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44.君が好きだから
しおりを挟む別棟から自室に戻ったヴァイオレットは、待機していた侍女たちの手で、瞬く間に式典への準備を整えられた。
湯に浸かり頭から足の先まで洗われた後、香油を付けマッサージされ、この日のために義姉であるイヴァンジェリンがデザインしたドレスに身を包んだ。
「……素敵」
侍女たちが裾やウエストの調整をしている間、ヴァイオレットは鏡に映る身に纏ったドレスを、うっとりとした面持ちで見つめていた。
典礼と違い、華やかな場になる式典は、礼服と同じ黒という決まりはない。
だがヴァイオレットのドレスは、上から下にかけて黒から紫のグラデーションが見事な色合いになっており、レースはないがアシンメトリーの上品な形が、年齢より大人びて見えるヴァイオレットに良く似合っていた。
「ありがとうございます、義姉さま……凄く嬉しいです」
頬を上気させながら、ヴァイオレットは後のソファーに座るイヴァンジェリンに、鏡越しに微笑んだ。
クリフトフとは式典の前に関係が終わると予想していたため、彼からドレスを贈られる可能性はヴァイオレットのなかで皆無だった。
なのでそれなりのドレスを自分で見繕ってはいたものの、三日前、領地から帰って来たイヴァンジェリンが真っ直ぐヴァイオレットの下までやって来て、「これでパーティーはバッチリよ!」と、ドレス一式を持ってきたのだった。
「可愛い義妹のためだもの! これぐらいどうって事ないわよっ」
式典に参加するイヴァンジェリンも既に準備は出来ており、着飾っている胸を張って、ふふふっ、と、悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「それに、ジェラルド殿下からの依頼でもあるからね! 気合い入れて作らせてもらったわっ」
「……え?」
楽しい製作期間だったわ~! と、満足げに言うイヴァンジェリンに、ヴァイオレットは目を瞬かせた。
ドレスを作ってくれていたと知った時、イヴァンジェリンは何も言っていなかった。礼をしに兄のアベルと会った時も何も言われず、「当日着飾った姿が楽しみだよ」と言われただけで、ジェラルドが関わっている事は何も教えられなかった。
「ほ……本当に、ジェラルド殿下が?」
「急だったからデザインは任せてもらったけれど、制作費は全額殿下が出して下さったわよ。だから殿下の象徴と同じ紫を入れたでしょう?」
「でも、どうして……」
「どうしてって……惚れた相手が困ってるのに放っておける程、殿下も出来た人間じゃなかったって事よ」
「え……えぇ?」
義姉の言葉に、ヴァイオレットは顔が熱くなるの感じた。
当時、ジェラルドは国王を退位させるために日々忙しくしていた筈だと、ヴァイオレットは記憶している。そんな張り詰めた日々の中、自分の事を気にかけてくれていた事実に胸が熱くなり、込み上げる歓喜に視界が歪んだ。
「ほらほら、化粧が落ちちゃうわよ」
「はい……でも、嬉しくて」
「嬉しい気持ちはファーストダンスで返しなさいなっ」
瞬間、ヴァイオレットの涙は引っ込み、思考能力が著しく低下した。
義姉は何か不思議な事を言った気がする……と、突拍子もない現実から逃げるように、浮かんで来る想像を次々と打ち消した。
「ファースト……ダンス? 誰が?」
「誰って、ヴァイオレットしかいないでしょ! 殿下もきっと楽しみにしてるわよ!」
私もアベルと踊るのが楽しみだわ! と、一人浮かれるイヴァンジェリンを余所に、ヴァイオレットの脳内はパニックを起こしていた。
(まって……私、ダンスの復習してないのよ……? きゅ、急に踊れないわ。それに殿下とあんなに密着……するの? よ……余計踊れないわ!?)
以外にも、ヴァイオレットはダンスが苦手だった。
一人で踊る様な……劇やバレエの様なものであれば難なく踊れるが、異性と身体が密着するダンスはどうにも落ち着かず、誘われても、申し訳程度にしか踊らなかった。
そして同時に、ダンスの密着度を想像したヴァイオレットの頭の中には、一ヶ月前、園庭のガゼボで触れられた事を思い出し、湯気が立ちそうなほど顔を真っ赤にさせた。
(ど……どうしましょう)
嬉しい気持ちと逃げたくなるような羞恥に、ヴァイオレットは眩暈を覚えた。
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