7 / 48
7.胸の火は炎になる
しおりを挟むユリシーズから事情を聞いた、この国の第一王子であり王太子──ジェラルド・イェーガーは、赤い瞳を瞼の裏に隠すと、「そうか……」と、短く答えた。
弟・クリフトフの婚約者であり……自分が長年想いを寄せている人、ヴァイオレットの悲しげな笑顔が浮かんで、無意識に眉が寄る。
『俺はヴァイオレット嬢が好きです! 愛しています!! 絶対幸せにします! 俺には彼女でなければ駄目なんです!!』
ヴァイオレットとの婚約申請を提出した際、そう叫んで頭を下げたクリフトフに、可愛い我が子と貴族の視点を区別出来なかった国王は、ジェラルドの申請を却下。代わりにクリフトフとヴァイオレットの婚約が結ばれた。
ジェラルドの周囲の者は皆怒り、ジェラルド自身も状況を覆すために粘りに粘った。
初めて出会った時から好きだった。時間が経つに連れて両想いなのに気が付き、ジェラルドは彼女に婚約を申し込んだ。
『国王になったら、今みたいに、君との時間を取れなくなるかもしれない。君が辛い時に、側にいてやれないかもしれない。でも……俺は、君以外の者と一緒になる未来は想像出来ないんだ』
『俺と一緒に、この国を、民を、豊かにしていってほしい。君と生きて、ともに国を良くして行きたいんだ』
格好良い台詞の一つも言えなかったが、誰かに対して、こんなに熱くなれた事もなかった。
ヴァイオレットと出会った瞬間、ジェラルドの胸に灯った炎は燃え盛る一方で、その後何年経とうと止まる事を知らずにいる。
幸せになれる保証はないが、幸せになろうと努力する事は出来た。そのためにジェラルドは奔走した。ヴァイオレットと笑い合っていられる未来のために出来る事は何でもこなした。
そしてそれはジェラルドだけでなくクリフトフにも当てはまる事で……その道を選ばなかった弟に、兄の怒りは頂点に達した。
愛してると言った。幸せにするとも言った。なのにその全てを地面に叩き捨てた。
聞けばクリフトフは他の令嬢にドレスを贈り、パーティーではその令嬢をエスコートして、ヴァイオレットには近々婚約破棄を言い渡すらしい……一体誰が許すと思っているのか、本人に聞いてみたいところだった。
今思えば、昔からクリフトフはジェラルドのものを何でも奪っていった。お気に入りの羽ペンやインク壺などの小物から、懐いていた馬や気心知れた従者まで……。ジェラルドの大切なものを、クリフトフは何でも欲しがった。
だからヴァイオレットも“兄の大切なものだから奪った”というだけで、そこまでの想いは抱いていなかったのだろう。実際、婚約して暫くは優しくしていたが、王宮に住まわせるようになり、手に入ったと安心した後は完全に放置だった。
許せなかった。しかし当時必要以上の接触を禁止されていたジェラルドに出来る事は少なく、家族と離されてしまったヴァイオレットにしてやれる事と言えば、彼女の好きなものをアベルやイライザに持たせて向かわせる事ぐらいだった。
「……アベルに『ドレスは気合いを入れて作ってやってくれ』と伝えてくれ」
「承知し致しました」
幸せとは程遠い現実に、あの日の決断は──愛する人の幸せを願い身を引いた自分は間違っていたのだと、そう思わずにはいられない。
(引き摺り下ろせば良かったのだ……)
兄弟の中で一番甘えて来るクリフトフが可愛かったジェラルドたちの父であり国王は、弟にひたすら甘かった。それが普通になったクリフトフも我が儘を通り越して暴君になり、注意するヴァイオレットを疎ましく思うようになった。
そんな内情が伝わっているのか、国民の王家への評価は伸び悩んでいる。その問題の大半がクリフトフなのに、国王は未だに見てみぬ振りをして、王妃とともに婚約者であるヴァイオレットに全てを押し付けている。
限界だ。クリフトフも、国王も王妃も、これ以上好きにさせる事は出来ない。
「ユリシーズ」
「はい」
ヴァイオレットを奪われて以降、ジェラルドは諦めて何もして来なかった訳ではない。
国王に向いていた臣下の忠誠を自分に向けさせ、次期王政の準備も進んでいる。少しばかり予定は狂ったが、何しろパーティーまで一ヶ月を切っているのだ……今が潮時だ。
「式典は王太子ではなく王に変更する。……お前は、この先炎に呑まれる覚悟はあるか?」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~
水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」
第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。
彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。
だが、彼女は知っていた。
その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。
追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。
「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」
「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」
戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。
効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる