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38.嫉妬
しおりを挟むセットされたものを移動させてまで離れる訳にもいかず、仕方なく……本当は嬉しいが致し方なく、ジェラルドはヴァイオレットの隣に座った。
ひと一人分ぐらい空けてくれても良かったのではと思うほど、二人の物理的距離は近い。
腕に伝わってくる生命のエネルギーに、 ジェラルドは途方に暮れた。
別に女性の扱い方を知らない訳ではない。相手が長年恋い焦がれた人だからこそ、挙動不審な仕草を繰り広げてしまう。
(バーナードめ……)
恨めしい目を執事に向けるが、彼はただただ「ほっほっほっ」と笑うだけで何も通じない……と言うより、はぐらかされている。
「その……座り難くないか?」
気にしない様に努力したいが、何しろ近過ぎるのだ。十年前ならまだしも、大人になった今、まだ何も始まっていない男女がこの至近距離なのは大分問題であり、令嬢にとって不愉快でないか気掛かりであった。
「あの、わ……私は、大丈夫です」
「……」
──なんだ、その顔は
見上げて来る潤んだ瞳に、ジェラルドは唖然とした後、ビリビリとした甘い痺れを背筋に感じた。
熱くなるのは頬だけに留まらず、ドクドクと音を立てるこめかみの音が耳を独占する。
きっと頬は赤くなっているだろう。だがそれ以上に、目の前の可愛らしい人の林檎の様な頬や、羞恥に視線をさ迷わせる様に、ジェラルドの意識全てが持って行かれた。
「い……いただきましょう?」
気が付けば、カップにはアップルティーが注がれおり、ほんのりと甘い香りを漂わせていた。
ナイスタイミング! と誉めたいところだが、そもそもこの気まずい状況に運んだのはバーナード筆頭のこの場にいる従者たちなので、何とも言えない気持ちだけが沸いては落ち着いていく。
微笑み合って、カップに口付ける。
甘酸っぱい風味が舌に広がり、鼻に抜ける林檎の香りがジェラルドを落ち着かせる……筈だった。
(……美しい)
声に出なかった事だけが救いだった。
ジェラルドの赤い瞳には、ヴァイオレットのカップに口付ける唇が写っていた。
初めから凝視するつもりはなかった。ただ「どうだ?」と、お茶の味を尋ねたかっただけだったのが、ふと目に付いた口元から動けずにいた。
ヴァイオレットの荒れのない艶やかな唇が、ジェラルドの思考を再び独占していく。
その唇に触れたいと本能が囁き、そっと手を伸ばしそうになって──浮かんだ疑問に、ジェラルドは内心首を傾げた。
──クリフトフはどうだったんだ?
昨日まで、ヴァイオレットはクリフトフの婚約者だった。
その関係はジェラルドと離れていた期間と同じ十年……何もなかったと言えるほど、短い年月ではない。
(いや……考えすぎだ。そもそも報告で二人は適度な距離を保っていたと聞いていたではないか)
流れて来る噂やアベルたちからの情報で、二人の関係は進展していないのは聞いていたし、廊下でたまにすれ違うヴァイオレットの表情からしてもそれは確かだった。
だが、こうしてお茶を一緒にする事ぐらいはあっただろう。
今の自分の様に、クリフトフだって彼女の唇に触れたいと思った事だってあった筈だ。
婚約者なのだから、指先で触れる程度なら許される。
クリフトフとて男だ。多少の下心は持っているだろう──それが妙に、腹が立って仕方がない。
「美味しいです。ね? 殿下……?」
弧を描く唇が可愛らしく。そして同時に、何も知らない風な表情が憎らしい。
「……ああ、とても」
──旨そうだ
林檎の様な赤い唇を、ジェラルドの指先がそっと撫でた。
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