きで書いて、野村隊長と井田伍長に渡すことにした。
30分後。
僕は死刑台に立つ囚人のような面持ちで琴子と崖沿いに立っていた。
いやあこっから飛び降りるのか。下は深いな~。
「このパラグライダー、モーターついとるけん。高度上げれるけど、上げたらあかんで。上昇気流に巻き込まれたら一巻の終わりばい。二人ともパラグライダーは経験あると?」
「ありません。」
「初めてです。」
「大丈夫たい。パラシュート扱えるなら平気ばい。」
いやあ、絶対そんな事無いと思うんだけどなあ。
「まあ、地下空間に入ったら地獄が待ってるばい。一番奥に広間があるから多分そこやろ。着いたらこのメモ見るんやで。中尉頑張ってな。」
あれっ?野村隊長、今しれっと怖い事言いませんでした?何です?地獄って。
「さあ、君島中尉、出陣だ!第十一師団戦車中隊、総員整列!中尉に敬礼ーー!」
中隊総員が一列にビシッと並んで敬礼する。(井田伍長はのんきに写真撮影)
「みんな行ってきま~す!」
琴子は笑顔でみんなに手を振ると、パラグライダーのモーターを回して、地面を蹴った。
身体がふわりと吹き上がり、僕と琴子は陽光燦燦と照りつける午後の日差しの中に身を躍らせた。
モーター付きのパラグライダーはパタパタと軽快なエンジン音を鳴らしながら谷の中を進んでいく。
意外なことに乗り心地は快適だった。
ハーネスの上に琴子と座っているのだが、まるで空飛ぶソファである。
気持ちいい。
一応谷に何かいないか警戒するが、両側は切り立った崖で、下は濁流。これでは怪異がいなくても釣りですら不可能であろう。
誰もいない空間を進む、空の旅は極めて快適であった。
すると遠くの方の崖の上に、何かの建築物が見えてきた。
あれが野村隊長の言っていた昔の新興宗教の本部なのだろう。
不自然なくらい大きなアンテナがついている。
クラスハのECMを切らないで正解だった。
こんな所を飛んでいるところを探知されたらたまったものではない。
「琴子、もう少し高度下げよう。」
「わかったわ!」
僕は万が一のことを考え、パラグライダーの高度を下げた。
谷の下の方は濁流の水しぶきで霧のようになっていた。
この霧の中なら目視でも発見は難しいだろう。
すると前方の方に昔のケーブルカーの軌道の跡がハッキリ見えてきた。
「よし、琴子、着陸準備!」
下は濁流ばかりだが、少なくともあのケーブルカーの軌道の先には、温泉があるのだから着陸できる地面があるはずだ。
琴子は初めてとは思えないほどスムーズにパラグライダーを降下させていく。
石の砂浜のような景色が見え……琴子は一気に地面に足をつけて踏ん張った。
「よしっ!着いた!琴子、すぐにこのパラグライダー、見つからないように隠すぞ。帰りもこれだ。」
「了解!みお。そっち持って!」
僕と琴子はパラグライダーを崖下に移動させた。これなら上から見てもわからないだろう。
よし、あとは本隊の準備完了の連絡があり次第、僕たちはここの崖を登るだけだ。
しかし僕は上を見てため息をついた。
下から見ると殆ど垂直に等しい。
本当に良くこんな所にケーブルカーを設置したものだ。
情けない話だが、琴子に先に上に登ってもらって、ザイルで引っ張ってもらわないと無理そうだ。
「琴子、このザイルでお互いを結ぼう。あれ?琴子?どこ行った?」
すると琴子はなぜか湯気を立てる水面の横でブーツを脱いでいた。
これ、まさかの露天風呂なの?
「琴子。ウソだと思うけど足湯をするつもりかい?これからこのアホみたいな崖を登るのに?足がふやけて危ないよ琴子、ハハハ~!」
「みお、でもこれ見て!底から泡がプクプク出てる!」
琴子は僕の忠告を無視して、露天風呂の中に足を漬け始めた。
「わあっ、なんか足が温かくなってきた。炭酸のおかげかな?本当にコーラみたい。」
琴子は嬉しそうだった。
つい最近温泉なら強羅でさんざん入ったと思うのだが・・・。
でも確かに天然の炭酸性は珍しい。後は大分ぐらいしか僕は知らない。
本隊からの連絡もまだだし、僕もちょっとだけ足を洗っていこう。
僕もブーツを脱ぐと足を湯船の中に浸けた。
谷底の露天風呂は真夏だというのに涼しささえ感じられ、シュワシュワいう温泉のほのかな温かさが気持ちいい。
ああ、崖登りたくない。ずっとここにいたい。
その時だった。
「こちら、井田。お嬢ちゃん達、湯加減はどうでありますか?どうぞ。」
無線機から井田伍長ののんびりとした声が聞こえてきた。準備ができたのでECMを一時的に解除したのだろう。
「ぬるいであります。細かい泡が足につくのが気持ちいいです。どうぞ。」
「じゃあそろそろ靴履いて登攀開始してください。本隊準備できております、どうぞ。」
「了解、登攀開始します、本隊も作戦行動開始願います。どうぞ。」
「本隊了解、次回連絡は1800、どうぞ」
そう言って無線機は切れた。
僕は溜め息をついた。
琴子との穏やかな楽しい時間はいつもあっという間に終わりを告げる。
僕と琴子は足をタオルで拭いてブーツを履くと、お互いをザイルで結んだ。
琴子がさっそく梯子に手をかけると、一瞬でひょいっと上に登る。
僕は上から琴子に引っ張られながら、梯子に手をかけた。
井田はクラスハの中で無線機を操作すると、今度は野村隊長の無線機に連絡を入れた。
「野村隊長、君島中尉登攀開始。さあこっちも行ってみよう~」
「ハイ了解~!小官の演技力とくとご覧あれ~」
野村隊長は先ほどのクラブハウスの中で、館内電話を手に取っていた。
電話する先は・・。
プルルル、プルルルという何回かの呼び出し音の後に男の不機嫌そうな声が聞こえた。
「なんだ、司令官。こっちは忙しいんだ、何か用か。」
「フハハハ!お前がそこの首謀者だな?今すぐ投降すれば命だけは助けてやるぞ!」
「な、なんだ!貴様!司令官を出せ!」
「ワッハッハ、司令官ってあのヒゲメガネか?奴ならこの栄光の第十一師団戦車「大」隊
の砲列の前に、あっさり投降したぞ!
お前たちのこともみ~んな話してくれたぞ!
ここからそっちの道行くとお地蔵さんあるだろう?
そこのお地蔵さんの右の道そのまま行くと古いお寺と地下への入口がある。
お前はそこの中だ!」
「ゲエッ~~~!!な、なぜそれを!?あ、あの野郎裏切ったなああ~~~!」
「フハハハ!お前たちのあのクラスハもツングースカもみ~んな儂の戦車で木っ端みじんにしてやったわ。次はお前たちのあのなっがい大砲じゃ!
我が大隊の新型自走砲で吹っ飛ばしてくれる!しかし儂は慈悲深い。今から40秒だけお前に投降する機会をくれてやろう!ハッハッハ、なんて優しいんだ私は!まるで仏だ!
ワッハッハッ~~~~!」
電話の向こうで「うきゃああ@%##」とよくわからない声と共に電話はガチャンときれた。
これで作戦の第一段階は完了。
野村隊長はそのままダッシュでクラブハウスを出ると、オートバイに乗って、敵の本拠地と「反対」側に向かって疾走した。
谷の中にバアンという発破音が響く。
2門のピオン砲が、野村隊長の虚言により、クラブハウスへの砲撃を始めたのだろう。
敵本拠地の武装勢力もそちらに移動するはずだ。
潜入するなら今しかない。
僕は下を見ないように、琴子に半分上から引っ張られながら登攀を続ける。
正直まだハシゴの方が楽で、急な階段を登る方がつらい。
あちこち崩落しかけているので手摺にもつかまれない。
しかしそれでも大分上まで登ってきた。
その証拠に大勢が叫ぶ声や、警笛、エンジン音が僕の耳にも聞こえてくる。
ピオン砲の定期的な発破音の音もますます大きくなってきていた。
「結構短い間隔で砲撃を続けるわね。練度は意外とありそうね。」
「それも今日で終わりだ。まさか自分たちが背後から襲われるとは思わないさ。」
「みお、上に登ったらすぐにピオン砲を破壊する? C4なら持ってきてるわよ。」
「いや、ピオン砲は地下施設の中を制圧してからだ、僕に考えがある。」
「わかったわ。みおに任せる。さっ、急いで上がっちゃうわよ!」
琴子が上に上がるスピードが増す。
僕は上に手を伸ばして進むだけで精一杯だった。
この上にあるのが勝利なのか地獄なのか。
答えは分かりきっている。
琴子に斬れぬものはない。
僕はハシゴを握る指に力を入れた。
(続く)
僕「みお」と愛する「琴子」は四国山中の敵勢力の本拠地をドローンで確認した。しかし結果、長距離砲の存在により自分たちの現在地も射程距離圏内である事実が判明する。
進むか、撤退するか。悩むみおの前に、現地の怪異の映像が入った。
僕は悩んでいた。
琴子の直観は恐らく正しいだろう。
間違いなくこの先の敵本拠地に、全ての元凶の怪異がいる。
しかし相手は怪異だけではなく、長距離砲や戦闘車両を複数所有する立派な武装勢力。
正直我々の貧弱な装備で立ち向かうことができるのか?
潜入するとしても地下にどうやって侵入する?
地下の入口前は広場になっており、連中の訓練場になっている。
見つからずに入るのは困難だろう。
その時、僕はふと思った。
「そう言えば野村隊長、さっきここの谷底に温泉があるって言ってましたよね?どうやって行ったんです?」
「ああ、この地下から中に入った所に、ケーブルカーの乗り場があるたい。昔はそのケーブルカーで谷底まで行ってたらしいんだが、今はもう動いてないんで、メンテ用の九十九折りの山道を降りたばい。あれはキツかったね~。」
「ケーブルカー!?そんな物があったんですか!?」
僕は仰天した。
試しにドローンを移動させてみたが、とんでもない直角に近い崖だ。
そこに確かに谷底までのケーブルカーのレールのような構造物のほか、崖のあちこちに階段やハシゴが見える。
まさかこんな所を通ったのか?温泉に行くためだけに!?
「やあ、これは一回入りにいったほうがいいんじゃない。ほら、ここから侵入して帰りに入ってくれば。」
えっ?井田伍長何言ってるの?
「そうしたら君島中尉、タオル持ってかんといかんばい。おい、誰か予備のタオル持ってきてたろ?」
あれ?野村隊長、何で隊員の皆さんにそんなこと尋ねるんです?
「炭酸泉ってどんな感じなのかしら? やっぱりシュワーッてするのかしら?」
おや、琴子。君まで何を言っているのかな?
「そうなると、まずはどうやって中尉2人をこの谷底に送り込むかやね~」
やめてください。野村隊長。何で僕と琴子が谷底に行く前提になってるんです?
やめてください。ホント、お願いします。
なぜか目の前の戦車中隊の人たちと井田伍長と琴子は、パラグライダーでこの谷底まで移動するプランの話をしている。
しかもパラグライダーはなぜかトラックに積んであるらしい。
何でそんな物をトラックに積むの?
そんな物積むのなら大砲とか弾薬とかそっち積んでください。お願いします。
僕は悪夢を見ているような感覚に襲われた。
そして最後はなぜか多数決で僕と琴子が、この谷底までパラグライダーで飛行し、崖をよじ登り、地下施設に入って怪異を倒し、帰りに温泉に入るというプランが可決された。
いつから軍の運営に民主制が採用されたのだろう?
決行は30分後に決まった。
泣きたい。
僕は仕方ないので、2分ほどで戦車中隊の現実的な作戦プランをメモ用紙に手書きで書いて、野村隊長と井田伍長に渡すことにした。
30分後。
僕は死刑台に立つ囚人のような面持ちで琴子と崖沿いに立っていた。
いやあこっから飛び降りるのか。下は深いな~。
「このパラグライダー、モーターついとるけん。高度上げれるけど、上げたらあかんで。上昇気流に巻き込まれたら一巻の終わりばい。二人ともパラグライダーは経験あると?」
「ありません。」
「初めてです。」
「大丈夫たい。パラシュート扱えるなら平気ばい。」
いやあ、絶対そんな事無いと思うんだけどなあ。
「まあ、地下空間に入ったら地獄が待ってるばい。一番奥に広間があるから多分そこやろ。着いたらこのメモ見るんやで。中尉頑張ってな。」
あれっ?野村隊長、今しれっと怖い事言いませんでした?何です?地獄って。
「さあ、君島中尉、出陣だ!第十一師団戦車中隊、総員整列!中尉に敬礼ーー!」
中隊総員が一列にビシッと並んで敬礼する。(井田伍長はのんきに写真撮影)
「みんな行ってきま~す!」
琴子は笑顔でみんなに手を振ると、パラグライダーのモーターを回して、地面を蹴った。
身体がふわりと吹き上がり、僕と琴子は陽光燦燦と照りつける午後の日差しの中に身を躍らせた。
モーター付きのパラグライダーはパタパタと軽快なエンジン音を鳴らしながら谷の中を進んでいく。
意外なことに乗り心地は快適だった。
ハーネスの上に琴子と座っているのだが、まるで空飛ぶソファである。
気持ちいい。
一応谷に何かいないか警戒するが、両側は切り立った崖で、下は濁流。これでは怪異がいなくても釣りですら不可能であろう。
誰もいない空間を進む、空の旅は極めて快適であった。
すると遠くの方の崖の上に、何かの建築物が見えてきた。
あれが野村隊長の言っていた昔の新興宗教の本部なのだろう。
不自然なくらい大きなアンテナがついている。
クラスハのECMを切らないで正解だった。
こんな所を飛んでいるところを探知されたらたまったものではない。
「琴子、もう少し高度下げよう。」
「わかったわ!」
僕は万が一のことを考え、パラグライダーの高度を下げた。
谷の下の方は濁流の水しぶきで霧のようになっていた。
この霧の中なら目視でも発見は難しいだろう。
すると前方の方に昔のケーブルカーの軌道の跡がハッキリ見えてきた。
「よし、琴子、着陸準備!」
下は濁流ばかりだが、少なくともあのケーブルカーの軌道の先には、温泉があるのだから着陸できる地面があるはずだ。
琴子は初めてとは思えないほどスムーズにパラグライダーを降下させていく。
石の砂浜のような景色が見え……琴子は一気に地面に足をつけて踏ん張った。
「よしっ!着いた!琴子、すぐにこのパラグライダー、見つからないように隠すぞ。帰りもこれだ。」
「了解!みお。そっち持って!」
僕と琴子はパラグライダーを崖下に移動させた。これなら上から見てもわからないだろう。
よし、あとは本隊の準備完了の連絡があり次第、僕たちはここの崖を登るだけだ。
しかし僕は上を見てため息をついた。
下から見ると殆ど垂直に等しい。
本当に良くこんな所にケーブルカーを設置したものだ。
情けない話だが、琴子に先に上に登ってもらって、ザイルで引っ張ってもらわないと無理そうだ。
「琴子、このザイルでお互いを結ぼう。あれ?琴子?どこ行った?」
すると琴子はなぜか湯気を立てる水面の横でブーツを脱いでいた。
これ、まさかの露天風呂なの?
「琴子。ウソだと思うけど足湯をするつもりかい?これからこのアホみたいな崖を登るのに?足がふやけて危ないよ琴子、ハハハ~!」
「みお、でもこれ見て!底から泡がプクプク出てる!」
琴子は僕の忠告を無視して、露天風呂の中に足を漬け始めた。
「わあっ、なんか足が温かくなってきた。炭酸のおかげかな?本当にコーラみたい。」
琴子は嬉しそうだった。
つい最近温泉なら強羅でさんざん入ったと思うのだが・・・。
でも確かに天然の炭酸性は珍しい。後は大分ぐらいしか僕は知らない。
本隊からの連絡もまだだし、僕もちょっとだけ足を洗っていこう。
僕もブーツを脱ぐと足を湯船の中に浸けた。
谷底の露天風呂は真夏だというのに涼しささえ感じられ、シュワシュワいう温泉のほのかな温かさが気持ちいい。
ああ、崖登りたくない。ずっとここにいたい。
その時だった。
「こちら、井田。お嬢ちゃん達、湯加減はどうでありますか?どうぞ。」
無線機から井田伍長ののんびりとした声が聞こえてきた。準備ができたのでECMを一時的に解除したのだろう。
「ぬるいであります。細かい泡が足につくのが気持ちいいです。どうぞ。」
「じゃあそろそろ靴履いて登攀開始してください。本隊準備できております、どうぞ。」
「了解、登攀開始します、本隊も作戦行動開始願います。どうぞ。」
「本隊了解、次回連絡は1800、どうぞ」
そう言って無線機は切れた。
僕は溜め息をついた。
琴子との穏やかな楽しい時間はいつもあっという間に終わりを告げる。
僕と琴子は足をタオルで拭いてブーツを履くと、お互いをザイルで結んだ。
琴子がさっそく梯子に手をかけると、一瞬でひょいっと上に登る。
僕は上から琴子に引っ張られながら、梯子に手をかけた。
井田はクラスハの中で無線機を操作すると、今度は野村隊長の無線機に連絡を入れた。
「野村隊長、君島中尉登攀開始。さあこっちも行ってみよう~」
「ハイ了解~!小官の演技力とくとご覧あれ~」
野村隊長は先ほどのクラブハウスの中で、館内電話を手に取っていた。
電話する先は・・。
プルルル、プルルルという何回かの呼び出し音の後に男の不機嫌そうな声が聞こえた。
「なんだ、司令官。こっちは忙しいんだ、何か用か。」
「フハハハ!お前がそこの首謀者だな?今すぐ投降すれば命だけは助けてやるぞ!」
「な、なんだ!貴様!司令官を出せ!」
「ワッハッハ、司令官ってあのヒゲメガネか?奴ならこの栄光の第十一師団戦車「大」隊
の砲列の前に、あっさり投降したぞ!
お前たちのこともみ~んな話してくれたぞ!
ここからそっちの道行くとお地蔵さんあるだろう?
そこのお地蔵さんの右の道そのまま行くと古いお寺と地下への入口がある。
お前はそこの中だ!」
「ゲエッ~~~!!な、なぜそれを!?あ、あの野郎裏切ったなああ~~~!」
「フハハハ!お前たちのあのクラスハもツングースカもみ~んな儂の戦車で木っ端みじんにしてやったわ。次はお前たちのあのなっがい大砲じゃ!
我が大隊の新型自走砲で吹っ飛ばしてくれる!しかし儂は慈悲深い。今から40秒だけお前に投降する機会をくれてやろう!ハッハッハ、なんて優しいんだ私は!まるで仏だ!
ワッハッハッ~~~~!」
電話の向こうで「うきゃああ@%##」とよくわからない声と共に電話はガチャンときれた。
これで作戦の第一段階は完了。
野村隊長はそのままダッシュでクラブハウスを出ると、オートバイに乗って、敵の本拠地と「反対」側に向かって疾走した。
谷の中にバアンという発破音が響く。
2門のピオン砲が、野村隊長の虚言により、クラブハウスへの砲撃を始めたのだろう。
敵本拠地の武装勢力もそちらに移動するはずだ。
潜入するなら今しかない。
僕は下を見ないように、琴子に半分上から引っ張られながら登攀を続ける。
正直まだハシゴの方が楽で、急な階段を登る方がつらい。
あちこち崩落しかけているので手摺にもつかまれない。
しかしそれでも大分上まで登ってきた。
その証拠に大勢が叫ぶ声や、警笛、エンジン音が僕の耳にも聞こえてくる。
ピオン砲の定期的な発破音の音もますます大きくなってきていた。
「結構短い間隔で砲撃を続けるわね。練度は意外とありそうね。」
「それも今日で終わりだ。まさか自分たちが背後から襲われるとは思わないさ。」
「みお、上に登ったらすぐにピオン砲を破壊する? C4なら持ってきてるわよ。」
「いや、ピオン砲は地下施設の中を制圧してからだ、僕に考えがある。」
「わかったわ。みおに任せる。さっ、急いで上がっちゃうわよ!」
琴子が上に上がるスピードが増す。
僕は上に手を伸ばして進むだけで精一杯だった。
この上にあるのが勝利なのか地獄なのか。
答えは分かりきっている。
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