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43.悪夢の終わり
しおりを挟む「このメス豚が!! こんな場所に閉じ込めやがって! さっさと解放しろ!!」
暴れながら訴える悪魔の状況に、控えていたユリシーズはヴァイオレットを守ろうと踏み出そうとしたが、彼女は片手を上げてそれを制止した。
「大丈夫です……決して近付かぬよう、お願いします」
身体は悪魔に向いたままなのでヴァイオレットの表情は見えなかったが、漂うピリピリとした張り詰めた雰囲気は、彼女の本気を表していた。
忠告された通り、ユリシーズはその場に留まり、事の行く末を見届けるため、目の前の光景を静観した。
「残念ですが、貴女を解放する事は出来ません。そのまま無に還っていただきます」
「はぁ!? ふざけんなブス!! その舌引っこ抜いて目玉くり貫いて」
「ちょっとうるさいので、黙っててもらいましょうか」
「……!? ……!! ……!!」
苦笑しながら、ヴァイオレットは人差し指を唇に当てる。すれば悪魔の罵詈雑言は消え、甲高い声で反響していた室内は静けさを取り戻した。
「貴女は罪を重ね過ぎました。今日までで何人道連れにするつもりでしたか? 自業自得ですが、ボンネット嬢の命も今も尚吸い取っている……そんな貴女を、このままにしておく事は出来ません。なので貴女には消えてもらいます」
言い終わったヴァイオレットの周囲には風が巻き起こり、右手が眩しいほど輝き始める。それを見た悪魔もまた抵抗の力を強め、暴れる勢いにガタガタとベッドが激しく揺れた。
穏やかな解決には至らないと覚悟していたユリシーズでも、聖女の一方的で圧倒的な悪魔の断罪に息を飲んだ。
「──~ッ!!」
「『それだけは止めてくれ』とでも言いたげな顔ですね? でも、残念。他人を貶めた貴女にはこの方法以外行う気はありません。精々苦しんで下さい」
眩い光を発する右手を、エミリアの腹の上に当てる。逃げようともがき身を捩るエミリアの手首から血が流れた。
「優しくなくてすみません……私、悪役令嬢なもので」
それを最後に、ヴァイオレットはエミリアの腹に、思い切り手を突っ込んだ。
*****
一瞬の悪夢が終わり、地下室は再び静かになった。
ぐったりしたエミリアは血の気が引いているが、しっかりと胸が上下しているあたり、命に別状はないと判断出来た。
(『見られたくない』とは、この事だったんですね……)
いつもの穏やかな雰囲気は何処にもなく、聖女と言うには無慈悲な行動に、ユリシーズはただただ唖然とするしかなかった。
腹の中に突っ込んだ手で、逃げ回る悪魔を掴み出す瞬間は、流石の彼も吐き気を覚えた。
(聖女も悪魔も紙一重……ですね)
貴重な体験だったのは確かだが、次はもっと穏便に済む方法を選んでほしいと、ユリシーズは人知れず強く願った。
そんな彼の下に戻って来たヴァイオレットの手には、赤黒い玉の様なもの──悪魔が結晶化したものが握られていた。
「これはもう、要らないですね」
さようなら……と告げたヴァイオレットの言葉の後に、結晶は砂のようにサラサラと崩れ落ちていった。
「……恐ろしいでしょう?」
反射的に返そうとして、ユリシーズは口をつぐんだ。
彼女は全てわかっていて聞いているのだ。否定したところで無意味だろう。
困った様に微笑むヴァイオレットに対し、ユリシーズは答える言葉を持ち合わせていなかった。
「あの方が見たら、きっと嫌われてしまうわね……」
「いや、それはないですね」
乙女の悩みを一蹴するようで悪いと思いながらも、ユリシーズはキッパリと言い放った。
ジェラルドは、ヴァイオレットが剣を振り回したり、乗馬で勇ましく駆け回ったりしている姿に惚れたのだ。今しがた晒していた姿に好意を抱いても嫌う事は皆無だと、幼馴染みとして言い切れる自信があった。
「……ふふっ。ありがとうございます」
一瞬唖然としていたヴァイオレットだったが、ユリシーズの迷いのない返答に、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
どんなに神々しくとも、どんなに恐ろしくとも、元はただ恋をして愛を抱き締める少女なのだ。彼女の憂いが晴れるのなら、それでよかった。
「……あ」
「どうしましたか?」
「そう言えば……“悪役令嬢”って何ですか?」
悪魔に向かって、確かにヴァイオレットは「私は悪役令嬢」と言っていた。
思い出せば、ユリシーズの婚約者であるマリーも、時折同じ様な単語を口にしている。
悪役、というからには何かの役なのだろうと推測するが、どういう意味合いの役なのかが不明だった。
「ああ……私も、詳しくはわからないのです」
「……え?」
「ルビーがたまに言うのです。『お姉様、悪役令嬢になる時は、正義の立場の時にしかなってはダメですよ!』って」
不思議ですよね、と口調を真似て説明するヴァイオレットに、ユリシーズは苦笑で返した。
アベルとヴァイオレットの妹・ルビーは、たまに不思議な事を言い始める事で有名だった。
そんな彼女は幼い頃、ユリシーズに『マリーを泣かせたら許しません!』と面と向かって言ってきた事があった。
当時はまだリリィも健在で、何故リリィではなくマリーなのかと首を傾げたユリシーズだったが、マリーと婚約を結び直した際ルビーの言葉を思い出し、背筋に悪寒が走った事は忘れられない思い出になっている。
「今後ルビーに聞くとしまして……もうこの場に用は無くなりましたので、行きましょう?」
「彼女は?」
「暫く眠りに就いたままになりますが、命に別状はありません……一ヶ月、よくもって下さいました」
部屋を出る前に、一度振り返って、横たわるエミリアを一瞥する。
顔色は一向に悪く、腕に滲む血が痛々しい……。
目覚めて体調が戻り次第取り調べが始まるが、今は少しだけでも穏やかに眠っていてほしいと、そう思わずはいられない光景だった。
「では、参りましょう」
上階で待機していた従者に任せて、別棟を出る。
悪夢の終わりに、ユリシーズはやっと肩の力を抜いた。
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