王太子と公爵令嬢は我らがお守りします!

照山 もみじ

文字の大きさ
13 / 48

13.隊員は目撃する(2)

しおりを挟む


「……は?」

 目の前で起きた事件に、シリルは唖然とする事しか出来なかった。

(何が起きた? 何が起きた!?)

 混乱する頭を落ち着かせようとするも、脳は正常に機能してくれない。
 隣を見れば、エミリアの貴族令嬢とは思えない行為に、レイハーネフも絶句している。
 不穏な雰囲気だと、四人とも肌で捉え、ジャンやイライザはエミリアに職務質問する方向で話を進めていた。
 危険だ、とは誰もが感じていた。だが男爵令嬢が公爵令嬢相手に、熊が鮭を捕る威力とスピードでひっぱたくとまでは、誰も想像していなかった。
 扇子で叩かれたヴァイオレットの頬からは血が溢れ、陶器の様な肌を伝っていく……相当深く切れている事が、遠目であっても十分確認出来た。

「ジャン!!」

 イライザの指示と同時に、ジャンが動き出す。
 柵に手を突いて身をひるがえすと、軽装備だが甲冑を身に付けている重さを認識させない程、軽々と飛び降りて行った。

(おお……流石)

 騎士なら高所から飛び降りても負傷せず着地する術を持っているだろう。しかし、それでも二階は二階。鍛えていない者からすれば大怪我をする高所なのだ。
 訓練していても、飛び降りるにはそれなりの勇気と技術が必要になる。そんな怯む様な高さを躊躇いも見せず飛び降りて、身体にかかる負荷を逃がしながら着地する様は、歴戦の騎士そのものだった。
 もともと筋力が少なく、戦いに不向きな自分に出来ない事をこなすジャンに感心していたシリルだったが、次の瞬間、彼は驚愕に目を剥く事となる。

「シリル」

 名を呼ばれたシリルは姉を見る。しかしその姉がいる場所を見て、思わず「姉上!?」とすっとんきょうな声を上げた。

「至急シンシアに連絡。ヴァイオレットの頬の傷を完治させて」

 柵に飛び乗っていたイライザはそれだけ告げると、ジャンと同じ様にバルコニーを飛び降りた。

「えぇぇぇぇぇーっ!?」

 いましがた、騎士の身のこなしを称賛してたシリルだったが、姉のこの行為だけは感動も肯定も出来なかった。

(貴女は騎士ですがその前に王女ですよ!?)

 騎士団をまとめるイライザは、王女であり女性という立場を守りながらも、騎士の技術をその身に刻み込んでいる。
 今回の様に騎士と巡回したり、荒ぶる不審者相手に取っ組み合う事もあるが……何度も言う。彼女は騎士の前に王女なのだ。

「二階から飛び降りて良いわけないだろ!?」

 太切な人の危機なのと、王女が二階から飛び降りるのは話が別なのだ。
 一体何のために護衛騎士をつけていると思っているのか……。エミリアの凶行を止めているジャンも、主であるイライザを白い目で見ている。

『なんてこと……』
『レイ?』

 エミリアの狂気、ヴァイオレットの負傷、そして王女の飛び降りと、あまりの出来事の数々に、とうとう許容範囲を越えてしまったらしい。
 ふらふらし出したレイハーネフは、そのまま崩れる様に倒れ込んだ。

『レイ!!』

 地面に頭が直撃する前に支える事に成功し、安堵する。
 しかしこんな惨事に発展してしまった事に、シリルは一人、頭痛を覚えた。

(これでシンシア姉上まで来たら余計混乱するよ……)

 しかしヴァイオレットのためなら仕方ない。そもそも女性に、特に未婚の貴族令嬢に傷が付いたとなれば、今後の人生が一八○度変わってしまう。
 二人目の姉は回復魔法に特化しているが、その属性には似合わず人一倍感情的なのだ。大切なヴァイオレットを傷付けられたと知ったら、きっと大荒れになるだろう。

(でも腕は確かだからなぁ……)

 最悪、一緒に来るであろう彼女の夫・マティアスに任せる事にして、シリルは自分の影から使い魔を呼び出すと、猫の姿に変わったそれをシンシアの下へと送り出した。

「はぁ……これで他の者に見つかったら大変だよ」

 回復魔法で全く傷のない状態に戻したとしても、傷が付いたと知れたらそれだけで名誉が傷付き、挽回するには膨大な時間と労力が必要になる。
 しかも被害者であるヴァイオレットは公爵令嬢……対立派の貴族の良い餌になってしまう。

(これ以上事が大きくなりませんように!!)

 卒倒してしまったレイハーネフを支えながらそう祈る。
 しかし神は時に残酷で、背後から聞こえて来た声に、シリルは身体を硬直させた。

「あらあら、扉も開けっ放しで……誰か使用してそのままなのね?」

 バッ、と振り返れば、部屋の入り口に、メイドと思わしき影を捉えた。

(俺……貧乏くじ引き過ぎじゃない?)

 迫り来る危機を打破すべく、シリルは焦りで動きの鈍い頭を回転させた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~

春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。 かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。 私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。 それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。 だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。 どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか? ※本編十七話、番外編四話の短いお話です。 ※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結) ※カクヨムにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...