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1.隊員、不穏な雰囲気を察知する
しおりを挟む「わぁ~い! ありがとうございますぅ~殿下!」
王宮内にある、第二王子──クリフトフ・イェーガーの執務室から、その場に相応しくない甘ったるい声が聴こえて来た。
「はっはっはっ! エミリアのためならこれぐらい当たり前だ」
エミリアの喜びに気を良くしたのか、クリフトフも王子とは思えないだらしない声を上げて笑っている。
(ああ……また皆怒るなぁ)
ドアの前で気配を消して聞き耳を立てているのは、第一王子・ジェラルドの側近の一人であり、次期宰相とされているユリシーズ・フォーレスト。
この半年、クリフトフの事で悪い噂が流れ、それを聞いては怒り狂う者たちがいた。
というのも──
「このドレス、とってもステキですぅ! 靴もアクセサリーもピッタリで、私、幸せいっぱいです~!」
猫なで声で締まりなく話す男爵令嬢──エミリア・ボンネットと、まるで婚約者のように接しているからだ。
勿論、クリフトフには幼少期から決まった婚約者がいる。
公爵令嬢──ヴァイオレット・オルブライド
深紅の髪に青い瞳を持ち、厳しい教育の下淑女の全てを身に付けた、貴族のトップに立つ公爵家の娘である。
印象だけで言えば取っ付きにくい雰囲気があるが、その実彼女は人の世話を焼いたり、細かい所に気が付き自身で問題解決をしたり、誰か困っていれば解決方法を一緒に模索する……心はとても優しい少女なのだ。
そんな完璧な婚約者を放っておいて、クリフトフは男爵令嬢……しかも貴族としての教養も何も身に付けていない少女に気を使い、常に行動をともにしている。
婚約者であるヴァイオレットにはお茶もしなければプレゼントもなく、ぽっと出のエミリアには毎日お茶会をしてプレゼントも与えていれば、ヴァイオレットを慕う者からすれば気分の悪くなる話だった。ユリシーズもその内の一人──否、彼女を『女神』と称するほど、ヴァイオレットに傾倒していた。
「クリフトフ様とお揃いのドレスをパーティーで着るのが夢だったんですぅ」
内心苛々しながら聴いていたユリシーズだったが、彼女の言葉で思考が止まった。
お揃いのドレス……相手の衣装の色やデザインに併せてドレスを作る事は常識だが、それは婚約者や伴侶のいる身の者に当てはまる事で、決してこの二人が着て良いものではない。
「私もだ、エミリア。一ヶ月後の兄上の王太子就任パーティーで一緒に着られると思うと……幸福過ぎて堪らないよ」
──は?
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
クリフトフは今何とも言った? と、何度反復して思い出しても、婚約者とではなく浮気相手と言っても過言ではない娘と、王家主催のパーティーに出席すると言っていた。それも衣装をお揃いにして……。
(待て待て待て……じゃあヴァイオレット嬢のドレスはどうするつもりだ!?)
「そう言えば、ヴァイオレットさんのドレスはどうするんですか~?」
聞きたい事を口にしてくれるのは楽で助かるが、公爵令嬢を『さん』とほぼ呼び捨てにするのはいただけない。
「アイツは別に良いだろう。私にはエミリアがいるし、その時にはアイツは赤の他人だ。贈らんでも問題ない」
さすがクリフトフさまぁ~! というエミリアの声は、ユリシーズの耳は拾わなかった。
(ドレスを贈っていない!? ではヴァイオレット嬢は今ドレス無い状態なのか!? しかもその時には赤の他人、だと? ……仕方ない。これはもう、ヤるしかありませんね)
ユリシーズは足音を立てずにその場を離れ、暫く進んだ先にあるバルコニーへと向かった。
(大丈夫ですよ、ヴァイオレット嬢。貴女を……そしてジェラルド様を悲しませる事は“我々”が阻止しますから!)
バルコニーに出たユリシーズは、片手を前に伸ばして魔方陣を展開させた。
『おいで、私の可愛い僕たちよ』
そう唱えた瞬間、ユリシーズの周囲には、猫や蝶、烏の姿をした複数の使い魔が姿を表した。
「いいかい? “仲間”に一字一句間違えないように伝えるんだよ?」
ユリシーズは使い魔たちにそう告げると、パンッ! と一つ、手を叩いた。
すれば使い魔たちは一斉にユリシーズの下を出発し、主の使いを達成するべく、城の中や外、そして大空へと飛び立って行った。
「さて、私も早急に動き出さないといけませんね」
何せクリフトフたちの企み……もとい王太子就任パーティーまで一ヶ月しかないのだ。彼らの思い通りにさせないために──ヴァイオレットや主であるジェラルドのために、ユリシーズは短い期間で全てを回避しなければならない。
「……皆、動き出す時が来ましたよ」
使い魔たちが向かった、ユリシーズの“仲間たち”を思う。
──大丈夫、彼らは“推しのためなら絶対動く”
(さぁ……『推しを幸せにし隊』の出陣ですよ)
ユリシーズは屋内に戻ると、先ずは切羽詰まった問題を解消するべく動き出した。
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